第二十話 女の戦い/琴音サイド

 若干気落ちして見える亮輔君とともに学校までやって来る。教室に入ると、待ってましたとばかりにクラスメイト達が私目がけて押し寄せてきた。


 亮輔君はその波に弾かれるように教室の隅にある自分の席へと行ってしまう。全く。私と亮輔君の時間を邪魔するだなんて、大した度胸だ。


 とまぁ、そんなことはおくびにも出さず、クラスメイト達の応対をする。私はまだ引っ越してきたばかり。しばらくすれば物珍しさも消えて、大人しくなっていくだろう。とりあえず、今は見世物になってやろうじゃないか。


 と言う訳でクラスメイト達の話を聞いてみるが、これが実に内容のないくだらないものばかり。私に対してゴマをすっているのは明らかだ。どうしても皇家の威光を意識したものが多く、私個人のことに踏み込んだ内容のものはない。確かに私は皇家の人間だけど、それが全てではないということをわかっている人間の何と少ないことか。これならば多少強引にでも話を切り上げて亮輔君のところに行った方が、身になるというものだ。


 一通り質問やらお誘いやらに答えた後、私は「それじゃあ」と話を区切り、亮輔君のもとに向かう。


「お待たせ。亮輔君」

「みんなの方はもういいの?」

「うん。だって大して面白くもないし」


 亮輔君は輝崎君と談笑中のようだ。話の題材は恐らく手に持ったスマホのゲームだろう。


「あんまりそういうこと、口に出さない方がいいよ? みんなだって皇さんと仲良くしたくて話しかけてるんだし」

「私はその他大勢には興味ないもの。亮輔君がいればいい」


 私ははっきりと言い切ってみせる。亮輔君は俯いてしまったが、私の言葉が恥ずかしかったのだけが理由ではないだろう。


 それもそのはず。クラスメイト達は、私が自分よりも亮輔君に興味を持っていることが許せないのだ。わざと聞こえるように話しているのがわかる。


「で? 亮輔君は何やってるの?」


 しかし、周りがどう思っていようとも、私のやることは変わらない。私は周りの声を無視して、亮輔君のスマホの画面を覗き込む。


「PGOか~。私はやったことないけど、流行ってるらしいね」

「まぁ、俺も隼人に誘われて始めた口だけどね」

「ふ~ん。輝崎君も案外ゲーマーなんだ」

「俺は専らスマホゲーだけどね。何せ可愛い女の子がいっぱいいるし」


 なるほど。輝崎君は思っていたよりも話しやすい部類の人だったようだ。ゲーマーと言うならむしろ好ましい。見た目の軽さの割りに、なかなか面白い人材だ。


「もしかして、輝崎君って結構オタク?」


 亮輔君に耳打ちする。


「まごうことなきオタクだよ。深夜アニメもほとんどチェックしてるみたいだし」


 他にも何か言おうとしたみたいだが、それ以上口を開くことはなかったので追求はしないでおいた。


「へ~。あんまり興味なかったけど、少し気に入ったかも。好きなんだよね~。そういうギャップのある人って」

「マジで!? 皇姫に気に入られるなんてラッキー」


 亮輔君は基本的に一人でいることが多いので、こういう友人がいるという事実は喜ばしい。これが女子なら警戒するところだが、同じ男子であると言うのなら話は別だ。後で彼のことも詳しく調べておくことにしよう。


 と、そこへ朝練を終えた様子の玖珂崎さんが教室の戸を開けて入って来た。表情は硬いが、今朝とは雰囲気が違う。


 これはまずい。直感的にそう思った。


「りょ、亮輔! 話があるから今日の昼、一緒に食べないか!」


 次の瞬間、玖珂崎さんが声を張る。明らかに相手を意識した誘い文句。簡潔な分、その効果はてき面だ。


「亮輔君。私もご一緒していいかな」

「え、でも……」


 亮輔君も普段の私をよく見ているから困惑している。だが、ここで引く訳には行かない。


 クラス中から亮輔君を非難するような視線が向けられるが、私ははっきりと言い切った。


「いいから」

「う、うん」


 玖珂崎さんのあの目。あれは恋する乙女の目だ。亮輔君の女性関係には多少目をつぶろうと考えてはいたが、あれはいけない。今彼女に亮輔君を譲ってしまえば、それこそ取り返しのつかないことになる。そんな気がした。


