白銀団、最後の戦い(上)
ユウマが待ち侘びてもいないのに勝手に朝が来てしまう。希望の朝なんかじゃない。今から特攻する場所は腐海の森・最深部、その名も『腐海』。誰がどういう意味でそう名付けたのかは分からない。とにかく腐っていて、どろっとした何かなのだろう。勿論今回は伝統的な目的地、その中心、特異点とでも名付けようか、そこに行くわけではない。それでも腐海には違いない。そこに行かなければ、俺たちがそこに辿り着けなければ、再び人間が送り込まれるだけだ。
だったら逃げ惑えば良い。他の者に任せれば良い。それくらい卑怯者だったら良かったのかもしれない。それくらい擦れていれば良かったのかもしれない。でも、この勇者様についてくる一行は、どうしようもなくバカで、どうしようもなくキレモノで、どうしようもないくらい英雄だった。
そしてその勇者様というのも、結局同じくらいバカだったわけで・・・
違う、間違えました、言い直させてください。勇者様は大バカだったわけで。
「ニール、今日で決めるくらいの気持ちで行くぞ。まだ食料はあったとしても、正直どのタイミングでモンスターが湧いて出てくるのか、その仕組みさえも分からないからな。」
勇者と自称している黒髪の少年ユウマは、寝付けなかったモヤモヤを晴らすために親友に話しかけた。
「だな。思い立ったが吉日ってやつだ。ほら、ポーション全部乗せのリュックだぞ。それにいざとなったらダマスケスの袋もあるぞ。」
茶髪の少年はとても賢く、そして垢抜けていて正義感が強い。ニールは昔から大商人になるよりも、英雄までとは言わないが、とにかくカッコいい戦士になりたかったのだという。
「ニール、うちの財産で買ったダマスケスの袋は食べ物しか入ってないでしょ? いざとなったら食パンを口に咥えて走り出すの? それで交差点で可愛い女子生徒とぶつかれるとか思ってるんでしょ? 残念ね、ここでぶつかるのなんて、モンスターくらいだものね。」
白髪の少女クリス。最近発見したが少しだけ薄紫の髪の毛が混じっている美しい少女。昨日の件もあり、ほぼ八つ当たり状態の彼女は子供っぽい正義感を振りかざすとても可愛らしい側面も持つ少女だ。彼女の本名はクリスティーナ・メリル。男爵の末娘だ。
「クリスちゃん、おはよ。昨日は眠れた? 今日もクリスちゃんはかわいいね。正直恋のライバルとしては許せませんけど。」
深緑の髪色の少女、ナディア。クリスとはいつの間にか打ち解けて、そしていつの間にやら恋のライバルになったという少女だ。彼女はとある事件で、修道院に匿われる立場となった。だが今やそれも昔の話。決死行を行うのであれば、純血を重んじるなど言っていられないのだろう。随分神経が図太くなったものだ。
「え、そういう流れになっちゃうんですか?じゃあじゃあ、私も入れてください。はぁぁ、憧れますぅ。勇者様と、ってあれ、もしかして私、勇者様にお姫様抱っこされちゃったの!もしかして私が一歩リードかもですね!」
薄い緑の髪の少女は揶揄うように、二人の少女の間に割って入った。少女の名前はデルテ。この子の怯えた顔は絶対に忘れない。今でも後悔しない日はない。それでも彼女は変わった。周りが変えさせたのではなく、自らの意志で変わっていったのだ。
「ちょっとユウマさーん。なんかすごい羨ましいです。自分には、遠い夢のようっす。ニールさんの後を追っていくのが一番かと思ってましたが、ユウマさんについていけばよかったです。うん。間違いない。あ、そうだ。ユウマさんに渡すものがあったんです。」
赤毛の少年マイクはニールにこの後こっぴどく叱られるだろう。それでも彼だって英雄になれる素質はあるのだ。彼の方向感覚と運は、それ以外の才能を枯渇させてしまったのだけれど、どうやら着いていく人間を誤ったと判断しているらしい。そんなことはない。自分の運を信じてついていけ。
「おい、マイク。それ、俺から渡す予定だったんだけど。あー、これ。ユウマは魔法が使えないから、これ使うと良いぞ。」
