砦攻略

 今回の行軍は今までで一番準備を行ったと言って良い。予告もあったし、経験もたくさんした。それにこれが最後だと分かっているから、全てを注ぎ込むことが出来た。その中でも地図を確保できたことは大きい。数百年前の地図にはしっかりとこの辺りまでが記載されていた。つまりその時期にはまだこの辺りは森ではなかったということだ。それはユウマが何回も廃墟を確認しているから分かっていたことだが。地図に書かれた要塞のマーク、この世界の文化から考えて石造りだろう。木々に貫かれてはいるかもしれないが、しっかりと地面に残っているのではないか。そう考えてここを第一目標地点にしていた。


ただ、問題はどのようになっているか、ということだった。海に沈没した船のようにこの辺りの生物の住処になっている可能性が高い。つまりいきなりのダンジョン戦突入の可能性を考えていた。激しい戦いになったとしても、拠点確保はでかい。だから慎重に歩みを進めていった。ただ、明らかに様子がおかしかった。


この辺りの木々はかなり高い。だから薄暗いこと以外を除けば見通しが良い。だから砦を確保できれば良い、そう思ったのだ。だがよもやよもや、人気がないどころかモンスター気もないとは。


「スライム・・・だと」


こんなところで最悪の遭遇をするとは思っていなかった。高難易度モンスター『スライム』、ゼリー上の質感のドロドロとしたそれは、もはやモンスターと呼べるものではない。


一見無害そうだが、打撃無効という魔法の使えないユウマにとっては大天敵だ。それにスライムと言えば、酸性、毒性。その上、下手に刺激を与えると飛び散って辺りに被害が拡散する。装備品を漏れなく溶かしてくれるというサービス付きだ。破壊無効効果のあるマジックアイテムを所持しているなら別だが、残念ならがそんな便利なものは持っていない。


どっかの無害そうなマスコットなら良かったのだが、こいつはそういうジョークは言ってくれないらしい。意思を持っているのかも分からないため、扱いが大変難しい。なるほど、これならモンスターが寄り付かない訳だ。意思疎通も威嚇もできないのだし、存在そのものが厄介ならば、ここを住処にしようなんて、さすがのモンスターも思わない。それによく見れば、あちらこちらにモンスターの骸骨が散らばっている。チャレンジした勇敢なモンスターもいたということだ。



「さて、最難関だ。みんな近づくなよ。とりあえず攻撃禁止な。」


ユウマはこの世界の記憶ではないが、今までも大体合ってたので、そのつもりで皆に言う。


「気持ち悪ぅぅ、なんだこれ・・・」


「スライムって言ったろ? 大抵のやつは強酸だったり、毒を持ってたりするぞ。とりあえず酸は確定だな。」


ユウマは、そう言ってモンスターの骸骨を指さした。皆が身震いしている。ユウマだって近づきたくない。だが、あまりこの辺でダラダラしていても始まらない。督戦隊はまだまだ来ないだろうが、いや、そもそも来るかどうかも怪しいが、ユウマたちには、どういう仕組みか分からないGPS発信機的な魔法具が手渡されている。魔力伝導塔小型版という代物だ。督戦隊なら別に来ても構わないが、モンスターに後ろから襲われるのは絶対に嫌だ。


「クリス、ちょっとこの棒に火をつけといてくれ。あとそうだな、みんなはちょっとこの場所から念のために離れてくれ。」


ユウマの言葉には別に変なところはない。当然未知の生命体だ。何が起きるのかわからない。それに火を使うのも、それっぽい。だから皆何も疑わず、その場を少し離れて、クリスは簡単な詠唱をして棒に火をつけた。


「うーん。凍らせて運ぶとか、何かで掬ってどっかに移動させるとか、他にも方法はあるのかもしれないし、壁と地面は溶けてないから、骨は大丈夫だと思うんだけど、うーん・・・」


「ゆ、ユウマ!? な、なにしてるの!! ぼ、僕・・・」


クリスは目を覆いたいが、片手に火のついた棒を持っているため、片方しか覆えない。目を覆いたくもなる、目の前の男が急に装備を外し始めたのだから。


「久しぶりに聞いたな。僕って言い方。何って決まってんじゃん。服脱いでんだよ。」


ユウマは爽やかな笑顔でそう言った。なんか前のクリスっぽくて嬉しかった。それにしても、どうやったら、クリスは元の調子に戻っていくのだろう・・・。ユウマは久しぶりのクリスのオーバーリクションを見てそう思った。装備を全て外し、そして中に来ている服まで脱ぎ始める。


