第四章 勝敗の行方

第二十二話 初めてのカラオケ/亮輔サイド

 最近。凪の様子がおかしい。


 基本的に人間関係に無頓着な凪が、皇さん相手には妙に張り合おうとする。皇さんの方も何故かそれに対抗するものだから、家でも、学校でも、気の休まる暇がない。


 板ばさみになった俺は、日々消耗して行く一方。流石に疲れ果てて、休み時間に隼人に相談することにした。


「――ってことなんだけど」

「お前さ~。気づいてないようだから言うけど、そりゃモテ期ってやつだぜ?」

「モテ期?」


 どうも実感が湧かない。


 俺がモテている? そんなことがありえるのだろうか。相手はあの皇財閥のご令嬢と、生まれた時から一緒にいる幼馴染だぞ?


「考えてもみろ。皇姫は引っ越してきた瞬間からお前狙いだったし、玖珂崎だって最近はお前にべったりだ。これをモテ期と呼ばずに何とする」


 生まれてこの方モテたことなんてないから、正直よくわからない。しかし、こと恋愛経験に関しては豊富な隼人がこういうのだ。単なる気のせいと片付けてしまうのは、違う気がする。


「仮にだ。俺が二人から好意を持たれているとして、俺はどうすればいいと思う?」


 恋愛経験皆無な俺にとって、二人の女性から好意を向けられるのなんて非常事態だ。両手に花は流石にないとして、どちらか一方を選ぶだなんておこがましいことが、俺に許されるのだろうか。


「あんまり現状を長引かせると、三人全体の人間関係が壊れかねないからな。て言うか、お前はどうなんだよ?」

「へ?」


 一瞬、思考が止まった。まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったからだ。


「だから、皇姫と玖珂崎。選ぶならどっちだってことだ」


 だって相手は、片や超有名財閥のご令嬢。片や生まれた時から一緒にいる幼馴染。選べと言われて、「じゃあこっち」などと軽々しく答えられるものではない。


 そもそも、皇さんは俺を執事として雇いたいだけであって、恋愛云々は関係ないはず。凪にしたって、昔は風呂まで一緒に入っていたほどの仲だ。今更恋愛感情を持てと言われても、今一ピンと来ない。


「……その顔。こりゃ~まず先入観から排除しないとダメそうだな」


 隼人は何を思ったのか、おもむろに皇さんと凪に話しかけた。


「皇姫~、玖珂崎~。今度の日曜時間ある? 亮輔とカラオケに行くことになったんだけど、よかったら一緒に行――」

「「行く!」」


 食い気味に二人が答える。


「ちょっと待て、そんな話どこから――」

「まぁまぁ、いいじゃないか。それとも、また「バイトが~」とか言って断るつもりか?」

「あ、いや、それは……」


 そう言えば隼人にはバイトを辞めた――正確には辞めさせられた――ことを話していなかった。


 バイトという後ろ盾がなければ、友人である隼人の誘いを断るというのは気が引けるというもの。俺はしぶしぶ首を縦に振った。


「わかったよ。行けばいいんだろ?」

「よし。そんじゃ~この四人で決定な?」


 俺がカラオケに行くのが初めてということもあってか、隼人はそれ以上メンバーを増やすようなことはしない。もちろんそれだけが理由ではないだろうが、あまり大人数で行くことになっても、俺が気後れしてしまうだろうから、この状況はありがたかった。それこそ、隼人が声をかければ、クラス中の女子の大半は付いて来るだろうし、それを目当てに男子も集まるだろうから、収拾がつかなくなってしまうだろう。


 そんなこんなで、俺と隼人、皇さん、そして凪の四人は、次の週末にカラオケに行くこととなった。




 そして迎えた日曜日。


 集合時間は朝の十時なので、俺はそれに向けて準備をしていた。


「まぁ、こんなもんかな」


 着替えを済ませ、鏡の前に立つ。せっかくの友達のと外出だ。あまり変な恰好をしていくと、周囲に迷惑をかけてしまう。まぁ、必要最低限の洋服は揃えているので、それなりの身なりにはなるのだが。


