この世界の為ならば
ユウマの手に突然日本刀が現れた。少なくとも周りの神にはそう見えた筈だ。デボネア自身がこの世界に姿を現してしまうと、次元厄災がどうのこうの関係なく世界が消滅してしまう。それにユウマには良く分からないが、デボネア自身で手を下すことが出来ないらしい。それで結局その執行役に選ばれてしまったわけだ。この世界では何故か代表に選抜されることが多い。しかも全て戦いの最前線という悪運でしかない。
「よう、次元厄災ヴェルトロ。お前の執行が決まったぜ。」
ユウマは日本刀を抜刀し、切先をヴェルトロに向けながら煽るように話す。それにしてもJKといい、日本刀といい、デボネアは地球の日本を観光中なのではないだろうか。それはそれで面白いじゃあないか。とにかく何もできなかったさっきまでとは全然違う。やれることができたのだ。ユウマとしてはそれをやるしかない。
「おうyびうのデボネアじcfgvhjbkんl!!!」
言葉にはなっていないが『デボネア』という言葉だけは聞き取れた。ヴェルトロもおそらくユウマがデボネアと接触したと理解したのだろう。ということは敵認定を受けてしまったというわけだ。なんだかんだ次元厄災とは言っても、未だ活動をしていなかった。それでもどんどん世界は壊れてしまうわけで・・・。などと心の中で言い訳をしながらユウマはヴェルトロを迎え討つ。
「痛!!」
どうやっても避けにくい。そもそも遠近感がまるで意味をなさない。二次元のゲームがあったとして、壁越しに相手の攻撃を避けようとしても、その真上から攻撃をされている感覚だ。どこにいてもお見通しになってしまうので、避けるという行動そのものが不可能に近い。ヴェルトロは手足を適当に動かしているだけなのだろうが、どこにいても当たる。その度に体が欠損してしまう。
だが、それだけならば回復できるから良い。四次元空間を突かれる攻撃が全然慣れない。思考は未だ三次元のままだ。それにヴェルトロは四次元以上の存在だろう。四次元空間でさえ見当違いの方向から攻撃がくる。
ただそんなことは分かりきっている。この状態で戦えるのならわざわざデボネアに頼みなどしない。それこそアルテナスに任せても何の問題ない。全員でタコ殴りにして仕舞えば良い。だからユウマは限定的な手段を選択するしかなかった。だがそこに持っていくまでが難しい。
「ヴェルトロ、こっちだ!」
ユウマは次元の狭間へと意識を向けてそちらのヴェルトロを挑発した。結局ヴェルトロの油断を誘うしか戦う術が思い浮かばない。三次元レベルの地上は今、空間がねじ曲がった地獄のような状況だが、もしこの状況で生きていられる防護服のようなものが存在したとすれば、ユウマとヴェルトロはほとんど動いていないように見えるだろう。もしくは普通にすれ違っている程度にしか見えない。三次元では彼らの影しか投影できていないのだから、全てを把握するなど無理な話だ。むしろほんと見えていないようなものだろう。遠近感を無視したようにヴェルトロが何かを突き出せば、まるでトリックアートを見ているかのようにユウマの半身が吹き飛ぶ。
「くそ、どのタイミングなんだよ。」
ユウマの本体は三次元空間も四次元空間もボロボロだった。早く決着を付けなければこの世界から完全に消滅させられてしまう。勿論、その覚悟は既にしているのだが。
□
「次元を切り離す? これで?」
ユウマは蓮の花を象った鍔の刀を両手で持ちながら、七色に光る刀身を眺めていた。
「危ないからここで振り回すなよ。『涅槃寂静』という技名が適当かのう。その刀は次元を切断する力を持つからの。ヴェルドー自身の意識や煩悩を全て引き剥がす。じゃからヴェルドーの本体をなるべく多次元に移行させた後に、三次元空間でその刀をヴェルドー自身に突き刺せば良い。簡単じゃろ?この世界の英雄くん?」
世界の破滅がかかっているというのにそれでもどこか楽しそうなデボネアだが、一応対応策は用意してくれているのだ。どれだけイラッとしても今回ばかりは大人しく話を聞くべきだろう。
「次元切断刀・・・って感じかー。」
『うむむ。なんかダサいから嫌じゃ。そうじゃのぉ・・・。』
ダサいとかこの際どうでも良いんだけど、そもそも名前を決めてなかったのか、デボネアはしばらく黒いストレート髪を前に垂らして俯きながらブツブツと何かを言っている。
