閑話/隼人サイド
俺がコスプレを始めたのは中学に入った頃。生粋のオタクである姉に触発されたのがきっかけである。中学生のお小遣いではコスプレなど到底手を付けられる訳もないが、そこは当時大学生だった姉の財力があってこそ。姉の出資で
その時の高揚感が忘れられず、成長した今となっても『ふぁる娘』というハンドルネームで女性キャラ専門のコスプレイヤーを続けている訳だが、あまり他者に口外しやすい趣味であるとは言えない。なのでイベントに行く時はいつも一人。もちろん会場に着けばそこには同士達がわんさかいるので、孤独を感じたことはない。それでもだ。俺は心のどこかで求めていたのだろう。全てを知った上で付き合ってくれる友達と言うものを。
高校進学を果たした春。都内で行われた某コスプレイベントに参加した際にそれは突然に起こった。
「もしかして、輝崎くん?」
あろうことか、コスプレイベントの会場で本名を呼ばれたのである。何がきっかけで何が起こるかわからないこの業界。本名バレなどもっての外だ。にもかかわらず、俺を本名で呼んだそいつの方に、俺はゆっくりと顔を向けた。
そこに立っていたのは、俺と同い年くらいと思われる男。一応服装はまともと言えないくもないが、どこか着こなせていない感じが漂っている。どこの誰かはわからなかったが、俺の本名を知っていると言うことは、どこかで縁のある人物なのだろう。この業界のことをあまり知らないようなので、とりあえず、
俺はその男の腕を掴んで、会場の外へと連れ出した。何も事情を知らない様子のその男は、おどおどしながらも大人しく俺に付いて来てくれる。
「何かもういろいろと言いたいことだらけだけど、とりあえずこれな。こういう場で実名出すの禁止。これ鉄則だから」
すると相手も何か思うところがあったようで、ハッとする。
「ごめん、そうだよね。変な人に住所とか特定されたら大変だし」
「ああ、いや。そこまでは考えてなかったけど……」
何やら俺の思惑以上の想像をしたようだが、まぁ間違ってはいないので放置でいいだろう。しかし、これで用件は済んでしまった。これ以上相手を引きとめる理由はないものの、このまま解散して別の場所で顔を合わせることになるのかと思うと気まずいものがある。相手の正体くらいは確認しておいた方がいいだろう。
「ああ~、えっと……。連れ出しておいてこんなこと言うのもなんだけど、お前誰?」
少なくとも俺と深い交流が合った相手ではない。会話の一つも交わしているのなら、俺が覚えていない訳はないからだ。
「俺は朝霧亮輔。同じクラスなんだけど、憶えてない?」
「朝霧?」
俺は記憶を振り返る。朝霧亮輔。言われて見れば、どこかでその名を聞いたことがあるような気がした。更に記憶を辿ることしばし、ようやくお目当ての記憶に行き着く。
「ああ~、いたな。確か地方から上京して来たって――」
「そうそう」
「女連れで」
そう。朝霧と言えば、最初のホームルームの際に自己紹介で高校進学を機に地方から引っ越してきたと言っていた人物である。それだけならば然程記憶に残らなかっただろうが、同じ中学から進学してきた女子がいたという点で、その記憶は強い輪郭を持ったと言えよう。男の方はパッとしない見た目だが、女子の方は女子受けがよさそうなタイプの美人だったので、こちらはよく憶えていた。
「う~ん。確かに凪は女子だけど、そういう風に見たことないな」
「は? 何だよそれ。向こうは結構美人だった気がするけど」
男の方はパッとしない見た目だが、女子の方は女子受けがよさそうなタイプの美人だったので、こちらはよく憶えていた。確か玖珂崎凪とか言ったか。身長も高いし、早くも女子バスケ部の方で注目されている逸材だそうだ。
「まぁいいや。とにかく朝霧。今日のことは他言無用だ。いいな?」
「え? 何で?」
「何でって……。普通はさ、こういうことはしないだろ?」
コスプレだけならまだしも、俺がしているのは女装そのもの。一般的な価値観で見れば、だいぶ過ぎた趣味と言わざるを得ない。もちろんファンになってくれる人もいるが、それはあくまでこの界隈に浸っている人間に限った話だ。
「こういうことって、コスプレのこと? いいじゃん。輝崎くんはそのキャラが好きだからその恰好をしてるんでしょ?
