ユウマの推理

 数日後、本当にユウマ宛てのゴテゴテした手紙が届いた。もちろん、最初に封を開けるのはユウマなのだが、あの赤色の蝋燭的な何かの開け方が分からない。白銀団全員が注目しているので、とてもカッコ悪い。とりあえず、あーこれがあれね、とか言って手紙を眺めてみるけれど、そもそも平民だし、前の世界だってこんなのは映画の世界でしか見たことないし、手紙なんて普通、糊か両面テープかだ。


こんなの貴族のクリスに頼むのが一番だが、そもそも最近ちょっと気まずくて距離を置いている。マルコにあんなことを言われたせいで本当に話しかけにくい。幸い、かどうかは知らないが、クリスはいつもの勢いがない。ぼーっとしている姿をたまに見かけるが、マルコのせいで近づくことができない。


あの子お前のこと好きらしいぜと言われて、意識しない思春期など思春期ではない。


あまりにも何もしないのでマルコがペーパーナイフでぴっと開けてくれた。「それでよかったんだー」と思いながらも、勇者であるユウマは表情を微動だにしない。


「予想通りですね。ユウマ、王へ謁見するようにとのことです。」


さらに難しい内容まで読んでくれた。周りくどい言い回しで書かれているのだろう。どう考えてもその一言で済ませられるような文字数ではないのだが。


「予定通り、マイクを連れていくのですか?」


「おう、マイク、お前一緒に来い。」


「ってぇ、ユウマ、そこは俺だろ? 俺の部下だぞ、マイクはー。上司である俺がいくぜ。」


ニールの割り込みはいつものことだが、王族とのコネクションを作れるのだから、絶対に譲りたくないはずだ。それでもユウマは今回マイクを連れていくと決めていた。なんとなくだが。それにどちらにしてもニールは連れていけない。


「ニール、お前ならナイトの称号を受け取ることが何を意味しているのか、知ってるだろ? 俺だけが命令されるのか、それとも俺たちが命令されるのかは分からない。だったら、ニールじゃなきゃ、最上級の物資を揃えることは出来ないだろ? クリスから軍資金として積み立てて貰ってる分があるだろ? 今回はそれを全部注ぎ込んでいいぞ。 」


「まじで?そりゃ俺としては売上あがるからいいけど、まだこれからも討伐は続くんだぜ?」


無論だ。ここで全滅したら全ては終わりだ。ラストエリクサーがこの世界に存在しているなら、それも調達して欲しいほどだ。ユウマがそう答えようとしたとき、耳触りの良い高音がユウマの後ろから聞こえた。


「ニールくん、私が貯めてきたお金も全部出していいから、一番いいの・・・集めてくれる?」


クリス、何を言ってるんだ。それはお前の夢だろう!! 金目的? 別にいいじゃないか! 国民を救っているのは間違いないんだ!! そんなことを言ったら、俺なんかフラれた女の為に戦ってるんだぞ!!


言いたいことはいくらでもある。それでもか細いクリスの声に反論する気持ちは湧いてこなかった。


「クリス、お前は貴族だ。残ったって誰も文句は言わない。だから・・・」


それくらいしか言えない。


「それはダメ!!・・・あ、ご、ごめんなさい・・・ユウマ・・・。ダメ・・・なの・・・私が行かなきゃ・・・」


クリスはなにがなんでもユウマと一緒にいたいと言う。その気持ちは嬉しいのだが、きっとユウマはとんでもない魔窟へ連れて行かれるのだ。流石に巻き込みたくはない。


勿論、無理やり止めることはできる。ただそれが出来るのはおそらくこの中でユウマだけだ。クリスは白銀団ではユウマの次に強い。無論、魔法のみではあるが、それでもこの世界は魔法力がものを言う世界。ユウマだって、つまるところルーネリアのリジェネによって活躍している。それにほとんどの魔法を使えるクリスに勝てるものはここにはいない。ユウマが冒険に出れば、クリスを止められるものはいないだろう。だからマルコはユウマに託す他なかったのだ。