『そうじゃな。『那由多刀』とかがなんか良いかもしれんな。』
「なぁ、さっきからどうして仏教用語? あれか? やっぱ今日本文化にハマってんのか?」
『そんなことはない!! お主がちゃんとイメージを湧くようにと考慮しているのじゃ。ハマってなどおらんわい。ハマってたら、あまかけるりゅうの・・・』
「いい、いい、いい、いい!! それ以上言うな。もういいよ、那由多刀で。それくらいエネルギーが篭ってるってことだろ?」
確かに仏教の国だが、そんなに詳しいわけではない。簡単な言葉をネットで調べた程度くらいしか知識もない。要はとんでもなくエネルギーが込められているということだろう。とりあえずデボネアは日本のサブカルにも詳しいようで・・・。
『先程の契約っていうのはほとんど後半のケアのことじゃ。その刀を使えば・・・』
「分かってる。それでもこれしかないんなら、やってみるさ。ってやれるかな、俺。」
『儂が出来ると言ったら、出来るのじゃ。儂が言うようにやってみろ、そうすればお主にも分かるじゃろう。」
□
分かるだとか、出来るだとか。全てを見通せる力を持っているだろうデボネアがそう言うのだから間違いないのだろうけれど、それくらいしか説明を受けていないのだからとにかくヴェルトロを誘い出すしかない訳で・・・。
『聡明で美しき月の象徴ルーネリアよ。我ユウマの名の下に命じる。この悪の権化に天誅を。
一応異次元空間で唱えてみたが、何の変化もなさそうだ。どこからもそれらしき力の流れは感じられない。そもそもこの力は三次元のあの世界用の魔法だ。さらに上の次元を支配されていれば力などどこからも来やしない。
「おいおい、俺にもお前の満ち足りた力ってのを分けてくれよ。自分だけ悦に浸っていないでさ。」
声として届くのかは分からない。それでも挑発しなければ、三次元のことを考えさせないようにしなければならない。
『デボネアに何をされたか知らないが、俺からすればお前の様子を全ての角度から把握できる。あと一歩、お前の刀があればどうにかなりそうだ。』
あらあら、奴さんこっちの世界では自我がちゃんと有ったようで。それならそれで助かる。この刀のことも流石に気が付いていたようだ。勿論それが何かまでは分からないだろう。この中にどれほどの力が封入されているかなど、ヴェルトロにも知覚できない筈だ。
「ってか、お前あと一歩って感じだな。俺もだんだんこの高次元ってのにも慣れてきたぞ。」
ユウマは抜刀せずに鞘のまま上方に向けて素振りをしてみた。だが予想通り手応えがあった。この刀は鞘も含めてヴェルトロの上をいく存在なのだろう。
『デボネアの刀ぁぁぁぁ、よこせぇぇぇぇ!!』
ヴェルトロのエネルギー?物理?どちらかは分からないがユウマ本体が弾けそうになったその時、鍔の蓮が七色の光を放ちながら開花した。
『僕◯ッキー、ユウマ、今だよ!』
よくみたことのあるマスコットがお釈迦様の代わりに蓮の花に現れてそう言った。
「人の気も知らないで、ネズミの夢の国行ってんじゃねぇよ!!」
ユウマはかちゃりと少しだけ刀身を出し、まだ鞘に入った状態の那由多刀を先程と同じように振った。この空間に慣性の法則があるのかは知らなかったが、遠心力で鞘のみが時空の狭間に漂った。カッコ悪いような瞬間だがヴェルトロはそれ自体にも異常な反応を見せた。そしてユウマもそれをなぜか知っていた。神の手のひらとはこういうのかも知れない。この後の動作さえユウマはきちんと理解していた。急激に三次元へと意識を戻した。
「ヴェルトロ、いやバルトロ、さよならだ。『涅槃寂静』!!」
七色に輝く刀身をバルトロだった何かの中央目掛けて突き抜いた。その瞬間に理解した。この柄に触ったままだとダメだと。これだと最後の話もできないじゃないか。そう思ってユウマは右腕を普通のショートソードで切り落とした。
「ゆ、ユウマ・・・やはり『ミカエル』はこの世界にもいたんだな・・・」
彼にとってもこの言葉が最期だろう。もうすぐ意識を含めて本体が亜空間へと飛ばされる。そこで永遠に反省会をしなければならないという悲しい定め。知恵の神ならいずれ、考えるのを辞めたとか言い出すだろう。誰の邪魔にもならないところで二人で考えを深めれば良い。そもそも最初からそうすれば良かったのだ。むしろ彼らにとってのそれはハッピーエンドなのかもしれない。ユウマにしてみればただの無限地獄だが。
