壊れかけの学生部隊

 前の世界と同じシダ植物なんて、こっちの世界でお目にかかるとは思わなかった。白銀を名乗ってから何度目の戦闘だろうか。今のところ死人はギリギリいない。再起不能は10名以上、それでも彼らの両親は頭を下げてくれた。こんな環境で戦わせていたなんて分かったら、あの感謝の顔も般若と化すだろう。


きっと今日も同じことだ。ユウマは白を冠する団には似ても似つかない集団を遠目に見る。全身泥だらけ血だらけ灰だらけだ。途中オークの集団に襲われた時に付いたものだ。木々や土と紛れるようにと土色にしたマントのお陰で、遠目だと汚れがそんなに目立たない。しかし、ここまで遠くに来るとは思わなかった。一応ヒールは済ませてあるが、そもそものマナ不足はどうしようもない。


「ゆ、ユウマさん、俺やっぱ、皆のところに戻ります。」


「おいマイク、前衛やりたいんじゃなかったのか?」


「浅い森でに決まってるじゃないですかー!しかも前衛と囮は全然違います!」


この辺りの森にはゴブリンが出現するらしい。本当はなんていう名前なのか知らないが見た目がゴブリンだからたぶんゴブリンだ。ゴブリンならきっと集団行動するだろうと思って、ただいま絶賛囮中である。ゴブリンが出てくるなら、女性メンバーは置いてくるべきだった。ここのゴブリンもそういう女性を狙う習性があるのかは知らないが、確かめるわけにもいかず、女性隊員を360度槍衾状態で囲むという碌でもない陣形をとっている。突然地上にウニが出現したようなものだ。何がしたいのか分からないが、とにかく領地の生徒を守らなければならないので、仕方ないだろう。


「行く場所が全く読めないからなぁ。文句言うなよ、最初に決めたことじゃん。ニールを見習え、ああいう勘が利かないと商売できないぞ。」


「そんなこと言われても・・・。法則性ってないんですかね。支給された地図もこれ、なんかおかしいし。」


マイクに何気なく囮中に言われた言葉は全くその通りで、ユウマだって分からない。どっちみち最前線を歩くのだから、考える必要がないのもある。それよりはゴブリンのリーダー格と思われるやつを見つける方に脳みそを使いたい。


巨大クレーターの中の森だ。上からなら魔力伝導塔がそれなりに見えたが、この森の木は繁殖力というか育成力というのか、薙ぎ倒しても数週間で森に戻る。全くなんでここを切り開く必要があるのだろうか。今まで何箇所か町の跡を目撃してきた。以前は廃墟だとなーとか軽く思っていたが、あれはどうみても数百年以上経っている建物だ。


1600年周期説なんて、自分で発見するんじゃなかったとユウマは思う。なんとなく思うが、その周期で文明が破壊されたとして、その後しばらくはモンスターが出なくなるのではないかと思う。そうでなければ、どうして建物があんな高さまで持ち上げられているのか、木に貫かれているのか分からない。真上を見ながらユウマは隣で怯えまくっているマイクに話しかけた。


「どうせ生まれるなら、破壊された後がよかったな。」


「え、破壊される?あぁ、ユウマさんはあの説を信じてるんですね。」


意外と有名な法則らしい。もちろん前の世界だってそういう説があったし、そういう説があったからといって、どういう準備をしたらいいかなんて分からない。せいぜい「明日世界が終わるなら何をする?」とか、妄想するだけだ。そうだ、試しに聞いてみよう。


「なぁ、明日世界が終わるとしたら何する?」


3分やろう。それで。もしもとんでもアイディアが出てきたら、マイクの商才を認めてやろう。1分経過・・・・


「びっくりします!!」


だめだ。商才は残念ながらないらしい。かといって自分には良いアイディアがあるのかと言われれば、何気ない日常を過ごしますとか言ってしまいそうだ。それでもマイクの答えはユウマ的にだめだったのだからしょうがない。ユウマは突然ハイジャンプをして、上に引っかかっている建物に飛び乗った。10m以上あるのに簡単に届いてしまった。超回復万歳である。


