第三章 転校生VS幼馴染

第十三話 亮輔の選択/亮輔サイド

 どのくらい時間が経っただろうか。一瞬のような気もするし、数分のような気もする。突然突きつけられた予想外の選択に、俺の思考は完全にストップしていたのだ。


 しかし、いつまでもこのままという訳にも行かないだろう。少し冷静になって見てみると、皇さんは満面の笑みを浮かべ、一方の凪は耳まで真っ赤にしている。凪の方はいっぱいいっぱいだが、皇さんはこの状況を楽しんでいるようだった。


 それにしても、この状況。どうしたものか。どちらか一方を選べば、選ばれなかった方に角が立つ。それならと両方とも選ばなかったら、それは男として何かよくない気がすると言うもの。ならば――。


 俺は皇さんの差し出した方から先に口をつけ、その後凪が差し出した方も口に放り込む。口の中が肉だらけだが、何とかそれを咀嚼して、豪快に飲み込んだ。


「うん。我ながら美味い」


 俺が作ったしょうが焼きは、プロの作るそれにも負けていないのではないかと言う出来だった。


 しばらくポカーンとしていた皇さんと凪だが、すぐに吹き出して笑い始める。


「なるほど~。そう来るか~」

「何だよ、亮輔~。それは反則だろ~」


 とりあえず気まずい雰囲気になるのは避けることが出来た。俺は心の中で胸を撫で下ろす。


「ところで亮輔君。食べた順番に何か意味はあるのかな?」


 流石は皇さんと言うべきか。鋭い指摘をしてくる。しかし、それについては予測済みだ。俺は胸を張ってこう言った。


「差し出された順番に食べた。他意はない!」

「ふ~ん」


 薄く笑みを浮かべ、値踏みするように俺を見てから、皇さんはにっこりと微笑んだ。


「うん。悪くない返答かな。どっちも選ばないってのは言語道断として、ちゃんと理由を持って順番に両方食べたってのは、この場での最適解だと思うよ」


 どうやら新しい雇用主に幻滅されずに済んだようである。何とか今回の窮地は脱することが出来た。


「でも、模範解答過ぎてちょっとつまらないって感じもするな~」


 いや。俺の行動に関する言及はまだ続いていたらしい。


「じゃあ、どうすればよかったのさ?」

「そりゃ~男らしくどちらか一方を選ぶんだよ」


 どちらか一方を選ぶ? 皇さんと凪のどちらかを? この場合の選ぶってのは、要するに女性としてどちらを選ぶかってことだろ?


 正直しっくり来ない。


 皇さんとはまだ出会ったばかりでわからないことも多いし、凪は付き合いが長過ぎてそういう対象と認識するのが難しいのだ。


 俺はこれまで恋というものをしたことがなかった。いろいろと理由はあるが、一番の理由は自分に自身がなかったこと。こんな自分が誰かを好きになっていいだなんて、思ったこともない。


 今までモテたことなんて一度もないし、俺の近くにいる女子なんて凪くらいのものだった。その凪ですら、女子と言うより凪なのだ。急にそういう話を出されても、答えらしい答えを出せる訳もない。


「あ、その顔は無駄にあれこれ考えてる顔だね?」


 そう言って、俺の眉間に人差し指を押し当てる皇さん。そのまま眉間を解すようにぐりぐりと指を動かす。


「君は眉間にしわを寄せて似合うタイプじゃないから、もっとリラックスした方がいいよ。ほらほら、スマ~イル」


 まるで手本を示すかのように笑顔を作ってみせる皇さん。一部の隙もない完璧な笑顔。本来なら、この顔を向けられて好感を持たない男子はいないだろう。しかし俺は、返って腰が引けてしまった。


「そういうのはもっとかっこいい男子にやった方がいいよ。藤村とか大森とか隼人とか」


 俺は適当にクラスのイケメンの名を上げた。その方が絵面的に似合う。皇さんほどの美少女はイケメンと並べた方がいいに決まってるのだ。


 すると皇さんは盛大にため息をついた。


「亮輔君には、私が見た目で人を判断する人間に見えるんだ」

「いや、そういうのじゃなくてさ! 皇さん美人だし、イケメンと並んだ方が映えるんだよ!」

「それって他人の主観だよね? 本人同士は関係なくない?」


 皇さんの言い分は尤もだ。誰と付き合うかは本人同士の問題であって、他者からどう見えるかは関係ない。結局は、当人同士がどう思っているのかが重要なのである。


 これを自分に当てはめて見たらどうだろう。


 俺は身長も特段高い訳でもないし、顔もパッとしない。成績は普通。運動神経には多少自身はあるけど、トップの連中と比べたらまだまだと言ったところ。自分を変えたいと上京はしてみたものの、高校デビューに失敗した陰キャオタク。