開いた口が塞がらないと言うのは、こういう時のことを言うのだろうか。端から見たら、今の俺はさぞ間抜けに写っただろう。
「少なくとも、俺は輝崎くんのことすごいって思ったよ。こんな衣装を用意して、大勢の人前で堂々としていられるなんて、俺には出来ないだろうし」
「……変だと思わないのかよ。男が女の恰好をしててさ」
辛うじて声を絞り出すことが出来た。結局のところ、俺は怖かったのだ。このことを吹聴されて、俺の周囲から人が離れて行くことが。
「逆に訊きたいんだけど、そんなに完璧に決めてるのに、どこが変なのさ。俺はそのキャラのこと知らないし、コスプレとかしたことないから、詳しい人がいたらまた別の意見も出るのかも知れないけど。少なくとも、俺はかっこいいと思うよ?」
思わぬ反応。思わぬ言葉。この時、俺は初めて認められた気がした。自然と笑いが込み上げて来る。
「……PGOのエリアルを知らないくせにコスプレイベント来てるのかよ。どこのにわかだっつ~の」
一通り笑った後、俺は言った。今時PGOをプレイしていない奴がいるだなんて信じられない。もちろん一般人はその限りではないが、少なくともこんなコスプレイベントに来るような奴だ。朝霧もオタク趣味の持ち主であろう。
「俺はアニメ専門のオタクなんだよ。アプリゲームは管轄外」
「はぁ!? PGOやってないとか人生八割損してるし!」
これに関しては、割りと本気でそう思っている。もちろん章によって完成度の良し悪しがあるし、時々アンチやにわかも湧くゲームではあるが、あの壮大なストーリーは一度読んでおいて損はない。
「とりあえずダウンロードしてみろって! 絶対おもしろいから!」
「でも、こういうのって課金? があるんでしょ? 俺そんなにお金ないし」
「無課金でも何とかなるって! 今なら恒常の最高レア一体確定でもらえるし、スタートダッシュでもらえる石でかなりガチャ回せるし!」
俺はすぐさまスマホを取り出しPGOを起動する。いくつかボタン操作をして、開いたのはフレンドのユーザー検索画面。そこには俺のユーザーIDが記されている。
「これ、俺のユーザーID。フレンドになれば戦闘で俺がサポート設定してるキャラ使えるから、とにかく始めてみろって!」
オタクならではの布教活動。同じクラスということなら、これからこれからも存分イ布教出来ると言うもの。俺の女装趣味を笑わない相手というのなら、これを逃す手はない。
おずおずとスマホを取り出した朝霧は、俺の顔色を窺うようにこう言った。
「せっかくだし連絡先を交換しておくと言うのは……」
「ああ~、まぁいいんじゃね?
あまり注意深く見ていた訳ではないからはっきりとは憶えていないが、学校では朝霧は一人でいることが多かったはず。こうして話しかけてきたのだから引っ込み思案ではないのだろうが、やはり地方出身という負い目があるからだろうか。積極的に誰かと絡もうとしているイメージはない。
俺の連絡先が追加されたことがそんなに嬉しいのだろうか。スマホの画面を見ながら目を輝かせている朝霧だが、俺からすればそんなことよりも重要なことがある。
「そんなことより、PGOはダウンロード出来たのかよ!?」
いても立ってもいられず、俺は朝霧のスマホを覗き込む。
「流石にそんなすぐにはダウンロード終わらないって」
画面に表示されていたのはダウンロード中の画面。最近はゲームのデータ量もかなり多くなってきたから、どうしても時間がかかるのだろう。
「それよりも輝崎くん」
「隼人でいいよ。そっちの方が気が楽だし。で、何?」
「戻らなくていいの? カメラマンの人達待ってると思うけど」
「ああ~、そっか。まだ撮影の途中だった」
スマホで時間を確認すると、あれから一○分は経ってしまっていた。集まってくれていたカメコの人達も既に別の人のところに行ってしまっているかも知れない。
「こんな形で中抜けして、みんな怒ってないかな」
彼らだってわざわざ貴重な時間を割いてイベントにやって来ている身だ。一人のコスプレイヤーだけに時間を割くようなことはしないはず。いきなり撮影を中断させて抜けてきたのだから、腹を立てている人がいてもおかしくないだろう。
「それはわからないけど、もし怒ってるようなら、俺も一緒に謝るよ。元はと言えば俺のせいなんだし」
そういう訳で、朝霧――亮輔とともに会場へと戻る。すると全員とは行かないまでも待ってくれているカメコの人達がいた。事情を説明して謝罪し、無事ことなきを得る。今回は良心的な人の集まりで本当によかった。
それ以降は、何故だか亮輔も交えての撮影会となり、イベントの時間いっぱいまでドンチャン騒ぎが続く。あれからも『ふぁる娘』の名前を聞いて集まってくれる人もいて、とりあえず今回のイベントも大成功。何人かに「次は誰のコスプレをするのか」と聞かれたのに対し、「PGOの誰か」とだけ応えて期待を煽りつつ、その人達とも連絡先を交換。撮った画像を送ってもらう約束をして解散となった。
亮輔との帰り道。いろいろなことを話した。聞けば、亮輔は高校デビューを狙っているとのことなので、俺はそれに協力することにする。俺の女装趣味を受け入れてくれた貴重な人間だ。出来る限り力になってやりたい。別れ際に「今日のことは内密に」と念を押すと、彼はすぐに首を縦に振ってくれた。まだ出会ったばかりだが、少なくとも悪い奴ではない。亮輔とは長い付き合いになるだろう。そんな予感が心のどこかにあった。
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