ニールはマイクが背負っているリュックを強引に引っ張り、マイクをのけぞらせながら、ナイフにショートソード、それにロングソードなどなど、今日で全部使い切ろうってことなんだろう。
「今日で決めるんだろ?だったら、出し惜しみなしな。俺たちだとこんなに扱えないけどユウマだったら使えるだろ?」
「まぁ、刃こぼれしても、途中で研いだりできないからな。ありがたく使わせてもらうよ」
「さすがっす。ユウマさん。自分だったら重くて動けないっすよ。やっとこの重さから解放されたって感じっす。」
いつの間にか、男性三人、女性三人にグループ分けされていた。勿論、後ろには十四人の信頼のおける仲間が一緒に来ている。今のところ準備万端だ。
「確かにユウマは常人離れしてるからな。その分魔法は使えねぇけど!」
軽く頷いておく。前の世界では軍からの横流しってもっとこう火器類とかだと思うが、この世界はやはり魔法中心らしい。できれば手榴弾とか、ライフルとかマシンガンとかが欲しいものだ。そうすれば魔法問題も一気に解決するのに。なんなら火炎放射器でも良い。勿論、どちらにしても戦争で使う道具と考えると碌でもない。
笑顔の仲間に囲まれている。昨日と変わらない今日がいい。今日よりも明日!一歩ずつ変わっていこう、そんなことが書いてある自己啓発本なんて今なら破ってしまいたい。これから先は地獄への一本道です。昨日と変わらないこと、それが一番だ。こんなに恵まれているならば、それを手放さないことが一番大切だ。
戦いは突然始まった。奥に進めば進むほど、モンスターが強くなるのは知っていた。だが身体能力が極端に上がれば、皆の探知も無意味となる。いかに順調そうに見えても、ここは世界で一番地獄に近い場所なのだ。
「尻尾、気をつけろ!!死角からくるぞ!!」
何人かは吹き飛ばされているが、大丈夫。まだギリギリ動けそうだ。相手は『リザードマン』、トカゲ人間とでも言った方が良いだろうか。こいつらは装備はしていないみたいだ。知能レベルで考えればゴブリン以下だが、それでもポテンシャルが違いすぎる。
リザードマンは爬虫類特有の視野の広さを持つ。それに巨大なリーチの尻尾が、長槍のリーチを易々と超えてくる。さらには同時に6体も出現とは、いったい今何階層目なのやら。とにかくボーガンや魔法で攻撃するしかない。ただ硬い鱗のせいで、それもうまくは行かないようだ。
『氷の女神サファリーン、我が名はクリスティーナ。貴方の美貌を讃え、氷の嵐を宿敵に示し給え。
小気味良い声が後ろから聞こえた。
「やるな!クリス。相手の弱点属性を上手くついてきたな!!」
ユウマは素直に称賛した。横から襲われたので、急襲に近かった。そのため、ユウマの説明が遅れていた。
「うん、トカゲ、きっと寒いの嫌い。」
クリスの手から氷の礫を含んだ風が出ている。キラキラと美しく、クリスの白い髪、時折見える薄紫のキラキラした髪、それにクリス本来が持つ美しさも相待って、神々しく見える。そういえば雪が今年は降らなかった。暖冬と呼ぶべきか、凍える寒さの日はなかった。ほとんど森にいたので森のせいにしていたが、リザードマンが活発に動いているということは、やはり思っていた通りだ。今年に冬はなかったのだ。
この世界に冬が来ることは知っている。こっちの世界のユウマと同期したのだ。ちゃんと雪が積もる街の景色も記憶している。ということは今、まさにその1600年周期の終盤なのだろう。全てが今までとは違うのだ。
ただ、今はそんな感傷に耽っている場合ではない。一刻も早く、冬眠できなかったリザードマンたちに永眠をさせてやらなければならない。ユウマは動きの鈍くなったリザードマンの背後に素早く回り込む。変温動物でなければ、その広い視野で反応できていただろう。
