マルコの頼みとユウマの決意
ユウマは家に戻り、ベッドで横になっていた。部屋の明かりをつける気分になれなくて、真っ暗だ。今日の戦いは大失敗だった。敗走と言ってもいい。勿論、勝ちもへったくれもないのだから、負けていないと言えば負けていない。
このままではダメだ。だれがどう考えてもそうだろう。まず、守りながら戦っている現状、それがダメだ。皆、自分の身を守るだけでも精一杯なのだ。助けに行けばミイラ取りがミイラになる。デルテのように。何か良い方法はないものか。例えば、そうユウマがもっと大量にいるとか、ユウマがもっと魔法を・・・
藁をもすがる、そんな言葉。もしくは困った時の神頼み・・・いや悪魔だのみか・・・。自分の命を賭す。そんな感覚が精神的な疲れでどこか希薄になっていたのかもしれない。ユウマは無意識にルーネリアの魔法陣を心に浮かべていた。
突然頭をぐるぐる回されるような感覚がした。今までは気付けなかったがマナというものが失われている感覚なのだろう。もしくは吐き気をもよおすというか、魔法使いのみなさん、いつもこんな中、非常にお世話になってます!!
視覚化はお手の物だ。とくにルーネリアの魔法陣だけは別格だ。おそらくここまで書き込まれた魔法陣は、中級とリサに言われて見せられた図書室での魔法陣とは訳が違う。上級以上は間違いない。悦に浸り、眺めているといつものように全体が暗転した。
だが以前と何かが違う。門が少し開けられて、ルーネリアの姿はなかった。目を凝らして探すが、彼女らしき人影は見られない。その代わりに前よりも開いている巨大な門・・・。門が開いている? どういう・・・?それを眺めている時に耳元で声がした。
『もう始まってしまった。ユウマ、あなたは遅すぎた・・・。だから私はあなたの元へいくことにした。・・・私、ユーネリア。今あなたの家の側まで来てる・・・』
ユウマは飛び起きた。え、なにそれ。失敗? いやなんていうか、いつも抑揚のない喋り方だったけど、なんか今日はいつもよりも怖いような・・・。私メリーさん・・・そんな都市伝説を思い出してしまった。遅すぎたのだろうし、失敗したから、冥府からやってくる? え、俺を殺しに?普通駅とかその辺からスタートしてほしい。夢? 夢だよね? 俺、失敗したってだけだよね? テレビとかなくてよかった!絶対にそこから這い出てくるだろう。
仮に夢ではないとして。彼女はずっと何かを訴えていたけれど、彼女のコミュ力不足か自分のマナ不足か、今まで何をどうしたいのか伝わってこなかった。だがとにかく何かお怒りなのだろうか。何かと言われても全然分からないが、実際にあの女神の力が増していることは事実だ。ユウマの体の変化はそういうことなのかもしれない。
コンコン、ドアの音にユウマは飛び跳ねて、ベッドに潜る。え、早くない? 私メリーさん、いまあなたの家の前にいるのの下り無視? 無視していると、ガチャガチャと音が聞こえてきた。それに聞きなれない金属音まで聞こえてくる。刃物?え、刃物?ちょっと待って、俺鍵したっけ、鍵し忘れてたっけ!? どどどどうしよう・・・。なんで俺、部屋の電気消しちゃってたんだろう。いやその方が集中できそうだし? 雰囲気って大事だし?
「ユウマ?大丈夫ですか?」
ガバッと布団を捲られた。マルコだ。ほんとうにマルコか?まだ心臓はバクバクいっている。あれだけモンスター狩りをしたところで、お化けは怖いのだ。まじまじ見たついでに頭を見る。自分がゾンビになっていないかチェックだ。どうだ、美味しそうか、あれ・・・。
ユウマの目線を怪訝に思い、マルコがユウマの額に手を当てた。
「んー。熱は・・・ないみたいですね。」
大丈夫、食べたくはない。いや、多分。かぶりつきたいとは思わない。いつもの元気なクリスならかぶりつきたいかもしれないが。
「あ、いや悪い夢を見ちゃって・・・って、マルコ、マルコもなんか頭に糸くずがついてるぞ。」
マルコはユウマに言われて、鏡でチェックをした。
「あー、今日は乱戦でしたからね。まさか飛び道具が来るとは思いませんでした。というユウマもついてますよ。いろいろ。お互い、ちゃんとシャワー浴びましょうね。前のユウマの家にはついてなかったですけど。」
マルコが自分を見ていた鏡をユウマに向ける。
「うーん。俺の場合いっつもだからなー。いて、白髪じゃん、これー。」
「はは、これは失礼。でも若白髪は将来禿げないらしいですよ?」
「ハゲは遺伝だ!! んで俺は両親を知らんから、分からん。マルコは・・・」
マルコは青い顔になった。だが、イケメンだからかっこいいスキンヘッドにでもすれば良い。ひとしきり、マルコの顔を拝んだところで、マルコがユウマの部屋のテーブルに夕食か夜食かを置いているのがわかった。うーん。こいつどこまで・・・。
「お腹が空いているでしょうと思って、夜食を作ってきました。ユウマの運動量を考えれば太るというのはなさそうですしね。僕は紅茶でも用意します。ユウマの台所には何もありませんでしたからね。持参してきました。」
