幕間(下)

 数分後、床で気絶していた女性は担架に乗せられて運ばれていった。その姿が消えるまで見送ったあと、メグはゆっくりと扉を閉めた。


「メグ、そろそろ話すわ。あの夜のこと、そしてそれ以外のことも。」


お互いあの頃のような服装ではない。リサは煌びやかなドレスを纏い、メグはあくまでリサの侍女という服装。メグ自身の扱いは、王族内では貴族学校でいう平民に近い位置であろう。


「私もリサ様に何があったのか聞きたかったのですが・・・。その・・・よろしいのですか?」


「だって、あのバカが・・・。これじゃ私が馬鹿みたいじゃない!!どんな思いをして、別れを言ったと思ってるのよ。」


「ふふふ、リサ様も未練が顔にずーっと残ってましたよ?」


たった半年というのに随分関係が変わったものだ。それを一気に元に戻すような空気が流れた。


「あの日、図書館でユウマと別れたあと、私は地下の秘密の部屋に連れて行かれた。ちなみにこれを先に言っておくわ。大前提の話だしね。ユウマはえっと、異世界から来たの。来たっていうか、途中から一緒になっちゃった?みたいな感じなんだけど、一応認識的には、この世界にはない別の世界の記憶を持っているでいいわ。」


話を聞いて、メグは難しい顔をしている。


「悪魔がついた・・・とばかり思っていました。それか頭を強く打ったのかと。異世界というのがどんなところか存じませんが、普通に考えれば、その人間は魔女裁判送りですね。」


この国では常識なのでメグはサラリと言った。


「えぇ。そうね。でも彼の話す異世界の話はとても愉快だったの。だからつい夢中になっちゃったわ。勿論、記憶が混じってるから私との関係も飼い主とペット。それでも、なんていう・・・。私たちの関係とか、私の気持ちは今はどうでもいいの!!そういうんじゃないから!!」


「いいですよ。それはまた今度、聞かせてください。それでにわかには信じられませんが、その異世界が何か関係するのですか?」


メグにとっても半年も前の話だ。あの頃のリサの様子を思い出しながら聞いているが、異世界という言葉によってメグには全く話が見えなくなってきた。


「バルトロ・ウィザース、彼も異世界者だった。彼は堂々と私にそれを明かしたわ。そして何故かユウマが異世界の記憶を持つことも知っていたの。だから彼はそれを理由に私を脅した。」


「彼が異世界者? それにしても、何故ユウマのことも知っていたのでしょう?」


「何故ユウマのことを知っていたのか、それは分からないわ。でもユウマと同じようなことが、バルトロ・ウィザースに数年前に起きていたとすれば、彼が起こしたという数々の奇跡も恐らくは・・・」


リサが形の良い唇を触りながらメグの様子を窺う。


「枢機卿の奇跡と言えば、病の魔女とも闇の魔女とも言われるヘスティーヌの呪い解いたことが有名ですね。床に伏せた人々を救ったという奇跡、精霊アクエリスの加護も受け付けない人々を次々に救っていったと聞いております。」


「ユウマは魔法ではなく科学が発達していると言っていた。だから私たちでは知らない方法で病を治したのだと思う。そして彼はそれの知識を使って枢機卿にまで上り詰めた、と思う。勿論、分からないことだらけよ。だけど彼はこの世界のことを誰よりもよく理解していた。」


「と言いますと?」


「枢機卿になるまで知り得なかったことを元から知っていたとしか思えない。あの秘密の部屋にあった書物を読んだからあらゆることを知っていた、とは違うの。まるであの書庫を管理する為に枢機卿になったとしか思えないって感じね。勿論、これは今思えばだけど。」


書庫に入るまではリサもあそこに何があるのか知らなかった。漠然としか語られない歴史、宗教によって葬りされた話。そして何故この世界では周期的に文明が壊滅していたか、その理由。どれだけ秘匿とされていたのか今なら分かる。


「彼は快く秘密の書庫の本を見せてくれたわ。勿論、アルテナスの書は見せてくれなかったけどね。それ以外は全て読ませてくれたの。そしたらユウマの言う通りだった。私たちが精霊や王と呼んでいたものは元々神であり、悪魔と呼んでいたものさえ神だったの。」


リサが脅された理由についての話だったが、その話をする上で経緯を説明する必要がある。そう思ってリサは書庫に入ってから知ったことを少しずつ話し始めた。


「この世界には様々な神がいる。さっき言ったように精霊、天使、王、悪魔その全てね。そしてアルテナスが人々を作ったと言われる光の時代、それ以前の話さえも残っていた。中でもこの世界を作ったとされる二人の神の話が特に多かったわ。」