ユウマはとにかく振り下ろす。リザードマンの尻尾の根本を狙って振り下ろす。薪割り?斬首?胴田貫き?胴田貫きについては諸説あるので各々調べて欲しい。とにかく、振り上げては振り下ろす。見ていてかわいそうになるが、なるべく根本から切り落とす。どこかにハンターが居れば、その尻尾から素材でもなんでも取っていって構わない。この森深くまで来ることができればだが。
リザードマンはぱっと見、小型の二足歩行の恐竜というイメージだった。ディノニクスという恐竜に近いかもしれない。だったらリザードマンと呼ばずにディノニクスと呼べば良かったのだが、せっかくのファンタジーなので、リザードマンで良いのだ。そもそも恐竜は恒温動物説がある?そんなのは関係ない。この世界では見事に動きを封じたのだ。目の前が現実であり、遠い異世界になった学説など知らない。
そんなことよりも二足歩行の恐竜の尻尾は総じて長い、もしくは太い。勿論恐竜はほとんどが尻尾が長い。あれは巨体を動かすためにバランスを取る必要があるからだ。尻尾がなくなったからと言って、瞬時に頸椎が持ち上がり、直立歩行できるようなんて、そう簡単にはいかない。脊椎があり、脊髄がある。無理やり人間の真似なんかしたら、あっという間に頚椎がねじ曲がって、麻痺は愚か、動かすことすらままならなくなるだろう。
だからそんなふうには出来ない。だから急に尻尾がなくなれば当然・・・
「今だ、全員で飛びかかれ!一体相手に複数人でとにかく頭を狙え。殴殺しろ!」
リザードマンは突然、やじろべえの片側を失ったのだ。当然前屈する。勿論やわらかーいお腹を見せてもらってもよかったのだが、本能的に四つん這いになるのだろう。ただ、頭のサイズはそこまで大きくない上、二足歩行のために発達した尻尾や後ろ足に比べて前脚は短い。だから緊急回避は難しいようだ。勿論、そんな訓練を積んでいれば別だが、教えてくれるものなどいないのだろう。あとは本能で抵抗をしてくるだけだ。
「イテェ、くそぉぉ!!」
何人かから反射的な声が出る。有利に事が運んでいるとはいえ、相手も死にたくはない。当然抗ってくる。何人か鋭い爪で、肉を切り裂かれてしまったようだ。それでも皆、頑張って殴打しまくっている。複数人で寄ってたかって、リンチしているように見えるが、こちらも精一杯なのだ。人間はそもそも弱すぎる。
最後にユウマがリザードマンの安否?死んでるかチェックして、止めを刺しながら。仲間の容態を確認する。ヒーラーは三人。勿論、それ以外にも簡単なヒールを唱えられるものもいる。どれも治癒を促す効果があるが、完全に骨が癒えるまでは行かない。
「これ以上は進まない方がいい。これ以上は戦えないな。」
「大丈夫です。俺、まだ戦えます。」
気持ちは嬉しい。けれども彼らの為にも、これから先も戦い続ける他の仲間の為にもならない。足手まとい、肉の壁どっちにしても良いものではない。
「いや、その為の拠点確保でもあったんだ。あそこの警備を任せられる余力を残しておきたいんだ。」
とりあえず嘘だ。でも拠点を作った理由は本当だ。一日や二日であそこに別のモンスターが入り込むとは限らない。モンスターの間でも暫くはスライム地獄というイメージが残っているだろう。スライムが出た時の対処もしっかりしてきた。具体的には石の深皿で外にポイ捨てする程度のものだが、それでも、怪我人が出た時に戻れる場所を作っておくこと。これが何より戦う者の士気に繋がるのだ。いろんな言い訳を考えるが、どちらにしても戦えないのであれば、これが最善策だろう。
それに一日経っても例の督戦隊とやらは確認できなかった。随分優秀な望遠鏡をお持ちなことで。というより例のアレがある限り、問題ないとでも判断したのだろう。だからユウマが動き続けている限りは問題ない。
「あと一人、一緒についていって欲しい。」
その人選はニールに任せた。彼の方がうまく仲間を使ってくれるはずだ。
「ユウマくんは、大丈夫?」