それを見て、クリスは一歩、二歩と後ずさる。


「ちょっと、クリス待てって、火の棒をこの後、俺が使うんだからさ。」


「へ、変態の上に、SMプレイですか!?」


「何言ってんだこいつ」というユウマの目と、「何してんのユウマ」というクリスの目がぶつかる。


「んー。クリス、お前。実はむっつりなんじゃないか? 装備品を溶かされたくないからに決まってるだろ。あとは手をつかわなくても脱げるから、火、もらっていいか?」


クリスは火のついた棒を渡し、そそくさとみんなが待つところに行ってしまった。別に大したことはないと思うのだが、と全裸のユウマは思った。リサがいた頃の癖なのか、元々そういう習性がユウマにあるのかは分からないが、とにかく無自覚にユウマは首を傾げた。そして全く気にせずに砦の入り口に向き直った。砦と言っても石造の大きな一軒家だ。それでもあるとないとでは大違いだ。


「リサだったら、もっとスマートに解決するんだと思うけどなぁ。でも、俺にはまだこれしか無理だ。スライムさんよー。俺を溶かす速度と俺が回復する速度、勝負しようぜ!!」


ユウマはショートソードを片手に砦に侵入した。ショートソードは保険だ。もしも自分の回復速度が負けてしまった場合、放っておいたら大変なことになる。だからその時に溶けた部分を切り落とすためのもの。絶対にやりたくはないが、臓器にまで達するとどうしようもなくなる。だから絶対に頭には飛び散らないように最善を尽くす。


「痛ぇぇ!!こいつら、やっぱ意識あんのか?」


ユウマが試しに小さなスライムの塊を燃やそうとしたところ、一部は蒸発したが、明らかにユウマの方に飛散して来た。


「へへ、でも俺の勝ちだな。」


ユウマに飛び散ったスライムの酸は左腕の骨が数センチ露出させたところで止まった。そして急速に組織が再生していく。グロテスクこの上ない状況だが、ユウマ的にはそれを勝利と見做したらしい。


「じゃあ遠慮なく、先に進ませてもらうとしようか。」


簡素な作りに見えるのは、全て溶かされているからだろう。だが運が良いことに、石造りの分厚い壁までは溶かしていない。勿論、なんでも溶かせるのなら、そのまま地面に埋まって、マントルくらいで勝手に自滅しそうなものだ。


壁の材質をこまめにチェックする。強度もチェックする。ちゃんと火が通るように、風通しまで確認していく。隈なく、スライムを避けながら見回る。そして一室、どうしてもその条件を満たせない場所があった。牢獄かなにかは知らないが、鉄格子も何もかも溶けている一画。ここには届かないだろう。とにかくここは自分でやらないとダメそうだ。


「もっと火を貰ってくれば良かったな。」


その個室だった部屋に溜まっているスライムを、飛び散らせながら一つずつ燃やしていく。足にも手にも飛び散る。それに顔にも飛び散ってくる。瞼も溶け、眼球が露出する。だが、それでも手は止めない。手と言ってもほとんど骨しか残っていないが。筋肉が再生するのだから動かせる。痛い、本当に痛い。焼けるように痛い。


「絶対、こんな死に方は嫌だぁぁぁぁ!!」


そう叫びながらも、痛みと苦痛、悪臭に耐える。そしてユウマはなんとかその一画を全て火炎で洗浄した。気が付けば、頭がクラクラになっている。絶対に酸欠だろう。脳はだめ。脳は絶対ダメ。そう心で唱えながらユウマは出口へとひた走った。一つ良かった点といえば、髪の毛まで再生するということ。一体ルーネリアの加護ってなに?そんな疑問を抱きながら、辺りのスライムを無視して、出口まで突き進む。そして外界の空気を大きく吸い込んだ。なんと酸素の旨いことか。


