神の視点

 ルーネリアは静かに佇んでいる。あれ程の大厄災、『魔神』が誕生したというを話した後にも関わらず。そして、それがもうすぐ始まってしまうというのに淡い笑顔まで浮かべている。ルーネリアはそのことにまるで興味がないと、ユウマには伝えたいかのように事実だけを淡々と述べていた。ユウマはそのルーネリアの姿に違和感を感じている。だが、ユウマにとってこれは他人事なんかではない。早急に何かしないといけない焦燥感しか湧いてこない。


「だったら、今すぐになんとかしないと!!」


そう言っても、ユウマはどうしたらいいのかまるで分からない。自分がしでかした事だというのに。それでもとにかく国へ帰るべきだ。誰かに伝えるべきだ。できれば彼女に伝えるべきだ。そんなユウマに向かって艶やかな顔でルーネリアは言った。


「だから、一緒に逃避行しない?ユウマ。もう大変なことになるのは目に見えてるんだもん。私たちだけでも遠くに逃げたらいいと思わない?」


ルーネリアが最初に言った言葉だ。あれは冗談でもなんでもなく本気でそう言っていたのだ。


ここで漸くユウマは自分とルーネリア、二人の温度差に気が付いてしまった。特に厄災に関しての事は、ルーネリアはただ事実を語っていただけだ。そして神々が大変なことになっているという内容だけを語っている。勿論ユウマの質問には答えてはくれている。きっと聞かれたから答えただけであって、ルーネリアには人間社会、いや世界が「このままでは危険だからなんとかしたい」という焦りは見られない。


「いや、人類が滅亡するんだぞ・・・」


苛立ち?それとも焦燥?ユウマには明確に助けたい人の顔が浮かんでいる。やはり先ほど言っていたルーネリアの言葉は嘘なのか。クリスは本当はもう微塵もいないんじゃないだろうか。リサは絶対に守りたい。仲間も絶対に守りたいんだ。守りたい人を思い浮かべると驚くほどに人数が少ないが、それでも、だからこそ絶対に守りたい。


「それと私が何か関係ある? それにそんなに重要なのかな・・・。元々私たちは人類とかそういうのに興味なかったし、アルテナス姉さんでさえ、そこまで人類『そのもの』には興味を持っていないのよ。神には関係ない。だってそうでしょう? 私たちにとっては取るに足らない存在・・・。


あなた達人間に例えてみればいい。虫、いえ微生物が絶滅の危機に陥ったとしても、哀れみはするかもしれないけど、絶対になんとかしなくては、なんて思わないでしょ? 私たちにとっては、そんなことよりも父と母をどうしたら元に戻せるかの方が大事。人間だって家庭崩壊している現状を放っておいて、微生物を助けるなんてことはしないでしょ?」


あくまで神からの目線、そこには人間は含まれない。それもそうか、人間だって同じようなものだ。背筋に冷たい汗を感じる。自分が引き金を引いた冥府の門の崩壊という問題なのに、そしてそのことに詳しい冥府の女神はここにいるのに。何か、何か方法はないのか・・・。


「じゃ、じゃあ何のためにクリスの体に入ったんだよ。」


ユウマが頑張って言ったセリフ。絞り出した何の意味もないセリフ。そのセリフを聞いてルーネリアはキョトンとした顔になった。


「さっき言ったと思うのだけれど・・・。イレギュラーが起きたからイレギュラー用の体に入ったと言ったと思うのだけれど。魔法陣が壊されかけているというイレギュラーがあったでしょ。それに父と母が魔神になってしまったというイレギュラーがあったでしょ。そしてアルテナスがいないというイレギュラーね。」


冷たい瞳。背筋が凍るような神のオーラ。世界の滅亡を阻止するために話をしたいのに。その話はしてくれない。人間の話なんてしてくれない。


「じゃあ、人間がどうなってもお前たち神には関係ないのかよ!!」


ユウマはルーネリアと出会い、そこから散々聞かされた話を振り返っていた。けれどもルーネリアはずっと神目線の話ばかりしていたじゃないか。どうして楽しそうに話なんてしてしまったのだろう。必要なことだけ聞いてさっさと国に、リサに伝えに行けば良かった。


「そうよ。全ての神がそう思ってるわ。あのアルテナスでさえね、かわいいペット、いえペットでさえないわ。自分が見ていた動物の死と自分の両親が大変なことになっている現実。あなたならどっちが重要?」


