第二十四話 初めてのカラオケ/凪サイド

 皇の動向に注意を払うようになって一週間。ことあるごとに亮輔にちょっかいをかけるものだから割って入るのも一苦労だ。


 あたしは部活で亮輔と離れる時間があるから、その間はどうしても無防備になってしまうし、皇はその辺抜かりないから、しっかりと亮輔との距離を詰めようとしてくる。彼女がどういう想いで亮輔に近づこうとしているのかは不明だが、あまり距離を詰められて万が一があってはいけない。


 あれから詩音先輩と何度も話して、亮輔攻略のための作戦を練っている。亮輔は自分に自信がないからか、恋愛に関しては昔から奥手だ。今までずっと一緒にいるが、浮いた話の一つもない。尤も、そんな話があったら、あたしは相当ショックを受けていただろうが。


 ふと皇に視線を向ける。すると、彼女もこちらに視線を向けるところだった。


 視線が交差する。次の瞬間には両者とも視線は亮輔へと移り、また視線が合った。マンガ的な表現を使うのであれば、きっと私と皇の間には火花が散っているだろう。どちらとも亮輔を譲る気がないのだから、それも当然と言える。対象が亮輔と言うこともあって、他の女子達が参戦してくる様子はないのが救いと言えば救いか。亮輔の魅力がわからないなんて可哀想な連中だ。尤も、亮輔がモテてしまったら余計にライバルが増えて収拾がつかなくなってしまう訳だが。


 皇から視線を外し、他の女子に目をやる。突出した派手さはないものの、みな魅力的に見えるから不思議だ。そりゃ見た目で劣るとは思ってはいないが、何と言うか、誰も彼もが女の子らしさを持っている。それはあたしにはなかったもので。これまでは全く気にしていなかったが、恋愛感情を持った今となっては、どうしてそういったことに興味を持ってこなかったのかと、自分の頭を殴ってやりたくなる。


 とは言え、女の子らしくしている自分など想像もつかない。小さい頃は男子に混じって遊ぶのが当たり前だったし、中学に入ってからはバスケにのめり込んで、オシャレとは無縁の生活を送ってきた。それが今になって急に女の子らしくしようと思ったところでどだい無理な話。詩音先輩の言うことを聞くくらいしか出来ることがない。


 詩音先輩からの勧めで始めてファッション雑誌なるものを買ってみたが、雑誌の中のモデルの人達はあたしとは別の世界にいる住人のように見えて。むしろそういった恰好は皇の方が似合いそうだと思ったから、そこが少し腹立たしい。あたしだってこれでも女なのだから、と思い見下ろした胸元は寂しく、足の甲までよく見える有様。胸が大きいと肩が凝ると聞いたことがあるが、あたしは生まれてこの方肩が凝ったこともなく。母親を思い浮かべてみれば、やはり胸は小さいのだから最早希望もないと思う他ない。


 「女子の魅力は胸だけじゃない」と詩音先輩は豪語していたが、大は小を兼ねるとも言うし、亮輔だって胸の大きな女子の方に興味を持っている節があるのは変えようもない事実。絶壁とまでは言わずとも、貧しいことに変わりのない自分の胸を見れば、自信を失くすのは仕方のないことなのではないか。


 しかし、だ。あたしには亮輔と長く一緒にいたと言う実績がある。これは大きなアドバンテージと言えるのではないだろうか。昔は取っ組み合いの喧嘩もした仲だが、今、亮輔にくっつけば、昔との違いに、多少なりとも亮輔もあたしに女子らしさを感じてくれるのではと思わなくもない。もっと積極的にボディータッチをして、まずは亮輔に意識させること。それが全ての始まりだと詩音先輩は言った。


 あたしが女らしくないことは重々承知した上で、それでも亮輔にあたしを女子だと思わせる。これが出来なければ、皇には絶対に勝てない。そこまで思考が動いた時点で、あたしの名を呼ぶ声が聞こえた。


「皇姫~、玖珂崎~。今度の日曜時間ある? 亮輔とカラオケに行くことになったんだけど、よかったら一緒に行――」

「「行く!」」


 反射的にそう答える。だがそれは皇も同じだった。


 絡み合う視線。しかし、ここでにらみ合ったところで話が前に進む訳でもない。亮輔がカラオケに行くのなんて初めてのことだから、ここを譲る気は毛頭なかった。


「ちょっと待て、そんな話どこから――」

「まぁまぁ、いいじゃないか。それとも、また「バイトが~」とか言って断るつもりか?」

「あ、いや、それは……」


 よくよく見てみると、言い出したのは輝崎だ。あまり好きにはなれないタイプだが、今回ばかりはよくやったと褒めてやりたい。日曜日と言うのなら部活もないし、これはチャンスである。もちろん皇にとってもチャンスなのは承知の上。その上で亮輔の意識をあたしの方に向けられればいい訳だ。


