戦いに備えて

 結局図書館には夕方までいてしまったらしい。その日はそれで終わりとなった。さすがにということでクリスは馬車で帰宅し、ユウマはマルコと共に徒歩で帰宅する。


「あんなに楽しそうなクリス様を見たのは初めてです。きっとこれもユウマのおかげですね。」


なんとなーく答えにくいこと言う。マルコはユウマに本当に感謝しているようだが、やはりマルコだって男なのだ。気にしないわけがない。


「うーん。まぁ他の貴族がいないってのもあるんじゃね?」


実際に日陰にいたクリスだ。今は彼女が一番偉い為、皆言うことを聞いてくれる。そういう意味で他の貴族にお帰り頂けたのは、良い作戦だったのだろう。


「ユウマ、クリスはただ目立たなかったわけではありませんよ。逆に目立っていたくらいです。貴族の中では一番身分が低く、しかも不吉な存在として扱われていました。誰も近づいて来ず、ある意味ユウマと同じような状態でした。勿論、それを利用したバカな貴族もいましたけどね。僕も身分を隠している身ですが、危うく彼のアレを蹴りつぶすところでした。」


今になれば分かる。この表現があの脳筋おじいちゃんの影響であると。いったい今まで何玉犠牲になったのだろうか。


「先日の討伐を覚えていますか?あの時ユウマはクリスを特別扱いしませんでした。まぁクリス様を叩くという意味では不味かったのですが。帰りの船の中で嬉しそうにしていたクリス様の顔は今でも覚えています。」


そういえば、マルコはあの船で伝言を伝えると姿を消していた。あの日、ハント先生以外の馬車は見なかった。きっとあの船の隅にクリスは皆から隠れるように座っていたのだろう。


「ユウマに黙って報告したことを先に謝っておきますが、ユウマが話してくれたクリス様の外見のこと、クリス様本人に報告させて頂きました。それを聞いた彼女は自分が呪われた存在ではないと知り、とても嬉しそうでしたよ。自分の髪や目よりも胸ばかり見ているどすけべだ、とは言ってましたけどね。」


そこは甘んじて受けよう。それに可愛いのだから仕方ない。


「僕にはどうしようもなかったことを、ユウマは軽々と解決してくれたんです。お恥ずかしながら、嫉妬してしまいましたよ。」


「うーん。でもちゃんと学校に来てたのは、マルコがいたからだろ? だったら俺だけじゃないよ。マルコだってちゃんとクリスを支えてる。それに学校の根回し、本当はほとんどお前がやったんだろ?」


ユウマの言葉にマルコは肩を竦める。


「バレてましたか。僕の身分を明かすだけ、簡単な仕事でした。校長代理と僕も繋がっていますからね。後はユウマが揃えば完成、というところまではやっておきました。」


「そうやってクーデターを起こすのか?」


「そこまでは分かりません。さすがに僕がどうこうできる範疇を超えています。ただ、僕はクリス様に幸せになってもらいたいだけです。」


切なそうな顔をされるとどう反応したらよいか、分からない。


「好きなんだろ? 公爵家の家柄なら普通に釣り合うんじゃねぇの?」


少しマルコは考え込んだ。そして言葉を選びながら言った。


「好き、とは違うのかも知れません。覚えていますか?以前、ユウマが魔法を使いたいって言って教会の庭に連れ出した時のことを。」


覚えているに決まってるじゃあないか。あれは完全に黒歴史だ。忘れたくても忘れられない。


「俺が恥かいたやつだろ?」


「あぁ、まぁそこは・・・その。ユウマはユウマですから。そこじゃなくて、僕が自分の魔法に驚いたことですよ。本来あの程度で驚くようでは魔法師として失格です。アドルマイヤーでは魔法師としての力が重視されます。しかも僕は分家の分家、そのまた分家の末っ子です。役立たずの烙印が押されるのは当たり前でした。そんな僕に「呪われた娘」の警護が任されるのは想像に難しくありません。どうやら本当に秘密裏に警護させたかったようで、誰も彼女の素性を知りませんでしたから。」