「ま、待ってください。この大陸を誕生させたのは大地の母『フォーセリア』ではないんですか?勿論、リサ様のお話ではフォーセリア神ということになりますが・・・。」


「フォーセリアもアルテナスも、もっと言うと私たちの知っている神、全ては男神『アレクス』と女神『エステリア』が生んでいるって話だったの。」


メグからしたらわけわかめだ。『悪の帝王アレクス』とアルテナスの命令で人の国を作った『精霊エステリア』の名前が急に登場するのだから。


「面白かったわ。この夫婦神、沢山の神を産んだあと、どっちが偉いだとか、どっちが浮気しただの、めちゃくちゃ仲悪いのよ!そしてついにはこの世界を舞台にして大戦争を始めてしまう始末・・・って、メグ、大丈夫?」


「だ、大丈夫です。まさか悪の帝王が私たちの世界を作った一人だとは思いませんでしたが・・・。」


リサがあまりにも楽しそうに話す姿は、メグには刺激が強かった。あの日以来、こんな楽しそうなリサを見たことがなかった。メグは嬉しさ半面、寂しさ半面という心境だった。


「そうね。ほんとユウマの話を聞いてて良かったわ。じゃなきゃ、私もあの時今のメグと同じように頭を抱えるところだったわ。」


そういう意味で頭を抱えているわけではないのだが、それはともかくメグはリサに疑問だったことを聞いた。


「あのぉ・・・先ほど、『エステリアの呪い』と仰いませんでしたか?」


「えっとね。夫婦喧嘩から始まった戦争は子供たちを二分した大戦争に発展したの。それで世界はめちゃくちゃになっちゃうんだけど、そこで登場したのが審判の神『女神アルテナス』だったの。両親の喧嘩のせいで、せっかく大地に芽吹き始めた命を絶させてはいけないって、裁きを下すの。優勢な方が勝ちって感じかは知らないけど、とにかく勝った方に天界を、負けた方に地界を治めるようにさせたんだって。」


全くメグの言葉は聞いてないらしい。以前のリサが帰ってきたようだった。


「地界、とは私たちの世界のことでしょうか?」


「ねー、普通そう思うよね!っていうか、女神アルテナスってのが最強よね、多分!」


良かった、会話は成立していたらしい。アルテナスが中央に置かれる理由、唯一神と言われる理由もそこから来ているのだろう。


「でも、他の本を読んでみると『地界=この世界』じゃなくて、天界が私たちの住んでる世界で、地界が地獄って意味みたいなの。要は罰ゲームってわけね。でもそんなこと言われて、のこのこ行くようなのは、もはや神って呼ばないわよね!」


メグの中の『神』がゲシュタルト崩壊しているのか、リサの中の『神』がゲシュタルト崩壊しているのか、とにかくリサの中では神様は自分勝手らしい。


「とにかく、そんな状況が続いちゃまずいってことで、審判の神『アルテナス』が冥府の門を作って地獄側を封印したらしいのよ。ほら、図書館のところでユウマが見てた地獄の門、あれがその図式ね。でもアレもどこまでが正しいのかは分からないけどねぇ。」


「確かにあの構図だと女神エステリアが中央で見守っているという奇妙な図式に見えますね。」


「実際誰も見たことがないんだし、神様がどんな姿をしてたかなんて知らないしね。適当にその辺のモデルを引っ捕まえて10割増しに作ってるんでしょうけど・・・」


図らずもユウマと同じセリフを言ったリサだが、勿論ユウマがそう思ったことはリサもメグも知らない。


「その封印が持つのが1600年って言われてるの。その度に勝った方がこの世界、負けた方が地獄になるらしくてね。地獄ってのは酷いところらしくてさ、結局悪魔みたいに意地悪になるんだって。だから結局悪魔って言い方は正しいのかもね。それでさ、今地獄にいるのは女神エステリア・・・陣営・・・なの・・・」


漸く、地獄とエステリアが結びついたと思ったメグだったが、それを語った時に悲しそうな顔をするリサの顔を見逃さなかった。


「リサ様?」


「そうね、私の悪い癖ね。ユウマに話したくて夢中になって、この時に私は大失敗しちゃった・・・」


ユウマに話したくて夢中という言葉は看過できないが、それよりも悲しい顔のリサの方がもっと嫌だ。


「失敗・・・ですか?」


「そう、それもとっておきの・・・。メグにも気をつけろって言われてたのにね。ここまで来たから言っちゃうけど、ユウマはある女神の呪いを受けているの。」


防音などは問題ないのだろう。リサが作る結界を破れるものなど、この国、いや世界中探してもそんな人間はいる筈もない。


「ユウマは言っていた。『冥府の神』って。しかも女のよ!ってそこはもういいや。とにかく女神エステリアについて調べてたの。ユウマとの約束だったし・・・。大地を生んだ女神『エステリア』、彼女には人の生と死を操る力がある。私は食い入るように見たわよ。でも、それが失敗だった・・・」


