白銀団、最後の戦い(下)
少し遠くにデルテたちが見える。こちらを向いて手を振っている。
「ユウマさん、絶対に、絶対に絶対に戻ってきてくださいね!!」
そう言って、薄い緑の髪を揺らしてデルテは笑顔を向けてくれた。へとへとになった仲間を連れてアジトに向かって行く予定だ。流石にその言葉には頷いたが、実際のところ自信がない。
「さて、最後のミッションだ。ニール、一応あれを持たせてくれ。」
あれと言われて、ニールは渋々といった様子で、ユウマに手渡した。
「ほいよ。あと地図ももっといた方がいいだろ。その場合だと俺はマイクのが使えるからな。」
「じゃ、じゃあ。私が風魔法で速度強化をしますね!」
ヒーラーのマナは大切にとっておきたいとは思ったが、ナディアにお願いすることにした。恐らくあの木々を越えた先が目的地だ。そこまでたどり着いて、ポインターを置けば、白銀の団は勝利することになる。それも今のところ死者はいない。完全勝利、完封勝利が見えている。ただ『腐海』、その言葉がいつどのタイミングで言われ始めたのかは知らない。今までのナイトはオーガの時点でダメだったのだろうか。それともその先で息絶えたのか、考えても始まらない。
「よし、それじゃいくぞ。」
体が軽くなり、歩行速度も速い。緊急回避出来るように付与をつけてもらったが、モンスターに出会うことはなかった。だが悪臭はすでに漂っている。腐った沼でもあるのか、魔界の入り口なのか、いったいどんな光景が広がっているのだろう。最後の木のところからその先を眺めてみた。
その光景はまるで現実離れしていて、奇妙に見えた。さらに深い傾斜のその先、ずっと向こうに見慣れたものが見える。
「門か?あれ・・・」
ニールが驚きの声をあげる。ナディアも顔を顰めながら辺りを窺う。特異点とここは数キロ以上離れている筈だ。きっとその特異点と呼ばれるものがあの門なのだろう。それなのに、巨大だと感じるほどの門がある。ただ門だけがそこにある。建物も塀もないのにポツンと門がある。それも何故だか分からない、先鋭アートのようにも思える。だが、ユウマは何度か見たことがある。勿論あの夢の中で。だから間違いない。あれが特異点であり、『冥府の門』だ。その冥府の門がこちらを向いて聳え立っている。もちろん大きいから自分の方を向いている、そう錯覚してしまうのかもしれない。けれども、確実にここが正面だと思わせる理由がある。
自分たちは『そこにいけ』と命じられたのだ。この世界に航空写真というものが存在したならば、きっとここは魔法陣において、縦か横かは分からないにしても、とにかく中心線を通るのだろう。魔法陣において方角は大切な要素だ。もちろん風水や占星術、それらにも同じことが言える。だから自分たちが正面だと思う感覚は間違っていない。
目的地はあと数百m。そこにこのポインターを地面に差し込むだけでよい。たったそれだけだ。その行為が如何に愚かだとしても、自分たちはそれをするためにここに来たのだ。ここで引き返しても無駄だと分かる。あの国の要人たちは自分たちが開拓したエリアに国民を次々に投入するだろう。道はすでにユウマ一行が探索済み、自分たちが帰る為とはいえパンくず代りの目印までも用意している。あとはそれに沿って突き進ませればよい。途中一泊できるポイントまで用意させて頂いた特別ルートだ。
ポインターと呼んでいいのか分からない何かは腰にぶら下がっている。これを突き立てれば世界が変わるのだろう。この先何が起きるのだとしても、この先どれだけ厄災で人が死ぬのだとしても、自分たちがこれを成し遂げなければならない。そうしなければ次に駆り出される人々の命が失われる。だから今から次の人達を助けるために、世界を変えるのだ。意地の悪い倫理のゲームだ。目先の命を助けれるルートが最終的に多くの犠牲を被るルートへと繋がる、意地悪な選択肢。
どうしても願ってしまう。なんて意気地のない男だろう。自分の方がリサより先に目的を達成し、リサに最後の選択をしてもらうことを願ってしまう。他人任せの勇者ヅラしたユウマは所詮目先の人間しか助けられない。
「ユウマ、行かないのか?」
彼にスイッチを押させるか、そんなことまで考えている。だが、現実はどうしても最悪の選択肢を用意したいらしい。
