幕間(上)

「あぁあ。もう壊れちゃった。ほんっと使えないわね。」


金色の髪を靡かせて少女はつまらなそうに、窓から自分が壊した砦を眺める。少女の言葉を聞いいて青い髪の眼鏡少女が今読んでいる新聞越しに少女を見た。


「エリザベス様、従者も怯えています。そろそろご自身のお立場を認めては如何でしょうか?」


呼び鈴を鳴らしながら、メグは聖女が今しがた壊したと言っている意識を失った従者を見て嘆息した。これで何人目だろうか。ずっとこの調子だ。そろそろあの王子も諦めたら良いのにと思う。



「大体、私の従者なんて務まる奴、いるわけないじゃない。軽く小突いただけで、骨折だの大量出血だのと、弛んでるのよ。ほんと大袈裟だわ。」


その言葉にメグは顔を顰める。


「一人を除いては・・・。そう言いたいのですね。エリザベス様。」


「ちょっとメグ、二人きりの時はリサって呼んでって言ってるでしょう? それに誰、そんな奴いた?私にはぜんっぜん記憶にないんだけど?」


今は厳密には二人ではない。三人いる。ただ、意識があるという条件を付ければ二人で間違いない。


「リサ様の夢まで、あと一歩ではないですか。どうしてあんな孤児院育ちの平民にこだわるのです? そろそろ王子と寝屋を共にしなければ、王族を不審がるものも出てきますよ。」


メグにとってはリサが全てだ。だからあんな世間知らずの王子にリサをくれてやるのは腹立たしい。だが、その先にリサの夢があるのだから、我慢するしかないのだ。その時、扉を叩く音がした。リサは溜息を吐いた。


「拘ってないって言ってるでしょ? 私は平民を捨てただけ!! それに寝屋を共にしない、なんて言ってないわ。私を惚れさせるだけの男になってから出直してこいって言ってるだけじゃない。」


リサはメグに目で合図をして、扉を開けさせた。開けた瞬間メグは反射的に飛び退いた。


「聖女様、ご機嫌如何ですか?」


漆黒のキャソリックの男が扉の先に立っていた。部屋に入るでもなく、廊下の前に突っ立ったままだ。リサの部屋では従者が床で泡を吐いて失神しているのだが、特に構う様子はない。


「枢機卿、なにか用? 私はちゃんと約束通り動いてるでしょ? 文句はない筈よ。」


リサはバルトロの真っ黒な瞳を睨みつける。


「これはこれは、嫌われてしまったようですね。勿論、文句はございません。むしろ順調に進んで喜んでおりますよ。私の想像以上に貴方は優秀なようです。」


「では、エリザベス様になんの用ですか?ウィザース枢機卿。」


メグもこの男は嫌いだ。全てを見透かすような目が大嫌いだ。そしてなによりリサを戦争の道具にした張本人なのだ。憎んでさえいる。リサは何も語ってくれないが間違いなく、この男はリサの弱みを握っている。


「美しい女性二人に睨まれる行いをした覚えはありませんがぁ、私の立場的には仕方ないのでしょうね。私は聖女様の活躍を嬉しく思っています。ですから特別に新聞にも載っていない情報をお伝えしようと思い、こちらへ伺ったのですが。お邪魔だったようですね。せっかく彼が今、どこで何をしているのかをお伝えしようとしたのですがぁ・・・、また今度にしましょう・・・。」


ニヤッと笑って、バルトロは踵を返した。


「待ちなさいよ。私が大活躍しているのは事実だわ。だったら知る権利があるじゃない。それなら聞かせなさい。」


リサの言葉に、さらに笑みを深くしてもう一度、リサに向き直った。向き直った頃にはその笑みは何処かに消えている。そして今度は部屋の中にゆっくりと入っていった。自然とメグはリサを庇う位置まで移動した。勿論メグよりもリサの方が強いのだが、心情的にそうしてしまう。メグは自分の命を賭してリサを守るためについてきたのだから。


