マーガレット・ウォルフォート(下)

 ユウマはかなりエロい格好の少女と揉みくちゃになっているが、これはれっきとした戦いだ。しかしどうも戦いにくい。いくら白熱してたとはいえ、いくら緊迫した場面とはいえ、お正月で家族と一緒に見た映画にそんなシーンが含まれれば、「え、俺そこは見てなかったわ」的な雰囲気を作る少年男子、気持ちはわかるぞ。しかもなんていうか、リサがその姿を見ている。これはどうしたものか。それでもまずは住民の避難が完了するまではこのまま揉みくちゃになっておくべきだろう。


「ほんっとこのドブネズミはいつもいつもいつもいつもいつもいつも、どうして私の邪魔ばかりするのよ!!」


「うるっせえ。そうなってしまうんだから、仕方ないだろ!? お前こそ、いつもリサ様リサ様、言っててこのザマかよ!!」


「そうね、あなたはルーネリアの眷属だったのね。だからね、その力が邪魔して私の美しいアートが汚されているじゃないの。ルーネリア、どういうつもりですか? 貴女は手を出さない。そういうことじゃなかったですか?」


メグ、いやヘスティーヌは一旦ユウマを突き飛ばしてから、後から追いついていたルーネリアを睨め付ける。漸くヘスティーヌもユウマが溶けていかないことに気付いたらしい。勿論あれだけ触れた人間を溶かし続けていたのだ。ユウマに全然効かないと思うのはあまりにもおかしい。これに関しては以前リサとの実験でも確認している。違う属性の魔力が流れている体の内部には別の属性の魔法を付与することができない。体の内部を病と称してどろどろに溶かす魔法も勿論その類のものだ。


あらかじめそのことには気が付いていた。ヘスティーヌが他の超絶魔法を持っているならば別だが、病の魔女としてなら、神の中で最弱だろうと。そしてユウマにとってはヘスティーヌのその魔法は意味を成さないため、相性的にはユウマが戦うべきだと思っていた。


それでもニールとの戦いでも嫌というほど思い知らされた。この戦いがどれほど愚かなものか。そしてニールもきっとそう感じていた。だから、この戦いはリサ主体で戦うべきだ。リサが戦う、その方が悪の側面だけを見させられているメグにとっては救いになる筈だ。


「ヘスティーヌ。私の眷属、勝手に暴走しただけ。私関係ない。ルールブック、そんな記載、ない。」


何でカタコトなの? 確かにヘスティーヌはずっと審判役で碌に会話をしたことがないのは知っている。緊張しているのか、それともやはりルールギリギリなのか。


「それにヘスティーヌって眷属にも負けちゃうの?」


違った。ルーネリアただただ煽っていただけだった。そしてルーネリアの目が怖い。機嫌が悪そうだ。その時ユウマは気が付いた。確かに神の器たるメグの容姿は大変美しい。そしてメグの格好はどう考えてもエロい。つまりルーネリアが何かに対してキレてる理由。俺のせいなんじゃあないでしょうか。そうなったら、ルーネリアの言葉、眷属が暴走したってのも違う意味になってしまうんですけど!


そんな破廉恥行為だのなんだのと、そんなことは言っていられない。ニールよりも同期が進んだこの悪魔、いや神か。腕力でさえ以上に強い。なんとか動きを封じ込めなければまた大勢の犠牲者がでることだろう。


「あんたがいなければ私だって! もっとリサ様と一緒に過ごせたのよ! 下民の分際で・・・下民の分際で・・・私の体を気安く触らないでよ!!」


「お前のそういう態度、それこそがリサが一番嫌いなことだろうが!!」


武器も何も使わない。ほんと学生の喧嘩のように上下のマウントをお互いにとりながら、泥試合になっていく。だから、仕方ないのだ。たまたまユウマが上にいて、たまたまユウマの両手がメグのお胸をそれぞれ左右握っていたとしても、これは偶然だ。偶然なのだが。