「クリス、何かおかしい。探査魔法使えるか? たぶん俺たちのことを何かが見ている。ナディア、森から出るなよ。」
ユウマはじりじりと前に進む。単純に勘などではない。真っ黒い土が少しだけ動いた気がしたからだ。考えてみれば当然じゃないか。門があるのであれば、門番がいる。当たり前すぎて拍子抜けする。選択肢がないなら最初から言って欲しい。
「ニール、あとは俺がやる。クリスとナディアを連れてここから全速力で逃げろ!!」
「あ、あ、あ・・・で、でも・・・」
ニールも異変に気が付いたようだ。それにどうやらニールにもその異変がどれだけ過酷なものか分かったらしい。
「ニールぅぅ!急げ、最終プランだろ。こうなる設定も考慮してたろ! お前に仲間の全てを預ける!絶対に俺が成功させる。だから今は走れ!!」
結局選択肢なんて、まるで無かった。前提条件が違うのだ。さっきまでの選択肢は自分達がどうするか、という意味で考えていた。あくまで自分達目線。だが、これから助けるべき人という曖昧なボトルに『自分の大切な仲間』というラベルが貼られてしまえば、全く意味が違う。目の前で自分の知り合いが、大切な仲間が、大切な人が殺されようとしているのに、世界の平和のためだ、なんて考える人間にだけはなりたくはない。全て仕組まれていたとしても、目の前の仲間のために立ち向かうべきだ。
とりあえず訂正する必要があるようだ。ユウマは『勇者』ではなかった。『勇者(自分の身内に限る)』と訂正させてほしい。だから世界の厄災の引き金になったとしても、必ず目的を達成する、そうしなくてはならない。
ユウマはニール達を急かし、門へと向きなおる。その目線の先では真っ黒な大蛇を思わせる鎌首が地面から持ち上がろうとしていた。その鎌首の先に二つ見える真っ赤な瞳を見ながらユウマは言う。
「絶滅した強竜さんか、大蛇さん? それともやっぱドラゴンさんですか? 俺はここにいます。どうか、俺だけと戦ってください。」
巨大な鎌首はびしょ濡れの犬のように顔を左右に震わせ、顔についた土を振り払う。その土の飛沫がユウマの顔を、衣服を汚す。
「あぁ、やっぱその鱗の感じ、ドラゴンさんですよね・・・」
ドラゴンは頭が良い、そんなイメージがあるので必死に挑発する。ただ、そのイメージもこの世界に通用するものかは分からない。ユウマの意図を感じ取ったのか、ドラゴンはあいさつ代わりに咆哮を放った。先程のオーガとは比べ物にならない。灼熱の炎と共に。
「くそ!! そっちの方向は!! 」
ユウマの挑発には乗ってくれなかった。あの方向の先、その先には逃げていった仲間がいる。自分の体だけで、あのサイズの炎の威力を削れるだろうか。あっという間に消し炭になれば、ユウマとて命はない。それでも今は行くしかない。結局彼らが死んでしまえば、ユウマの負けなのだ。ユウマが走り出すその時、不意に声が聞こえた。美しい旋律だ。
『氷の女神サファリーン、貴方の美貌を讃え、氷の嵐を宿敵に示し給え。』
ユウマの後ろから、今聞いてはいけない声がする。なぜ、どうして、どうしてクリスの声が聞こえるのか。逃げた筈のクリスの声がなぜ聞こえるのか。
ユウマは呆然と眺める。ただ、クリスの放った氷魔法がなければ、ニールとナディアは助からなかっただろう。クリスの放った氷魔法は見事にドラゴンブレスを打ち消していた。
「クリス、どうして・・・どうしてお前がそこにいる・・・。どうしてここにいるんだ!」
ニールとナディアの側からでも魔法は撃てたはずだ。それがどうして自分のすぐ横にいる。
「ごめん。ユウマ・・・。私・・・」
その言葉が言い終わるのを待つ前に、クリスを抱えながらユウマは横っ飛びした。その直ぐ側をドラゴンの鉤爪が残像を残して通り過ぎる。
「約束・・・したの・・・。ニールにも・・・ナディアにも・・・」
お姫様だっこから解放し、クリスを地面に立たせる。
「ユウマを守るって・・・だから・・・私も戦う。」
「お前が・・・死んでしまったら、意味がねぇだろ?」
「ユウマが死んだら・・・みんなが悲しむ。・・・ん、じゃなくて、いや、それもあるけどそういうんじゃないの!私が嫌だもん!!私はユウマに死んでほしくない!!」
