第二十五話 想いはラブソングに乗せて/亮輔サイド
駅前から集合場所まで行く途中。周囲の人の視線が妙に刺さるのを感じる。
それもそのはず。俺みたいな冴えない男が、二人の女子に挟まれて歩いているのだ。それも片方はモデルと言われたら信じそうなほどの清楚系美少女。もう片方は見てくれだけなら女子受けのよさそうなイケメン系美少女。方向性は違うが二人の美少女と一緒にいるのだから、目立つなと言う方が無理な話。間に立っているのが俺みたいな陰キャだなんて、釣り合いが取れないにもほどがある。
凪と二人だけならこんな気持ちにはならないのだが、やはり皇さんが隣にいるというのが大きいのだろう。ただそこに立っているだけで人を惹きつけるカリスマ性。見た人の目を掴んで放さない整った容姿。口を開けば不思議とその言葉は耳に入り、思考すら持っていかれる。考えれば考えるほど、俺とは住む世界が違う人間だ。
皇さんの存在感に気圧された人々はこぞって道を開け、まるでモーセの海割りの如く人波が左右に割れて行く。偶然とは言え、よくこんな人物と縁を持ったものだ。
そんな訳で、休日の繁華街の人混みに踊らされることなく、集合場所へと到着する。まだ集合時間まで二○分ほどあったが、そこには既に隼人が立っていた。
「おう、早かったな」
こういった真面目さも、隼人の美徳の一つである。顔だけでなく性格までいいのだから、神様がいるとしたら不公平だ。尤も、例の女装癖があるのを隠すため現在まで彼女はいなかったようだが。
「皇さんのおかげでね。人混みも何のそのだったよ」
俺は先ほどまでの出来事をありのまま、隼人に話して聞かせる。
「流石は皇姫だな。私服もばっちり決まってるし、恐れ多い感じがひしひしと伝わってくるぜ」
などと言いつつ、普通に皇さんに話かけているんだから、隼人も大した玉だ。
「やだな~輝崎君。褒めても何もでないよ?」
「皇姫から何かを貰おうなんてとんでもない。誘いに乗ってくれただけで感謝感激だよ」
身振り手振りも織り交ぜて話す姿は、まさしく陽キャの極み。少なくとも、俺には真似出来そうにない。
「それに、玖珂崎さんもいい感じじゃん? 普段とは違ってはっちゃけてる感じ? そういうのもありだよね~」
「そ、そうか?」
さり気なく凪のことも褒める辺りは流石である。肝心の凪はと言うと、俺の方をチラチラと見るばかりで、隼人の言葉をほとんど聞き流しているが。
「亮輔は……いつも通りだな」
「悪かったな。いつも通りで」
「悪くはない。悪くはないんだけど……普通?」
「言われなくてもわかってるよ」
普通。確かにそう言われても仕方がない。俺が着ているのは専らファストファッションの店で買った物で、ブランド物の店など入ったことすらないのだ。
「そう言う隼人もいつも通りだよな」
いつも通りと言っても、隼人が着ているのはどれもファッション雑誌に載っているような服ばかり。元の素材がいいからどんな服を着ても様になるというのは、実に羨ましいことだ。俺が隼人の服を着たところで、服に着られている感じになってしまうだろう。
「まぁ、俺の場合は多少見栄張ってる部分もあるけどな」
「そうかな~。輝崎君の場合はもっと服にお金かけてもいいと思うけど」
そう言い出したのは皇さんだ。今着ている服だけでも、俺の服が三セットは買えるだろうが、これ以上お金をかけろというのか。
「マジかよ~。流石の俺もこれ以上普段着につぎ込む資金はないって~」
「もしよかったら割りのいい仕事紹介しようか? もちろん合法の範囲内で」
「合法の範囲内で」と皇さんが言うが、彼女が言うと洒落にならない。皇財閥の力があれば、それこそ非合法の仕事でも紹介できそうだからだ。
「う~ん。せっかくだけどパスかな。部活もあるし、今のバイトも結構気に入ってるしね」
隼人のバイトと言うと、確かコスプレカフェのキッチンだったか。様々なコスチュームに身を包んだ女の子達がウェイトレスを努めるカフェ。隼人はそこで店員の女の子達とコスプレ談義を楽しんでいるらしい。