スタンフォード侯爵が用意する馬車にニコル・スタンフォードとユウマ、マイクという異色の組み合わせで乗り合わせる。


「ユウマくん、一応おめでとうなのかな。我が国で平民からナイトになれたものは君が初めてだよ。私としても誇らしいよ。」


ニコルは白々しいのか、それとも本気で言っているのか分からない。


「校長。クリスを止める方法ってなんかないのか?」


「ふふ。もはや私に敬語を使うのもやめたみたいだね。ユウマくんは。まぁいい。ナイト様だ。それくらい許そう。クリス様をお止めするのは難しいだろうね。そもそもクリス様が言い始めたことだ。」


「それ、本気で言ってんのか?」


ユウマはずっと思っていた。クリスに入れ知恵をしたバカがいるんじゃないかと。そしてずっと考えていた。魔法学校のことも。そもそも腐海の森探索はリサに行かせる予定だったのではないかと。もしもこの世界が狂っていなければ、必ず理由がある筈だ。


どうしてリサがいなくなった途端にクリスが活動的になったのか。元々この国はリサがいなくても戦争を始める予定だった。確か南北の辺境伯が行動に移していた筈だ。それにクリスは言っていた。真反対の国はこの国の王の弟だと。だから、リサを王族に入れた理由、それは明らかに秘密の部屋にある何かが関係している。


狂った国になった理由を例えば1600年周期の大厄災を止めるためだったとする。王は国民を守るために・・・違う。国民なんか守っていない。だとすれば大厄災は関係ない? それも違う。タイミングがおかしすぎる。この国の国民はマイクが言っていたように、大厄災はあくまで説と言っていた。ただの予言レベルの物言いだった。国民には、それはあくまで説だと論じていたことになる。


だが、ユウマだけは知っている。冥府の門が開き始めているということを。関係するとすればクリスの言葉、『アルテナスはいない』。アルテナスがいないことで厄災が止められないことを知っているとしたら?


単純にして簡潔だ。大を切って小を生かす。おそらく王族がやろうとしていることはそういうことだ。その小にどれほどの人間が入っているのだろう。


「何か、私に聞きたいことでもあるのかね?」


だめだ、資料が足りない。どうやっても仮説にしかならない。そういえば今日、リサは来るのだろうか。


「聖女は今日来るんですか?」


来ても来なくても同じことだろうか。秘密の部屋の内容なんて聞けないだろう。けれどもリサの別れはきっとそこに繋がっている。


「確か・・・、残るは南の夷狄、最終戦争が二週間後だと聞いた。もしかしたらギリギリいるかもしれないね。」


なんだ?最終戦争? 最終戦争なんて言い方を普通するだろうか。


「マイク、お前・・・」


マイクに気になっていたことを聞こうとした。


だめだ、ニコルは信用できない。こいつはきっとオリエッタとは繋がっていない。そもそもマルコは今、平民なのだ。あの時の自分の発言、『マルコがお膳立てをした』自分で辿り着いた結論だったが、それはそもそもこいつがいなければ成立しない。


「いや、なんでもない。校長先生、俺、王に会ったことないんですが、どのような御方なんですか?」


とりあえず、情報収集しかできない。今最終と言った。それで完結するならば、そもそも腐海にナイトを送り込む必要がない。つまり明白な嘘。そしてナイトが送られる場所も中心部ではないということ。結局あの時、ちゃんと地図を見なかったのが悪い。どうして思考停止なんてしていたんだろう。リサに任せれば全部うまくいくと勝手に思って、勝手に潰れてしまった。


「体調がすぐれないと聞いているな。もしかしたらウィザース枢機卿を通して称号を授与されるのではないかと思っているが。全く、言葉遣いがめちゃくちゃだな。君は発言するなよ。そんな程度の敬語では話にならない。」


結局、枢機卿に繋がっているのか。さてさてどうしたものか。


「枢機卿はどのような御方なのですか? その、やはり奇跡とか起こされたんですか?」


「なるほど、平民の君ではさすがに失礼にあたるな。仕方ない。もう時期着くがそれまでの間に軽く説明しておこう。私の権威にも関わるからね。」



 ニコルは枢機卿についての様々な奇跡をユウマに熱弁した。それこそ本当に城に着くまでの間中。マイクはユウマの助手というか弟子という形で城の中に案内された。勿論、ニコルがいるためむちゃなことは出来ないが、ユウマは漸くそこで過去の過ちを取り戻すチャンスを見つけた。ユウマは目を見開き、天井近くにある絵画の前で立ち止まった。