ナディアが心配そうにしてくれるので、見せてあげた。切り傷がさらさらと消えていく様子を。これくらいならまぁ、見せてもいいかなとは思う。それにいつもみたいに無駄にナディアがマナを消費しなくて済む。それでも毎回この子には本当に心が癒されている。
「次、いくぞ。」
残り十五人になったとしても、先へ進む。絶対にこれで最後にしたい。ニールは皆にちゃんと声をかけている。本当にリーダーに向いているのは彼なのだろう。クリスはユウマの側にぴったりと張り付いている。これは自分は絶対に戦い続けるという意思表明なのかもしれない。
さらに奥深く。少しずつ腐臭が漂ってくるのが分かる。この先を進めば、ユウマの強化された視力の視界に腐海とやらが見えてくるのだろうか。
向こうから地鳴りがする。でも焦ることはない。地面を揺らす振動も、そこから発生して空気を伝播する『音』という波も、光の速さには勝てない。恐らく森はもうすぐに終わる。こんなに見晴らしの良い場所なら、音よりも地響きよりも早く視認することができる。
「オーガ三体、トロール二体それぞれ別の場所にいる。トロールの特徴は前に説明した通りだ。動きは遅い。だが一撃で殺されるぞ。長槍で牽制しつつ、遠距離攻撃主体でいけ。ボウガンと魔法全開だぞ。勿体ぶるなよ。」
魔力もないのに遠くまで見ることが出来てしまう。死にかけムーブメントのおかげだが、本来の生物、例えば鷹だって視力は大したものだ。生き物というのは想像以上の可能性を秘めているのかもしれない。
「トロールは、分かった。オーガってやつはどうする?」
全体を指揮するニールが当然ユウマに質問をする。
「初見殺しがあるといけない。俺一人で行く。ばっちり研究対象にさせてもらうさ。」
ユウマはその言葉を伝えるとともに、ニールの動体視力では追えない速度で走り始めた。
「ユウマ、無茶すんなよ! 一応お前も死ぬんだろ!!」
その言葉は無事にユウマに届いたようだ。ドップラー効果で多少声は低くなっていたが。
ユウマは自分の能力について、ある程度語ってみたものの、昨日のスライム退治のようなグロテスクな様は結局誰にも見せてはいない。ユウマがそうなってしまうくらいの危険エリアにはユウマが先行するから。勿論それも理由の一つだが、本音はやはり、「気持ち悪がられたくない」ところが大きい。
それにしてもオーガの巨躯、10mを超える身長を持つ、巨大な鬼。日本人ならパッと思い描くまさに鬼。以前のトロール戦では必死すぎたのと、分からないことが多すぎたのもあり、こんなものかなと思っていたが、改めて近くで観察すると異常な大きさだ。恐竜T-Rexだって同じくらいのサイズだが、巨大な尻尾でバランスをとっていたため、常に10mのところに頭があったわけじゃない。そもそもこのサイズで直立二足歩行が可能なのかと疑ってしまう。
それでもやることは決まっている。一体目は確実に不意打ちで殺す。二体目も出来ればそうしたいところではあるが、トロール側でもそろそろ戦闘が始まるだろう。こちらにヘイトを向かせることを前提にしなければならない。
直立二足歩行に進化した理由、それは脳の比重を大きく保てるから。つまりこいつは頭が良い。きっと厄介な戦いになるだろう。だから確実に初撃で一体を倒すことが重要だ。
オーガを楽々と飛び越える跳躍でユウマはオウガのうなじにバスタードソードを突き刺した。これで死ねば大助かり。だた、声を出されたら二体目を不意打ち出来なくなる。そう思い、ユウマはそのままオーガの首根っこにしがみついて、腰につけていたショートソードでオーガの喉笛を掻き切った。どれもこれも人間技ではない。ユウマのこれまでの戦い、筋肉の超回復それら全てがあるからこその
今まで通りだ、ユウマはそう思っていた。だがユウマが今しがた命を刈り取ったオーガから飛びのいた時、もう一体のオーガと目が合ってしまった。静かに殺したつもりだったのに、向こうも警戒していたようだ。
「作戦失敗かよ・・・」
