第二十三話 初めてのカラオケ/琴音サイド

 ことあるごとに玖珂崎さんと衝突するようになって一週間ほどが経った。その間、亮輔君のどっちつかずな態度は続いている。これを狙ってやっているのなら性質の悪い男だが、彼の場合は素でやっているので文句の付けようもない。


 あれから何度か亮輔君にアタックしてみたものの、その都度玖珂崎さんの妨害が入り、結果失敗に終わっている。私はもっと亮輔君と仲良くなりたいのだが、そのためにはやはり玖珂崎さんの存在は邪魔でしかなかった。


 もちろん彼女のことが個人的に嫌いとか、そう言うことではない。ただ亮輔君を手に入れるという私の目的を達成するのに、この上ない障害なのだ。


 ならばどうする。手切れ金を払って亮輔君との離縁を図るか。いや。彼女は金に釣られるような柄ではない。そもそも、調べた限り、彼女の家は割りと裕福な家系だ。玖珂崎家は歴史も長く、土地への影響力も持っているので、実家を買収するという手も使いづらい。


「なかなか厄介な人物を相手にすることになったな~」


 世の中大抵のものは金で買えるが、今回はその中のごく一部。金で解決できない案件を引いてしまった。運が悪かったと言うべきか。それともやりがいがあると言うべきか。


 自分の身体を改めて見回す。胸はそこそこ自信があるし、腰だってキュッとくびれているし、お尻だって男子受けのよさそうな形をしている自覚があった。顔でも、プロポーションでも、玖珂崎さんには決して劣っていない。負けている点があるとすれば、それは亮輔君と一緒にいた時間くらいのものだ。流石にこればかりは覆しようがない。同じ病院で、同じ日に生まれた。これは一種の奇跡であり、これを上回る絆など早々お目にかかれるものではないだろう。


 ならば私はどうだ。夏の夜。偶然その場に居合わせた男と女。私が家を抜け出し、且つ亮輔君が黒服達を悪漢と間違わなければ、そもそも出会ってすらいなかった。彼の勇気と厚意がなければ一晩を共にすることもなかったし、私がここまで彼を気に入ることもなかっただろう。


 それは幼馴染という関係に劣るものか。答えは否だ。


 人間同士の絆の深さとは、何もともに過ごした時間のみが決めるものではない。『一目惚れ』などという言葉があるくらいだ。運命の出会いさえあれば、人は容易に結びつく。


 あの夜。亮輔君のみが、私をあの場から連れ出してくれた。その事実は決して変わらない。私にとって、それは運命的な出会いだった。相手の出自とか、現在の地位とか、そんなものは関係ないのだ。私は彼を気に入った。それだけで、彼を傍に置こうと思うには充分過ぎる理由である。


 ただ。こうも思うのだ。「私は一体、亮輔君のことをどう想っているのだろう」と。


 亮輔君を他人に取られたくない。それはわかる。彼は一見冴えない顔をしているが、気が利くし、ここぞと言う時に発揮できる勇気を持っている人物だ。これまで私の周りにはいなかったタイプ。「珍しいから傍に置いておきたい?」それも何かしっくり来ない。少なくとも、私はそういうコレクターの類ではないと自認している。それこそ世の中など珍しいものばかりだ。それを集めるだけの財力はある。それをしないのは、単に私がそういったことに興味がないからだ。


 ならば何故、亮輔君にここまで固執するのか。いくら考えても答えが出ない。もしかして、私が経験したことのないケースなのか。例えばそう、恋愛――。


 と、ここで外部から私の名を呼ぶ声が聞こえた。


「皇姫~、玖珂崎~。今度の日曜時間ある? 亮輔とカラオケに行くことになったんだけど、よかったら一緒に行――」

「「行く!」」


 最後まで聞く必要はない。私は咄嗟に返事をしていた。しかしそれは玖珂崎さんも同じだったようで、図らずも彼女の返事と同期してしまっている。


 絡み合う視線。玖珂崎さんの「絶対に譲るまい」という意思を強く感じる。私はそれまでの思考を止め、玖珂崎さんを正面から見据えた。ここで視線をそらせてしまっては負けだ。そんな雰囲気が、どこか漂っている。