「そっか~。輝崎君なら結構稼げると思ったんだけどな~」
「就職を考える段階になったら相談させてもらおうかな」
そんな話をしているうちに、目的地であるカラオケ屋に辿り着く。都会に手広く展開しているチェーン店だが、俺にとっては未知の空間。隼人は手馴れた様子でカウンターに赴き、店員といくつかやり取りをしてから、こちらに振り返った。
「とりあえず、フリータイム飲み放題でいいよな?」
「それっていくらくらいかかるんだ?」
皇さんの執事を始めたとは言え、今はまだ給料日前。出費は出来るだけ抑えたいところである。
「このくらい」
隼人がカウンター内に書かれた料金表を親指で指差した。なるほど。このくらいならば何とかなりそうだ。思っていたよりも安い。
「じゃあ、それで。二人ともいいよな?」
「私は構わないよ」
「あたしも~」
と言う訳で、割り当てられた部屋までやって来た俺達。見たところ五、六人は入れそうな間取りの部屋だが、どうやらこれが一定料金で長時間利用できるらしい。これは若者達が集まるのにはもってこいのスペースだ。
さて席の割り当てだが、これがまた気まずい感じになってしまった。テーブルを挟んで左右にイスがある部屋なのだが、隼人側が一人、俺の両サイドに皇さんと凪となっているのだ。
「何で二人ともこっちに座るのさ!?」
「何でって、亮輔君は私の執事でしょ? だったら隣にいてくれないとだよね?」
「あ、あたしは亮輔の幼馴染だから、隣にいるのが当たり前なんだ!」
二人とも言っていることが滅茶苦茶である。
「まぁまぁ、いいじゃないか亮輔。二人がその方がいいって言ってるんだから」
「でもさ~」
「いいんだよ。大人しくそこに座っとけ」
隼人ですらこんな調子なので、もう俺の手には負えない。俺は仕方なく、その席割りで納得することにした。
「誰から歌う?」
マイクの準備をしながら隼人が言う。俺はそもそもカラオケに来ること自体が初めてなので、トップバッターを努める気概はない。しばらく様子を窺うつもりでいると、凪がスッとその場で立ち上がった。
「それじゃあ、あたしから……」
言いつつ端末を操作して曲を入れている。凪は女友達と来たことがあるからだろう。その手つきはスムーズで、迷いがない。最後に送信ボタンを押すと、画面が切り替わり、曲のイントロが流れ始めた。
凪が選んだのは、俺でも知っている有名なラブソングだ。若手の女性シンガーソングライターが作った曲で、女性の真摯な恋心が、美しく軽やかなメロディーに乗せて紡がれている。あまり凪のイメージではなかったが、聞いてみるとなかなかどうして様になっていた。
ふと凪の方を見ると、彼女もこちらを見ている。こういうのって歌詞の映っている画面の方を見て歌うものなのではないだろうか。
困惑する俺を余所に、曲はサビへと向けて徐々に盛り上がりを見せていく。どうやら凪は、この曲の歌詞を完全に覚えているようだ。
凪の頬がわかりやすく赤く染まっている。これは照明のせいではない。どう見ても、凪は赤面している。どうしてそうなっているのか、俺にはわからない。それでも凪は、何かを伝えるように俺の方を向いたまま歌い続けた。
そして最後のサビ。曲は最高潮を向かえ、歌っている凪のテンションも上がる。曲のラスト。マイクを片手に、凪は俺の方に手を伸ばして、その言葉を口にする。
「大好きだよ」
正直ドキリとした。こんなにしっとりとした声で告白めいたことをされれば、誰しもうろたえるくらいはするだろう。しかし相手は凪だ。生まれた頃から一緒にいる幼馴染で、一緒に風呂にも入ったことがある兄妹みたいなもので、あくまで恋愛の対象ではない。そう思っていたのに――。
心臓の鼓動がはっきりとわかるくらいに高鳴っている。若干潤んだ凪の目を見ると、その動悸は一層激しくなった。
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