「ゆ、ユウマさーん!!」


下から声が聞こえるが放っておこう。どうせ俺たちは囮役だ。釣られないで何になる。上から見ると分かる。ゴブリンが至る所にいる。リーダー格を探すにはもってこいだ。


「クリス! 8時の方向、いるぞ!!マルコ、ニール、3時の方向!ボーガンを構えてる。盾を用意!!」


とりあえずの敵の位置を教えたところで、ただいま絶賛囲まれて助けを求めている真下の仲間を助けなければならない。相手まで飛び道具を使ってくるとなるとは思っていなかった。途端に槍衾戦法が使えなくなる。リーチの長い武器は人間の専売特許だと決まっているんじゃないのか。


「ひぃぃぃ。」


マイクの叫び声と同時にえんじ色のマントを翻して特攻隊長ユウマがヒーロー着地ならぬ、ゴブリンクッションを利用して舞い降りた。どうやらこのクッションは壊れてしまったようだが、目の前に5つの替えのクッションがある。勿論一つはマイクという名前が付いているので、傷物には出来ない。


「一体くらい倒せよ、マイク!!」


「い、いきなり一人にさせないでくださいよ!!」


なんとかゴブリン一体と向き合っているマイクに発破をかけて三体のゴブリンの命を刈る。鎧を着ていようが、もはや有名RPGの主人公が持っているくらいの身の丈近くあるバスタードソードなのだ。すでに鋭い切れ味は失っているので、切り裂く快感をあまり味わえない。はっきり言って汚い断面だ。ゴブリンの中に腕利き外科医がいたとしたら、再接合は無理です。ごめんなさいとしか言えない。


仕方ない、マイクが真面目に相手をしていたゴブリンさんも横取りしまおう。マイクに当たらないように優しくゴブリンの首を撫でてやる。間違えて手じゃなくて剣で撫でてしまった。どすんと地面に落ちてきた彼はマイクを見ていた目筈なのに、どうしてユウマを見ているのか混乱しているところだろう。数秒もたたずに視界が真っ暗になるだろうが。


「す、すみませ・・・」


「戻るぞ、マイクは皆の構えている盾に隠れろ!!」


ユウマにはやることがある。ゴブリンも考えたものだ。同じように上方に貫かれた廃墟に見張り兼指示係を置いていたらしい。仕方ないから地面からお宅探訪でもしておこう。


「がががぼごんごご!!!」


頭上の家にお邪魔したら、こんな言葉を掛けられた。ゴブリン語?っと思ったが、それほど牙が発達していたら、滑舌だって悪い。動物の顔なのに、流暢に言葉を話せるほど、この世界は都合良くはできていないらしい。コボルトに関していえば、もはや警戒、威嚇などのパターンしか存在しない。


つくづく人間は奇跡の生き物だと思う。あらゆる発声法ができるのは、比較的犬歯が短く、下顎に自由度があるからだ。第一フォルマント、第二フォルマントだか、口の中で器用に共鳴させて声を作るのだから、本当に奇跡だ。やはり人間とは神が作ったのではないかと、ここにきて改めて思う。


きっとゴブリンもある程度、決められた発声はしているのだろうが、残念ながらバリエーションが限られているようだ。勿論、他の異世界のことは知らないが、ここではそうらしい。


「ぐをーーーん!!」と別の場所から遠吠えのようなものが聞こえた。目の前にいた、この空中廃墟の主人はただの屍になってしまっているので、代わりに辺りを見回す。退却の合図か、と思ったがどうもそうではないらしい。


