最終章 二人の女神

 暗がりの中、ユウマは目覚めた。静まり返った狭い空間、遠くからは湿った風の音が聞こえるような聞こえないような。冷たく、肌寒い。


死後の世界とはこういう感覚なのだろうか。全く実感が湧かない。実感が湧かないのは当然のことで、そもそも死んだことがないから分からない。死んで転生したのなら、それで記憶を引き継いでいるのだとしたら、ここは死後の世界だと実感できたかもしれない。だから分からない。仮に死後の世界の先輩がいたとして、こういうもんだよと言われれば、そうなんだと納得が行くのだろう。薄暗い部屋、無機質の壁。それに身体中が痛い。それになんだかお腹が・・・。


「お腹すいた?」


「ああ。」


いきなり死後の世界の住民に話しかけられた。それだけでなく、返事をしてしまった。けれども何か懐かしい感覚がする。それに何か知っている感覚、それに知っている声?


もしかしてこれがあの有名な死んだらループするという現象なのかと、ユウマは一瞬疑ってしまう。だってここは、あの『砦』の中なのだから。次の日が来なければ良いと思ったあの砦だ。この砦から外に出れば仲間がいて、そしてここから地獄へ行くのだ。頑張ってみんなを逃したのに、もしかしてもう一回あれをやれと言うのだろうか。ただ、もしもそうであるならば、今度はクリスを助けることが出来る・・・。


そこまで考えてユウマはハッとした。懐かしい声の主を思い出したのだ。


「クリス?」


「ユウマ、おはよ!」


「みんなは?」


当たり前のように会話をしてしまった。たしかクリスはオーガの槍で串刺しにされて死んでしまった筈だ。もしかして本当に過去に戻ったのだろうか。だがクリスは死んでいるのだ。死後の世界だと最初になんとなく思ったことも、まだ繋がっている。クリスとユウマは死後の世界に行った、その話でもちゃんと成立してしまう。だけど死んでもお腹って空くものなのか。


寝起きで視界がぼやける中、少女は寝ているユウマの顔の前で手をチラチラさせている。見えているのかどうかを確認しているのだろう。そして話し始めた。


「『みんな』の定義によるわね。君の言う『みんな』・・・ならたぶんだけど、無事なんじゃないかな。ここにいなかったし。別に襲われた跡もなかったし・・・」


何か違和感を感じる。無事というのは嬉しい言葉だが、すでに死んだクリスと死んだユウマという設定では何が無事なのか、分からない。ユウマ自身も無事と言えば無事だ。だから無事に死んで、無事に死の世界に旅立ったという意味なのかもしれない。それに・・・。


「クリス・・・だよな?」


クリスと明らかに雰囲気が違う。見た目はクリスに見えるのだが、まだ視界はぼやけている。


「うーん。それこそ『クリス』の定義によるわね。そうとも言えるし・・・そうじゃないとも言えるし・・・」


何を言っているのか分からない。煮え切らない答え。ユウマは何度も瞬きし、時には目脂をゴシゴシと拭って、ぼやける視界をなんとかしようとした。


「おい、なんなんだよ。よく見ると薄紫の髪の量が違うぞ!さてはあれだな。地獄の悪魔だな!あれだろ、俺の心を投影して本質を見抜くとかだろ。俺のやったことは、地獄行きが決定してるようなもんだしな。大方どの地獄に落としてやろうとか値踏みしてんだろう?」


クリスはちょこっとだけ薄紫の毛があっただけだ。けれども比率が全然違う。薄紫の髪の毛がかなり目立つ。これくらいあれば、彼女も『呪われた』などと言われなかった筈だ。ちょっとしたお洒落かなくらいで済ませられた筈だ。


「地獄・・・悪魔・・・うーん。それも定義によるんだけど・・・」


「さっきから、定義、定義、うるさいなぁ。定義地獄出身の定義悪魔か、お前は!」


別にツッコミだとか、そういうのではなくちょっとイライラして突っ込んだだけだ。別にどうにか上手いこと言おうとか思っているわけではない。ユウマの訳がわからないツッコミに少女は嘆息した。


