謁見と発見

 謁見などユウマの記憶、勿論前の世界での記憶だが、血統のあるお家柄であれば堂々と前に進んで膝をつく、そうでなければ王が現れるのを待つ間、ずっと頭を下げるなど、いろんな場面が想像つく。だが、どのみち死刑宣告されるのだ。太々しく行こう。


ただ、一歩間違えば連帯責任というものを食らってしまう。正直、今のユウマなら火炙りもワンチャンいけるかもしれない。勿論、一酸化炭素中毒や気管が焼け続けることでの窒息を考えれば、早々に脱出する必要があるのだが・・・。それに仲間はどうかと言われたらワンチャンなど存在しない。だとすれば、ある程度おとなしくしておく必要がある。


「ユウマ、首を垂れておけ。王が来られるまで絶対に動くな、それから何も喋るな、それから・・・。それから・・・。」


なんだどうやら校長代理になっただけでも、校長スキル『長話』は発動するようだ。それに結局頭を下げとけば良いらしい。それなら思考を続けよう。


ここでもう一つできること、それは『クリスの血統を明かすこと』そうすればここで乱戦になるかもしれない。マイクを連れてきたことが仇となる。それに火炙り同様、全方位からの魔法による焼却、それはユウマもワンチャン生き残れるかどうかだ。だが一応検討材料にはしておこう。


結局、ここにリサが来て、王と枢機卿の真意に気がついてくれることが一番だ。そうすれば王と枢機卿の悪事をここで宣言し、クーデターがここで完成する。なんだ、何も成長していない。結局最後の最後まで『リサ様頼み』ではないか。それに自分はリサにとっての人質、それにリサにも家族がいる。そういうのをひっくるめて解決するミラクル作戦を思いつけない自分が情けない。


「ユウマ、分かってるな!」


はいはい、分かっていますとも。マイクには城の一角で待たせてある。地図を書き写せとは言っているが、どこまでできるものやら。あいつの平凡が故の隠密スキルに期待したい。


ユウマが考え事をしている間、ずっと衛兵はユウマに向かって殺気を飛ばしている。あちらも色々と警戒をしているのだろう。そんな中、空気が変わる。肌がピリつく。全員の緊張感が伝わってくる。ユウマは全神経を研ぎ澄ませる。何人が歩いているのか。ユウマが跪いている大理石と違い、玉座は絨毯が敷かれているので足音がわかりにくい。あっちも大理石だったら良かったのに・・・。


だが、ゆっくりとした歩み、これは間違いなく王だろう。そして分かる、耳にひりつく感覚がある。ユウマは国立図書館で一度見ている。あの長身の男をこの歩数、歩幅はあいつのものだ。似ている誰かなもの?そんなことはない。長身の男は一人しかいない。だったら王の側にいる男こそ枢機卿に違いない。


「面をあげよ。」


以前聞いた声、リサと一緒に聞いた声がする。枢機卿で確定だ。顔は知っている。だが以前のように罠を仕掛けられてはいけない。今度こそ慎重にならねば。表情に出やすいと言われているのだから尚更だ。


顔をあげた瞬間ユウマは凍りついた。おそらく一瞬だがそれだけの衝撃を受けた。まずリサがいることがその一つだ。第一王子・・・なのだろう若い王族と分かる服装の男性の隣にいる。新聞でも見た。あの男はリサと並んで写っていた。なぜか切なくなる。もうリサはあの男の・・・。情けない奴、情けない男、情けないユウマ。


リサはこちらを見ていない。あくまで他人、関係ないこと、それくらい冷たい視線。悲しくなるほどの冷たい視線。まるであの日と同じ、感情のない顔。


そして王は間違いなく余命幾ばくかだ。破竹の勢いで戦争を続けていた理由はまさにそこだろう。そしてユウマたちにも決死行をさせていた理由も同じ理由からなのだろう。そして枢機卿がすっと一歩前に出た。


「民を救い、多くの森を開拓した。平民という身分でありながら、王は感銘を受けられた・・・」


長々と定型分の口上が述べられていく。その口上も全く耳に入らない。もう、何が何だか分からない。誰がクロで誰がシロなのか・・・。そして誰が助かる予定で、誰が切り捨てられるのか。天を仰ぎた気分だ。だが王族と目線をあわせることは許されていない。


「ユウマ、前へ。」


ユウマは瞬間的に入ってきた視覚情報のせいで頭がクラクラする。そして言われるがままにユウマは前に出て跪く。このまま全員殴りつけてしまいたい。善も悪も全てを蹴散らしたい。でもそうすれば仲間が・・・。仲間?誰が?どこからどこまでが仲間なんだ?