その代わり、土色の集団が慌ただしくなっている。


「嫌な予感がするな・・・。」


上空から今度こそ、ヒーロー着地をしてから、皆を確認する。


「クリス、何があった?」


「ユウマ、クロスボウを盾で防いでいるうちに、ワトソン領の女生徒が二人逃げ出してしまって、デルテくんが咄嗟に追いかけて行ったらしいんだ。」


おいおい、やっぱこっちのゴブリンもそっち系かよ。


「クリス、ここは全力で風魔法を唱えさせろ。跳ね返しの加護も忘れるなよ!!」


クリスはユウマに返事をせずに、魔法部隊全員に命令した。


『大いなる風の神シルフィードよ。我らは・・・・。夷狄より降り注がれる邪悪なる矢を跳ね返したまえ風防壁ウィンドシールド


全員で魔法を詠唱し、風の守りを作る。どのみち攻撃をするには相手の数が多すぎる。結局なんの為に来たのかと言えば、例の魔力伝導塔を地面に突き立てる為らしい。


「10分は持たせろ!!マナポーションをいくらでも使っていいぞ!!マルコ、ニール!それからマイク、いいとこ見せろよ!」


ユウマはクリスを抱えて、恐らくは連れ去られた方角にひとまず跳躍する。


「クリス、探せるか?」


「勿論!!」


『優しく雄大な大地の神フォーセリアよ。我が名はクリスティーナ。優しき神よ、夷狄の場所を差し示せ足跡明示トラッキング


『大いなる風の神シルフィードよ。我が名はクリスティーナ。夷狄より連れ去りし、我が仲間の風をこちらに風探索ウィンドサーチ



地面に足跡が浮き上がり、ユウマの嗅覚が10倍以上になった感覚がする。


「これなら余裕だな。クリス、二重に詠唱できるとか天才かよ!」


「もっと褒めていいぞ。っていうか僕も走れるよ!!」


「バカ、ゴブリンは集団強姦魔だぞ。二重遭難させる気かよ。俺のマントの中でしがみついとけ!!」


クリスがユウマのマントの中でしがみつく。勿論クリスも鎧を着ているので直接は分からないが、服の中でもぞもぞされるのは何とも言えない気持ちにさせられる。


「いやぁぁーーーーー!!」


わかりやすい声まで聞こえてきた。未遂に終わっていることを祈るしかないが、ゴブリンの足よりも数倍以上の速度で走れるユウマの勝ちだったようだ。


今にも入れますよ。というゴブリンの下腹部から、彼のアレの代わりに幅50cm以上ある硬い光沢のあるものが突き出た。「立派なものをお持ちのようで」と、ユウマはあと一歩で人生の悦びに到達できそうだった彼に嫌味を言った。まだまだ不届き者がいる為、彼の相手だけをしてはいられない。どす黒い緑色の液体を纏わりつかせた光沢の堅物、バスタードソードを引き抜き、被害者の女性を押さえつけていた犯罪者の頭を三つとも弾き飛ばした。片手でこんな鉄塊を振り回すなんて、無理だと思っていたが、人間を辞めると可能らしい。


「お前動けるよな?急げ、俺の後ろを離れるな。それから出来ればマントを掴んどいてくれ。わかりやすいから!!」


さほど距離はないはずだ。あと二人、おそらくナディアの親友デルテは優しい女の子だ。もう一人を庇っている可能性が高い。それくらい献身的な娘だ。


「ユウマ、あっちだよ!!」


助けた女性は上半身も下半身もはだけているがそんなことは目に入らない。別にクリスがピッタリと体をつけているからではない。万が一ユウマの下半身が反応してしまったら、ユウマの体にしがみついているクリスに蹴り潰されてしまう。それにバトルハイというやつだ。殺したくてが仕方ない。


嗅覚もしっかりしてるし、風に乗って声さえ聞こえてくる。それに足跡でも良く分かる。ただ一人後ろについている以上、素早くは移動できない。防衛しながら戦うには圧倒的に人数が足りない。


少しだけ傾斜を登りながら、声の先、臭いの先を探す。


いた。ゴブリンが群がっている。ユウマは背筋に冷や汗をかく。二人の女性の叫び声を聞いた後は、はっきりと覚えていない。要はブチギレたわけだ。職人に作らせた『くない』を投げたところまでは覚えているが、気がつけば、二十体以上のゴブリンの残骸が広がっていた。一応仲間は傷つけずにやれたらしい。ちゃんと意識がはっきりし始めてきたのは、自分の左腕に激痛を感じた時だった。


激しい痛みに気が付いた時、ユウマは丁度ゴブリンのイチモツを踏み潰した。左腕の激痛と足の裏の何かが潰れる感触が同時に我を取り戻したユウマを襲った。左腕の激痛の方がやばい、ユウマはマント越しに腕を触る。ある筈のものがない。肩まではある。ただそれだけ。ゴブリン集団に向けて飛び降りた時に、クリスと女生徒を置いてきてよかった。クリスがマントの中にいたら、一緒に切られていたかもしれない。20体以上の武装したゴブリンに囲まれていた事になる。きっと途中でバックラーごと切り落とされてしまったのだろう。あのゴブリンの残骸に自分の左腕があると考えると気持ちが悪い。


『しまった、怒りに我を失って、腕まで失うなんて大失態だ!ついに俺も再起不能か・・・。』


一瞬そう考えたが、βエンドルフィンが回っているのか、左腕がなくとも右腕一本で剣を振れるし問題ないやとユウマは気軽に気持ちを切り替えた。きっとあとから激しく後悔するのだろう。