「それは流石に違うわね。もう少しゆっくり喋ってくれないかしら。私も混乱しているのよ。初めての経験だからね。うーん。みんなはどういう気持ちなのかしら・・・」


本当に混乱しているように見える。クリスに見える何かだが。きっと今の『みんな』という言葉はさっきの『みんな』とは違う何かを差している。悪魔のみんな、そんなところだろう。煮え切らない態度の悪魔にユウマは苛立ちを覚えた。


「っていうか、もういいって。クリス知ってるんだろ?だったらクリスを返せよ。今無理っていうなら、まずは死後の世界の説明をしてくれ。そんでもって案内してくれよ。先にクリスって少女が来てる筈だから、できれば会いたいんだよ。大切な仲間なんだ。」


ユウマの言葉に悪魔は少し嬉しそうな顔をしたあと、すこし俯いてしまった。


「なんでしょうね、この嬉しいような、悲しいような感情・・・。うーん。私はクリス、だけどクリスではない・・・。君なら分からない?」


真理の話か? 全であり無であるみたいな。定義悪魔の基準などわかる筈がない。


「分かるわけないだろ。そもそもクリスっていうのは、お前と同じ顔でお前と同じ体で、お前と同じような髪の・・・」


ユウマは体に衝撃を受けた。まだ痛みが残っているのか、とても痛い。クリスに見える何かが、ユウマが話している最中に急に抱きついてきたのだ。


「ねぇ、一緒に逃避行しようか。もうどうなるか分からないし・・・」


抱きついたクリスのような何かを引き剥がしながらユウマが言う。


「だーかーら。誰かも分からないし、そもそも死後の世界の逃避行ってなんだよ。」


ユウマはその悪魔の両肩を持ち、自分の腕の長さ分遠ざけた。


「うーん。もどかしいなぁ。そもそも死後の世界じゃないのだけれど・・・。」


跳ね除けられて、拗ねるような態度でクリスのような悪魔がそう言った。


「死後の世界じゃないって、じゃあここはどこだ? なんか俺の知ってる砦っぽいんだけど。そういうあれか?尋問室か?」


「ぽいじゃなくて、そのままよ。ここはあの時の砦。ユウマはモンスターに襲われちゃうでしょ?だからここまで連れてきたの。」


悪魔から発せられたその言葉にユウマの思考回路は止まってしまった。この悪魔でいう『定義』がそもそも間違っている?もしかしてあの状況から助かった?自分が助かること、それはあり得る。それでもクリスはあの時すでに・・・。だとしても目の前にクリスみたいな何かがいる。それにそもそも胸に穴なんて空いてない。あんなものに貫かれているのに体に穴が空いていない。


最初は混乱してたし、彼女の言うことの意味が分からず、思考停止していたので気がつかなかった。状況はよく考えれば大変な、いや嬉しい状況だった。


胸をまじまじユウマが見た時に、ユウマは思わず目を背けてしまった。服には穴がぽっかり空いている。胸の位置に直径30cmくらいの穴、勿論それがさらに千切れてしまい、クリスの豊満な果実がボロンと露わになっている。ほとんど見えそうというレベルではない。


「ずっと会いに行くって言っていたと思うんだけど・・・、いざ実行してみると、もどかしいと言うか、なんと言うか・・・。」


「あ、あのさ、その・・・まず服をきてくれないか?ってか会いに行く・・・?」


クリスの着ていた服を着ているが、傷はない。だからクリスの体というのはどうも本当らしい。っていうかクリスの体をクリスの許可なく見るのはどうも気まずい。かといって、かっこよくユウマの服を着させるには、あまりにもユウマの服はぼろぼろだった。結局ポロリしてしまうだろう。