なんとか、みんなにはグロテスクな姿を見せなくて済んだらしい。勿論、その代わりに、人によってはグロテスクに見える何かも晒してしまっているのだが。


「はぁぁぁぁ、大変だったぁぁぁ!!」


「大変なのは、こっちですよ。ユウマさん、ナディアさんが卒倒しちゃいましたよ!」


全裸ユウマとしては、必死で考えて行動したつもりなのだが、結果的に大ブーイングを喰らってしまった。どうやらこの世界にも何故か大事なところだけは焼けずに残る服や下着などの開発が必要のようだ。


「でもまだこれからやってもらいたいことあるから、俺は服着るつもりないぞ。」


衣食住の確保は必須だった。日帰りで攻略など出来ないと分かっていた。なので断固として、ユウマは服を着ない。仕方ないのでマイクがどうにかこうにか、目に触れないようにしているのだが、焼け石に水、いやまな板の鯉、どっちでもいい。とにかく丸見えだった。


「クリス、火炎魔法使える人間を連れてきてくれ。」


人の気も知らずに、とマイクは思っているが、ユウマとしてもそこは譲れない。さっき体半分溶けたのだ。もしもスライムが配置を変えてしまったら、またあれをやらなければならなくなる。勿論、酸欠でユウマの羞恥心というものがどこかへ飛んでいるだけであり、見せたいとは断じて思っていない・・・ことにしよう。


クリスは両眼を隠しながら、渋々魔法部隊をユウマの前に並ばせた。立派な犯罪行為だが、命懸けになっている全裸の勇者に従うしかない。


「砦内はスライムだらけだが、炎で蒸発させられる。でも石壁はちゃんと残ってるし、ある程度の火なら問題なさそうだ。だから入り口と窓に向けて、全員で全方位から火炎魔法を打ち込んで欲しい。それで俺は中にもう一度確認に行く。ただ、その前に風魔法で空気を送ってくれ。酸素がないからな。でも火炎魔法と風魔法が混ざってしまうと、炎が強化されて石壁まで破壊されかねない。だから水・・・んー。温度差で割れてしまうか、ということは風も、いや風はいけるか、うーん・・・」


真面目なことを話しているのは分かるが、誰もユウマの言葉が頭に入ってこない。どんなことがあったのかは知らないが、真面目な顔で語る全裸のユウマを見させられる身にもなって欲しい。


「ユウマくんの顔の周りだけ、空気を発生させましょう!!」


そんな中、卒倒している筈のナディアの声がした。


「うーん。熱いのは多分いけるから・・・うん。ナディア、それで行こう!!」


ナディア、卒倒しているフリをするとは恐るべし、という視線がナディアに注がれるが、とにかく魔法を詠唱して、この隊長に服を来てもらう方がもっと大切だ。



『偉大なるほむら操りし勇敢なる神リブゴードよ、我は請う。不浄の者に制裁を。今こそ神の威光をここに示し給え。火炎放射フレイムシャワー



この詠唱、意味的にリブゴードがユウマを襲うのではないかと思った者は数多くいた。だが、リブゴード的に露出魔ユウマは許されたらしい。


『大いなる風の神シルフィードよ。我が名はナディア。この者に空気の抱擁を爽快風フレッシュエア


『癒しと水の神アクエリス、我が名はクリスティーナ。この者に水の加護を水の鎧ウォータープロテクト


『かまとと』ナディアに負けじと、『むっつり』クリスがユウマの体に水の防壁を作った。クリスの魔法は即興だが、ユウマが自身の体の特徴、『内部に効果がある魔法は打ち消される』という情報を皆に伝えていたからこそ出来た合成技だ。


ユウマの顔まわりに空気を確保しつつ、全身を水の膜で覆う。股間部分の水がうまいこと光を歪ませて、ちゃんと「見せられないよ」が成立している。さすが天才クリスティーナだ。


ユウマはナディアとクリスに親指を立てて感謝する。ありがとうと言っているのだろうが、一回水の膜を通過しないといけないので、口パクにしか見えない。


ユウマもこれでも無事な保証がないことは分かっている。火災現場に飛び込むようなものだ。水の膜なんて簡単に蒸発するだろう。だが、もうすぐ日が暮れる。なるべく早く終わらせなければならない。


もう一度砦に入ると同時に、ユウマはナディアの機転に感謝をした。絶対に吸ってはいけないガスが充満している。なんかもう、紫と黄土色をごちゃごちゃさせたモヤモヤが至る所から上がっている。