「亮輔~、準備できたか~?」


 相変わらずインターホンを鳴らさずに、凪が部屋に入ってくる。まったく、俺が着替え中だったらどうすると言うのか。


「凪さ~。俺だからいいけど、一応男の部屋に上がるんだから、もうちょっと気をつけた方がいいぞ? 俺が着替え中だったらどうするんだよ?」


 すると、途端に凪の顔が沸騰したように赤くなった。どうやら俺が着替え中だった場合を想像したようだ。顔の前で手をぶんぶんと振っている。


「ちょ、ま、着替え中とか、おまっ!?」

「落ち着け。よく見ろ。着替え終わってるだろ?」

「……あ、ああ。そうだな」


 俺の恰好をまじまじと見た後、凪は胸をそっと撫で下ろした。それでも顔は耳まで真っ赤だったが。


「そう言う凪は準備できたのか?」


 言いつつ、凪の恰好を見る。


 凪にしては珍しい、白のワンピースにショートパンツの組み合わせ。多少だがメイクもしているように見える。男と見紛うばかりのショートカットなので普段はあまり気にしないが、凪は元々がイケメン系美少女だ。女子らしい恰好はめったにしないので、これはこれで新鮮に映った。


「へぇ~、なかなかいい感じじゃないか」

「そ、そうか?」


 凪は嬉しそうに身をくねらせる。


 と、そこへ新たに皇さんがドアを開けて入ってきた。


「おはよう、亮輔君」

「ああ、おはよう。皇さん」


 一見普通に見えるが、皇さんが身につけている服は、どれも高級ブランド物ばかり。それも既製品ではなく、彼女のために作られたオーダーメイド品なのだろう。女性服にあまり詳しくない俺ですらそれが窺えるのだから、やはり財閥令嬢というのは伊達ではない。思わず見入ってしまいそうにはなるが、あまりじろじろと見るのも失礼だろう。


「それじゃあ各々準備できたみたいだし、そろそろ行こうか」


 そう声をかけて玄関に向かおうとした俺に、皇さんが声をかけてくる。


「その前に亮輔君。何か言うことがあるんじゃないかな?」

「……と言うと?」

「まだこの服装の感想を貰ってないな~と思って」


 なるほどそう来たか。確かに凪の服装は褒めておいて、皇さんの服装にはノータッチというのは感じが悪い。俺は今一度皇さんの服装を眺めてからこう言った。


「すごく似合ってるよ。何と言うか、皇さんらしくて、いいと思う」


 九月に入ったとは言え、まだまだ熱いこの季節。半袖ブラウスの隙間から時々垣間見える脇のラインはとても美しく、つい見入ってしまうほどだ。制服の時よりもやや長めのスカート丈も、皇さんの清楚さをよく現していて、実に似合っている。


 とは言え、それをそのまま伝えるのは何だか気恥ずかしくて、その部分は何となくごまかしてしまったけれど。


「ふむ。本当なら詳細を聞きたいところだけど、あんまりそれに固執していると集合時間に遅れちゃうね。それじゃあ、亮輔君。行こうか」


 そう言って俺に手を差し出してくる皇さん。咄嗟に掴もうとして、ふと思いとどまる。


 そう。この場には凪もいるのだ。不用意に片方の手を取れば、もう片方に対して角が立つ。俺は伸ばしかけた手を引っ込めて、先頭を切って歩き始めた。


「二人とも、行くよ」


 皇さんは落胆の吐息を、凪は安殿の吐息をそれぞれ吐いてから、俺の左右に陣取る。


「えっと、もしかしてだけど駅までこのまま行くつもり?」

「そりゃ~亮輔君との休日デートだもん。これくらいはいいでしょ?」

「あ、皇お前! 何抜けがけしようとしてやがる!」

「こういうのは早い者勝ちだと思うけど?」

「いいや、こういうのは公平にじゃんけんで決めるべきだ!」


 と言う訳で、三回勝負のじゃんけんが繰り広げられることとなった。結果は皇さんの圧勝。どういう訳か、あいこになることなく、皇さんのストレート勝ち。まるで相手が出す手を予め知っていたかのようだった。


「きょ、今日は調子が悪かっただけだ!」

「あらそう? 私としてはいつでも再戦してくれて構わないけど?」


 ここ最近の二人の間の険悪なムードは、この日もどうやら変わることはなさそうで。仕方なく、俺は両者の間に立つ形で話をつけて、三人で並んで、集合場所である駅前を目指すのだった。

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