第十五話 亮輔の選択/凪サイド
亮輔はまるで時間が止まってしまったかのように動かない。その時間がもどかしくて、あたしは身を震わせた。きっとあたしの顔は耳まで赤くなっている。ちらりと皇の方を見ると、彼女はむしろ楽しそうにしていた。何故この状況でそんな顔が出来るのか。あたしにはさっぱり理解できない。
どのくらい時間が経っただろう。亮輔はまだ動かない。それほど時間は経っていないはずだが、亮輔は今、何を考えているのだろうか。
時計の秒針は休むことなく時を刻み続ける。出来ることなら早くこの状況を何とかして欲しい。皇はともかく、もう私の方はいっぱいいっぱいだ。これ以上この状態が続くなら、あたしは箸を下げてしまうかもしれない。
先程までの気概はどこへやら。あたしは自分の行動を悔い始めていた。元々「あ~ん」なんて、あたしの柄じゃなかったのだ。亮輔とはどこまで行っても幼馴染で、今更男女の関係にはなりえない。あたしの想いは静かにしまっておくべきなのだ。
そんな風に考え始めた頃、亮輔に動きがあった。何と皇とあたし。両方の差し出した肉を一気に頬張ったのだ。
おかげで亮輔の口の中は肉でいっぱい。亮輔は苦労しながらそれを咀嚼し、ごくりと音をたてて飲み込んだ。
「うん。我ながら美味い」
皇もあたしも、亮輔の予想外の行動にあっけに取られ、しばらく呆けていたが、すぐに笑いがこみ上げてきて、思わず吹き出してしまった。
「なるほど~。そう来るか~」
「何だよ、亮輔~。それは反則だろ~」
勝負にはならなかったものの、これはこれでよかったのかも知れない。もし亮輔がどちらか一方を食べていたのなら、あたし達の関係はたぶん大きく変わっていただろうから。
「ところで亮輔君。食べた順番に何か意味はあるのかな?」
それでも皇の方は探りを入れてくる。この辺りは抜け目がないというか、正直あまり好きにはなれそうもない。
一方。亮輔の方はと言うと、皇の反応を読んでいたのか、すかさずにこう答えた。
「差し出された順番に食べた。他意はない!」
「ふ~ん」
なるほど。そういうことならば一応筋が通っている。亮輔らしい理由だ。
「うん。悪くない返答かな。どっちも選ばないってのは言語道断として、ちゃんと理由を持って順番に両方食べたってのは、この場での最適解だと思うよ」
それを聞いた皇は笑顔だったが、どうにも胡散臭い。作り物めいてるというか。どこか嘘くさいのだ。
「でも、模範解答過ぎてちょっとつまらないって感じもするな~」
確かに模範解答かも知れないが、それは亮輔が他人から好感を得ようと狙ってやってることではなく、あくまで素でやっていることである。皇は亮輔に何を求めているのだろう。
当の亮輔も困った様子で皇に問いかける。
「じゃあ、どうすればよかったのさ?」
「そりゃ~男らしくどちらか一方を選ぶんだよ」
皇のその一言に、先程までの焦燥感が蘇ってきた。
亮輔があたしの隣にいない未来。亮輔があたし以外の女と一緒にいる未来。上手く言葉に出来ないが、それはとても辛く、苦しいことなのは間違いない。それを亮輔に素直に伝えられたらとも思うが、それはそれで恥ずかしくて、とても口に出来そうにないのが現状。ふと亮輔の方に視線を向けると、彼は何を思っているのか。眉間にしわを寄せている。
「あ、その顔は無駄にあれこれ考えてる顔だね?」
「あっ」と思った時には既に遅かった。皇の右の人差し指が、亮輔の眉間に触れていたのだ。
「君は眉間にしわを寄せて似合うタイプじゃないから、もっとリラックスした方がいいよ。ほらほら、スマ~イル」
皇はそのまま、ぐりぐりと亮輔の眉間をこねてしわを取っていく。加えて極上の笑顔。亮輔の頬に赤みが差しているのが嫌でもわかった。
「そういうのはもっとかっこいい男子にやった方がいいよ。藤村とか大森とか隼人とか」