今考えても仕方ない。この話は全員が助かってからだ。それに今、仲間に知らせると不安を与えるだけになってしまう。



 クリスのヒールの詠唱が聞こえる。だが、一人は下腹部から出血をしている。つまり間に合わなかった。彼女は憎きゴブリンの餌食になってしまった。間違いなくユウマのミスだ。勿論、訓練不足の人間をこんなところにまで派遣した上が悪いのは分かっている。それでも現場責任はユウマだ。


ずっと警戒していた筈なのに、ユウマの中で後悔の念が募る。どうしてもっと警戒しなかった。こうなることは分かっていただろう。それでも過去に戻ることなど出来ない。


「ユウマさん・・・ごめんなさい・・・」


彼女から発された言葉を聞いて、ユウマはデルテを抱きしめた。


「何言ってんだ。お前は、彼女たちを救ったヒーローじゃないか。俺の方こそ、すまない・・・間に合わなかった・・・。」


おそらく庇ったから、最初に襲われたのだろう。女性の尊厳を殺す行為だ。もう一人はワトソン領の女生徒だが、全身ひん剥かれて軽い擦り傷で済んだらしい。だとしても無事という訳ではない。心に傷を負ってしまった。ユウマはそれを見て、再び自分を責めた。この場から逃げ出せればどれほど楽だろうか。今はまだ危険エリアのど真ん中だ。


「クリス、彼女たちを連れて先の道を戻れ!」


「ええ、ユウマは?」


「帰り道を襲おうとする全てのゴブリンを去勢させてやるよ。」


去勢というのは、別にご丁寧に切り取るという意味で使ったわけではない。すこしでも彼女たちにやり返したと伝えるためだ。命を落とせば当然、性行為はできない。だったら殺すことと去勢は同義だ。


それに左腕を失ったことがバレてしまう・・・


クリスを先頭に心ここに在らずの三人を見ながら、ユウマは辺りを疾走した。ここからの戦いは「見せられないよ」というやつだ。木の影から矢が飛んでくる。人間の専売特許の飛び道具、モンスターが使うなど言語道断!!


そこでユウマはなるほど、と思った。死の間際スローモーションになる。死を免れるために脳が緊急モードになるという現象、もしくは走馬灯。飛んでくる矢がスローモーションに見える。視界に入っていれば問題ない。それに背中にも矢を受けたらしい。死角なのに、どこから飛んできたかさえ、大脳皮質の思考回路なのか、運動を司る小脳なのか、それとも中脳? 延髄?とにかく脳みそまでが死にたくないと言っている。感覚が無限大に引き伸ばされる気がする。


試しにスローの矢を掴んでみた。そしてそのまま投げ返す。飛んできた矢を全て同じ方向や後ろのゴブリンにご丁寧に鏃の部分を彼らに向けてお返しする。名刺を渡すときと一緒だ。正しい方向に向けてお返ししましょう。向きは多分逆だけどね。


なるほど、感覚がするどくなる事は皮膚感覚にも言えるらしい。いつの間にかユウマは周辺に潜む五十体ほどを全て認識していた。死ぬ気で戦えか・・・。


どうやら、この体は本当に死にたくないらしい。極限まで感覚器官が昂っている。いつもお世話になっている筋肉も「僕もいるよ」と主張している。いつもより地面を蹴る力が強い。


「来た来た、死の匂いだ。」


その言葉を最後にユウマはただのえんじ色の光の残像にしか見えなくなった。勿論マントの色を変えたのは各領地へのアピールの為だし、自分だけが目立つためでもある。その光がクリスたち一行の周りでぐるぐるとバリアのように渦巻く。そして向こうで楯付き槍衾の盾にボーガンの矢が刺さりまくり、前のウニよりも先鋭的なウニとなった群衆に近づいていく。


マナ切れ直後、と言ったところだろうか。木製の盾の方が矢を受けているのか、矢でいたを固定しているのか分からないほど、攻撃を受けたのが分かる。


「マルコ、状況報告!!」


えんじ色のマントで身を包み、ユウマがマルコに報告を求める。


「半数以上が重症、矢傷を治していますが、ヒーラーが二人なので、まだ置いてついていません。」


「クリス、この周りのモンスターを調べてくれ。」


「もうやってる・・・。今はいないみたい。」


「そうか、皆悪い。俺のせいだ。今から撤退する。俺が魔法塔は置いてくる。即行で戻って殿につくから少しずつ進め!」


物資が足りなくなったからなのか、効率化したかのかは知らないが、今まで兵士がやっていた塔をユウマたちがやっている。背置くことができる程度の小型のものを渡されているので邪魔ではないが、魔力が流れるため、後からちゃんと確認できるという厄介な代物だ。これのせいで、「行ってきましたけど?」みたいな嘘が言えない。正直今回は大失敗だ。怪我人多数。強姦被害一人、強姦被害未遂二人、大失敗だろう。