「あ、そだ。たぶんここに・・・。あった。ほら、これを羽織れ。さすがにクリスへの背徳感で話が頭に入ってこない。」


みんなのマントはあそこに置いてきたが、ユウマのえんじ色のマントはここに置いてきた。ユウマはそれを思い出して、できるだけクリスの露わになった胸を見ないように・・・いや、ちょっとだけ見ながら、クリスの体を持つ悪魔かなにかに手渡した。ただ、その行為は、『マントがちゃんとここにあった』という現実をユウマに突きつけることにもなった。それはつまりこの世界が現実であり、このクリスの体の何かが言っていることを証明してしまう行為だった。


「これを羽織ればいいのね。何故か見せてもいいって思ってたから、必要に思わなかったのよね。」


なにか淫乱な言葉を言っているが、とにかくそういうのは無視だ。えんじ色のマントで身を包んでくれたおかげで、ユウマは少しだけ話しやすくなった。エロいという意味ではない。倫理の問題だ。


「で、俺に会いに行くって言ったてのはことは・・・、え、一人しか考えられないんだけど・・・。も、もしかして冥府の女神ルーネリア?」


メリーさんみたいな言い方してたけど、悪魔的な何かで自分にそう言ったのはルーネリアだけだ。


「そう。言わなかったっけ。あれ、あの時寝てたんだっけ?」


「聞いてねぇって。いつだよそれ。」


「ほら、冥府の門の前で膝枕してあげたでしょ?」


ちょっと待て、クリスの体でしかも胸を露出させた状態で膝枕してたんだと? そういう状況って、えっとつまりその・・・。なんでその時寝てんだよ、俺、俺のばか! そんな状態だと、顔にいろんなものが当たりまくりだっただろうに!!


勿体なさは半分ある。それでも怒りも覚える。クリスの体で好き勝手しやがってと、ユウマは思う。


「俺が気が付いたのはさっきだよ。そもそもなんでルーネリアがクリスの体を横取りしてんだよ。クリスをどこに・・・、そうか・・・。クリス・・・」


自分で言っておいて、胸が詰まる。心が苦しい。クリスは死んだのだ。自分のせいで死なせてしまった。だからクリスの死体にルーネリアが乗り移ったのだ。そうすることができたのだ。つまりクリスはもうここにはいないし、こいつは間違いなくクリスではない。なんだ、がっかりだ。


「僕が金儲けして、君がヒーローになるのさ。」


その声にユウマは体を震わせた。ユウマは俯いていたが、反射的にルーネリアを見上げた。


「っていう方がいい?」


そう言われても困る。クリスはいないのだから。クリスは死んでしまったのだから・・・。


「いや、別にクリスっぽくしなくていい。クリスじゃないんだから・・・。」


ユウマの言葉にクリスの体の何かはしゃがんで頬を膨らませた。しっかりぴったりマントで身を包ませながら、辺りを見回している。


「うーん。さっきから言ってるんだけどなぁ。私はクリスでもあるって。なんなら言ってあげましょうか? この砦でクリスとして思っていたことを、えっとユウマ、あそこもろ出ししてるんだけど!見ていいのかな、み、見ちゃっていいよね?で、でも見たら皆に変態だと思われるのかなー?とかマイク、ちょっと見えないんだけど!いつもみたいにワタワタしなさいよ。なんで隠して・・」


「ちょーーーーっとまて。待て待て待てー!!それ以上はちょっとクリスにも悪いし、俺の心も痛い!!記憶を受け継いでいるってことか?」


ユウマは屈んでいるクリスのような何かに駆け寄って、右手で彼女の口を覆い、話を強引にやめさせた。いきなりユウマの全裸話を出されてユウマの顔は真っ赤だった。あの時は酸欠だし、モンスターくるしで、確かに焦っていたのもある。でも今思い返せば、誰がどう見ても変態露出狂だ。だが、マイクのこと、その性格も知っているのだから、記憶自体は受け継いでいるというのは分かる。死体の記憶を引き継いでいる。でも、それってクリスと呼べるのかは怪しいところだ。それこそ哲学的問題だ。