『この大地を包む壮大な神リバルーズよ。我エリザベスは悪の化身と戦う者なり。病の魔女ヘスティーヌを濁流の渦に巻き込んで大渦潮グレートウォータースオール


「ちょっとリサさん? 今まで聞いたことない魔法詠唱なんですが・・・え、海ってこんなとこに海って・・・」


ユウマの勘違いだったようだ。ルーネリアおこ、だけではなくリサもおこだったようだ。勿論、ユウマは多少なことでは死なないが、これは・・・


空中からどこからともなく巨大な水流が現れ、半径100mはあろうかという巨大な渦巻きを作った。その渦巻きに巻き込まれ、まるで洗濯機の中にいるように頭も体も振り回される。


「あ、リサさん、汚物は焼却じゃなくて、汚物は洗濯機なんですね。うんうん。分かるー。それにしてもちょーっと長くないですかね。リサさん、俺一回絞め殺しそうになったじゃないですか、だから大体わかりますよね。あ、そうですよね。これそういうやつですもんね」


なんていうユウマの声はゴボゴボと無駄な酸素を吐き出すだけのボロ雑巾になっている。ヘスティーヌもこれには流石に、苦戦を強いられていた。でもニールよりも悪魔化が進んだヘスティーヌが窒息するとはとても思えない。それにしても肌がチリチリする。そこでユウマは幸運にも、この濁流のおかげでヘスティーヌのある特徴を掴んでいた。


     □


 ようやく『しっかりと洗浄モード』の洗濯機は終わり、ユウマは四つん這いになっていた。危うく溺れ死にかけたユウマはゲホゲホと肺の中にまで入った水、いや海水をしっかりと吐き出していた。


「ユウマ、大丈夫?」


いや、それをやったのはお前だろ。という声さえ出せそうもない。


「リサ、やりすぎ。あと0.01秒くらい短くすべきだった。」


この冷静で冷酷な言葉はルーネリアだ。共闘戦線でも組まれたんでしょうか・・・。


「リサ、メグは・・・」


ユウマが自分が気付いたことまず話そうとした。だがそれを言うよりも早く、何かが飛んでくる気配を察知した。自分の方へではない。リサに向かっている。


バシャっと音を立てて、ユウマの両手に液体がかかる。ユウマはリサの前に咄嗟を身を乗り出していた。


「大事なリサなんだろ? どう言う訳だよ!」


「ふふふ。メグごっこ、もっとしたかったですけどね。」


怪しく光るアメジストの瞳、そして不気味に避けた口角、ついに本性を表したようだ。


「リサ、俺の両手、根本から切り落としてくれ!!」


「こう?」


ユウマが頼んだことではあるが、リサは何の躊躇もなくユウマの両肩を削ぎ落とした。せめて「え?どういうこと?」みたいな戸惑いのセリフが、いや別に欲しいってわけじゃないけど・・・。ユウマの切り落とされた腕は跡形もなく溶け、そのまま例のどす黒い緑色の液体になった。


「あぁ、ありがとな、リサ。でもメグはもう中身まで神、いや悪魔になっているぞ。」


ユウマは転がっている剣を再生されていく腕、今はまだ骨だけだが、骨だけの手で拾い上げた。というかお洗濯で攪拌されて、ちょうど足下に転がっていた。さすがに自分で見ても気持ちが悪い。「もう死んでくれよ」と自分に言いたくなる。勿論痛みは相変わらずあるのだが、その痛みにさえ慣れてしまっている。


「死んでくれか・・・」


森の中での皆の視線がトラウマとして蘇る。勿論リサとはあの拷問実験済みだが、やはり今でも抵抗感がある。引かれているのは当然だろう。だからリサの方を見ることができず、ユウマはヘスティーヌへ切りかかった。


ヘスティーヌは余裕といった表情だった。避けようなどとは微塵も思っていなさそうだ。どうぞ切ってくださいとばかりに指でスカートの裾を掴み、軽くお辞儀をしている。ムカつく態度だ。だからそのままユウマは拾った剣を縦一線に真っ直ぐ振り下ろした。ザシュという手応えはない。一瞬だけあったが、そのまま空振りをしてしまう。ユウマの手元に残ったのは剣の柄の部分のみだ。


「あのスライムがお前の排泄物だったとはな・・・。きも。」


「は?何言ってんのお前。・・・って、あ・・・あれのこと。あれは汗よ、汗・・・いや、よだれだったかな・・・うーん、確かそうだったような・・・。って!どうでもいいじゃない!そんなこと!神はトイレに行かないし・・・それに・・・。あれ、この人間は何を話してるのかしら。全然頭に入ってこないわ。清純派の私には分かんないなのでしょうね、てへ。」


