第十九話 女の戦い/亮輔サイド

 今朝の一件でモヤモヤとした気持ちを抱えたまま教室へと到着する。まだ朝練が終わっていないのか、凪は教室にはいなかった。


 隣を歩いていた皇さんはあっという間にクラスメイト達に囲まれ、俺ははじき出されるように自分の机へ。一度そうなってしまえば、陰キャの俺は大人しく席に着くしかない。とは言え、席に着いたところで特にやることもなく、手持ち無沙汰になった俺はポケットからスマホを取り出し、ゲームアプリを起動した。


 立ち上げたのはファントムグランドオペレーション――略してPGOと言うゲームだ。カードを選択しながら戦闘を進めて行くRPGで、その壮大な物語故に多くのユーザーを獲得している大人気ゲームアプリである。


 基本的に据え置きゲーム機で遊ぶことが多い俺だが、隼人があまりにも強く勧めてくるので、制作会社には申し訳ないが無課金で始めることにした。対人要素がないというので物足りないかとも思ったものの、始めてみると存外しっかりとしたストーリー展開で、大変よく出来たゲームである。もちろん俺は無課金で出来る範囲なので、戦闘面で苦戦することはあるが、課金ユーザーである隼人の支援もあって、何とか最新のステージまで進められている状態だ。


「お、やってるな?」


 ふと声のした方に目を向けると、そこにいたのは隼人だった。その手にはもちろんスマホが握られており、見慣れたPGOの画面が表示されている。


「どこまで進んだ?」

「二部六章の第八節」

「ああ、結構な難所のところな?」


 そう。俺はこのステージで結構苦戦していた。無課金と言うこともあって、戦力が足りず、どうしても前に進めないのだ。


「年末までには六章攻略しておきたい」

「お前もそろそろ課金すれば? 今ピックアップされてる奴。かなり強いぜ?」

「確かにそうかもだけど、課金はな~」


 いわゆるガチャ課金と言うやつだが、俺はどうもそれに前向きになれない。ただでさえ金に苦労してきた身だ。そうホイホイと浪費できる訳もない。皇さんの暫定執事になったことで収入に余裕は出来るだろうが、課金は少し躊躇われる。出来るだけ貯金に回そうと考えるのは、やはり貧乏が根に染みているからだろう。


 と、ここで皇さんが人垣を掻き分けて、俺達の前までやって来た。


「お待たせ。亮輔君」

「みんなの方はもういいの?」

「うん。だって大して面白くもないし」


 はっきりと言ってのける皇さん。


「あんまりそういうこと、口に出さない方がいいよ? みんなだって皇さんと仲良くしたくて話しかけてるんだし」

「私はその他大勢には興味ないもの。亮輔君がいればいい」


 そう言って貰えるのは嬉しいやら、恥ずかしいやら。だが大衆の前でそんなことを口にすれば、当然周囲に聞かれる訳で。


 俺の方を向いてクラスメイト達がヒソヒソと話し始める。その表情はお世辞にも見ていて気持ちのいいものとは言えない。俺が皇さんと仲良くしているのがそんなに気に入らないのだろうか。


「で? 亮輔君は何やってるの?」


 そんな周囲の反応も何のその。皇さんはいつもと変わらぬ様子で俺のスマホを覗き見た。


「PGOか~。私はやったことないけど、流行ってるらしいね」

「まぁ、俺も隼人に誘われて始めた口だけどね」

「ふ~ん。輝崎君も案外ゲーマーなんだ」

「俺は専らスマホゲーだけどね。何せ可愛い女の子がいっぱいいるし」


 動機は不純かもしれないが、それがゲームを支えるための収入に繋がっているのだから馬鹿には出来ない。隼人はバイトで稼いだ分の稼ぎのほとんどを課金に費やしていると言うし、会社としては貴重なユーザーだ。


「もしかして、輝崎君って結構オタク?」


 皇さんが俺の耳元で囁く。


「まごうことなきオタクだよ。深夜アニメもほとんどチェックしてるみたいだし」


 「おまけに女装趣味まであるし」という言葉は、隼人の名誉のために黙っておいた。


「へ~。あんまり興味なかったけど、少し気に入ったかも。好きなんだよね~。そういうギャップのある人って」

「マジで!? 皇姫に気に入られるなんてラッキー」


 いつの間にか皇さんを「姫」なんて呼んでる隼人も大概だが、こんな隼人を気に入るのだから、皇さんはなかなかお目が高い。隼人は一見チャラそうに見えるが、それでいて義理堅く、人情に厚い男なのだ。