「これに関しては君の方が詳しいと思うんだけど・・・。でしょ?」


クリスの体はマントの隙間から指を出し、ユウマの方を指して言った。


記憶を受け継ぐ、それでクリスであってクリスでない・・・


そこで同じような経験をした自分の当時が蘇ってきた。


「つまり同期したってことか?」


「同期っていうのかは知らないわ。それでも魂?記憶っていうのが混ざり合ってる。なんていうか、すごく気持ち悪いというか、どちらの記憶もあるみたいな感じ・・・かな?」


その言葉に一瞬喜びかけた。それってクリスはまだいるということだ。だがユウマは別の考えに至たり、すぐにまた落ち込んだ。


「神の記憶だろ?何億年?何兆年?俺の場合はほとんど同じ時間の記憶だったけど、神レベルになると取るに足らない、コンマ00000秒、1をつけていいのか迷うレベルの差がある。だからほとんど無いに等しいってことだろ?」


人間の尺度で物を考えてはいけない。人間からするとユウマが言ったような時間さえもないかもしれない。だったら、そんなものは同期とは呼べない。ただ取り込まれて、ただ消えただけだ。


ユウマの言葉にルーネリアも戸惑っている様子だった。


「私もそう思っていたの。でも実際に転生してみて分かったんだけど。私たちからすると、あなた達は刹那の時間にたくさんの感情を抱えて生きている。だから、自分でもびっくりするくらい、私はクリスなの。自分の呪われた体質のせいで今まで苦しかったこと、ずっと引きこもっていたこと。それに学校に行っても・・・それに唯一優しくしてくれたマルコはずっと自分を騙してて・・・」


ルーネリアは本当に辛そうな顔をしている。まるで本当に自分が経験をしていたかのように。


「それでマルコに唆されて、調子に乗ってしまった私。それでユウマと出会って、リサを羨ましいと思ってしまった私。でも、それからはユウマと一緒に行動を取るようになって、それで私はユウマのことがどんどん大好きに・・・」


その瞬間ルーネリアの顔が一気に赤面した。


「あ、わわわわわ私、そ、そそれに・・・その・・・落ち込んでしまった時に・・・ききききき・・・キス・・・を・・・・」


ユウマの顔も火がついたように熱くなった。なんなんだ、それは。嬉しいけど、なんていうか、神様のとっていいような態度じゃあない。


「だーかーらー、ちょっと待て、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃん。なんで赤裸々に語ってんだよ。それにお前神様なんだろ?それくらいで恥ずかしがるなよ。」


そんなこと言われてもという顔をするルーネリア、少しいじけているようにも見える。


「ユウマはいいわよね。今まで好きなように生きてきたんだから。でも私は違うの。私はずっと冥府の門を守っていた。そういう役目だった。だからずっと一人・・・。1600年にちょっとだけ外に出るくらい。本当に何もなかったの。だから当然・・・、そんな経験したことないもん・・・。私・・・は、初めてだったから・・・」


とんでもなく動揺しているルーネリアだが、ユウマは気づいてしまった。背徳感というのは、本当はこのことを言うのではないかと。今まで感じていた背徳感とは全然違う。初めて?なにが初めて?キスが? 確かに、神話の神って処女神とかいうけれども・・・どんだけ拗らせてんだよ。そんなわけねぇだろと思っていた自分を殴りたい。処女の?神様の?数億かもっとずーーっと長く拗らせていた女神様の初めて・・・。


「は、初めてって、えっと、その・・・キスのことか?」


い、一応確認しておこう。勘違いかもしれない。やはり女神だって女だし?それに絶対綺麗だし?今はクリスの見た目でも、魔法陣で見たルーネリアは美人だったし?


「キス・・・も。あと、人間に転生したことも・・・かな?」


どうリアクションしたらよいかは、ちょっとおいといて、興奮しないように後の方を先に聞いておこう。


「人間に転生が初めてって、そんなもんじゃないのか?普通神が人間に転生しないだろ。」


「ユウマはその、別の世界の記憶を持ってるから、それってそっちの世界の神の話でしょ?」


「別の世界って、なんでクリス、・・・いやルーネリアが知ってるんだよ。」


それこそ、リサにしか話していない。勿論、枢機卿は気づいているが。となるとその周りやマルコまでも?