バルトロの三次元体のみが地面にばたりと倒れた。死んではいないだろうが、もはや彼か彼女か分からない状態だろう。空っぽの状態、トドメを指してやりたかったが、何となくやめておいた。その時間さえ勿体無い。
「みんな、ヴェルドーとバルトロの脅威は収まった。だから安心して出てきていい。アルテナスそしてリサ、厄災はもうない。だからもうこんな仕事をしなくてもいい。今日からリサは自由だ。俺が仕事を壊しちまったからな。」
リサはそこにいるが、笑顔を見せてくれなかった。
「クリス。お前は門の中でずっと孤独だったろ? でももう、それはしなくていい。俺、じゃないか。ヴェルトロが壊しちまったからな。それにもう門を守る意味もない。だから自由に他の神と戯れてもいいし、器の世界を楽しむのもいい。」
クリスもそこにいる。けれど笑顔にはなってくれなかった。
「ナディア、色々陰で支えてもらったよな。ありがとう。もうあの国は貴族もなにもかもなくなってるだろ。自由に生きて大丈夫だ。って神として生きるならそれでもいい。」
ナディアも側にいる。泣き顔は見たくなかったのだが。
「デルテ、最終的にお前は強くなったよな。最後の方は頼りにしてた。神様になってもひたむきに明るい神様でいてほしい。」
デルテだってそこにいる。悲しい顔、それもそうか。隠せるものじゃない。この世界の俺はすでに右腕欠損の上半身しかない。そして再生される気配がないのだから。
「ノーマン、えっとレイザームだったよな。皆を支えてやってほしい。っていうかもっと脳筋っぽいリアクションしてくれよ。」
ノーマンも皆の一歩後ろだが、やりきれない顔をしている。結局バレているのか。彼女たちも四次元と繋がっているのだ。そこのユウマの状態がどうなっているかも分かっている筈だ。
「あのさ、もうバレてるのかもしれないけどさ、俺はこの世界の最後の記憶は笑顔あふれた他愛もない会話で終わりたいんだ。頼むよ、みんな。笑ってくれないか?」
「笑ってあげたい・・・でも、私はあんたをずっと待ってたのよ? 笑えるわけないじゃない。なんとかデボネア様に・・・」
「リサ、そういう約束なんだ。ってか俺の体が耐えられないってのは最初から聞いてたんだ。」
リサの反応、予想通りだ。本当にわかりやすい神様だ。自分勝手に生き、自分勝手に恋愛し、他の人間がどうなろうとも自分の決めたことに従って行動する。もっとも人間味溢れた神様、ってリサがそう言ったんだよな。神様って人間味が溢れてるって。
「ユウマ、せっかく孤独から私を解放してくれたのに・・・。そして私の初恋でもあったのに・・・。どうして私の魔法が効かないの?」
「神様の時は真面目な性格なのか?って思ってたけど、結局クリスのままだったな。ぐいぐい来るとことか。実際アルテナスと姉妹ってことは性格似てるのかもな・・・って悪い、俺の体の崩壊が始まった・・・」
ユウマの体に亀裂が走る。『その体ごと素粒子レベルまで分解してしまうぞ』とデボネアには言われている。だけど後少しだけ・・・
「ナディア、デルテ、ノーマン、もっと笑え。ナディアも俺の状態分かってるだろ?魔法のことばかり考えるな。あと一つ、人間は神にすがるかもしれない。泣き言を言うかもしれない。それでも人間はちゃんと文明を築くことができる。ちゃんと独り立ちできる存在だから、いちいち詠唱に応える必要ない。宇宙はもっと広いだから・・・・」
彼らの正体は高次元生命体デボネアを中心とした宇宙人達だ。勿論、次元を逸脱しているので人と定義して良いかは分からない。そのことにも最初から気が付いていたし、敢えて話さなかった。余所者だって言ってるみたいな気がして気が引けていた。いつか何気なく「お前らって宇宙人だろ?」と言える日が来ると思っていたが、そんな猶予はなかったらしい。
ユウマは意識を失った。そしてサラサラと光の粉となって消えていく。リサもクリスもナディアもデルテもノーマンだって泣いているのに、その声はすでに届かない。真の闇にすべて吸い込まれてしまう。
本当にあっという間のユウマの異世界暮らしは一年も経たずに終わってしまった。結局湿っぽい終わり方になってしまったけれど、あの世界、あの宇宙は救われたのだ。
『では約束を果たそう・・・』
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