 こう見えても隼人との付き合いは結構浅く、実は今年の春から。大層なイケメンであるということもあり、最初は近寄りがたかったが、同じオタク趣味だということがわかり仲良くなった。女装趣味があるとわかったのもその頃の話。本人が黙っていて欲しいというので、このことを口外したことは一度もない。


 と、そこへ朝練を終えたらしい凪が教室の戸を開けて入ってきた。今朝のことを引きずっているのか、その表情はいつもより硬い。


 などと思っていたら、凪は何を思ったのか、教室に入るなり声を張ってこう言った。


「りょ、亮輔! 話があるから今日の昼、一緒に食べないか!」


 凪はいつも女子友達と一緒に昼食を食べていたから、俺を誘うこと自体が珍しい。それに加え、今朝の出来事である。てっきり今日は口を聞いてくれないものと覚悟していた分、その提案には驚かされた。


 皇さんの目が鋭く細まる。まるで何かを察知したかのように。


「亮輔君。私もご一緒していいかな」

「え、でも……」


 皇さんは人気者だから、昼食はクラスメイト達の持ち回りとなることがいつの間にか決まっていた。もちろん俺はその中に入っていない。当然、クラスメイト達からの嫉妬の視線が俺に突き刺さる。


「いいから」

「う、うん」


 と言う訳で、俺と皇さん、そして凪の三人で昼食を摂ることが決まった。一体何が起きるのかと胃の痛い思いでいたが、昼休みまでの間は何とか平和なまま進む。どうやら皇さんと凪の間で無言の牽制のし合いが行われていたようだが、下手に踏み込んでことを荒立てるのもどうかと思ったので、俺はあえてその点には触れなかった。




 そして迎えた昼休み。チャイムがなると同時に、皇さんと凪の二人が一斉に俺の腕を取る。


「行くよ、亮輔君!」

「行くぞ、亮輔!」

「ちょっ――!?」


 女子二人に引っ張られる形で、俺は教室から連れ出された。その間にクラスメイト達が口を挟む余地はなく、数分もかからずに、俺達三人は中庭のベンチへと辿り着く。


 俺を真ん中に皇さんが左、凪が右に陣取って、何とも緊張感のある昼食が始まった。


「え、えっと~、凪。これ今日の弁当な」

「さ、サンキュー、亮輔」


 凪の頬がポッと赤くなる。


 いつもと違う凪の表情。何だこれ。凪のこんな顔見たことないぞ。


 俺は戸惑っていた。今の凪はどこか今までと違う。何と言うか、端的に言うなら『可愛い』のだ。あのイケメン顔で女子人気の高い凪が、女の子の顔をしている。少なくとも、俺にとってそれは一大事件だった。


「ど、どうした凪。何か変なものでも食ったか?」


 思わず心配になる。こんなに顔を真っ赤にしているのだから、もしかしたら熱があるのかも知れない。


 咄嗟に凪の額に手を当てる。凪の身体がビクッと震えるが、そんなことは今はどうでもいい。


「熱は……ないな。いや、ちょっと上がって来たか?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」


 凪が俺の手を振り払うと、今度は皇さんが俺の腕を取る。


「亮輔君。私も何だか具合が悪い気がするな~。ちょっと触って確かめてもらえる?」


 そう言って皇さんが近づけてきたのは、何と少しはだけた胸元だった。もう少しで下着が見えそうな絶妙なライン。少し捲れば見えるだろうが、そんなことをすれば、今も近くで控えているのであろう新垣さんが黙ってはいまい。


「皇さん、流石にそこは触れないよ」

「え~。亮輔君ならいいのに……」


 若干頬を膨らませながら、皇さんが抗議する。基本的には美人顔の皇さんだが、こういう顔は何とも可愛らしい。高校一年生という、小さな子どもではない、しかし大人でもない、絶妙なお年頃。その魅力が充分に詰まった表情は思わず見入ってしまうには充分だった。


「こら、亮輔。皇ばっか見てないで、こっちも見ろよ」


 両手で頬を挟まれ、無理やり顔の向きを変えられる。一体どうしたと言うのだろう。凪の行動がこれまでとは全く違う。今までは男友達に近い感じだったが、今の凪はどう考えても立派な女の子だ。いきなり触れられると、思わずドキッとしてしまいそうになる。


「どうしたんだよ、凪。ちょっと変だぞ?」

「変じゃない。気付いただけだよ」

「気付いたって、何に?」

「それは――」

「あ~、あ~! 亮輔君、早くご飯にしよう! 昼休みは有限だよ!」


 凪が何かを言おうとしたのを、妨害する皇さん。凪が何を言いかけたのかはわからなかったが、あんまりおしゃべりばかりしていると、昼休憩が終わってしまうのは事実。


 仕方なく、俺は弁当の包みを開くことにした。

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