なんだこいつと思ってしまう。別にお前はそういうキャラじゃないだろ。都合よくメグの記憶を利用するんじゃない。だが真実は絶望的だ。ユウマの絶対的な天敵種スライム、それを体液としている神、しかもその体液はスライムレベルではない。ヘスティーヌの体液は骨まで溶かす。ついでにあいつのう◯こまみれの部屋で寝泊まりしたことが確定した。いやう◯この話は置いといて、ユウマではヘスティーヌを倒せない。


「リサ、分かってるよな。」


「当たり前。絶対に当たるな、でしょ?それに漸く私の見せ場ができて、正直ホッとしてるわ。ユウマ、ちょっと強くなりすぎよ。」


ユウマには実感がない。強いのはリサなのだ。そして最も頼りになる存在もリサなのだ。だからユウマにできること、それはショートソードを持ってヘスティーヌに突っ込むことくらいだ。


「ユウマ、お願い。」


「あぁ、任せろ。」


噛み合っていないような二人の会話。その会話が実は成立していることはルーネリアには分かる。その会話を聞きながらルーネリアは少しだけ嫉妬してしまう。クリスの記憶。それはほとんど融合されて、自分がクリスでありルーネリアである自覚がある。それでもあえて同じ存在である器の記憶、クリスティーナに向けてルーネリアはポツリとつぶやいた。


「ほんと、確かにリサが羨ましい・・・」


          □


「まーがれっと・うぉるふぉーとです。よろしくおねがいします!」


とても礼儀正しくて可愛い女の子、青い髪とお揃いの瞳と白い肌。まるでビスクドールが歩き出したのではないかと思ってしまうほどだった。彼女は自分のことをキラキラとした目で見ていたが、恥ずかしがり屋なのか、なかなか近づいては来なかった。


「ねぇ、別に私に『様』なんてつけなくていいのよ。爵位なんて親のものだし、それに伯爵家だって大したものじゃないの。」


「そ、それはそうなんですが、私にとってリサ様は特別なんです!!」


公園でメグはそう言った。頬に傷をつけたメグがそう言った。勿論問題にならないようにヒールで治しておいたけれど、全くもって自分の何がそんなに魅力的なのか分からない。メグだったらもっと社交会なりなんなりで、一際輝く一輪の花になれたというのに。こんな自分についてくるから、周りも少しメグを避けている。


「大丈夫です。私、こんな怪我ではめげません!!」


傷を作るたびに彼女はそう言った。どうしてなんだろう・・。


「どうしてあんな汚い子供と遊んでるんですか。遊びなら私が手伝いますよ!!」


そんなことを言われても困る。擦り傷程度ならよいが、骨折させたり失明させたりしたとなれば、ローランド家だってただでは済まない。だから手加減を? なぜだかそんな気分にはなれなかった。あれはちょうどいいおもちゃなのだ。それに何故か愛らしいペットなのだ。


「リサ様、こういった場ではこのように振る舞いましょう。そうすればリサ様の望む白馬の王子が現れるかも知れませんよ?」


「その王子様は私をすぐに王様にしてくれるかしら。そしたら考えるかも・・・。」


メグとの会話は社交会やお茶会のみとなった。さすがに腐海の森周辺を一緒に探検させることはできないし、もうちゃんばらごっこ程度でも婦女ならば、一発で殺せる自信がある。とてもメグを連れて行けない。


「王になって何をされるつもりですか?」


あまりそこまで考えてはいなかったのだが、答えは決まっていた。


「光の魔法を教えてもらって、あとは貴族制度を廃止するわ。」


最後の方はメグに口を覆われてはっきりとは言えなかった。どうやらここでその会話をしてはならなかったらしい。


「でも、その時はぜひ、私もお供させてくださいね。私はずーっとリサ様のお側におりますから。」


屈託のない笑顔でメグはそう言った。その時に思った、この子は本当に優しい子なのだと。勿論、自分に対して異性を越えた愛情を持っていることは知っている。でも、それに自分は応えることができない。彼女もそれは分かっているので、あからさまな態度はとらなかった。