悔しそうな顔、それを通り越して絶望という表情のリサがそこにいた。メグも話しかけられないほどの悲しい顔。でもメグにはまだ何が失敗だったか分からない。ただ待つしかない。


「『なるほど、彼はエステリアと繋がっているのですね。』って言われた。急にあの男が話しかけてきた。そして私のことなんか無視して話を始めた。多分泳がせてたのね。私の弱みをもっと引き出せないかって。たぶん理由なんかどうでも良かった筈。どっちみち私は王族に入らなければならなかったみたいだし・・・。でもこのことで、私を戦いに駆り出す理由をあいつに与えてしまったの・・・」


違和感、それしかメグにはなかった。枢機卿の言動が計り知れない。それともそれほどリサにとってユウマは大切な、見破られてしまうほどリサの顔に書いてあったのだろうか。考えたくないが、ユウマはリサにとって特別だ。本当に考えたくない。


「そもそも、卑怯よ。あっちは枢機卿、ユウマは平民、こんなのどうやったってユウマは魔女裁判送りにされてしまう。だからユウマを助けたければ王族に入れと言ってきた。私が王族に入らなければユウマは魔女裁判で火炙りだし、それに私が王族に入って動かなくてもそれは同じでしょうね。そしてそこに私が出してしまったボロが、私に対して鞭を打つ結果になってしまった・・・」


そこでリサは深く深呼吸をした。それに呼応するかのようにメグも自分が呼吸をし忘れていたことに気がついた。


「あとはさっき、あいつと話をしていた事に繋がるんだけど、今年はその1600年周期では冥府の門が開く年にあたるわ。ユウマがエステリアと繋がってしまった理由でもあると思う。未だかつてない経験よ。1600年なんて、普通考えないじゃない? それでも歴代の王と枢機卿は研究をしていたらしいの。さらにその上から封印結界を張って、門を永久に閉じてしまおうってね。だからこれが私の戦う理由にもなった。私を人殺しにさせた理由よ。門が閉じればユウマは呪いから解放される、だから他国を侵略しろってね。」


溜まっていたものを吐き出すようにリサが言った。ただメグには希望に思えた。この戦争の意味も含めて。ちゃんと大義名分はあった。先の話から察するに、門の封印をさせまいとエステリアがモンスターを活性化させているということだろう。メグからすれば万々歳だ。リサはやはり英雄なのだ。


「一応、枢機卿は約束してくれた。ちゃんと私が王族になって封印を完成させれば、ユウマのことは見逃すと。ただ転生者である以上、魔女裁判の対象になるから、この国には置いておけないとも言っていた。そしてその後も私は王族として振る舞うことも条件にさせられた。結局ユウマは人質のまま・・・。だけど死んでしまうよりずっといい・・・」


リサはしっかりとした言葉で言った。ただ、その目には涙を浮かべていた。メグにとっては万々歳でもリサにとっては違うのだ。


「でもさ、こんなのユウマになんて言えばいいの? ユウマのことは分かってる。ううん、違うか。まだ分からないこともいっぱいある。でも、でもさ、こんなの説明したらさ、あいつ絶対、私のために戦おうとするに決まってるじゃない!!私よりも弱いのに! 私よりも立場が低いのに!!分かってるもん、それくらい!!だから・・・、だから私は何も言わずにサヨナラしたの・・・」


リサの涙が頬をつたう。リサはずっと我慢していたのだろう。あの日からずっと感情をなくしたように戦っていたリサ。リサが泣いたところなんて、メグは見たことがない。小さな頃からやんちゃで、そして勝ち気で負けず嫌いで、そして百戦錬磨のリサ。そんな彼女が泣いている。


それでもそこには少しだけ嬉しそうな顔も混じっていた。


「ね、私がこんだけ我慢してるのなんて、今まで生きてて一度もないわ。それなのに・・・あいつは・・・ユウマはまだ私の為に戦ってるんだって・・・。そして今にも死にそうになってる・・・。なんで分かってくれないのかな・・・。それになんで・・・私は・・・嬉しいんだろ・・・」


メグはハンカチをリサに渡しながら言った。


「その中に私が入っていないのは悔しいから、私からもちゃんと言わせてください。私がリサ様をお守りします。王族の頼みなんか全部蹴散らしてやります。だからリサ様は前だけを向いて下さい。あと一国落とせば結界が完成します。そうすれば・・・」


メグから受け取ったハンカチで涙を拭って、リサはメグの肩を抱いた。


「ありがと、メグ。私頑張るね。私はこの世界を守る。例えその行為が人殺しだったとしても。そしてユウマと離れ離れになったとしても・・・」

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