第二十三話 初めてのカラオケ/琴音サイド
ことある
あれから何度か亮輔君にアタックしてみたものの、その都度玖珂崎さんの妨害が入り、結果失敗に終わっている。私はもっと亮輔君と仲良くなりたいのだが、そのためにはやはり玖珂崎さんの存在は邪魔でしかなかった。
もちろん彼女のことが個人的に嫌いとか、そう言うことではない。ただ亮輔君を手に入れるという私の目的を達成するのに、この上ない障害なのだ。
ならばどうする。手切れ金を払って亮輔君との離縁を図るか。いや。彼女は金に釣られるような柄ではない。そもそも、調べた限り、彼女の家は割りと裕福な家系だ。玖珂崎家は歴史も長く、土地への影響力も持っているので、実家を買収するという手も使いづらい。
「なかなか厄介な人物を相手にすることになったな~」
世の中大抵のものは金で買えるが、今回はその中のごく一部。金で解決できない案件を引いてしまった。運が悪かったと言うべきか。それともやりがいがあると言うべきか。
自分の身体を改めて見回す。胸はそこそこ自信があるし、腰だってキュッとくびれているし、お尻だって男子受けのよさそうな形をしている自覚があった。顔でも、プロポーションでも、玖珂崎さんには決して劣っていない。負けている点があるとすれば、それは亮輔君と一緒にいた時間くらいのものだ。流石にこればかりは覆しようがない。同じ病院で、同じ日に生まれた。これは一種の奇跡であり、これを上回る絆など早々お目にかかれるものではないだろう。
ならば私はどうだ。夏の夜。偶然その場に居合わせた男と女。私が家を抜け出し、且つ亮輔君が黒服達を悪漢と間違わなければ、そもそも出会ってすらいなかった。彼の勇気と厚意がなければ一晩を共にすることもなかったし、私がここまで彼を気に入ることもなかっただろう。
それは幼馴染という関係に劣るものか。答えは否だ。
人間同士の絆の深さとは、何もともに過ごした時間のみが決めるものではない。『一目惚れ』などという言葉があるくらいだ。運命の出会いさえあれば、人は容易に結びつく。
あの夜。亮輔君のみが、私をあの場から連れ出してくれた。その事実は決して変わらない。私にとって、それは運命的な出会いだった。相手の出自とか、現在の地位とか、そんなものは関係ないのだ。私は彼を気に入った。それだけで、彼を傍に置こうと思うには充分過ぎる理由である。
ただ。こうも思うのだ。「私は一体、亮輔君のことをどう想っているのだろう」と。
亮輔君を他人に取られたくない。それはわかる。彼は一見冴えない顔をしているが、気が利くし、ここぞと言う時に発揮できる勇気を持っている人物だ。これまで私の周りにはいなかったタイプ。「珍しいから傍に置いておきたい?」それも何かしっくり来ない。少なくとも、私はそういうコレクターの類ではないと自認している。それこそ世の中など珍しいものばかりだ。それを集めるだけの財力はある。それをしないのは、単に私がそういったことに興味がないからだ。
ならば何故、亮輔君にここまで固執するのか。いくら考えても答えが出ない。もしかして、私が経験したことのないケースなのか。例えばそう、恋愛――。
と、ここで外部から私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「皇姫~、玖珂崎~。今度の日曜時間ある? 亮輔とカラオケに行くことになったんだけど、よかったら一緒に行――」
「「行く!」」
最後まで聞く必要はない。私は咄嗟に返事をしていた。しかしそれは玖珂崎さんも同じだったようで、図らずも彼女の返事と同期してしまっている。
絡み合う視線。玖珂崎さんの「絶対に譲るまい」という意思を強く感じる。私はそれまでの思考を止め、玖珂崎さんを正面から見据えた。ここで視線をそらせてしまっては負けだ。そんな雰囲気が、どこか漂っている。
「ちょっと待て、そんな話どこから――」
「まぁまぁ、いいじゃないか。それとも、また「バイトが~」とか言って断るつもりか?」