亮輔が名を挙げたのは、クラスでも女子の人気が高い三人だ。藤村は確かテニス部、大森はバスケ部、隼人――輝崎はサッカー部だったか。あたし自身はあまり興味はないが、仲良くしている女子達が何かにつけて話しているから憶えてしまった。
確かに身長も体格も顔の作りも亮輔より上かも知れないが、あたしはあまり好きじゃない。と言うのも、先程皇のことでも挙げた話だが、あの見た目も言動も、他人によく見られようと飾り立てたものでしかないからだ。
もちろんその過程にある努力を否定するつもりはない。亮輔だって高校進学に当っていろいろと試行錯誤していた時期がある。急に整髪料を使って髪形を弄ってみたり、田舎っぽさをなくすために言葉使いに気を使ったり。結局は持ち前の人見知りが発揮されて、いわゆる高校デビューには失敗した訳だが、亮輔なりに努力してきたことは、あたしが一番近くで見ていたからよく知っている。
「亮輔君には、私が見た目で人を判断する人間に見えるんだ」
「いや、そういうのじゃなくてさ! 皇さん美人だし、イケメンと並んだ方が映えるんだよ!」
「それって他人の主観だよね? 本人同士は関係なくない?」
これに関しては皇の言う通りだ。本人達の関係は本人達だけのものだし、他人が口を挟むようなことではない。あたしと亮輔も小学校に上がったくらいの頃に仲を冷やかされたこともあったが、当のあたし達は気にも留めなかった。生まれた時から一緒にいる幼馴染。それがあたし達の関係だからだ。
「俺、自信持ってもいいのかな?」
「むしろ持ってもらわないと、私が困るよ。初めて親に無理言って、転校と引越しをさせてもたったんだから」
その関係に割って入って来ようとしている皇。正直あまり気持ちのいいものではない。それでも、あたしは亮輔の味方でいたいし、実際に味方でいるつもりだ。亮輔が望むことなら何でも叶えてあげたいし、一緒に努力することだっていとわない。
あたしはそれを伝えたくて、でも素直に伝えるのはちょっと恥ずかしくて。
「亮輔が何に悩んでるかはわからないけど、あたしはお前の味方だぜ」
結局、腕を組んで斜に構えながら、そう言うのが精一杯だった。
「ありがとう、凪。俺、今からでもがんばってみるよ」
相変わらず、亮輔のこの素直なお礼はあたしに効く。思わずにやけそうになる口元を必死で引き締めながら、あたしはそっぽを向いた。そのせいで、この時に皇がどんな顔をしていたのか、あたしは気付くことができなかったのだ。
その後はつつがなく食事が済み、後片付けを終わらせて解散という流れになる。自室に戻ったあたしは、シャワーを浴び、いつものパジャマで身を包んだ。
「明日も朝練だし、亮輔に起こしてもらわないと」
あたしはその旨を
「今日も疲れたな~。皇が来る前はこんなに疲れる感じはなかったんだけど……」
理由はよくわからないが、皇が現れてからこっち、妙に心労が溜まっているように感じた。この時に自分の想いに気付いていれば、もっといろいろと対策が出来たのだろう。が、それはあくまで「もしも」の話であり、今更どうこう言うことではない。
しばらくして、あたしは痛感することとなる。あたしと亮輔の関係。皇と亮輔の関係。それらが少しずつ、だが確実に変化して行っているという事実を。
と、亮輔からの返信が届いた。
『了解。いつもの時間に起こしに行く』
短い文章。しかしあたしにとっては亮輔からもらった掛け替えのない言葉だ。あたしはベッドの上で少し悶えてから、掛け布団を頭まで被った。この幸せを抱いたまま、今日は眠りにつこう。しばらくは顔がにやけて、寝付けないだろうが。
そして迎えた翌日。まさかあんな事になるなんて、あたしは夢にも思っていなかった。
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