 授業中もそれが気になって、つい玖珂崎さんの席に視線を向けてしまう。それは彼女の方も同じようで、度々目が合った。


 これは戦いだ。引いた方が負け。実にわかりやすい構図である。授業の合間の休憩時間も、お互いに牽制し合う形となり、どちらも亮輔君に話しかけられずにいた。亮輔君自身もそれには気付いている様子だが、下手に踏み込むのはよくないと感じているのだろう。彼は私達の攻防に割って入るような真似はしなかった。




 そして迎えた昼休み。授業終了のチャイムがなると同時に、私は席を立ち、亮輔君の腕を取った。


 しかし、それは玖珂崎さんも一緒で、私と反対側の腕をしっかりと掴んでいる。


「行くよ、亮輔君!」

「行くぞ、亮輔!」

「ちょっ――!?」


 女子とは言え二人に引っ張られれば、流石の亮輔君も抗うことは出来ないようで、彼の身体はずりずりと引きずられて行った。クラスメイト達からの無遠慮な視線が刺さるが、そんなことはお構いなし。今は亮輔君のハートを掴むのが先だ。


 そんなこんなで中庭までやって来た私達は、亮輔君を真ん中に並んでベンチに座る。


「え、えっと~、凪。これ今日の弁当な」

「さ、サンキュー、亮輔」


 玖珂崎さんの顔が赤い。これはもう間違えようがないほどに黒である。


 どちらかと言えば女子受けしそうな顔立ちの玖珂崎さんだが、今は完全に女の顔だ。今朝別れてから何があったのかはわからないが、どうやら彼女も亮輔君を狙うのに躊躇いがなくなったようである。まだ慣れていないからかぎこちなさはあるものの、これはこれで初心うぶな感じがして可愛らしい。全く末恐ろしい女だ。


「ど、どうした凪。何か変なものでも食ったか?」


 一方の亮輔君は、彼女の感情の機微までは読み取れていないようだった。全く見当違いな心配をしている。


 亮輔君は玖珂崎さんの額に手を当てて、体温を測り始めた。何それ。ちょっと羨ましい。


「熱は……ないな。いや、ちょっと上がって来たか?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」


 慣れ親しんだ様子の二人を見て悔しくなった私は、胸元のボタンをいくつか外してから、亮輔君の手を取った。


「亮輔君。私も何だか具合が悪い気がするな~。ちょっと触って確かめてもらえる?」


 そう言いつつ、亮輔君の手を胸元に引き寄せる。これにはにぶちんの亮輔君も参ったようで、顔を赤らめた。


「皇さん、流石にそこは触れないよ」

「え~。亮輔君ならいいのに……」


 私はわかりやすく頬を膨らませて見せる。こういう表情に男子がグッと来るのをわかっての行動だ。案の定、亮輔君は私に釘付けになった。


「こら、亮輔。皇ばっか見てないで、こっちも見ろよ」


 しかし、そんな亮輔君の顔を無理やり自分の方へと向ける玖珂崎さん。私と違って狙ってやっている訳ではないだろうが、悔しいかな、その表情は実に可愛らしい。


「どうしたんだよ、凪。ちょっと変だぞ?」

「変じゃない。気付いただけだよ」

「気付いたって、何に?」

「それは――」

「あ~、あ~! 亮輔君、早くご飯にしよう! 昼休みは有限だよ!」


 玖珂崎さんが発しそうになった決定的な一言を、何とか食い止める。私の介入で勢いを削がれたからか、玖珂崎さんは無理に先を続けようとはしなかった。


 今回は何とか防ぐことが出来たが、この先も同じように上手く行くとは限らない。私が席を外している間に、ということもあり得る。後で新垣に命じて、何とか亮輔君と玖珂崎さんが二人きりにならないようにしないと。


 何故ここまで焦っているのか。自分でもよくわからない。亮輔君はあくまで執事なのだから、彼が誰と付き合ってもいいのではないか。


 自問自答するが答えは否。それではいけない。私の中の何かが、彼が他の女性と結ばれることを強く反対している。自分の気持ちがわからないだなんて言ったら両親には笑われるだろうが、少なくとも、この時の私は大事なことを見落としていたのだ。

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