第十四話 亮輔の選択/琴音サイド
最初はちょっとしたイタズラのつもりだった。そりゃ玖珂崎さんの前でやればどういうことになるかわかってやっていた部分もあるし、亮輔君がフリーズするのは当然と言えば当然だろう。
それでも、ちょっと期待している自分もいた。亮輔君が自分を選んでくれたらと思うと胸が弾む。何故なのかは、自分でもよくわからない。どうしてこんなにドキドキしているのか。どうしてこんなに不思議な高揚感に包まれているのか。自分のことがわからないなんて、今までは感じたことのない感覚だから、とても新鮮だ。
私が差し出したお肉と、玖珂崎さんが差し出したお肉。その両方を交互に見詰めながら葛藤している様子の亮輔君。彼は今、何を思っているのだろう。女の子二人に、いわゆる「あ~ん」をしてもらって、少しはドキドキしているのだろうか。
調べた限り、亮輔君にはこれと言った女性経験がない。実際に話してみた感じ、玖珂崎さんともただの幼馴染止まりのようだし、彼女を女性として見ているかも怪しいところだ。こうして積極的にアタックされてきた経験もないはずである。
だからこそ、この「あ~ん」にどう対処するかが気になった。果たして、彼の選択は――。
と思ったら、彼は私の想像よりやり手であった。私と玖珂崎さん、両方のお肉を頬張って咀嚼し、飲み込んだのだ。
「うん。我ながら美味い」
多少額に汗しているものの、満足気に頷いている亮輔君。その姿に私と玖珂崎さんは呆気に取られたが、すぐに堪えられなくなり、吹き出してしまった。
「なるほど~。そう来るか~」
「何だよ、亮輔~。それは反則だろ~」
そうなると気になってくるのが食べた順番である。私はそれを明らかにすべく口を開いた。
「ところで亮輔君。食べた順番に何か意味はあるのかな?」
すると亮輔君は、待ってましたとばかりに返答する。
「差し出された順番に食べた。他意はない!」
「ふ~ん」
彼の返答に、私の中の意地悪心が首をもたげ始めた。
「うん。悪くない返答かな。どっちも選ばないってのは言語道断として、ちゃんと理由を持って順番に両方食べたってのは、この場での最適解だと思うよ」
まずは素直に彼を褒めてから、一言添えてみる。
「でも、模範解答過ぎてちょっとつまらないって感じもするな~」
これには亮輔君もたじろぎ、視線を泳がせてた。しかしそれも一瞬のこと。再び私を見据えて口を開く。
「じゃあ、どうすればよかったのさ?」
「そりゃ~男らしくどちらか一方を選ぶんだよ」
少々踏み込んだ発言だったのは承知している。それでもこの一言を言わないという選択肢は、私の中にはなかった。
案の定、熟考に入る亮輔君。段々険しくなっていく表情に、彼の自己肯定感の低さが垣間見える。
私は別に、彼にそんな顔をして欲しくて言った訳ではないのだが、言ってしまった言葉を取消すことは出来ない。
「あ、その顔は無駄にあれこれ考えてる顔だね?」
だから私は、彼の眉間のしわに指先を押し当て、解すようにぐりぐりと動かした。
「君は眉間にしわを寄せて似合うタイプじゃないから、もっとリラックスした方がいいよ。ほらほら、スマ~イル」
お手本のような笑顔を作って見せる。これは人心掌握に必要な技術として練習したものだが、大抵の人はこの笑顔に騙されてくれるのだ。しかし亮輔君は顔を曇らせる。私の笑顔でも、亮輔君の心は掴めないらしい。
「そういうのはもっとかっこいい男子にやった方がいいよ。藤村とか大森とか隼人とか」
と思ったら、なるほどそういうことか。彼の自己肯定感の低さは、筋金入りのようだ。私は少々大げさにため息をついて見せる。
「亮輔君には、私が見た目で人を判断する人間に見えるんだ」
「いや、そういうのじゃなくてさ! 皇さん美人だし、イケメンと並んだ方が映えるんだよ!」
「それって他人の主観だよね? 本人同士は関係なくない?」
亮輔君に美人だって言われるのは嫌じゃないが、そこでイケメンと並べられても嬉しくない。私は亮輔君の人間性が気に入ったのであって、決して見た目で判断したのではないのだから。尤も、亮輔君の見た目が悪いとは、私は思っていないのだが。身長も私より高いし、個人的には理想的な身長差だと思っている。