「ユウマ・・・その・・・」


「俺は大丈夫。来た道を引き返せよ。5分で追いつく。とその前にちょっと俺にロングソードを渡してくれ。」


ユウマは死の香りが残っている拡張された筋肉を使って、20mはありそうな巨木を適当な大きさに切っていく。もはや自分が何馬力あるのか分からない。まるでエンジンのついたチェンソーだ。ロングソードを借りたのは、ユウマのバスタードソードの刃こぼれがひどく、逸品を作ることが出来なさそうだったからだ。右手一本でも事足りる。


「ニール、即行で簡易的な木の盾を作れ。部下も使って1分で作れ。」


「まじかよー。」


いろんな道具を持っているニールだ。それくらいできるだろう。


「じゃ、横からと上からの矢を気をつけろよ。クリス。俺が追いつくまで探知系魔法を使いまくれ。マナが擦り切れるまでやれよ!」


「うん・・・わかった・・・」


いつものクリスの元気はない。当たり前だ。あんな場面を見せられたのだ。それでも死人だけは絶対に出さない。ユウマは百体ほどのゴブリンを見せられないような戦い方で打ち倒し、地面に深々とお仕事道具を突き刺した。片手でもなんとかなるものだ。この片手にバズーカとか付けられないものだろうかとか、一応現実逃避はする。左手が一生使えないなんて、喪失感が半端なさすぎる。仲間をそんな状態で帰還させても、笑顔でお辞儀をしてくれた人々をユウマは知っている。


「帰るまでが戦争だ。」


ユウマはそう呟いてから、再び地面を蹴る。地面が凹み、音だけを残してその場から消えた。


追いついたのはたった1分だった。つまりほとんど進めていない。慎重に進んでいるのもあるが全員の士気が低い。


原因は分かっている。クリスが足を引っ張っているのだ。さっきの覇気の無さ、元気と勢いが彼女の取り柄だ。練習の時と実戦ではマナの消費量が違う。そして精神的な影響をモロに受ける。どの武器を使ってもそうだが、特に魔法に関してはその影響が顕著だった。勿論クリスの場合はマナ疲れだけではないと思うが。


「全員、前だけを向いて進め。上下左右、そして後ろは俺が全て受け持つ。そして走れ!!」


ユウマの怒号は彼らのすぐ後ろから聞こえた。最近はこのパターンが多い気がする。それでも動きが遅い。


「クリス!!後で何でも聞いてやる。とにかく今はお前が頼りだ!!」


少しだけでも早く動いてくれ、そう考えながらユウマは雨のように降ってくる矢を投げ返せるものは投げ返し、そして急所に来ていないものは甘んじて受ける。だんだん分かってきた。3回目、ルーネリアの名前を聞いてから、さらに回復力が増している。勿論感覚的に即死はダメだということは分かるが、筋繊維が断絶した時にはすでに治っている。ユウマのチートとは結局、傷つけば傷つくほどにそれを補うように回復することなのだろう。常人でもそれは変わらないが、ユウマの場合は回復速度が尋常ではない。攻撃をするたび、移動をするたびに強くなっている。


もはやこれは、B級映画だ。あちこちにモンスターの手のようなものが突き立てられ、足が地面から生えている。センスのないB級映画だなと思っていたら、ようやく森を抜けた。死者を出さずに白銀の団を、彼らをなんとかセーフエリアにまで押しやることができた。


「ユウマ、ご、ごめんなさい、私・・・」


分かっている。自分の責任だと感じているのだろう。それに同じ女性であり、守るべき存在に恥辱を味わわせてしまった。ユウマはクリスを優しく抱きしめた。


「クリス、お前のせいじゃない。」


「ううん、違う。私のせい・・・。ユウマ・・・怖かった・・・怖かったよぉぉ!!」


今度は優しくではなく、力強く抱きしめた。よほど気持ちが落ちているのだろうか、一人称が「私」になってる。いつもは強がって元気な子を演じていたのかもしれない。マルコの言葉を思い出しながらクリスの肩を優しく撫でた。本当は頭を撫でたかったのだが、この手は血に汚れすぎている。だがリーダーとしてユウマにはまだするべきことがある。クリスの背中をぽんぽんと叩き、他の仲間のもとへ向かう。