風を切る音がする。二人の頭上にもう片方の爪が襲いかかる。
ガキンという金属音がした。ドラゴンの爪をバスタードソードがぶつかる。そしてユウマはバスタードソードを両手に構えて弾き返したのだ。
「おい、くそドラゴン。俺の仲間を傷つけようとすんじゃねぇよ・・・」
ユウマはクリスを庇うように、ブラックドラゴンに向き直った。そして一呼吸つく。自分の中の何かに気が付いた。
「そうだな、俺達が始めたんだ。一緒に戦おう・・・」
クリスを庇いながら、ユウマは体に懐かしい激痛を感じていた。今の一撃は今までのユウマであれば受け止められなかった。
分かるはずもない。こんな単純なことにも気付けなかった。
「クリス、魔法は頼んだ! 俺とお前でドラゴンを討伐するぞ!」
ユウマは数十mはあろうかという高さまで跳躍していた。そしてドラゴンの背中に腰から下げていたロングソードを突き立てた。
『氷の女神サファリーン、我が名はクリスティーナ。貴方の美貌を讃え、氷の嵐を宿敵に示し給え。
クリスもドラゴンの顔に向けて杖から上位魔法を炸裂させている。
そりゃそうだ。クリスだって今は限界以上の力が出ているんだ。そうでなければドラゴンの炎なんて安易と止められるものか。
バキンと音を立てて、ユウマはバスタードソードでドラゴンの首元を斬りつける。ドラゴンも負けじと右前足でユウマを地面に叩き落とす。ユウマの右脇腹はざっくりと抉られ、大量に血が吹き出している。
「痛い・・・けどなぁ・・・今の俺はこんなもんじゃあ、死なない。」
ドラゴンの厚い装甲を切り裂くなんて、簡単じゃない。でも今なら出来る、出来ている。そうだ、ずっと気付けないでいた。ちゃんと仲間と向き合ってなかったからだろう。死ぬ気で戦う、死にかけムーブメント、死ぬ気ムーブ? それだけじゃあない。人間が限界以上の力を発揮するのはそれだけじゃない。
「クリス、お前を守る為に戦う!!」
「私も、ユウマ、君を守りたい!!」
人間、いや生き物全てにも言える。自分の為じゃない。誰かの為、いや大切な仲間のため、愛する人のためならば、計り知れない力を発揮する。当たり前じゃないか。
魔法を使うクリスがまず狙われる。だがユウマはドラゴンの速度をも上回って、攻撃を受け止めて、そのままドラゴンの指を切り飛ばした。
それでも負けじとドラゴンは咆哮と共に二人を焼き尽くさんとする。けれどもクリスの氷魔法はその炎さえも上回る。ドラゴンブレスを全て凍らせ、ドラゴンの舌まで凍らせている。
「行こう。」
「うん。」
「
「うん!」
ドラゴンの熾烈な攻撃も、ユウマは片手、片足を犠牲にしながら受け流す。ドラゴンだって死にたくはない。猛烈な攻撃を仕掛けてくる。
それでも、それだけじゃあ、俺たちには勝てない。自分の為、そして大切な人の為に戦う俺たちには一歩届かない!
瞬時にユウマの手足は再生を始める。そしてドラゴンに食らいつく。
勿論、クリスのマナは減っていく。それでもその分ユウマが強くなれば良い。ここ最近、なんとなく頭打ちに感じていたユウマの能力は、強敵ドラゴンと守るべき
数分足らずの間だったかもしれない。ユウマはその間に身体中の全ての細胞をターンオーバーさせただろう。それほどの熾烈な戦いだった。だがそれでも確実にドラゴンの身体能力を凌駕していった。
「これで、終わりだ!!」
小蝿程度の相手に翻弄されるドラゴンは本来の精彩を欠いていた。俊敏なユウマの動きに鎌首が長すぎて追いつけない。追えども追えどもユウマの姿はない。ユウマはその真上、ドラゴンの視界の範囲外で振りかぶっていた。そして切れ味のほとんどなくなった鉄の塊をその重量、その重力をも味方につけて打ち下ろした。
ドラゴンの頭が胴体と離れて地面と激突した。そこにクリスが近づいていった。なんとも奇妙な絵面だろう。クリスがドラゴンの頭に近付いて、切断されたドラゴンの頭に触れていた。頭だけのドラゴンと白い美少女、なんとも美しく思える。
「ごめんなさい。ドラゴンさん。あなたも巻き込まれちゃったよね。・・・でも、これで・・・」
「あぁ、きっと俺たちは悪いことをしている。それでもこれで、・・・終わりだ!!」