「君の心が私に接触してきたんでしょ?」


言われてみればそうだった。あの時言葉ではなく、考えていたことが筒抜けだった。


「あー、たしかにー。あれってやっぱ繋がってたんだ・・・」


「そう。だから私は君を使って今の現状をどうにかしようと考えていた。」


急に真面目な顔になるルーネリア、でもクリスの可愛さもあり、クリスの感情もそこにあると考えると、急にドキドキしてきた。でも確かにルーネリアは頼み事をしようとしていた。ユウマはそれに応えられていない。それにものすごく寝覚めの悪いくらい中途半端にしか接触できていなかった。


「まず、最初の話からね。君はもう気が付いていると思うけど、この世界は1600年周期で戦いを繰り返している。それで僕は審判をしてるんだよ。」


「審判?地獄の門の話か?んー。あれのことかなぁ。あれってアルテナスが悪魔をやっつけるみたいな話だろ?」


ちょこっとクリスの要素が出てきて、話がしやすくなるユウマ。神にまでタメ口で話をしてしまう、いやそれは最初からだが、最初は悪魔だと思っていたのだから問題ない。


「そう、でも。何故か私の話だけ出てこないの、クリスが持っている寓話の話、聖書の話、それはいろいろと照らし合わせることができるのだけれど・・・。私の話が出てこないの。そもそもアルテナスが門に押し込んで私が門を閉めて閉じ込めるまでが本来はセットなの。私が地味な存在なのはわかるのだけれど・・・。それに今回はアルテナスがいなくなっちゃったし・・・」


「アルテナスがいない。確か、光の魔法が使えなくなっているっていう・・・」


「そう。戦いを終わらせることが出来なくなる。だからたまたま交信してきたユウマにアルテナスを探してもらおうとしたんだけど、すぐにいなくなっちゃうし、マナが少ないし、全然会話できないし、全然使えないし。」


あれ、今なんかすごくディスられてません? 気のせいでしょうか。いや気のせいではないけど、それは神様レベルで言われているのだと、言い訳をしておこう。人間にはきっと無理だったのだ。


「とにかく、私にはあなたしか頼る人がいなくて・・・」


そこまで言ってまた赤面してしまった。どんだけ拗らせてんだろうか。


「ちょっとルーネリアちょっと落ち着こうか。えっと最初から話すんじゃ無かったのか?」


「そ、そうね。えっと初めてってとこよね。毎回父と母が喧嘩をするのよ。1600年おきに。だから皆、体なんてもう、ぼろぼろで使い物にならないの。だから最近は人間に転生して戦いの続きをやるの。でも審判の私は手を出せないでしょ? だから体とか必要なくて、それで私は転生したことがないの。でもね、でもね、イレギュラーがあったとき、私自身が傷を負った時のことを考えて、器は毎回一応用意されていて・・・」


神同士の戦いなんて、ぼっこぼこになるに決まっている。それに夫婦で喧嘩するってのもお決まりネタだ。それにしても気になる言葉を使う。


「器とか、人間に転生とか、なんか人間の存在意義って何って感じだな。」


神に付き合わされている身にもなってほしい。結局大厄災なのだし。


「うん。そこは人間目線だとそうなるかも。でも、僕たち神にとって人間はただそこにいるって感じだし、人間が勝手に神に寄り添ってるってイメージかな。それにしても君が僕に対して言ってたこと、こっちの世界では間違ってるからね。」


神は身勝手、なんとなくそれは分かる。願ったって助けたりなんかしない。怒って滅ぼすなんてこともするし、勿論人のことを思う神もいるのだろうけれども。


「俺の言ってたことって、なんだっけ?」


「君は、この子を魔女じゃないとか呪われていない、みたいなこと言ってなかったかな。」


「いや、だってそうだろ?さっきルーネリアも言ってたじゃん。クリスだって外見で悩んでたって。」


外見での迫害なんてよくあることだ。別に人それぞれの個性なのだから、そこで差別するのは間違っている。決して間違ったことなんて言っていない。


「うん、そうだね。でもさっきは私たち神の目線で話をしていたのだけれど、両親の喧嘩、っていうか戦争? その時に私が転生できる器を用意するって話のことだけれど・・・。人間の目線からすると、僕の器が存在している時に大厄災が起きるって思う気がするんだけど、どうかな? 一応説明しておくと私はたまたまクリスに入ったわけじゃない。そもそもクリスがルーネリアの器だったの。」