ただ、ユウマの性格が変わってからは違った。ユウマに対しての目が今までと違う。勿論悪魔付き、それは認める。けれども嫌悪感という言葉では片付けられないほどの憎悪を感じるようになった。それは自分のせいでもあるだろう。自分は何故かユウマに惹かれていた。何故かは分からない。結局その後、ユウマとは離れ離れになるのだけれど。


王族へ行くことが決まり、メグは率先して侍女の役を引き受けてくれた。慣れない仕事なのにしっかりとこなしてくれた。彼女は自分とユウマを遠ざけることには賛成していたが、王族になることに対しては、少し嫌そうだった。「夢のためです」と説得させられた時も、絶対に嫌だと伝えるとそれ以上彼女は何も言わなくなった。彼女もきっと王族に自分を取られるのが嫌だったのだろう。


その後メグは積極的に王族から守ってくれるようになった。勿論、そこは汚い世界だ。王族に媚びへつらうことを拒めば、何をされるのか分かったものではない。だからメグは自分のために自らを犠牲にして媚びへつらうようになった。泣きながら部屋に帰ってきたこともあった。何も言ってはくれなかったけれど、だいたい分かる。自らの体を差し出したのだろう。自分がずっと間違え続けていた日々、ずっとユウマのことばかり考えていた日々、メグはずっと守ってくれていた。


勿論打算もあっただろう。けれど心の底から自分のことを大切に思ってくれていた。


全てはあの枢機卿と接触するまでの話だが・・・。


ヴェルドーの魔法か何かは知らないが、それでも自分が全て悪い。今でもそう思う。ちゃんとメグのことも気遣わなければならなかった。それほどまでに自分を愛してくれていたのだから。


だから私はメグを正さなければならない。



         □


「ユウマ!」


「大丈夫、くそ、目測ミスったぁぁ!!」


ユウマはすかさず自分の右足を切り落として、残った両腕、片足で跳躍する。


業火の矢ヘルフレイムアロー


リサも詠唱を短めにして、中級魔法を連発している。魔女が繰り出す体液を蒸発させつつ、時々出現する幻影に対し、容赦無く炎を叩き込んでいる。幻影に乗り移られる可能性、それは低いと思う。体の骨格はまだメグなのだ。だが、用心には用心を重ねていく必要がある。その分ユウマがリサを庇う必要があるため、ユウマの被弾率は高くなっているが、戦闘狂状態のユウマには関係なかった。


「リサ、俺にも頼む。」


被弾箇所の切断が間に合わない。リサに被弾部位を時には焼却してもらい、時にはユウマ自ら、強化された咬合力で根本ごと噛みちぎる。とても理想の女性を前にして出来ることではない。それでもユウマに出来ることはただ一つだった。


「この、このぉぉ、虫けらのくせにぃぃぃ!!」


ヘスティーヌも減速せずに突っ込んでくる二人に苛立ちを感じているようだ。さすがのヘスティーヌも後ろへ飛び、二人との距離を取ろうとした。


疾風鎌鼬エアカッター


大雷電撃サンダーストーム


突然、ヘスティーヌの背後から電撃と風のナイフが飛んできた。現場総指揮ルーネリアという、『自分が手を出さなければセーフ』理論で、ノーマン、デルテが攻撃魔法を仕掛けているのだろう。だがこれはあくまでヘスティーヌをバトルフィールドから逃がさないようにするためだ。


「逃げんなよ。それでも神かよ、いや今は悪魔か。」


「お前こそ、そんな見た目で人間を名乗るなぁ!もう死ねよぉぉ!」


目に被弾したから、眼球ごと抉り取った。それでも足りないからその周辺をこそぎ落とした。今のユウマは顔半分がない、左腕は骨だけだし、両足だってどうしてそれで走れているのか分からない状態だ。


「くそぉぉ、卑怯だぞぉぉ!!」


「お前には言われたくねぇよっと!!ようやく捕まえたぜ!」


ユウマの体はもはや骨と筋肉が剥き出しの状態だが、ついにヘスティーヌの体を後ろから抱きつくようにして動きを封じ込めてみせた。ユウマはルーネリアの影響で病の魔法には掛からないが、どうせ体液で溶かしてくるに決まっている。案の定、体の表面にピリピリとした痛みを感じる。表皮がないからとかそういう理由じゃあない。焼けるような痛みもあるからだ。すぐになんとかしないとユウマの中枢に周り、絶命することになるだろう。