さすが、と言いたいところだが、こんなときは大抵相談事だ。もちろん議題は分かっている。
「クリスのことだろ?」
「ええ。それもあります。」
もしかしたら腕が生えたことがバレたのか、だがそんなことはもはやどうでもいい。仲間が死ぬよりはマシなのだ。腕の一本や二本、いくらでもくれてやる。
「それも・・・、って他にもあるのか、なんか聞きたくねぇなあ。」
「そうですよね、僕から相談事って大体碌でもないことしかありませんから・・・」
大体誰からの話だって碌でもない。大抵皺寄せがやってくる。それでも一歩ずつでも前に進む。それが今ユウマにできることだ。もうすぐ世界を統一せんとするエステリア軍、その先頭に彼女がいる。
「次の遠征場所が決まったとか?」
「それも、関係あるかもしれません。ですが、おそらく王族に我々は監視されていたようです。」
「王妃が関係してるんなら、それは前からじゃないのか?」
そういう話だった。そしてクリスを王にとクーデターを起こす。
「いえ、そちらへの情報漏洩は徹底しているつもりでした。ですがどうやら王へ白銀の団の動きが伝わってしまったようなのです。」
いつかは伝わると思っていた。ただこのタイミング・・・でも逆にこのタイミングだからなのかもしれない。俯瞰的に見ると、王族は戦争を利用して、貴族の力をそぎ落とし、そして学徒動員により、将来の芽も潰そうとしていた。
ところが戦争では想像以上のリサの活躍、そして肝心の将来の芽はユウマ達が守っている。それにより、想定外に貴族への負担が少なく済んだ。実際、貴族の中にはユウマ達を高く評価するものもいる。そうすれば情報も早めに伝わってしまう。あくまでユウマの想像だが。
「それで、ユウマ。あなたにナイトの称号をという声が高まり始めました。王族もその準備をしているそうです。ユウマからすればリサ様に近づけるチャンスだとは思いますが・・・」
驚いた。ナイトの称号? 確かにリサに近づける。でも王の下に入るのは何か違う気がするが、それでもかなり躍進ということになる。顔色が冴えないのは、自分が引き抜かれるということなのか、それとも・・・
「なんか、きな臭いな。」
「ええ。まさにそこです。以前ユウマを視野が狭いと茶化しましたが、今は大丈夫そうですね。・・・いいですか。王としてはユウマの存在は煙たいはずです。それを前提にお話しします。この国の伝統、といってもずいぶん昔、もっと腐海の森が小さかった頃の話です。もちろん、それでも中央に腐海はあります。そしてそこの中心に世界の破壊を司る悪魔が眠るとされています。この辺は聖書を熟読したことで有名なユウマの方が詳しいかもしれませんが・・・」
大半忘れてますが・・・
なんとなく、そう言いたくなくて、知ってるけど?という顔をしておく。
「その頃の伝統なんです。ナイトは国を守る為、その悪魔を倒せとの王命をうけた後、腐海に消えていくと・・・。」
ユウマは固唾を飲んで見守る。
「え、えっと・・・。まだ森が浅かったんだし・・・あれだろ?そういう言い伝えが残ってましたーとか。都市伝説ですー。とか、人権を考えて、科学的にも無意味だと分かり、そういう風習はやめましたーとかだろ?」
ユウマの茶化しもマルコは首を振った。
「ちゃんと記録が残されています。そして誰一人、戻ってきた者はいません。勿論、ユウマのいう通りナイトの制度は廃止されました。それでも政変の度、ナイトの称号が復活する事例もあります。」
「それ絶対殺したいから任命してるじゃん!!」
「残念ながら、その通りです。おそらくユウマも王命を授かってしまうでしょう。」
ユウマはここで漸く、この部屋に来た時のマルコの憂いに満ちた顔、その意味を知った。
「マルコはクリスを心配してるんだろ?」
そうするとマルコは肩を竦めた。
「ユウマも心配だ、そう言いたいところですが、すみません。僕は人が悪いですね・・・」
「気にするなよ。俺もクリスは心配だからな。」
特に最近、自分の計画の無鉄砲さを痛感させられているだろう。本来なら白銀の団のやっていることは国家レベルで行うものだ。それを若き学校の生徒1クラス分で出来る筈がない。もちろん、浅い森ばかりだと問題なかっただろう。でも最近深い森への探索任務が多すぎる。そしてその地域の生徒を守るというノルマがまたきつい。一応戦っているとアピールしなければならないのだから、危険区域へ連れていって、わざわざ守らなければならない。
人間は怪我をしたり、どこかを失ってしまえば取り返しがつかない。それにいくら頑張って鍛えても、いきなり強いエリアに出くわせば、あっという間に素人に戻ってしまう。土台無理な話だった。領地を守護する仕事ではないのだから。今日のマイクの話、どういう法則で何をやっているのか。あれこそ本気で考えるテーマなのだ。何の為に闘わされているのかを。
これは間違いなく、『国民』のためではなく、『誰かが何かを得る』ための戦いだ。
「まず騎士の称号の授与は国王の間にて行われます。ですからクリス様はお連れすることができません。もちろん、それは私も含まれます。」