ナイトの儀式が始まるらしい。ユウマは跪いた状態で少し俯いた。


「汝、この右腕は王のため・・・」


ひんやりとした何かが右肩に乗せられる。由緒正しい剣なのだろう。王のためだと?何を言ってるんだ。おそらく王は助からない。逆に言えば、王は国民を犠牲に助かろうとしている。だからこんなに早く行動に移している。不敬だが死んでくれた方が、後継者問題とかで時間をとってくれそうなのに。いや、リサはそのための保険でもあるのか。心がもやもやする。本当に未練がましい自分が嫌になる。


「汝、この左腕は善良なる民のため・・・」


今度は左肩にずしりと置かれる。このまま首を跳ね飛ばしてもらいたい。何も考えなくて済むように。さすがに首を飛ばされれば絶命することは分かっている。厄災なんて知ったこっちゃない。どうしてこんなに苦しいのか。


「汝、唯一神アルテナスのため、その身を捧げると誓うか?」


最後に頭に剣を置かれた。ここで、『誓います』とユウマが言えば、儀式は終了だ。なぜ、そんな居もしない神のために・・・。なるほど、どうやらメリルパパは本当に親バカだったらしい。ノーマン・メリルらしいじゃあないか。身分も何も関係ない脳筋パパ。そりゃ、力比べをさせたがるに決まっているじゃあないか。


今はいない神アルテナス、そして利己的な王、それに民と呼ばれてもその中に自分の仲間は入っていないのだろう。そんなものに誓えるものか。


ユウマが『誓います』という宣言をなかなかしないので、空気がどよめき始める。その空気にもイラつく。ユウマはその剣を弾き飛ばしてやろうかと周囲の衛兵を見ようとした。その時、あるものが目に止まった。


『ゆうま しぬきで たたかいなさい』


拙いひらがな、まるで幼稚園児が書いたような字だ。きっとさっきからそれをアピールしていたのだろう。丁寧に刺繍で、あたかも模様に見えるように歪めてある。だから今もなにやらスカートをひらひらさせているのだろう。全く、本当に自分というものが情けない。それにリサもリサだ。『自分のことを忘れて』と言っておいてズルイにも程がある。リサはユウマのことをしっかりと覚えているのだから。


きっと試したのだろう。枢機卿がどの文字が読め、どの文字が読めないのか。一生会えないかもしれないのに、それでもリサは枢機卿が『ひらがな』を読めないと調べ上げたのだ。リサの観察眼を持ってすれば、お手の物だろう。もちろんユウマには枢機卿がどの国出身者なのかは分からない。だが『ひらがな』はただの模様に見えたらしい。


誓えるものがあるじゃないか。その言葉になら誓うことができる。リサの命令だ。絶対命令だ。そんなの誓うに決まっている。だったら誓おう。腐海の奥底に行ったとしても、必ず生きて帰ってくることを。だからリサに誓おう。ただそれだけだ・・・。


「誓います」


そうしてユウマはこの日、平民初のナイトの称号を手にしたのだ。リサに合図を送りたいがそれは叶わない。でもきっとユウマのことをなんでも知っているリサなら、その言葉がユウマに通じたとわかったに違いない。リサがまだ自分のことを思ってくれているのなら、例え罠だと分かっていても乗り越えてみせる。だからこそ、思考を止めるな。



『オリエッタ王妃とクリスは親子じゃない』



ユウマはニールがずっと怪しいと踏んでいた。貴族側、平民側にスパイを置いているのだと勝手に思い込んでいたから。だから見落としていた。マルコは『平民として』あの学校にいたのだ。


あの時の記憶、まだ一年さえ経ってないのだ。間違えるはずがない。間違いなく『メグ』と『マルコ』この二人が密告者だ。そしてマルコは枢機卿とも間接的にかもしれないが繋がっている。今現在だって、リサの監視をメグ、ユウマの監視をマルコがしているのだろう。学校でメグは『悪魔付き』を発見した。そうすることで、マルコには『リサの代わり』と見做されていた『クリスを監視する』という任務に『ユウマを監視する』という項目が追加されたのだろう。


だから、あのタイミングでマルコは近づいてきた。そして『リサ』が王族に加わり、外周の魔法陣の改変に移らせることが決まり、急遽内側の魔法陣改変役が『クリス』へと変わった。いや、さらに言えば、『ユウマ』に切り替わったのだ。その為に校長代理ニコルと結託して、クリスに入れ知恵をした。そうでなければクリスが急に目立つ存在になる筈がない。