「ほう、今日の新聞ですか。『プリンセス躍進 敵の首都まであとわずか』・・・。まぁ、戦争時の新聞など、このような書き方しかしませんからね。戦争には金が必要ですから、全くマスコミというものは・・・。当然、犠牲になるのは敵国だけではない。自国民も犠牲になるものです。それにしてもぉ・・・この新聞を見て『ユウマ』くんはどう思うでしょうね。」


戦争時の新聞の見出しは、国民を鼓舞する為に大袈裟に書いたり、嘘を書いたりするものだ。この記事は嘘ではない。だがかなり誇張されている。それでもリサがやったことには違いない。それでもリサはバルトロの言葉を聞いても顔色一つ変えなかった。無意識にだが、リサはユウマのことをまだ信じているのだろう。異世界の記憶を持つ彼なら、きっとそのことを分かってくれると。


「それがなにか?新聞にも載っていない情報ってのを話に来たんでしょう?」


リサの冷たい視線にバルトロは肩を竦めた。


「失礼、貴方の動揺する顔が見たかったのですが、このくらいでは響きませんか。まぁいいでしょう。この新聞には載っていないことの方が貴方の心には響きそうですね。この記事を見て下さい。」


バルトロはリサの部屋に有った新聞を数ページめくり、小さな記事をリサに向けて差し出した。


「各地の魔法学校の生徒が兵士の穴を埋める為に、腐海の森から国を守っているって記事でしょ? 当然、読んでるわよ。それにあんたが言ったんじゃない。私たちがやろうとしている計画、それによって反作用が発生すると。そして邪魔する為にモンスターを冥府から送り出しているとね。だから早く魔法陣を完成させないければならないんでしょ。それに・・・。」


「それに?」


バルトロは表情を変えず、ただ冷静にリサを見つめる。リサもバルトロを睨み返す。いつものことだ。こういう表情の時は碌でもないことを言う奴だ。王族に加担しろと言った時もこの表情だった。


「うるさい。そんなことはいいのよ! 早く言いなさいよ!」


やっとリサの怒った顔が見れたことに満足したようにバルトロは言った。


「以前、妙な噂を耳にしました。最初聞いた時はちゃちな発想だと思い、暫くは様子を見ていたのですがね。予想外に活躍しているということなんですよ。さすがに、そろそろ王の耳にも入る頃かと思いましてね。そうなってからでは遅いと、私は懇意にしている聖女へいち早く報告しようと思った次第ですよ。」


懇意になどしていない、などと噛み付くのも面倒臭い。リサは話について来れないメグを無視して続きを促す。


「さっさと本題に入ったらどう?」


「んー。今のも本題なんですがね。どうやら今、腐海の森で戦っているのは各地の魔法学校生ではないらしいのです。勿論代わりの兵士などいません。それはお分かりですよね? マーガレット君にも。」


急に話題を触れられて、メグはどう答えたら良いのか考える。自分の言葉でリサが不利になってはいけないのでどうしても慎重になってしまう。勿論、最初からその答えは出ている。


「はい。枢機卿。現在南の枢軸国にも進軍しております。ほとんどの諸侯はただでさえ兵が逼迫しています。それだけの余裕は例え、公爵家であっても、いえ王族でさえない筈です。」


「その通り。さすがですねぇ。名家と名高いウォルフォート伯爵家、その中でも類稀なる才をお持ちだけはある。」


枢機卿の言葉は、はっきり言って嫌味だ。それくらい報告書を読めば誰でも分かる。それが分かっているからメグは無言のままリサの前に立ったまま睨み返す。


「では、誰が代わりをしているんでしょうねぇ・・・? ふふふ、鋼鉄の聖女様でもさすがにこの手の話では隙を見せるようですね。顔に出てますよ。どうやら繋がったようですね。こんなことが出来てしまう人間など、貴方を除いて一人しかいない。そうでしょう? エリザベス・ローランド様。」


リサにははっきりと分かる。ユウマが戦っている。戦っている姿さえ想像がつく。だが、何のために? それにそんなことをしたら、何の為に自分がここにいるのかが分からなくなってしまう。