冷たく突き放すようなルーネリアの言葉に、ユウマは何も言い返せなかった。このルーネリアの冷たい表情は知っている。魔法陣で見たルーネリアそのものだ。


神なんて本当に自分勝手だ、理不尽だ。ちょっと気に入らないことがあるだけで、すぐに人類を滅亡させる。そこに善人、悪人なんて関係がない。でも、それでもユウマは人間だ。しかも不本意とはいえ、共犯者だ。だったら仲間を再び助けにいかないと、でもどうしたら・・・。


ユウマの頭がフル回転する。そもそもルーネリアには関係ない。だってこの現状を引き起こした原因は、不本意だが自分にもある。だから本来なら今こうして仲間を憂いているのはおかしいのかもしれない。それにしても、あまりにも知識がない。それでもどうしても助けたい人がいる。こうなったら何も考えずにただ彼女の盾になるために行こうか。だったらこうしてはいられない。とにかく自分だけでも国に戻るべきだ。そして早く仲間を探そう。行かなくちゃ・・・ユウマが決意を固め切ろうかという、その時・・・。




「嘘だよ。ユウマ・・・」




ユウマの時が止まった。懐かしい声が聞こえた気がした。聞き間違い?そんな言葉が聞こえる筈がない。ユウマは呆然としてルーネリアの方を見た。すると、さっきまでの冷たい視線のルーネリアは消えていた。


「ユウマ、嘘に決まってるじゃん。ちょっと意地悪したかったの。だってさ、ユウマがあんまりにも『誰かさん』を助けることばかり考えてるから・・・。ごめんね、ユウマが困ってる顔なんて見たくないのに・・・。どうしても嫉妬しちゃうの。


最初から私はクリスだって言ってるでしょ? だけど、もしもクリスが君のことをなんとも思っていなくて、そして私がクリスと同化した時に、君があの場にいなかったとしたら。私の気持ちはさっきの言葉通りだった。でも、私は君に出会ってしまった。そして思ってしまったんだ。」


今にも出ていこうとしていたユウマの胸にクリスが飛び込んでくる。えんじのマントはひらひらと宙を舞っている。きっと今はすごく恥ずかしい状況なのだろう。それでも今は関係ない。


「僕はユウマを助けたい!」


胸の中でルーネリアは、クリスはそう言ってくれた。その言葉があまりにもクリスで、あまりにも嬉しくて、ユウマはそのまま抱きしめた。


「なんていうか、どういえば分からないけど・・・俺、クリスに会えて本当に良かった。」


クリスに振り回された日々が思い出される。クリスの楽しそうな顔、辛そうな顔、一緒に過ごした時間は短い。それでもクリスはユウマにとって大切な人だ。


「そういえば・・・」


ユウマがふと疑問に思ったこと。


「なぁ、ルーネリア。俺の体ってルーネリアの加護ってことでいいのか?」


身長の関係で、見下ろすとどうしてもクリスの胸の谷間に目がいってしまう。それに今離れるともっと全容が見えてしまう。だから抱いた手を離せない。この状況に対して「しまった」と思いながらもユウマはこの旅の始まり、そのきっかけをルーネリアに聞いた。全てはそこから始まったのだ。


ルーネリアはユウマの言葉を聞いて、赤色の瞳を怪しく光らせた。


「私は冥府の女神。だから生と死を操れる・・・と言いたいところだけど、残念ながらそれはできない。そもそも神にだって出来ないことはある。私の象徴は月。月の満ち欠けのように、潮の満ち引きのように、体を再生することができる。いつもは大喧嘩の事後処理くらいでしか使わないんだけど。そもそも最初にユウマが私に話しかけたんでしょ?。」


「え、うーん。確かにそうだけど・・・」


完全に偶然だし、思いも寄らないことになってしまったのだが。


「あれは下僕になりますっていう契約なんだけど、仕方ないから下僕にしたっていうか・・・、二回目なんてちゃんとユウマの名前聞いちゃったし・・・。あの時点で成立って感じだったかな。」


下僕って、どんだけこのユウマはそういう・・・いや、あれは自分でやったことだ。下僕体質ユウマはどの世界線でも変わらないということだ。


「要するに今の段階のユウマは私の眷属かな? だから私の加護が与えられている。能力は、もう知ってるよね。それに君には自覚はないようだけれども・・・、『眷属は当然主人に従う』。だからユウマは何の疑問も持たずに森へと向かった筈だよ。きっとユウマ自身が自分がそう決めたって思っている筈。でも神には、主人たる神には逆らえない。ちょうどイレギュラー時の緊急対策用の人間に設定されていた『クリス』が冥府の門を目指していたように、君の根源はずっと冥府の門を目指してたの。でも今は・・・、その私はユウマのことが好きだから・・・」