「あ、いや、それは……」
亮輔君と輝崎君の会話を聞くのもそこそこに、私と玖珂崎さんの無言の攻防は続いた。
「わかったよ。行けばいいんだろ?」
「よし。そんじゃ~この四人で決定な?」
結局、メンバーはこれ以上増えることはなく、私と亮輔君、玖珂崎さん、そして輝崎君の四人でカラオケに行くことが決まる。そう言えばカラオケに行くのは初めてだが、一体どんなところなのだろう。もちろんカラオケがどういうものかは知っている。しかし知っているのと体験するのとでは大きな違いだ。せめて亮輔君の前で恥をかかないようにしなければ。
私はアパートの一室を防音室に改修することを決めた。
そして、準備万端で迎えた日曜日。
着替えを済ませて亮輔君の部屋を訪れると、そこには既に玖珂崎さんがいた。珍しく自分で早起きをして準備したのだろう。彼女にしては珍しく、薄っすらとメイクを施してある。これは背後に彼女を支援する者がいると見るべきだ。これまでに仕入れた情報から察するに、彼女一人でここまでの準備をするのは不可能だろう。着ている服も、私の情報にないものばかり。恐らくここ数日で購入したものだ。
ともあれ、まずは挨拶。私は亮輔君に視線を合わせて、にっこりと微笑んでみせる。
「おはよう、亮輔君」
「ああ、おはよう。皇さん」
早速、彼の視線の動きをチェック。顔から入って上半身、下半身と視線を動かして行くのがわかる。彼の反応を見る限り、悪い印象は与えていないようだ。
「それじゃあ各々準備できたみたいだし、そろそろ行こうか」
亮輔君はそう口にしたが、私はまだ納得していない。彼からの感想を、まだ貰っていないのだ。
「その前に亮輔君。何か言うことがあるんじゃないかな?」
「……と言うと?」
「まだこの服装の感想を貰ってないな~と思って」
私は見せ付けるように、あえてポーズをとって見せる。自分が一番美しく見えるポーズ。その中から特に今の服装に合ったものを選んで、実行した。
「すごく似合ってるよ。何と言うか、皇さんらしくて、いいと思う」
何と言うか、定型文な答え。褒められたのは嬉しいが、どこか物足りなさも感じる。
「ふむ。本当なら詳細を聞きたいところだけど、あんまりそれに固執していると集合時間に遅れちゃうね。それじゃあ、亮輔君。行こうか」
私は亮輔君に対して右手を差し出した。玖珂崎さんに対する先制攻撃である。一瞬、亮輔君はその手を取ってくれるような動作をしたが、ふと何かに気付いて、すぐに手を下ろしてしまった。
「二人とも、行くよ」
そう言って、先陣を切って歩き始める亮輔君。私は思わず落胆のため息をついた。
しかし、ここで終わってしまっては女が廃る。私は素早く亮輔君の左隣に陣取った。だがその考えは玖珂崎さんも同じだったようで、彼女は私とは反対側。右隣に陣取った。
「えっと、もしかしてだけど駅までこのまま行くつもり?」
「そりゃ~亮輔君との休日デートだもん。これくらいはいいでしょ?」
「あ、皇お前! 何抜けがけしようとしてやがる!」
「こういうのは早い者勝ちだと思うけど?」
「いいや、こういうのは公平にじゃんけんで決めるべきだ!」
なるほど、そう来るか。しかし、じゃんけんであれば私に隙はない。私は持てる動体視力の全てをつぎ込んで、三回勝負を制する。
「きょ、今日は調子が悪かっただけだ!」
「あらそう? 私としてはいつでも再戦してくれて構わないけど?」
と、せっかく勝ち誇って見せたのに、亮輔君の提案で三人で並んで駅に向かうことが決まる。こういう場面ではっきりと決めてくれないのは亮輔君の欠点だが、それもいた仕方のないことだろう。何せ彼は、女性との交際経験が一切ないのだから。
ともあれ、私と亮輔君、そして玖珂崎さんの三人は、揃って駅を目指して歩き始める。今日と言う日が、一つの区切りになるということも知らずに。
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