確かに亮輔君の身長は男子の中ではあまり高いとは言えない。しかし、これから伸びる可能性もある訳だし、それほど気にする必要はないと思う。少なくとも、私はあまり身長差があるといろいろと大変なのではないかと思ってしまう
むしろ自分を着飾ってイケメンに見えるようにしている男子の方が、私の目には微妙に映る。多少の語弊は覚悟の上で言うが、彼等は自分を優位に見せるためだけにああして着飾っているだけだ。それは目を見れば大体わかる。
人間の思考は多くの場合視線に反映されるものだ。今までにもそういう視線に晒されて来たことがある。大抵はうちの財閥に取り入りたい男連中だったが、その視線たるや、女を舐め回すようにねっとりと絡みつくようなもので、はっきり言って不快なものが大抵だ。今のところ、うちには男の跡取りがいないため、この界隈では私の夫として後釜を狙う者で溢れかえっている。
そういった者達に比べれば、クラスの男子の視線など可愛いものだが、それでも向けられていて不快な視線はいくつもあるのが現状。私を得ることで自分を着飾りたいという魂胆が見え見えで、とても付き合ってはいられない。
そこに来て亮輔君はどうだ。私が皇財閥のお嬢様だとわかっても普通に振舞ってくれるし、気遣い上手で優しいし、料理は上手いし、もう最高である。彼を是が非にでも手に入れたいと思うのは、きっと自然なことなのではないだろうか。
「俺、自信持ってもいいのかな?」
「むしろ持ってもらわないと、私が困るよ。初めて親に無理言って、転校と引越しをさせてもらったんだから」
あれやこれやとそれっぽい理屈をつけて、両親を説得した。その行動が間違っているとはこれっぽっちも思わない。むしろそうすることが正しかったのだと両親に思わせるくらいの結果を残さなくては、皇家の血を引くものとしては不適格と言えよう。
そう思いながら、亮輔君を見据えた。彼は彼なりに葛藤しているのだろうが、彼が何と答えたとしても言い負かす用意は出来ている。後は隣にいる玖珂崎凪をどうにかすれば、亮輔君は晴れて私のものだ。
と、ここでこれまで黙っていた玖珂崎凪が口を開く。
「亮輔が何に悩んでるかはわからないけど、あたしはお前の味方だぜ」
腕を組み、多少つっけんどんに言ってはいるが、頬が紅潮しているのを、私は見逃さない。やはり彼女は私の計画の邪魔になる。そう判断せざるを得なかった。
「ありがとう、凪。俺、今からでもがんばってみるよ」
そんなこととは露知らず、亮輔君は玖珂崎凪に礼を言う。「ふん」と鼻を鳴らしてはいるものの、その様子はさながら尻尾を左右にぶんぶんと振る犬のようだった。
ともあれ、こうして亮輔君の自身改造計画は始まったのだ。私は適切な距離に陣取り、それとなく支援していけばいい。それが最終的に私の利となるのだから、手を抜く訳にはいかないというもの。
この時、私は気付いていなかった。その感情を何と呼ぶのか。私が求めている亮輔君との関係。それが本当に主従なのか。もう少し早く気付いていれば、あそこまで状況がこじれることはなかったはずだ。
夕飯を済ませた私達は、就寝のため、それぞれの部屋へと戻ることとなる。部屋に戻った私は、早速新垣を呼び出した。
「新垣。明日までにコレ、用意できる?」
スマホの画面を見せながら言うと、新垣は「当然」とでも言うように、首を縦に振る。
「早速手配させます。お届けは明日の朝でよろしいですか?」
「ええ。色は黒でお願い」
「承知いたしました」
新垣の気配が消えた。どうやら早速行動を起こしに行ったようだ。
「亮輔君、明日を楽しみにしててね?」
私は一人部屋の中で静かに笑みを浮かべた。それは今まで練習してきた作り笑いではない、本当の、心からの笑顔だったことを、私は後に気付くことになる。
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