「ちょっと待て、そんな話どこから――」

「まぁまぁ、いいじゃないか。それとも、また「バイトが~」とか言って断るつもりか?」

「あ、いや、それは……」


 亮輔君と輝崎君の会話を聞くのもそこそこに、私と玖珂崎さんの無言の攻防は続いた。


「わかったよ。行けばいいんだろ?」

「よし。そんじゃ~この四人で決定な?」


 結局、メンバーはこれ以上増えることはなく、私と亮輔君、玖珂崎さん、そして輝崎君の四人でカラオケに行くことが決まる。そう言えばカラオケに行くのは初めてだが、一体どんなところなのだろう。もちろんカラオケがどういうものかは知っている。しかし知っているのと体験するのとでは大きな違いだ。せめて亮輔君の前で恥をかかないようにしなければ。


 私はアパートの一室を防音室に改修することを決めた。




 そして、準備万端で迎えた日曜日。


 着替えを済ませて亮輔君の部屋を訪れると、そこには既に玖珂崎さんがいた。珍しく自分で早起きをして準備したのだろう。彼女にしては珍しく、薄っすらとメイクを施してある。これは背後に彼女を支援する者がいると見るべきだ。これまでに仕入れた情報から察するに、彼女一人でここまでの準備をするのは不可能だろう。着ている服も、私の情報にないものばかり。恐らくここ数日で購入したものだ。


 ともあれ、まずは挨拶。私は亮輔君に視線を合わせて、にっこりと微笑んでみせる。


「おはよう、亮輔君」

「ああ、おはよう。皇さん」


 早速、彼の視線の動きをチェック。顔から入って上半身、下半身と視線を動かして行くのがわかる。彼の反応を見る限り、悪い印象は与えていないようだ。


「それじゃあ各々準備できたみたいだし、そろそろ行こうか」


 亮輔君はそう口にしたが、私はまだ納得していない。彼からの感想を、まだ貰っていないのだ。


「その前に亮輔君。何か言うことがあるんじゃないかな?」

「……と言うと?」

「まだこの服装の感想を貰ってないな~と思って」


 私は見せ付けるように、あえてポーズをとって見せる。自分が一番美しく見えるポーズ。その中から特に今の服装に合ったものを選んで、実行した。


「すごく似合ってるよ。何と言うか、皇さんらしくて、いいと思う」


 何と言うか、定型文な答え。褒められたのは嬉しいが、どこか物足りなさも感じる。


「ふむ。本当なら詳細を聞きたいところだけど、あんまりそれに固執していると集合時間に遅れちゃうね。それじゃあ、亮輔君。行こうか」


 私は亮輔君に対して右手を差し出した。玖珂崎さんに対する先制攻撃である。一瞬、亮輔君はその手を取ってくれるような動作をしたが、ふと何かに気付いて、すぐに手を下ろしてしまった。


「二人とも、行くよ」


 そう言って、先陣を切って歩き始める亮輔君。私は思わず落胆のため息をついた。


 しかし、ここで終わってしまっては女が廃る。私は素早く亮輔君の左隣に陣取った。だがその考えは玖珂崎さんも同じだったようで、彼女は私とは反対側。右隣に陣取った。


「えっと、もしかしてだけど駅までこのまま行くつもり?」

「そりゃ~亮輔君との休日デートだもん。これくらいはいいでしょ?」

「あ、皇お前! 何抜けがけしようとしてやがる!」

「こういうのは早い者勝ちだと思うけど?」

「いいや、こういうのは公平にじゃんけんで決めるべきだ!」


 なるほど、そう来るか。しかし、じゃんけんであれば私に隙はない。私は持てる動体視力の全てをつぎ込んで、三回勝負を制する。


「きょ、今日は調子が悪かっただけだ!」

「あらそう? 私としてはいつでも再戦してくれて構わないけど?」


 と、せっかく勝ち誇って見せたのに、亮輔君の提案で三人で並んで駅に向かうことが決まる。こういう場面ではっきりと決めてくれないのは亮輔君の欠点だが、それもいた仕方のないことだろう。何せ彼は、女性との交際経験が一切ないのだから。


 ともあれ、私と亮輔君、そして玖珂崎さんの三人は、揃って駅を目指して歩き始める。今日と言う日が、一つの区切りになるということも知らずに。

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