ユウマはナディアの側に歩いて行った。少し様子を見ながらだが、ちゃんと隊長としてやるべきこと。


「ユウマくん・・・。」


「デルテ、すまん。遅れた・・・。俺のせいだ、俺を責めてくれ。それに・・・二人を守ってくれて、本当にありがとう。」


勿論、アクエリスの力で、体は解毒も何もかも含めて回復している。でもいつか言ったように心の傷は回復しない。視点が合わない目でデルテはユウマを見上げた。涙がとめどなく溢れている。


「私・・・」


仕方ないことだ。彼女はここで仕事終わりだ。雑用でさえできないかもしれない。彼女に罪はない。罪があるならばユウマに決まってる。ユウマはただそこで立ち尽くした。


「ちが・・・う・・・んです。わ、私を捨てないで・・・ください・・・。私は・・・」


デルテは怯えるようにユウマを見た。


「捨てるわけないだろ?俺は絶対に誰も失いたくない。それにデルテのお陰なんだ。そこまでしてくれた仲間を捨てるなんて、するわけないだろ? だから・・・」


「だから・・・私・・・負けません。絶対に私の恐怖を他の誰にもさせたくありません。」


ユウマは自分を悔いた。どうして自分だけが闘っていると思っていたんだろう。ここにいる全員もちゃんと自分の意志でここに残っているんだ。なんて自意識過剰なんだろう。ただ、ナディアについてきた少女、そんな印象しかなかったデルテ。彼女も立派に戦っていたのだ。急に健気な彼女が愛おしくなったユウマは自分の状況を忘れて、デルテの側によった。


「そか。ありがと。デルテ。じゃあ、帰ろうか。」


ユウマはデルテをお姫様だっこした。辛そうなデルテ、恥ずかしそうなデルテ、どちらの顔も見ることができた。帰りの船まで来ている。ちゃんと重症人用のベッドも作っている。なんとなく医療班にお辞儀をし、デルテをベッドに寝かせたあとで、ユウマは自分の身に起きていたことに漸く気がついた。


「あれ、俺なんで・・・」


すぐではなかった筈だ。あの時の喪失感は今でも覚えている。それでも今は確かにそこにある。勿論、バックラーなんてない。服もちぎれている。それでも左腕がそこにある。ずいぶん進行してきたじゃないか。加護なのか呪いなのかは知らないが、これでもっと最前で戦える。流石に慣れたもので、どこまでが再生するのか感覚で分かる。相変わらず死ぬのはダメらしい。


ナディアはその側で、ずっとデルテの手を握っていた。ユウマはナディアの顔が見れなかった。きっとナディアも自分のせいだと思っているに違いない。何を話せばいいか分からないから、結局暫くして後を離れた。


それに医療用ベッドを見て、デルテのことばかり考えていた自分を悔いた。足を負傷した者、おそらくは切断しなければいけない程の重傷だろう。クリスだけのせいじゃなかった。彼らを庇いながら勇敢に皆は進んでいたのだ。いつの間にかクリスが隣にいた。


「クリスは大丈夫か?」


「・・・・・・自分が許せないだけ。ぼ・・いえ私はユウマの近くにいたい・・・。私もデルテの気持ち、分かる。ユウマに捨てられたくない。ずっと一緒にいさせて欲しい・・・」


自信が無くなったのか、自己嫌悪なのか。クリスの言葉から『僕』という一人称と勝気な喋り方はが無くなっていた。責任感が強いのだろう。それに・・・。なんとも言えないユウマは、目の前で頭を下げる貴族であり王族であるクリスをただ黙って見つめるしかない。


それにしても今日は大混戦だった。皆、全身汚れている。クリスの頭にも糸くずがついている。普段なら茶化すだろうが、そんな気分にはなれない。特に今回はクリスは仲間が強姦された現場を見ている。同じ女性として、精神的に参っている。ユウマだって腑が煮え繰り返っている。


「糸くず、ついてるぞ。」


糸が二、三本。本来なら優しく取ってあげたよ、なんて言ってやりたいがなんとなくユウマはやめておいた。後で鏡を見とけという程度だった。


そのあとは何も会話もなく、ただ船の起動音と車輪と地面のぶつかる音だけがしていた。

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