「確かに、肩書きまで平民、それに平民の生活をさせるってことだもんな。お貴族からしたらそれだけでも絶対にやりたくないよな。」


「そうですね。僕も最悪な気分でしたよ。でも、メリル家に行ったらそんなこと、どうでもいいんだと思い知らされました。」


うん、あの脳筋一家なら、魔法なんて気にしないし、身分さえも気にしなさそう。


「救われたっていうのがそれ?」


「それもありますが・・・。クリス様は家では元気にされていますが、内弁慶というか、外出を極端に嫌っておられました。周囲の目がやはり怖かったというのもあるでしょうが。ユウマに教わるまで知りませんでしたが、もしかすると体質上日光に弱いというのもあったのかもしれませんね。」


ユウマがクリスを知ったのはつい最近のことだ。ユウマの中では元気な子供というイメージしかない。それなのに記憶に残っていないとはそういうことなのだろう。


「それでもクリス様はメリル家の家訓を全うしようと頑張っておいででした。僕からしたら親に捨てられ、体質を呪いだと言われ、それでもなんとかメリルの人間として頑張ろうとしている。それは僕には出来ないことでした。そんな彼女を見守っていた時、突然彼女は僕に一緒に頑張ろうと言ってくれたのです。僕の素性も何も伝えていないのに、彼女は僕の本質を見抜いていました。それからクリス様は僕に対しても家族と同じように振る舞ってくれるようになりました。少々悪どいところはありますがね。それに一緒に悪巧みをしたこともありますよ。ケインのアレをどうすればもっとも酷く潰せるかとかね。」


何回出てくんだよケインのアレ。でも、今彼女のことを考えればマルコに怒られるかもしれないが、クリスがリサとは別の優しさと強さを持っていることはよく分かる。


「なるほどなぁ、貴族には貴族の厳しさがあるんだなぁ。で、いつの間にやら好きになってしまったと。」


ユウマなら、あんな可愛い娘の側にいたら食べてしま・・・


「ふふ、どうしても恋愛感情に結びつけたいんですね、ユウマは。違いますよ。僕の子供・・・とは違いますね。妹のような気持ちでしょうか。」


「家族愛になっちゃうパターンかぁ。」


「そうですね。でも、ユウマがクリス様を好きになられると・・・。そうですね、少し困ります。」


「ん? いやそんなマルコを差し置いて、そんなことはしないぞ。」


その返答に少し困った顔をしながらマルコは言った。


「ユウマが好きになってしまうとクリス様は・・・、いえ、この話はやめましょう。とにかくはクリス様のことをどうかよろしくお願いします。」


すでに家についていた。こちらこそだよっと言って、ユウマはせっかくなのでマルコの作る夕食をご馳走になった。


貴族の気持ちかぁと考えながら、ユウマは床に着いた。きっと彼らには彼らなりの争いがあるのだろう。もしかしたらリサはそれが嫌で天真爛漫に振る舞っていたのだろうか、いやそれはないな。


 クリスに用意してもらった部屋は大変過ごしやすく、マルコのジャスミンティーのお陰もあり、ぐっすりと眠った次の日の朝、


「白銀の団魔法部隊集合!!」


聞き覚えのありすぎる声が演習場と化した運動場に鳴り響いた。魔法部隊は攻撃部隊と回復部隊に分かれているようだ。魔法も使えて剣術も得意な生徒は昨日マルコが選別していたらしく、マルコ率いる遊撃隊に所属することにしたらしい。魔法剣士なんてちょっとカッコ良い。死に物狂いの戦いしかできないユウマからしたら羨ましい。ということで、魔法部隊全体は最終的に二十人程度だ。