「マイク、これ世界地図だよな。ここがうちの国な。」


急にユウマに話を振られ、マイクは首を傾げる。ユウマはマイクに話に乗れよと目で合図を送る。最近よくつるむので、この手の合図には慣れている。


「ユウマくん、立ち止まっている場合じゃないぞ。」


「まぁまぁ、校長先生、マイクも相当、学がないんで流石に失礼でしょ?ちょーっとだけ待ってよ。」


ニコルは少し苛立たしげに「平民め」と言っているが、気にせずにユウマはマイクに小声で聞いた。


「俺たちが今までどこに例のブツを運んだのか、教えてくれ。」


「ええっと」と言って、マイクは一つ一つ指を差し始めた。ユウマ達には漠然とした地図しか渡されていない。だが、マイクはあいつの元で地図を見ていた筈だ。それにマイクはごく平均的な能力だが、なぜか方向感覚だけは優れている。だから最近重宝していたわけだし、そのためにマイクを連れてきたようなものだ。それにユウマはこの機会をずっと待っていた。きっと城に行けばどこかに世界地図の一つであるのではないかと踏んでいた。結果、大正解だ。


この世界は1600年周期で文明を破壊される。ただその後、新たな文明が栄えることになるわけだが、ユウマが見てきた通り、腐海近隣も街が作られる。皆文明を奪われるのだ。昔災害があったとしても人口が増えれば、街が作られる。だが街を作ったはいいが、徐々に森が、そしてモンスターがそこに出現し始める。その結果として年々地図の中心部分が黒く塗りつぶされる。


国立図書館の天井画、あの時ユウマは漠然としか見ていなかったが、あそこには確かに数百年前のこの世界の地図が描かれていた。ユウマが知っているよりも中心の黒塗りが小さかった。勿論、暗くてよく見えなかったのだが、今見ているフレスコ画が壁に描かれたのは恐らくは図書館が建設される前だろう。王族だって貴族の端くれだ。見栄が大切であり、貴重な絵画の上に黒塗りはしたくなかったのだろう。おかげで図書館での失敗を取り戻せる。


散々苦労してきたが、ユウマは漸くこの世界の全貌をみることができた。勿論、ニコルは怪訝に思っているだろうが、マイクはただ指を差しているだけだ。マイクに指さされた部分をユウマは得意の視覚化で地図上に描いている。


「なるほど。漸く繋がった。」


ユウマはぽつりと言っただけだ。マイクにさえ聞こえない声で。ユウマが得たのはただ一つの結論のみ。実際それが今後どう活かされるのかは分からない。でも、ユウマは胸がすく思いだった。


枢機卿の正体。奇跡については今さっき聞かされたばかりだ。恐らくは異世界人であり、医療関係者だ。大方ペニシリンでも作ったのだろう。もしくは本当に医師である可能性も高い。それはそれは奇跡の連続だっただろう。当然だ。文明は破壊され、魔法と宗教の世界だ。現代医学の知識を使えば、この世界の人々には奇跡と謳われただろう。勿論、自分と同じ存在がいるかもしれないとはずっと思っていた。


そして枢機卿の奇跡の話をから推測すれば、ユウマがここに来るよりも何年も前にここに来ていたことになる。当然彼も同じことを考えるだろう。この世界に異世界の記憶を持つものが現れると。


「つまり、ここの線を繋ぎ直して・・・」


だが、ここまで自分と類似しているとは思わなかった。枢機卿は恐らくはなんらかの神と交信している。いや、この場合は悪魔か。そうでなければ説明がつかない。あろうことか、魔法陣を上書きしようとしているのだ。そんなことを思いつくなど人ではないだろう。マイクが指さした線を結べば異世界の文字になる。思考停止していたユウマには分からなかった。情報を伏せられていたというのもあるが、言い訳だろう。リサのことしか考えていなかったのだから。


異世界の文字をこの世界の魔法陣に上書きし、そこに意味を持たせるなんて、ユウマと同じ環境にいなければ成り立たない。なるほど、ルーネリアが焦っている訳だ。今までの世界崩壊なんて類を見ない何かをしようと目論んでいるのだろう。


「だからこその魔法学校か・・・」


予め準備されていた。貴族や平民を全員集めて、その中で常に監視者を置く。自分と同じ存在に邪魔されることを遅れた。恐らくは自分の経験を活かしたのだろう。突然人間が変わる瞬間が訪れる。悪魔付きが出たら報告しろ、それだけで良い。


