Epilogue

 なんだか長い夢を見ていたようだ。それこそ一年分の夢。もう卒業していてもおかしくない。それにしても暑い。エアコンをつけてくれても良いと思う。おかげで汗びっしょりだ。きっとシャツを絞ったら、それだけで人間の一日に必要な量の水分が確保できそうだ。飲みたくはないけれど。にしても蝉の音が五月蝿い。こっちは絶賛睡眠中だぞ・・・。ってあれ・・・。


ユウマは突っ伏していた机から顔を少し上げた。机には見慣れない・・・いや懐かしい問題用紙が机の上にベトベトになって置かれている。ベトベトなのは涎のせいだとは分かるのだが、同じ問題ということに疑問を抱いた。ユウマは咄嗟に時計を見た。それから黒板に書かれている日付も確認した。


10分?たった10分しか経っていない?まるで本当に夢だったみたいじゃないか。あの冒険劇、死にかけの冒険が全て夢だった? 確かにデボネアは好条件を出してくれた。


『お主の体が持たない、というのは分かるの? じゃが儂としては借りを作ったままというのは嫌でな。その精神と記憶、つまりアダムの欠片を元の世界に戻してやろう。どうじゃ?win-winであろ?』


「全くもってwin-winじゃねぇよ。俺の精神勝手に連れ出して勝手に戻されるって0=0だからね? ま、それでも好条件には違いない。俺まで無限地獄は勘弁だ。」


確かにそういう条件を呑んだ。だからと言って、たった10分後に戻れるとは思わなかった。こうなると俄然全て夢説が有力になってくる。壮大な夢を見たもんだ。それにしても、日本史、ヤマが外れてんだよなぁ。あの世界の歴史なら嫌と言うほど脳裏にこびりついているというのに。しかもごっちゃになって全然分からない。だー、絶対に赤点だ。なんで江戸時代の改革って全部覚えづらいの?もっと光の改革とかそういうのだったらいいのに・・・。


ユウマは頭を抱えながら問題を解いていった。当然こちらの歴史だし、日本語で書かれている問題文だ。10分前のユウマならギリギリ赤点を回避できていたかもしれないが、人の名前が漢字という文化に久しぶりに触れた為、全然頭に入ってこない。こうなったらオリジナル歴史でも書いてやろうかとも思ったが、久しぶりの世界でいきなり頭おかしい、悪魔付き・・・いや、そもそもそんな言葉もない。本当の意味でただのバカデビューをしてしまう。なんとなーく一年くらい前の記憶を思い出しながら回答欄を一応埋めたところでチャイムが鳴った。


回答用紙は教員が一つずつ回収していく。問題用紙と同じように後ろに回していけばいいのに。こういうカンニング対策だけはきっちりやっているらしい。いや、そもそも受験前なのだ。予行演習も兼ねていたのだった。そういうことさえ忘れている。そもそもそんなことはどうでもいい。あれは本当にただの夢だったのか。例えば夢と仮定しよう。・・・いや言うまでもなくその論理は成立してしまう。


・・・うーん。こじつけようと考えたら、あれか相対性理論的なやつか。この世界、いやこの宇宙が超次元的に見ると光の速さ近くで移動していて、あちらの世界との時間の流れが違うパターン。つまり向こうの世界での1年がこちらの世界の10分だったという無理矢理理論ならいけそうな・・・いや無理矢理すぎるか。


ユウマが呆けていると、教員がユウマの回答用紙を回収に来た。そしてユウマの隣で立ち止まった。全くでたらめな回答に呆れているのだろうか。気まずい空気にユウマが教員の顔を覗き込もうとした時、自分の体が金縛りのようになっていることに気がついた。体が全然動かせない。そしてユウマの視界の外、教員の顔が近づいてくるのが分かる。金縛り特有のホラーな感じだ。


『時間の流れね。概ね正解じゃ。でもお主の精神は一度神になった。じゃからこの世界をちょっとだけ改造したのじゃが・・・。それくらい許せ。』


教員は何食わぬ顔で次の生徒のところへと向かう。まるでさっきのことがなかったかのように。中途半端な時間に眠ってしまったのだ。金縛りは夢の延長という話もよく聞く。勿論夢だったと解決しても良い。


けれども、さっきからずっと紙屑を投げてくる理沙、彼女はあんなに金髪であんなに綺麗だっただろうか。 それにその隣に座っている恵、彼女の髪もあんなに青みがかっていただろうか。そしてなにより、期末テストの回収直後に転校生の紹介だと?こんな時期に転校生?しかも髪の毛は白く、瞳が赤く、ロリ巨乳で紅莉栖という名前の美少女が、今自己紹介をしている。


流石にこれは偶然という言葉も、全部夢オチという言葉も尻尾を巻いて逃げ出しているだろう。



「デボネアの奴・・・。何がちょっとだけだよ。あの親バカめ」




          了

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あの子の為ならば、たとえこの身が裂かれても 綿木絹 @Lotus_on_Lotus

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