「リサ、こいつはメグじゃない。俺ごとやれ!!」


『氷の女神サファリーン、我が名はクリスティーナ。貴女の美貌を讃えます。我が剣に貴女の御加護を氷刃剣エンチャントアイスブレード


おいおい、エンチャント武器なら俺でも戦えただろうが、そんなんあるなら早く言え!というユウマの心の声はさておき、その詠唱を聞き、ヘスティーヌの体の力が一気に抜けた。


「リサ、様・・・。私ですよ。メグですよ。何を、何をなさっているのですか? やめてください、私を・・・」


「騙されるな」というユウマの声は必要なかったらしい。というより、ユウマも1cm程度くらい切られて凍りついている。「本当に俺ごといきやがったな。俺の両腕も切られて断面凍ってるじゃん。」というユウマの心の声はやはり置いておく。リサは微塵の迷いもなく、何の容赦も無くメグを切った。サイコロステーキとまでは行かないが、頭と胴体、それに手足、それぞれバラバラに切り裂いた。体液もそのまま凍りついている。


「ごめんなさい。でも本当のメグなら、私の知っている優しいメグなら、きっと『リサ様、どうぞお切りください』って言ったと思う・・・」


リサは祈りを捧げながらそう言った。この戦いで自分も死ぬという確信なのか、「またあとで」と声にはならない声を、最後に付け足したていた。誰にも聞こえないように。


「今だ!ノーマン頼む!!」


ノーマンが荷車を引きながらドタドタと戦場に駆け込んできた。その後ろには学校にはいなかった元白銀の団の男子生徒たちもいた。荷車に乗っていたのは鐘楼だ。この国は敬虔な宗教国家であり、教会の鐘などそこら中にある。こればかりは宗教国家だったことに感謝したい。そしてその中で手頃な大きさのものを運んでくるように手配していた。ダマスケス戦での成果が活きている。そしてまだ凍っているヘスティーヌの上にゴーンと鈍い音をさせながら金属製の鐘楼が載せられた。


『聡明で美しき月の象徴ルーネリアよ。我ユウマの名の下に命じる。この悪の権化に天誅を。魔力吸収マナドレイン


「からの!」


ユウマは自分の歯を無理やり抜き、鐘楼に魔法陣を刻んでいく。ある程度すると抜けた歯が消えてしまうので、その度に別の歯を抜いて刻んでいく。人体で一番硬い部位、それは歯にあるエナメル質だ。金属に刻み込むなど訳ない。それに呪術的にも自らの体の一部を利用するのは正しい。


『封印魔法陣展開!』


鐘楼に刻まれた魔法陣が地面へと伝わって全体が薄紫色に輝き始めた。ヘスティーヌのとりあえずの封印が完了した瞬間だった。


「ユウマ、魔法使えたの?」


「リサ、それ二回目だぞ。ってリサはいなかったか。ダマスケスん時もそうやった。冥府の神の魔法だから、用途はこれくらいしかないけどな。」


「ふうん。もうユウマも立派なルーネリアの眷属って感じね。・・・まぁ、いいわ。」


噛みつかれると思っていたのに、そういう素振りを見せないリサを怪訝に、そして寂しいと思いながら、ユウマはリサの後を追うべく立ち上がった。


『ルーネリアの眷属・・・。お前が神に手が届くほどに強いのは分かったわ。それに騙し打ちも作戦も悪魔顔負けね。賞賛してあげるわ。たかだか人間なのによくやったものね。だから教えてあげる。カーズとヴェルドーは森へ向かった。せいぜい頑張りなさい。塵の一つでも残せたら、いつか地獄で可愛がってあげるわよ。それくらいカーズは別物だもの・・・。』


鐘楼の中からの声。何故かこの言葉に嘘はない気がした。森へ向かったという言葉もそうだ。なぜならばリサが向かおうとしている先も森なのだから。ユウマは魔法初心者なので、分からないがノーマン、ナディア、デルテも皆同じ方向、腐海の森を向いている。


ユウマはリサの「まぁ、いいわ」の真意に気付かず、皆の後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る