第2話 俺と少年②
「ばいばーい」
散り散りに家へと帰っていく少年達の背中を夕焼けが優しく照らしている。この名残惜しい感覚は久しぶりだ。
少年の俺は他の少年達の姿が見えなくなるとクルリと俺に振り返った。
「おじさん、キーパーありがとうね」
「あぁ、たまには運動も良いもんだな」
「おじさん、それで僕に何の用なの?」
少年の俺にそう言われた時、本題を忘れる程、年甲斐もなく童心に帰っていた自分にハッとする。
「あぁ、そうだ……お前、お母さん好きか?」
「うーん、普通かな」
少年の俺はそう答えると唇をとんがらせて下を向いた。
照れ隠しの癖はこの頃からか。
「いいか、よく聞けよ! あのな、お前のお母さんはもうすぐ死ぬんだ。癌って病気なんだ」
「ダン? 病気なら病院行ったら治るじゃん!」
「治らない! もう手遅れなんだ。俺……いや、お前に心配をかけたくないからってずっと前から黙って治療を続けてたんだ。でも、来年お前が小学四年生になる頃、お母さんは死んでしまう」
「嫌だ! おじさんの嘘つき!」
少年の俺は怒りと悲しみを織り交ぜた様な表情で俺をキッと睨んだ。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「信じたくなければ信じなくてもいい。ただ、約束して欲しい。照れ隠しなんてせずにお母さんに毎日「大好きだよ」って伝えてあげて欲しい。もしかしたらそれで癌が治るかもしれない」
「治すもん! 僕がお母さんに「大好き」って言ってダン治すもん! おじさんは嘘つきなんだ!」
少年の俺はそう言い張ると鼻息荒く俺を睨み続けていた。するとその時、
「けんちゃーん? どこー? けんちゃーん?」
と、遠くから聞こえる優しく懐かしい声に俺の心臓は高鳴った。この声は間違いなくお母さんの声だ。お母さんの顔を見るとつい泣き出しそうな自分を律する様に俺はベンチに腰を掛けると帽子のツバを下ろして顔を俯けた。
「あら、けんちゃん。そちらの方は?」
「嘘つきのおじさん」
「こら、けんちゃん。そんな言い方しないの。すみませんね、遊んで頂いてたんですよね。ありがとうございました」
足元しか見えていないがお母さんが俺に頭を下げているのが分かった。
「ほら、けんちゃんお礼言って帰るよ」
「ふん……キーパーありがとう」
「では、失礼します」
小さな二つの足音が聞こえなくなると俺はベンチから立ち上がり、随分と痩せこけたお母さんの背中にぶんぶんと手を振り続けたのだった。
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