「白銀の団と名乗っているらしいですね。数十名団員はいるようですが、はっきり言って戦場での戦いは、ほとんど彼がいることで成立していると聞いています。聖女様がお鍛えたになったのだから当然といえば当然ですがぁ・・・。そろそろ貴族の口からも国を守る英雄だと言うものが現れても良い頃でしょうねぇ。」


リサの冷たい目を楽しむかのように枢機卿はじっくりとリサの顔を覗き込んでいる。表情は変えないものの、瞳の奥で笑っている。


「何の為?そんなのお分かりでしょう。英雄殿も新聞は見ているでしょうし、情報もある程度入っているでしょう。貴方のことが気になって仕方ない筈です。だから彼は群衆を味方にして、貴方をここから助け出そうとしているのですよ。貴方の気持ちも知らずに!」


悲劇のヒロインにさせたいのかは知らないが、バルトロはまるで演劇のようなしゃべり口調でリサを煽った。


「・・・それを私に話して何になるの? 私にはもう関係ない筈だわ。」


リサがこの日初めて見せた動揺、メグも後ろにいるリサの歯が軋む音が聞こえてくる。


「そうですか。それならそれでよいのです。私はあくまで善意でご報告にあがったのですしぃ・・・。ですがぁ、聡明な聖女様なら分かっているでしょう。彼の起こそうとしているのは王族と婚約をした貴方を誘拐すること、まさにクーデターです。私が現国王のような聡明な人間ならばこうするでしょう。国民を味方につけた存在は厄介です。まずはナイトの称号を与えるでしょう。王も彼を認めているとアピールするのです。そして、そのあとは簡単です。腐海の中央にあるという冥府の門、その破壊を命じることでしょうね。これは我が国、いや世界の悲願です。ナイトならば命じられて当然、国民もそう思うでしょう。勿論、それができるに越したことはない。この世界に蔓延るモンスターも消え、世界に平和が訪れる。我々もこれ以上仕事をしなくても良くなる。万々歳です。」


バルトロは少し王の真似をするように、普段の彼に似合わず少しだけ戯けた様子を見せた。


「そんなこと・・・、そんなことができるなら。すでに私がやってるわ。うちの国にも残ってるところにはちゃんと資料が存在するの。あんたが一番わかっているでしょう! ずっと昔からそんなことは英雄と呼ばれる人間が現れるたびに、やり続けている。そしてその全てが全滅、王族じゃなくても知ってるわ。貴族なら常識でしょ?」


「えぇ。ですから今日、忠告に参ったのです。いくら英雄といえど、腐海の中心の途中で凶悪なモンスターにやられるでしょう。でももし・・・彼が今までの英雄と呼ばれた者とは違い、類を見ないほどの勇者だった場合、冥府の門に到着するかもしれません。でもそうすれば彼を支配している・・・」


「地獄の女神、エステリアの呪いが完成してしまう・・・」


バルトロの言葉を待たずに、リサが続きを言った。メグはいきなり国の名前のついた呪いの話を聞かされて、唖然としている。流石にそんな話は聞いたことがない。


「彼はあの新聞記事を見ても、貴方に幻滅することなどあり得ない。だから彼は必ずその命令を受ける筈ですね・・・と、これはマーガレット君の前では・・・」


バルトロがニヤリとリサを見た。


「つまり私が先に冥府の門を封印すればいい。そうすればモンスターも弱体化するし、ユウマに掛けられた呪いも解ける。そうすれば約束通り、ユウマには国外での平穏が訪れる。つまりはあんたがここに来た理由は私にもっと早く進撃しろと言いたかっただけってわけね。」


「そういうことです。王のお体は日に日に悪化しております。もしも、間に合わなければぁ、次の王、つまりぃ、貴方を未だ口説き落とすことの出来ない、根性なしのフィアンセが王ということになります。彼ではこの世界は救えません。未来のために国民を犠牲にするという勇気ある決断ができるとは思えませんからね。」


「もう良い。枢機卿、下がれ。それと、使いを寄越してなさい。そこで寝転がっている王子の従者を片付けるように言っておいて。メグ、また後で話しましょ。」

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