ユウマは腰にぶら下げていた魔力を伝導するのかどうかも分からない何かを地面に突き刺した。そしてふうっと息を吐いて、空を見上げる。自分がしたことが良かったのかは分からない。
ここは森ではない。だから空が綺麗に見える。すでに夕方なのだろう。西の空が紅い。ユウマは流れる雲を見ていた。そしてそのユウマの視界に黒い何かが、突然横切った。
ユウマの全細胞が凍りついた。その方向にはあの子がいる。ずっと一緒に戦っていた彼女がいる。子供っぽいところもあるが、勇敢だったりする聡明で美しい子だ。ユウマのことが大好きで、ユウマの彼女のことを好ましく思っている。そんな大切な子だ。その子がその先にいるんだ。
そんなバカなことがあるか。そんな死亡フラグ、立てたつもりはない。だからきっと大丈夫だ。だからこのまま下を向けば、クリスを見れば、彼女は微笑みを返してくれる筈だ。
なのに・・・
なのに悪い予感だけはやはり的中してしまう。
「クリスぅぅ!!」
なんだ、それはなんで、ドラゴンの頭に固定されているんだ。なんでそんなものに貫かれて、立ったままドラゴンの顔に張り付いているんだ。
クリスは直径30cmほどの太い何かに胸を貫かれ、そのままドラゴンの頭に貼り付けられていた。そしてユウマの方を指差しながら、頭をがっくりと落とした。一眼で分かってしまう。クリスは死んだ。何かを指差して、それをユウマに伝えようとしていた。
どうしたらいいか分からないユウマはその指を刺した方角を見た。その指の差した先にはオーガの群れがいた。
なんだ、死亡フラグを立てたのは俺か。俺があの時逃したオーガが仲間を呼んできたんだ。だから俺を追ってここまできた。俺が恐怖を与えたからだ。それで先にクリスが・・・。俺のせいで・・・俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいで俺のせいでおれのせいで・・・。
俺のせいで、クリスが死んだ・・・
勿論、オーガに怒りをそのままぶつけにいった。それは覚えている。
それでも、もう俺には守るものもないわけで・・・
それに自分自身が許せなかったわけで・・・
自分の死なんてどうでもよかったわけで・・・
もうボロボロだ。たぶんオーガは全滅した。でも視界が暗い。この攻撃は致命傷だとか、これは大丈夫だとか、そんなことは1mmも考えていなかった。大量出血は間違いなし、それに臓器も損傷しているのだろう・・・。それになにより自分が生きることを諦めようとしている。
そうだ、大切なことを思い出した。ここにくる前ニールに受け取った魔法信号弾。これを撃たなきゃ、いつまでたってもあの砦にこもったまま待ち続けることになる。どの色だっけ・・・。どの色が成功で、どの色が敗走で、どの色が先に帰れだっけ・・・。
・・・違う。先に帰れの色しか俺は受け取らなかった・・・
ほぼ不死身の自分が必要な色はこれしかないと、ちゃんと考えてんだな。その時の俺・・・、本当に愚かな俺・・・
でも、大丈夫・・・。ちゃんとやったから・・・。クリスもいるよ・・・。一緒に頑張ったんだ・・・。やばい視界が暗くなる。早く撃たなくちゃ・・・
空に向けてユウマは信号弾を発射した。そして受け取り手を明記した信号弾は淡い緑色で、ユウマの魂を乗せた火の玉のように森の奥に消えていった。
ユウマの目はもうそれを映していない。何も見えない。何も・・・。
何も考える必要がない。
ちゃんとやったんだ・・・
みんな無事に生きて帰ってくれよ、いや、もうそれも考えなくていい・・・
この日、俺たちの白銀の団は消滅した。
ユウマを月の光が照らす。体はほとんど元に戻っているが、意識はない。そこに月に照らされた一人の少女が立っている。薄紫の髪、それが白い髪にメッシュで入っている。少女はユウマの頭を少し上げ、その下に自分の膝を滑り込ませた。麗しく光る紅い瞳を薄く閉じ、ユウマの頭を撫でながら呟く。
「『太陽』と『空』、それに『闇』、どうしてその中に私の象徴、ルーネリアの象徴『月』が入っていないのかしら・・・。まぁ、いいわ。やっと会えたわね・・・
初めまして、ユウマ・・・
そして、おかえりなさい
アダム・・・」
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