二体のオーガはユウマに向き直り、怒りの咆哮をあげた。その瞬間にユウマは悟った。全身を焼かれながら、そして吹き飛ばされながら、さらには巨木に背中を強く打ち付けながら悟った。
『なんで、魔法効果がついてんだよ・・・』
詠唱など聞こえなかった。だが、オーガの咆哮には魔力を感じた。全身やけども治癒していく。そんな自分にも驚きながら、ユウマは暫く様子を観察した。恐らくは本能的か、根源的かは知らないが世界の法則をなんとなく理解している、そんなところだろう。それでも魔力自体が大きいのだろうか、稚拙で論理めいたものがなくても魔法が少しだけ付与されているのあろう。なんと羨ましいことですこと。
それに相変わらずユウマを警戒し続けている。ここまで来た人間を知らないのか、人間を見たことがないのか、彼らからしてもユウマは未知の存在のようだ。
「なるほど、それなりの知能はお持ちのようで・・・」
ユウマはそう言って、ゆるりと立ち上がった。オーガは咆哮を続ける。その度にユウマは跳ね飛ばされそうになるが、今回は分かっているので地面に踏ん張り、前面のやけどのみに留める。勿論これでも十分致命傷だが、最初の頃に比べるとリジェネ効果が随分増しているので問題ない。
「だったら今度こっちがチンパンジー作戦ってか!?」
驚異的な瞬発力でユウマは一体のオーガに迫る。そしてそのままオーガの右手の指を4本切り落とした。
「おら、どうだ。痛いだろ・・・」
オーガは何度も咆哮を叫んで、ユウマを燃やす。それでもユウマは足を止めない。明らかに咆哮の威力が弱まっている。次は、そうだな・・・、オーガを睨め付けながら、ユウマはオーガの顔に向けて突っ込んだ。そしてその勢いのままオーガの目を刺し、鼻を削いだ。
オーガの咆哮が鳴き声に変わる。
「鬼の目にも涙だなぁ。」
ユウマは無慈悲にオーガの腹に何度も剣を突き立てた。そしてもう一方のオーガを睨む。知能があるなら、恐怖心も強いみたいな適当な作戦だったが、こんなの知能を持っていようがいまいが恐怖するしかない。もう一方のオーガはユウマを見て逃げ出してしまった。血塗れで嘲笑う小人。何をしても近づいてくる小悪魔。怪しく光る漆黒の瞳、そして口から血を垂らしながら笑うユウマ。逃げ出したオーガがユウマの方を振り返ることはなかった。
「ふう。時間がういたな。加勢に・・・」
そう言いながらユウマはトロールと戦っている仲間の元へ向かった。一体のトロールは倒せている。それを見て、少し嬉しくなったが、様子がおかしい。
明らかに動きが悪い。ニールとマイクが頑張って牽制して、クリスの魔法詠唱を待ってはいるが、これはどう見ても今までの戦い方だ。つまり何かを庇いながら戦っている。
「マイク、そっちまわれ!」「クリス、もっと下がれ」そんな会話が聞こえてくる。おそらくトロールを誘導しているのだろう。そして仲間の焦りさえも伝わってくる。
まずい。まずい。まずいまずいまずい!
向こうに怪我人がいるのは明らかだ。おそらくはそれほどの死闘でなんとか一体のトロールを倒したのだろう。それでも上出来だ。トロールは一体で正規兵の集団を壊滅させたほどなのだ。あの時だってトロールを倒したのはユウマであり、彼らは敗走するしかなかった。だから、誇っていい。お前たちは強い。本当に強いんだ。
でも、それでも・・・
死んだら意味がない・・・
「だめだ。マイク! 近すぎる。それじゃあ、ただの的だ!」
ユウマは懸命に走りながら、届きもしない指示を送る。死ぬ気で走りながら、懸命に叫ぶ。マイクが今しているのは、『クリスを守る』、その為に自らが囮になる行為だ。誇っていい。お前は今、究極の愛の形を示している。だけど!!
なぜもっと力が出ない! もっと動けこの足、ノロマ!!
自分が憎らしい。だってあそこには・・・
トロールの剛腕がマイクに襲いかかる。あれを食らったら即死だろう。スローモーションで見えてしまう。なんでこんな時に自分はあそこにいない! どうしてこんな大切な仲間を俺は死なせるんだ!!
