第4話 俺と中坊②

 ジリジリと照りつける夏の日差しの中、懐かしの通学路を歩いていると、当時のもどかしさや苦しさが思い出された。


「はぁ、やっぱりぼっち登校は辛いな」


 俺の言葉にただ唇を噛み締めて頷く中坊の俺。


 入学当初は、小学校からの友達と一緒に部活の話や好きな人の話をしながら登下校をしていた。それがいつしか、小さな言い争いからケンカになって……俺が勝手に一人で行動する様になったんだったな。


「なぁ」


「ん?」


「父さんは元気か?」


「元気だよ……多分……お母さんが死んでからは朝から晩まで働いてるから家でもあんまり顔見てないけど……。どれだけ仕事が好きなんだよ。あんなの社畜じゃん」


「あぁ、そうだったな……」


 父さんはお母さんが死んでからというもの早朝から深夜まで働いて俺を養ってたんだったな。当時は親子の会話も無い寂しさから素直になれず父さんとはギクシャクしてたっけ。まぁ、後に俺が不自由なく暮らせる位の貯蓄をしてた。なんて気付くのはまだ先の事か。



 ふと、中坊の俺が道脇のガードレールの前で立ち止まると、学生服のポケットからパンを取り出して地面に置いた。


「よーし、出てこい」


「ミャー」


 甲高い泣き声と共に一匹の黒い子猫がガードレールの下からヒョッコリと顔を出した。


「おぉ、クロ! 久しぶりだな」


 パンに貪りつくクロを前に俺は興奮を隠し切れずにいた。


「ミャー」


 クロはパンを食べ終えると俺の足元に擦り寄り何度も甘えてみせた。その様子を見た中坊の俺は呆気に取られていた。


「えっ? クロは俺にしか懐かないと思ってたのに」


「バーカ。だから、俺はお前でお前は俺だっての」


「ミャー」


 クロはこの夏以降、俺の前に姿を現すことは無くなった。恐らく夏の終わりに上陸した大型台風の影響だろう。こんな吹きっさらしの場所では雨風を凌げなかったのだと思う。


「なぁ、父さんにクロを飼っていいか相談してみたらどうだ?」


「はっ? 無理に決まってる。別にクロをペットにしたいなんて思って無いし。それにあの堅物の父さんがペットなんて許す訳ない」


「素直になれよ。案外うまくいくかもよ」


「無理だよ……」


「大丈夫だ。未来のお前が保証する」


「なんだそれ」


 堅物の父さんか……。確かに俺も父さんの遺品整理をするまで気付けなかった。書斎の隅に積まれた山積みのペットショップの広告や飼育方法マニュアル。西暦はいずれも俺が中学生の頃のものだった。


 今思い返すと父さんの会話の節々には「犬は体温調節の為に舌を出している」だの「猫の味覚は甘味を感じない」だの、変な動物雑学がよく登場していた。それは俺が「寂しいからペットを飼いたい」と言うのを待っていたのかもしれない。だとしたら不器用にも程があるのだがな。


 素直になれない不器用さ。俺が言うのもなんだが結局のところ親子なんだな。


「暑いなぁ」


 強い日差しのせいか目の前のアスファルトがボヤけて見えた。

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