ボフッと音を立てて、ルーネリアの頭の中で何かがショートしたらしい。確かにクリスは森の中心に向かうように、無意識下で思っていたのかもしれない。でもユウマ的にはなんか認めたくない。ちゃんと自分で決めたことだし、最後の方はちゃんと考えていた。


「えー、でも俺は火炙りとか悪魔裁判とか色々あってだなぁ。」


ユウマの言葉を聞いていなかったのか、ルーネリアは抱きついた姿勢からユウマの背中のあらゆる箇所を触りまくっている。


「気付かないかなぁ。君はこんなに強いのに、どうして王族と戦う道を選ばなかったんだい? うーん、これは恋のライバルに塩を送るようだから言いたくなかったけれど・・・。君ならば君のその力があれば、リサを力づくで取り戻すこともできたんじゃないのかい? 君ならどれだけの人間が立ちはだかろうが、それくらいやってのけた筈さ。」


そもそも初めからそんな発想をしたことがなかった。土台無理だと思っていたのもある。でもそもそもそんなことは考えてもいなかった。根源的に自分は冥府の門を目指していた?


「神の強制力だよ。『普通の人間』は抗うことができないの。だから本当は私はユウマに言うことを聞かせることだってできる。でもなんとなく、それはしたくないって思ってるかな。そう、今はユウマを助けたい。ただそれだけを思っている・・・って、でもその前に、ユウマ! 自分の格好がだんだん恥ずかしくなってきちゃったぁぁ!!」


神の力、経済学的に『神の手』という言葉もあるが、神とはそういうものなのだろう。最後はクリスの羞恥心が込み上げてきて台無しになってしまったが。どうやらルーネリアとクリスの同化はもう少し時間がかかりそうだ。一人称も『僕』なのか『私』なのかもはっきりしない。


ルーネリアはナイフを器用に使ってマントを加工していた。気が付いたら貫頭衣みたいに加工しており、腰のあたりで縛っていた。一応服そのものは着ているので、そういう民族衣装と言われれば、なんとなーくそう見える。


「そういえば言ってなかったけど。この魔法陣破りの魔法陣は、どうにかできるもんじゃないみたい。一応ユウマが突き刺した支柱を見てみたけど、あれはレリック、神の遺物だ。神が作ったものだから、神でさえ抜くことはできないの。それに思い出したけど、私は大事なペット『ブラドラ君』を退治されてご立腹なの。勿論、ユウマにじゃないよ。あそこに侵入させようと目論んだ奴らに立腹してるの。文句の一つも言いたいわ。だから私も連れてって。目的地は一つ、首都アルテに行きましょ。だから・・・、ユウマおんぶして!!」


「え?なんで?」


「ユウマの方が断然速いじゃん!! 私の体は『まだ』人間なのよ!」


「まだってことは、徐々におどろおどろしい形に変わるのか?」


「ううん。傷つかない限りはこのまま、勿論多少傷ついても私なら修復できる。そもそも神そのものは死なないしね。だーかーらー、早く屈んでよ、ユウマぁぁ、おんぶぅぅ!」


仕方なくおんぶをする。耳元がくすぐったいし、背中の感触は心地よいしで、最高の気分だがそうも言っていられない。これから戻ってどうするつもりなのか分からない。それでも王都アルテに行くのは賛成だ。全力で駆け抜けてやる。


「そうそう、ユウマ。今回地上で悪さをしている神。僕には心当たりがあるんだ。」


「え、まじで? そういや、器は毎回っていってたもんな。他の神もそうなんだったら、そりゃ分かるか・・・。もしかしてクリスの頃の記憶探ったら見つかるかもなー。」


「ぶぶー。残念だけど、それは無理。僕の役割は知ってるでしょ?門でずーーーっと待機。アルテナス姉さんがぶちこむまで最初から最後までずーーーっと門の側にいるの。だから人間の形を留めている奴なんていやしない。だからね、僕は誰がどの器でどんな容姿をしているのかを知らない。そもそもアルテナス姉さんはめちゃくちゃ強いからね。ぐっちゃぐっちゃになってるから。あれはもう肉の塊だね。」


怖い怖い。アルテナス怖い!!どんだけ? 家族に対してどんだけ!!