「俺のせいか・・・」


ユウマは歯軋りをする。準備された状態だった。すでにあの中に内通者がいた。おそらくは各領地それぞれに紛れ込ませていた。当然あいつだろう。あらゆるネットワークを持っているものの方が都合が良い。それに、もう一つ・・・。貴族側にもいた筈だ。内通者が目的を聞かされているかは分からないが、貴族と平民は分けられることが多い。


つまり少なくとも二人、リサとユウマの周りに枢機卿への内通者がいたということになる。ここまで来れば明白だ。彼と彼女。自分で言っていて歯痒いが、リサが自分のことを好意的に思っていたのは知っていた。だからこそ完全無欠のお嬢様につけ入る隙を与えてしまった。大方、魔女裁判送りにされたくなければ、言うことを聞けといったところか。相手が枢機卿なら従わざるを得ない。リサが無言だったのも合致する。それでも・・・。リサ本人からその話は聞きたい。今は心の奥にしまっておこう。でも、ユウマの胸がすいたのは事実だ。


「先着が有利なんて卑怯だな・・・」


選べる権利などないのだが、そういう意味ではルーネリアと繋がった自分は運が良いのだろう。彼女は悪神には見えない。怖いところもあるけれども。


それにしても、なんだかんだ地獄の門は正確に作られていた。あの時、地獄の門にいた『エステリア』。リサとメグは彼女をそう呼んでいた。でもあの女神が『エステリア』ではない。そのことはユウマが一番知っている。とっくに答えはそこにあったのだ。勿論、あの時までユウマはルーネリアという名前を知らなかったのだからどうしようもない。戦いを見守っていた女神。冥府の門の内側、つまり地獄から見守っていた女神こそが『ルーネリア』だ。年月が経ち、ルーネリアの存在は消えてしまったのか、消してしまったのか。


答えは明白だろう。ルーネリアの存在は意図的に隠されている。御伽噺にも登場しないし聖書にも記述がない。それに敢えて冥府の門と地獄が同じであるかのように印象付けられている。


ルーネリアこそが冥府の門そのものなのだから。ユウマの知っている魔法陣が偶然ルーネリアと繋がっただけだ。この情報だけはこの世界のなかでユウマしか知らない情報だ。だからこそ、この世界地図もその魔法陣と同じ系統だと分かる。でも秘密の部屋にはルーネリアの書もあったのだろうか。見てもいないのに推測はできない。


「マイク、これなんて書いてある?」


一応演技は必要だ。ちゃんと教育しているフリをする。勿論マイクには答えられない。異世界の文字など脳内では言語野へは到達しない。模様としか処理されない筈だ。


悪魔とはつまり冥府の門の奥にいるもの。恐らくは枢機卿となんらかの契約をしている。そして王さえも巻き込んでいるのだろう。体調を崩しているというのなら、不死の命を得るためか。もしかしたら『神』になれるとかいう酔狂な願い事かもしれない。


「他の国、いや反対の国でも同じようなことが起きているとしたら・・・いや、同時に起きなくてもいい。千六百年の猶予があるのだ。悪魔の誘惑に乗せられたやつがその間にもいたかもしれない・・・、違うな。きっと今だからこそなんだろう。門が開いた時に完成しなければ・・・」


焼き付けろ、この地図を、この魔法陣を脳裏に焼き付けろ。今答えが出なくてもいい。この先にある最終戦争、恐らくはリサと俺は同じ目的のために動かされている。


ユウマは思考停止していた時間を取り戻すように頭をフル回転させる。


「オホン、ユウマ!行くぞ!!」


ニコルの苛立ちはマックスのようだ。さすがにこれ以上は無理か。ユウマは諦めてニコルについていく。結論から言えばニコルは完全にクロだ。リサの代わりを用意した張本人だ。勿論それはクリスがシロだとすればだが。クリスをクロとしてしまうとマルコもクロ、全部クロになってしまう。さすがにその可能性はないと信じたい。あの子の行動はちゃんと人を助けようとしているのだ。そんな彼女を信じなくてどうする。



さて、平民ナイトの誕生だ。是非とも祝ってもらおうではないか。

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