「俺一人で行ってくるよ。なら構わないだろ?」
「いえ、ニコル・スタンフォード様が共に行くことになっています。」
なるほど、確かに校長だし、貴族だし、別に身バレ怖くないし一番の適任者に見える。
「なぁ、マイク連れっていいか?」
「マイク、ですか? 勿論構いませんが・・・、特に必要だとは思いませんが。」
「うーん。なんとなくだ。ってかそれだけじゃないだろ? ここにきた理由は。」
クリスについてだ。今日のクリスはいつにも増して落ち込んでいた。いや、本来それが普通なのだろう。ユウマはこの世界に来てからずっと最前線で残酷な風景を見てきた。すでに感覚は麻痺している。
「責任を感じておいでです。自分がお金儲けなんて考えなければ・・・。それをずっと繰り返しています。それに雰囲気も以前に戻ってしまわれたと言っていいでしょう。それにあのままでは・・・。」
「そうだな。俺が知ってるクリスじゃない・・・」
マルコは溜息を吐き、改めてユウマに向き直った。いったい何を言われるのだろうとユウマも怪訝に思う。
「以前、僕の部屋で会話した内容を覚えてますか?ユウマにはクリス様を好きになって欲しくない、と僕はユウマに言いました。」
あー、あの何とも言えない空気は覚えている。
「あれは別に僕が嫉妬するからではありません。クリス様がユウマに惹かれているのは明白です。ですから、もしもユウマがクリス様を好きになってしまうと、きっとクリス様はユウマを守ろうとすると思ったからです。ユウマの戦い方はお世辞にも、綺麗とは言えませんからね。クリス様が傷ついてしまうのが目に見えていました。」
こんな話を言われてなんて応えたらいいのだろうか。あの時はマルコに気を遣ってたし、それにリサを諦めない、そう決めている以上、ユウマが気にすることではなかった。
「ですが、ユウマの気持ちを知っていて、これを言うのは心苦しいのですが・・・」
マルコが一度深く呼吸をした。
「できればユウマにクリス様を好きになっていただきたいのです。今のクリス様はきっと仲間の為に命を投げ出すでしょう。でもユウマがクリス様を愛しているとなれば、話は変わるかもしれません。ユウマの為に死にたくない。そう思われるのではないかと・・・勿論、私の憶測ですが。それにユウマは皆から何て言われているかご存知ですか?」
クリスを好きに・・・。リサがいなければコロッといくだろう。それでもユウマの全てが結局リサのことを考えている。自分が何て呼ばれているか、えっと・・・クソバカ?
「ユウマは自分を過小評価しているとクリス様も仰っておりました。ユウマは皆から絶対に仲間を見捨てない、頼れる隊長、勇敢な英雄だと言われていますよ。でしたらやはり、クリス様の側にユウマがいてくれた方が安全、ですよね・・・」
「なんて言えばいいのか、俺には分からない。でも俺はクリスもマルコもニールもナディアもマイクもデルテも・・・それだけじゃない。誰にも死んでほしくないだけだ。」
熱く語ったつもりだが、マルコは不満な表情をした。ここはやっぱりクリスを好きになると言った方が良かったのだろうか。
「ユウマ。クリス様は、いえ僕たち皆もユウマに死んでもほしくないって思っているんですよ?ユウマの話の中にはユウマ自身は含まれていませんよね?」
その言葉につい本音が出そうになる。自分はそう簡単には死なないと。今なら腕を引きちぎられたって平気だと。
「ユウマ、顔に出ていますよ。大丈夫です。ユウマを悪魔付きなんて思っている人間、僕たちの中にはいませんから。ユウマは神から加護を授かっているのですよね? でなければ説明がつかないことがたくさんあります。」
ユウマはマルコの言葉に唖然とした。
「いつから・・・」
やっと絞り出せた言葉だった。ずっと秘密にしていたこと。リサとの約束を破ってしまった。だが誰にも言えないのはユウマにとって孤独だった。
「いつからかは、はっきりとは言えません。でも、どう考えてもそうでしょう。あなたは人間離れしすぎなんです。いつだって勇敢に戦い、そしていつだって仲間を見捨てない。体を張って仲間を庇い、自らが傷つく。そしてあなただけがどんどん強くなっていく。それって僕たちが小さな頃にお伽話で読んだ『勇者』そのものじゃないですか。」
多分能力については隠せている。それでも、ちゃんと分かってくれているならそれだけでも救われる。『勇者』か。確かにゲームの勇者と同じだ。勇者は人々を救う。そして経験値を積んだだけ強くなっていく。勿論伝説の魔法とかは使えない。伝説の武器だって防具だって持っていない。それに動機も不純だ。まだ届かなくても絶対にリサの元に辿り着きたい。フラれた女の元に辿り着く、なんて不純な動機だ。それでも、クリスは絶対に死なせない。いや、クリスだけじゃない。仲間は全員助けたい。
だったら俺は『勇者』になろう
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