「アルテナスって強いんだな。」


「うん。だから一度も転生してないんじゃないかな。最初に作られた体のまま。だからアルテナスの器の形は誰にも分からない。そもそも用意されているのかさえ、私は知らない。一方日陰の存在の私は・・・。必ず門の側にいるからバレバレなのよね。イレギュラー用に匿われた僕の器なんて、神なら誰でも知ってる。外見もかなり特徴的だしね。」


うん。背中に当たる感触さえも特徴的だ。今が上り坂ダッシュではなく、自転車だったならば、爽やかでピンク色の青春を感じていたに違いない。


「え、じゃあなに? 勘か? 神の勘なら絶対当たるだろ。」


「神同士なんだから、それは無理。でも性格は大体知ってるし、それにもう一つの法則を加えれば大体推測できるんだよねー!」







 神殿に併設された王立図書館の地下には秘密の部屋と呼ばれる禁書のみを集めた部屋がある。本来であれば、王と枢機卿、この二名しか入ることが許されない。それなのに今日は三人の人影が見える。一人はバルトロ・ウィザース枢機卿、そして残る二人は男のようだ。ただ残念なことにそのどちらもが王ではない。


二人の男が枢機卿に跪いている。禁書が並ぶ書庫の中で奇妙な光景が広がっていた。


「王の容体は如何なのですか、枢機卿。式典に支障をきたさないのですか?」


二人の男の一人、金髪の中年の男は、特に厳しい顔などしていない。王の命が幾ばくもないと知ってなお、この調子だ。つまりは王の容体など気にしていない。ただの確認事項だ。


「なぁに。いくら末期の状態とはいえ、生きていてくれさえすれば問題ない。チューブ人間にはまだまだ生きて貰おう。それにこの世界の魔法を使えば、さらなる延命も可能なのだ。造作もない。」


その言葉を聞いて茶色っぽい髪の若い男性が肩を震わせて笑う。


「チューブ人間ですか。枢機卿も人が悪い。王はそんな人間になどなりたいとは思わなかったでしょうに。」


笑っている若い男に表情一つ変えずに枢機卿は真面目に答えた。


「もはや死の恐怖しかなかった人間に、私は希望を与えたのだ。生きる目標、夢を与えたのだよ。これを医療と呼ばずになんと呼ぶのかは私は知らない。しかも王という自覚も与えたのだよ。偉大な王としてのね。歴史的に見て、偉大なる王は皆『不老不死』を望むものだろう? だから、彼を偉大な王になるべく導いて差し上げたのだ。もちろん、私が知っている限り、その偉大な王は皆は不遇の死を遂げているのですがねぇ。」


その歴史は二人とも知る由もない。愛想笑いを浮かべる程度だ。その空気に耐えかねたのか、やはりこういった経験が豊富なのか、中年の男性が枢機卿に話しかけた。


「あのぉ、枢機卿とお呼びした方が宜しいのでしょうか、それともあちらの方が宜しいのでしょうか?」


「無論、枢機卿の方だね。まだ早い。だがそれにしても私だけ悪いもの呼ばわりも大概にして欲しいものですけどね。ニコル・スタンフォード侯。あれだけ貴方のことを信じていた彼は、その後どうしたんですか?ちなみに貴方たちも器なのです。別に跪く必要はありませんよ。私たちに上限関係などなくなるのですから。」


「彼ですか・・・。私の命令を無視し、オリエッタ王妃に進言しようとしたので、即刻殺しました。焦りましたよ。いままで散々王族には伝わらないようにしていたっていうのに。」


「やれやれ、私を悪人にしておきながら、人を殺しているではありませんか。アレは何もしなくても冥府の門に向かうというのに・・・。アレがそうなら、もう一方も王族にいる、そう張っていたのですが、今のところ動きはないですね。もっともアルテナスの器だけは誰も外見を知りませんし、存在するのかも定かではありませんがぁ。そもそもアルテナスはどこへいったのやら・・・。」


その言葉を聞いて若い男が立ち上がった。


「私たちを選別したのも枢機卿でしたね。アルテナス自身を探せないのですか?神同士なら分かりそうなものですが。そういえば枢機卿、これをお返しします。ありがたく使わせて頂きましたが、大変でしたよ。私も死ぬかと思いましたが・・・。」


「毎回、器の外見はほとんど変わりませんからね。ただしアルテナスは一度も転生したことがありません。勿論、器に中身が入れば、神だと認識できるとは思いますが。そもそも神の視点では、見知った顔しか正確には判断できませんからね。さて、いろいろ説明したいところではありますが、そろそろ式典です。それにあなた方も神になれば分かる話です。説明など不要でしょう。」


そろそろ式典が始まる時間となり、それぞれが普段と変わらない姿勢や仕草に戻る。そして、散り散りに解散した。

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