ユウマはクリスの外見、勿論色素ではなく、容姿そのもので一時期振り回された。誰に似てるだの、王妃や王に似てないから王族じゃないだの。でも、そんなことは関係なかった。だから誰にも似ていなかったのだ。クリスは神が言うイレギュラーが起きた時のためのルーネリアの器だった。逆に言うと、クリスの外見が現れた時に、人間は大厄災が起きると結びつけてしまう。呪われた子供、この子の誕生が大厄災の予兆だと人間は考えてしまう。そして実際に大厄災が起きる。これを繰り返せばこの世界ではクリスの外見は『呪われている』と間違いなく定着してしまう。


「それに私の器は必ず森に向かうように意識する。緊急時に私がすぐに入り込めるようにしてるの。」


色々と繋がってくる。全てがしっくりくる。お互いの利害が一致してしまったのだ。クリスは確かに進んで森に向かおうとしていた。そしてマルコの作戦も、いや枢機卿の作戦も残念ならが同じだったというわけだ。神の都合で生まれた人間。そう考えると切ないが、そもそもそれがクリスティーナという人間なのだ。神のご都合主義で生まれたことを喜ぶべきか、だったら生まれない自由を取るべきか。結局ユウマは神のご都合主義によって、素敵なクリスに出会えたのだからやるせない気持ちになる。


「じゃあ、この世界にはアルビノってかそういう存在はいないってことか。」


「うーん。いないとは言い切れないかな、全部分かってる訳じゃないし、人間も多様化しているし・・・。でも1600年周期で存在するのは確かかな。」


じゃあ、被害者も多そうだ。その子たちは辛い思いをしたことだろう。


「うーん。んで、イレギュラーってのはアルテナスがいないってことだよな。」


「そうだったんだけどね。でも、もうそれはいいの。」


「いいって、やばいんだろ? アルテナスがいないと。」


「もういいの。いいってば!この話はもう二度としないで。」


何故か急に不機嫌になってしまった。アルテナスと仲が悪いのか、いや探しているのだし、審判役というセットなのだから、仲が悪いというのは・・・いや、分からない。


「ただ、それ以外のイレギュラーが起きている。今回に関しては未だかつてないイレギュラー。冥府の門の結界が解かれようとしているのだから。」


ユウマは懐に入れてあった地図を取り出してルーネリアに見せた。ユウマにも心当たりがある。心当たりどころか罪悪感だ。ルーネリアが言うイレギュラーの引き金を引いてしまったのだから。ユウマは恐る恐るルーネリアの顔を見るとルーネリアは地図を見て、ふぅと溜息をついた。


「見事に魔法陣を崩壊させようとしてるわね。呆れてしまうくらい。ここまでするなんて、しかも、そのためにいくつも対策を講じていた筈なのに、あまりにも・・・。」


出来すぎているらしい。それはそうだろう。中からの悪魔、それから異世界者がチームを組んでいるのだ。だから出来てしまったということなのだろう。さすがにユウマは枢機卿に関しての知りうる限りの情報をルーネリア、いや気持ちはクリスに話すつもりで説明した。


するとルーネリアは考え込むように、眉を顰めた。


「うーん。それはおかしい。勿論、ユウマ、あなたの存在もそのバルトロという人間もイレギュラーに違いないわ。おそらくはお婆様の・・・。そうね、お婆様は飽いておいででしたから・・・。そう考えるとアルテナスのことも・・・。ほんと私の気も知らないで・・・。え、でも待って、もしかして私の為に・・・そんな偶然・・・。でも、あのお婆様なら有り得るかも・・・。」


「あの、さっきから出てくるお婆様って・・・誰?」


「私たちが勝手にデボネア様と呼んでる御方です。」

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