 対する皇さんは、女子としては比較的身長は高め。顔やスタイルはトップモデルも裸足で逃げ出すほど。転校して来たばかりだが、成績は優秀で、運動神経もアスリート並み。コミュニケーション能力が高く、誰とでもすぐに打ち解ける。何よりあの皇財閥のご令嬢だ。一般人が持っていないものを全て持っている。まさに雲の上の存在と言っていい。


 そんな俺と彼女が釣り合うかで言ったら、当然答えはノー。今は執事と言う役職で彼女と繋がっている状況だが、それすらもおこがましい。しかしそれはあくまで他人の目線から見た感想であり、俺と皇さんは実際に執事とご主人様という関係なのだ。誰が何と言おうと、そこに一切の齟齬はない。


 俺が皇さんの傍にいる理由は確かに存在する。きっかけは彼女の気まぐれではあるが、今こうして食卓を囲んでいると言うのは事実。他の男子と比べ、明らかに俺は皇さんに近い場所にいる。


「俺、自信持ってもいいのかな?」

「むしろ持ってもらわないと、私が困るよ。初めて親に無理言って、転校と引越しをさせてもたったんだから」


 皇さんは覚悟を持って、このアパートに引っ越して来た。それはかつて、上京を志した時の俺と同じなのではないか。俺の場合は失敗に終わったが、皇さんまで巻き込むのは違う。執事となること決めた以上、皇さんの期待には出来る限り答える義務が俺にはあるのではないか。


 俺は皇さんを見て、それから凪を見る。皇さんと凪は、真っ直ぐに俺を見据えていた。


 この先どうなるかは、今の俺にはわからない。皇さんとの関係が、凪との関係が、この先変わってしまうこともあり得るだろう。それがいい方向への変化なのか、それとも悪い方向への変化なのかは、今後の俺次第である。


 誰と仲良くして、誰と付き合っていくのか。それを決めるのは他でもない俺自身だ。時には上手く行かないこともあるだろう。しかしそこで諦めてしまったら、俺自身が掲げた目標に反することになる。


 今からでも遅くはない。変えるのだ、自分を。これまでの引っ込み思案で何もしない俺ではなく、新しいものを自ら掴み、人と関わる中で自分を高めていく。そんな自分に、俺はなるのだ。


「亮輔が何に悩んでるかはわからないけど、あたしはお前の味方だぜ」


 凪が腕を組みながら言う。その顔がやや赤面して見えたのは、照明のせいだろうか。


「ありがとう、凪。俺、今からでもがんばってみるよ」


 こうして、俺の高校デビュー作戦は再び開始された。何から手をつければいいのかはよくわかってないが、まずは皇さんの執事という役割をまっとうするところからだろう。学校での立ち居振る舞いも変える必要がある。


 相変わらず執事という仕事についてあまり詳しいことは知らないが、ご主人様である皇さんが快適に過ごすことが出来るようにと考えるのが一番だろう。こうなると、俺もクラスメイトと交流を持たないと話にならない。何かあった時、皇さんとの間に割って入る必要も出てくるであろうからだ。


 皇さんは人気者だし、基本的に周囲には人が集まる。今はまだいないが、そのうち皇さんとの交際を目的に近づいてくる者も現れるだろう。そういった際に防波堤となるのも、恐らく俺の仕事のはずだ。きっと相手はリア充イケメンばかり。今までならば関わろうとも思わなかったであろう彼等とも、角の立たない交渉を行わなければならない。果たして、俺にそんなことが可能だろうか。


 そんなこんなで夕飯を済ませ、一同解散の流れとなる。


 考え始めると不安が尽きないが、やると決めたのだ。とりあえず明日から、俺は新しい俺になる。ベッドの上で大きく息をついてから、俺は静かな眠りへと落ちて行った。

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