ユウマは必死で手を伸ばす。
どうしても・・・
どうしても・・・
ぐしゃ!! 鈍い音がした。
この音は知っている。そしてこの痛みも知っている。潰れた音、この音は体が潰れた時の音だ・・・
スローモーションの世界が、走馬灯の世界が、もうすぐおわる。
「ユウマぁぁぁぁ!!!」
誰かの声が聞こえる。それでもやるべきことは分かっている。だから・・・
「俺は大丈夫だ。クリス、詠唱終わってるな。ニール、もう一度行くぞ。今度は膝を狙え!!ニール!!聞いているのか!!」
少しの沈黙があった。
「き、聞いてる・・・よ。で、でも・・・ユウマ・・・。お前、なんで生きてんだよ。左腕もないし、顔なんて、ぐしゃぐしゃだ。体の至る所から骨も突き出ているし・・・。」
「その程度で済んだのか、じゃあラッキーだな。早く、クリスいけ!!」
心臓に、肺も、脳も無事だ。顔がどうなっているのかは、今は分からないが、声が出せただけ御の字だ。分かっている。クリスもニールもユウマに怯えている。だから反応が悪い。だから見せたくなかった。でも、マイクの命は刈られずに済んだ。自分でも不思議に思う。いつもの死ぬ気ムーブだと確実に間に合わないと思った。だから、なぜ間に合ったのかが分からない。今しがたオーガと戦っていた時でさえ、同じ死ぬ気ムーブだったというのに・・・。
『偉大なる
漸くトロールが火だるまになった。もちろんこれで死ぬと思えない。確実に頭を刈り取る。なんてったって、左目ももう回復している。それに全身にも力が入る。
まさにゾンビだな。俺を殺すにはヘッドショットか、心臓撃ち抜きか。もちろん肺を失うのもやばいが。
反応が遅れた仲間を置いてけぼりにユウマは炎の中に飛び込んでいった。そして横凪ぎにバスタードソードを振って、表面がぶよぶよしたトロールの首を体から切り離した。
全員が固まっている。その中でユウマはマイクの容体を確認した。いくつも骨が折れている。下手したら肺に穴が空いているのかもしれない。これはトロールの一撃ではない。ユウマが突き飛ばしたせいだ。自動車事故、もらい事故、不幸中の幸い、どれが当てはまるのかは分からないが。ヒールをかければなんとかなりそうだ。
「ナディア、急いでヒールをしろ。」
見た目にはユウマにヒールをするべきだが、皆の視線がユウマから逸れる。余程グロテスクなのだろう。残った組織がぐにょぐにょと這い出てきて、内胚葉由来、外胚葉由来の順に治していく。通常は外胚葉由来の皮膚組織の再生が早いはずだが、そんなことは知ったことではない。綺麗に元通りになるのだ。おそらく内側から順番に再生しているのだろう。だから皮膚が出来上がるのは最後ということになる。それまでは半分骨と筋肉のユウマがしゃべっているのだ。目を覆いたくもなる。
「は、話には聞いていたが、お前、ほんとに人間か?」
ニールが気を遣ってバケモノユウマに話しかける。
「うーん。疑わしいな。最近は特にやばい。それでも、ちゃんと死ぬんだぜ? さっきのだって、当たりどころ悪かったら死んでたからな。お前らだって十分すごいぞ。トロール一体倒せてんだ。多分この国で一番強いモンスターハンター部隊だぞ。」
そんなこと言われても何の説得力もない。そんあ空気が流れる。それでも彼らは誇るべきだ。立派に戦ったじゃないか。
「それでニール、損害を教えてくれ。」
ニールはその言葉に一瞬たじろいだ。
「え、えっと。死人は出てない・・・。でもなんていうか、戦える人間を言った方が早い・・・かな?えっと・・・俺と、クリスとナディアとデルテ・・・だけ・・・さっきまでマイクも居たけど・・・」
少しずつ、ユウマの顔が戻ってきているのか、ニールとその三人が徐々にユウマに向かい始めた。
「そっか、じゃあ・・・」
「待てよ、ユウマ。お前一人で行くっていうんだろ?そんな・・・」
あぁ。今までだったら言っていた。当然だ。その方が楽だったから。
「そんなこと、言わないよ。一緒に最後まで戦おう。でも済まない、デルテ。こいつらをアジトまで連れていってやってくれ。それも俺の戦いの一つなんだ・・・」
デルテは何も言わず、頷いてくれた。悔しそうではあったのだが。ユウマはそのあとデルテに怪我人の治癒を任せ、ニール、ナディア、クリスになるべく全快にしておくよう伝えた。そしてその後ユウマは誰のかは分からないリュックを拾い上げて歩いていった。
数分後にユウマは仲間のもとに戻り、デルテに声を掛けた。
「これ、背負って帰ってくれ、臭いけどな。」
「げ、まじでくさいぞそれ・・・な、なんだ?」
ニールが鼻をつまみながら、聞いてきた。デルテも顔を背けている。
「俺が戦ったオーガ、恐らくこの辺りで一番強い。そいつが恐怖で漏らした尿。えっとそれが染み込んだ土を入れてある。たぶんだけど弱いモンスターは近寄ってこれない・・・だろ? さっきのトロールとオーガも距離が離れてたし、偶然鉢合わせたっぽい。今までだって同種のモンスターが群れてる機会はなかったしな。ま、臭いのは我慢してくれ。」
デルテはものすごく嫌そうな顔をしたが、しぶしぶ背負ってくれた。本当は一緒に最後まで戦いたいのだろう。自分だけ逃げるみたいに思わないで欲しい。どうかそれだけは思わないで欲しい。
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