「わかったよ。行けばいいんだろ?」

「よし。そんじゃ~この四人で決定な?」


 輝崎のことだからもっと他のやつを誘うかとも思ったが、どうやら今回はこの四人だけで行くらしい。邪魔者が少なくて済むのならむしろ好都合である。幸いカラオケなら何度も女子友達と行っているので、亮輔の前で恥をかくこともない。皇は恐らくカラオケの経験はないだろうから、この点でも優位であろう。


 心配があるとすれば、あたしの持っている服で、亮輔に魅力的だと思ってもらえるかということだ。あたしはこれまで、どちらかと言うと男っぽい服装を選びがちだったから、このままでは代わり映えしない。もっとこう、一目で違いがわかる服装を着て行きたいところだ。


「そうだ、詩音先輩なら……」


 こんな時こそ、詩音先輩の出番である。あたしはスマホで詩音先輩にメッセージを飛ばし、土曜日に買い物に行く約束を取り付けたのだった。





 そして迎えた日曜日。


 朝から詩音先輩にお越しいただいて、コーディネイトに関するレクチャーを受ける。結局、昨日は服一式を買い揃えることになってしまったので、お高くついてしまったが、先行投資だと思えば、これもなしではない。詩音先輩から教わった通りに薄っすらとメイクもして、早速亮輔の部屋に突撃することにした。


「亮輔~、準備できたか~?」


 さて、亮輔の反応やいかに。あたしはドキドキしながら亮輔の言葉を待つ。


「凪さ~。俺だからいいけど、一応男の部屋に上がるんだから、もうちょっと気をつけた方がいいぞ? 俺が着替え中だったらどうするんだよ?」


 着替え中。その言葉がいけなかった。あたしは裸の亮輔の姿を想像して、思わず赤面してしまう。それを見られたくなくて、あたしは顔の前でぶんぶんと手を振った。


「ちょ、ま、着替え中とか、おまっ!?」

「落ち着け。よく見ろ。着替え終わってるだろ?」

「……あ、ああ。そうだな」


 改めて亮輔の格好を見ると、確かに着替えは終わっている。いつも通りの亮輔の私服だ。あたしは胸を撫で下ろした。


「そう言う凪は準備できたのか?」


 亮輔があたしの恰好を眺める。まじまじと見られることには慣れていないので少し気恥ずかしい。


「へぇ~、なかなかいい感じじゃないか」

「そ、そうか?」


 何だかむず痒くて、あたしは身をくねらせる。


 と、そこへ皇が部屋のドアを開けて現れた。


「おはよう、亮輔君」

「ああ、おはよう。皇さん」


 少し前までのあたしならが、皇が着ている服はどれも高そうだ。ブランド物というものだろうか。生地から裁縫から、全てが違うということがよくわかる。


「それじゃあ各々準備できたみたいだし、そろそろ行こうか」


 亮輔が率先して歩き始めようとしたが、そこへ皇が静止をかけた。


「その前に亮輔君。何か言うことがあるんじゃないかな?」

「……と言うと?」

「まだこの服装の感想を貰ってないな~と思って」


 流石は皇と言うべきか。この辺りは抜かりがない。


「すごく似合ってるよ。何と言うか、皇さんらしくて、いいと思う」


 あたしの時よりも亮輔の反応がいい気がする。亮輔はこういう清楚系の方が好みなのだろうか。


「ふむ。本当なら詳細を聞きたいところだけど、あんまりそれに固執していると集合時間に遅れちゃうね。それじゃあ、亮輔君。行こうか」


 そう言って、皇が亮輔に向かって手を差し出した。出遅れた――そう思った時には既に遅い。亮輔は咄嗟に皇の手を取ろうとしている。


 しかし亮輔は途中で上げかけた腕を止めた。


「二人とも、行くよ」


 そう言って、亮輔は先立って歩き始める。皇は落胆の、あたしは安堵のため息を吐きながら、それぞれ亮輔の左右に陣取る。考えることは同じだったようだ。


「えっと、もしかしてだけど駅までこのまま行くつもり?」

「そりゃ~亮輔君との休日デートだもん。これくらいはいいでしょ?」

「あ、皇お前! 何抜けがけしようとしてやがる!」

「こういうのは早い者勝ちだと思うけど?」

「いいや、こういうのは公平にじゃんけんで決めるべきだ!」


 言ったはいいものの、ものの見事に惨敗。どういう訳かあいこすらなく、ストレート負けだった。


「きょ、今日は調子が悪かっただけだ!」

「あらそう? 私としてはいつでも再戦してくれて構わないけど?」


 悔しいが、自分で言い出した手前、その結果を無碍には出来ない。あたしは「ふん」と鼻を鳴らして、先に行こうとしたが、亮輔の提案で三人並んで行くこととなった。負けた手前少し居心地が悪かったが、それでも亮輔と並んで歩けるのは嬉しいことだ。


 それ故に、あたしは油断していた。まさかあんなことになるとは、この時は思ってもいなかったのだ。

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