それに石窯の中にいるようなものだ。ユウマの足の裏の皮が焼けついて固着してしまう。それを剥がしながら前に進む。この体が焼ける感覚、あのリサとのトラウマが蘇る。「え、あんなひどいことする少女を自分は求めているの?」と自分のドM性を思い出しそうになるが、今はとにかくスライム殲滅の確認中だ。


すでに水の守りは消え、顔の周りの酸素も薄くなっている。ただ、薄暗い森、それも日が傾いていることもあり、建物の熱気は早めに薄れていった。そしてユウマは確信した。やはり考えて行動するのは大切だと。ちゃんと計画を立てて、行動すべきだと。砦の入り口で、皆の前で語った。もちろん全裸で。


鎮火も確認できたということで、風魔法と水魔法による洗浄が行われ、初日は何も失われることなく、寝床そして拠点を確保することが出来た。結果的に全てうまく行った。勿論、想定内で終わっただけだし、結局ユウマの能力を最大限活かしたので、ギリギリといえばギリギリだ。それでも何も失われずに今日を終えることが出来たのは全員が力を合わせたからにほかならない。


『かまとと』ナディアと『むっつり』クリスと『露出狂』ユウマも万事無事なのだから、多少周りの目が変わっても気にすることはない。ちなみにユウマはこの行いをいずれ後悔することになるのだが、それはもう少し先の話だ。



「じゃーん。ダマスケス袋ー!!」


砦の周囲は当番制で探索魔法で警戒している。そして中では蝋燭をつけて、各自休憩をする。そんな静かな夜だというのに、突然ニールが奇声を発した。


「ニール、だ、ダマスケス袋って言った?」


クリスが慌てて、飛び起きた。ユウマの記憶では太陽の悪魔カーズ、空の支配者ダマスケス、闇の魔女ヘスティーヌ辺りをセットで、リサの絵本の寓話で読んだ気がする。ただ、最近考えていることは、おそらくは太陽とカーズはセットではない。魔女ヘスティーヌだって病の魔女と言われるがそれも違うだろう。


だから逸話に出てくる神がこの世界を司っているわけではない、そう考えるようになった。なら神はどういう形で存在するのだろうか。今あの門はどうなっているのだろう。結構真面目なことを考えているが、目の前で起きていることの方が面白そうなので、ユウマは考えるのをやめた。


何故か、ニールがクリスに土下座している。もぞもぞとユウマが二人の側まで匍匐前進すると、どうやらニールは本当にクリスの全財産を使ったらしいのだ。しかもそこには両親のお金も含まれていたのだという。


「えぇぇ、どうしよう。私・・・家の全財産失っちゃった・・・。」


ニールはそれに頭を下げ、クリスは頭を抱えているわけだが、ノーマン・メリルが娘のためにやったことだとユウマには容易に想像がついた。あのノーマン・メリルは孫がいると言っていた。だから直接助けることで連座で罪に問われるという訳にはいかない。だからこれくらいしか出来なかった。今どんな思いでクリスを待っているのだろうか。ノーマンからは娘を助けるように言われている。やはり生きて帰らなければならない。


「空を司る神の名が付けられた袋ってなんなんだ?」


「お、ユウマ。ちょうどいい。今から開けるつもりだったんだー。」


ひょいっと土下座をやめて、ニールは袋を両手で持った。本当に形だけの土下座だったらしい。勿論、ユウマもクリスの言葉を聞いているし、クリスもそれを自覚している様子だった。クリスは貯金を全部使ってとちゃんと言っているのだ。


手のひらサイズの袋が開けてびっくり玉手箱だった。なんとなーくこんなマジックアイテムがあっても良さそうだとは思っていたが、こんなところでお目にかかれるとは。


数日分の食料がそこには入っていた。しかも二十人分。ニールの話では保存性も良いらしい。そのために男爵家の貯金を全て使ったのだ。それだけの価値は十分にある。当たり前だが食料は必須だ。ユウマはその辺のモンスターを捕まえて、片っ端から食べてみて、毒見をするつもりだったが、どうやらその心配はなさそうだ。水は魔法で確保できる。住居も食べ物も揃っているし装備品だって、しっかり準備している。


ごろんと寝転がり、ユウマは思う。何もかも順調だった、そんな一日が終わってしまう。次の日が来てほしくないと嘆いていた時とは違う。今日という日が終わってほしくない、そんな気持ちだった。

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