そしてクリスが王族なら本来、決死行など絶対にさせない筈だ。陰謀論というものに自分が拘り過ぎたせいか。でもそのことがどうしてもひっかかっていた。あの日、マルコに視野が広くなったと煽てられたが、ユウマには結局なにも見通せなかった。そもそもクリスからはそんな言葉は一言も聞いたことがないのだから。ユウマにクリスが王族だと思わせるように動き、そしてユウマ自身に『クリスは王族だ』と思わせる。ユウマ自身がそう導いたのだ、それが正解だと決めつけてしまう。


「ふぅ・・・」


聞こえないようにユウマは息を吐いた。


あーあ。ころっと騙されたよ。帰ってもマルコは雲隠れしているだろう。それに今やクリスはある意味、人質だ。それどころかあそこにいる仲間全員が人質だ。もうレールには乗せられている。これで全員死ねば、全て終了だ。完全犯罪達成だ。自分のチートが名探偵チートとかだったら良かったのに。


「ナイトである君には、世界を助ける為、戦う義務がある。よろしく頼んだよ。」


枢機卿の言葉、まるで感情が籠っていない。まさに死んでこいという奴だ。


ありがたーい指令書をユウマは受け取った。あとは王族が退出すれば終わりだ。さて、こんなに遅く答えが分かったところでポイントはもらえるのだろうか。ヒントが全部で尽くしたあとの回答なんて、無価値に等しいだろう。本当にこの後どうすれば良いのか分からない。案として残していた、王妃に慈悲を乞うということも無意味になった。本当に無能な自分が嫌になる。


「枢機卿、よろしいでしょうか。」


ユウマが落ち込みまくっている中、突然懐かしい声がした。


「聖女様、申し訳ありませんがぁ・・・」


枢機卿が即座に止めに入る。


「いえ、騎士様の為に汗を拭いて差し上げるのは聖女として、為すべきことではないでしょうか。」


リサが何かをしようとしている? だが、今の状況で何ができる。何が変わる?


「では、私がそのハンカチを騎士殿に渡しましょう。それで良いですね。」


聖女?=リサは大袈裟に溜息を吐いた。


「・・・本来なら、聖女として国の為に戦う者を労いたいのです。ですが、仮にも王子と婚約している身。純潔を守ることこそ、王族へ嫁ぐものの責務。そちらも私の重要な役割でした。出過ぎた真似をしてすみません。ですから私の代わりにバルトロ・ウィザース枢機卿が彼に手渡して下さい。」


その言葉、いる??いや、さすがリサ様だ!そこに痺れる!憧れる!なんだか知らないが、ここで『私はまだ体を許していない』と無理矢理ぶち込んできた。ユウマの闘志に火がつく。こんなの絶対に生きて帰らなければならないじゃないか!!


さすがに聖女のその言葉に周りが慌てふためいているのが分かる。そして王を連れて、皆がいそいそと舞台裏かなんだか知らないところに下がっているのが音でも伝わってくる。絶対に台本にない言葉だったのだろう。やってくれる。



 それにしてもいつまで経ってもハンカチがやってこない。きっといーろいろ調べているのだろう。数分経ってようやくひらひらとハンカチが床に落とされた。手渡してはくれないらしい。汗は汗でも冷や汗だし、もはや背中びちょびちょでそんなハンカチじゃあ拭切れないけどね。


「さてぇ・・・。泣かせるじゃあありませんか。君を救う為、彼女は我々の目的を完遂する。そして君も完遂させなければならない。君には聖女、だけではなく他にも守らなければならない者がいる。なら、どんな暗号があろうと構いませんね。君たち・・・えーっと白銀でしたか、この足で腐海に突入していただきます。是非とも健闘して下さい。」


少し歩いた先から枢機卿の声がした。衛兵に囲まれているから殴りつけることもできない。憎たらしい声だ。ユウマが動けば、守らなければならない者が死ぬ。だからこその余裕なのだろう。それにもしかしたらあいつはあいつで強いのかもしれない。可能性は十分にある。


枢機卿は歩き出し、謁見の間の奥に消えていく。


「あぁぁ、そうそうぅ。君の神にもよろしく伝えて下さいぃ。では、ご機嫌よう。」


そう言ってバルトロは姿を消した。残されたのは指令書のみ、そしておそらく元学校にいる仲間にも同じ通達が来ている筈だ。全員突入させるつもりなのだろう。しかし、どこへ? 中心に向かっても意味がない。マイクに相談しなければ。それにニールになんていうか、謝っておこう。


ユウマはハンカチを拾い。ゆっくりと立ち上がり、謁見の間から出て行った。

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