その二十人が白い髪の少女の前に集まっていた。ナディアもソワソワしながらそこにいる。ちなみにデルテもくっついている。どこまで似ているのだろうか。


「とりあえず、皆、目を瞑りなさい。これから言うことは、まぁ例え話だと思って聞いてくれ。別に試すってわけじゃない。別に報告もしない。」


ものすごーく聞き覚えのあるセリフが聞こえた。そしてものすごーく嫌な予感がする。だからユウマはこっそりとそこに参加してみた。どうせやることもないし。


すると、白い髪の少女は全員が目を瞑っているかどうか、しっかりと確認していた。半目のやつがいたらその時点で、頭を叩くのだろう。平民だと分かっているからこそできる。モンペとかいう概念がないからこそ出来るっていうか、まさか? この後に及んでここで目を開けるバカはいないだろう。きっと自分がされたように、教師の真似事をしたいのだろう。しかたない目を開けてやろう、とユウマはうっすらと目を開けてみた。視線の先のクリスと目が合った。


ぽかぽかぽかぽかっと叩かれた。しっかりと四回。


「ユウマぁ、邪魔しないで貰えるかなぁー。」


一応これでチャラということにして貰えないだろうかと思い、ユウマはその場を後にした。その後、ナディアがなぜか、しばかれているのは見えたが、「私の唯一はユウマくんです」とか言ったかららしい。それをクリスから聞かされた時の空気を覚えている。


「な、ナディアがねぇ。う、うん。そ、そんなことよりクリス。お前って結構魔力強いよな、俺はその・・・クリスの方が気に・・・なる・・・かな・・・?」


その場凌ぎの言葉ではあるが、一応興味もあったのでユウマはクリスに聞いてみた。


「僕の? うーん。そうだなぁ。でもユウマの基準って高すぎるからなぁ・・・。昨日の話に出てきた『神』達の魔法だったらぁ、初級か中級くらいはいけると思うんだけど・・・。まだまだだよね、ユウマ的には・・・」


急にしおらしくなって、悲しそうにするクリス。明らかに聖女を意識しすぎだろう。あれは人間のレベルを超えている。クリスの言葉にユウマは本当に驚かされたのだが。さすが正当な王位継承者だ。ポテンシャルが違う。


 マルコはメリル流を教える以前の基礎体力強化をビシバシと行う。メリルの教えは大変厳しいらしく、途中で吐かなかった生徒はいないだろう。ニールとマイクもしっかりと吐いていた。一応モチベーションアップの為に剣術を披露していた。マルコの剣術に関しては、あの時は咄嗟のことで分析していなかったが、マルコの太刀筋は豪胆なものであり、脳筋おじいちゃんを連想させる。


授業がなくなりはしたが、その代わりに戦う必要が出てきた。どのみち定期的には戦わないといけないのだが、よく皆ついてきたものだ。勿論、あのまま魔法学校の缶詰に入れられていたら、実るどころか腐ってしまう。いつか戦うことになるのだから、死にたくないと思うのは当然だろう。だから皆、熱心に訓練している。だからと言って、すぐに強くなるわけではない。魔法だってすぐに強くなるわけではないのだ。マナの総量だって一気に増えるものではないらしい。


クリスの方針はあくまで適材適所だ。訓練に脱落したものには、武具の整備や皆がすぐに魔法を使えるように魔法陣を紙に描いたりしている。だから最終的にはかなり人数に絞られてしまった。それに考えたくはないが、死亡したり、再起不能の重傷を負った場合の予備軍も用意しておかなければならない。それでも、死んだら終わりなのだ。だから余力は残さない。確実に生き残れると思う人選にしなければならない。


ユウマは団長だから当たり前にいるとして、クリスが率いる魔法部隊は攻撃部門がクリスを含めて五人、回復部門が四人、回復部門のこの四人の中にナディアとデルテはなんとか残ったらしい。そしてマルコ率いる戦士部隊は、基本的に長槍を用いる槍衾であることには違いないが、内訳をするとマイクを入れた長槍八人、遊撃部隊二人という構成だ。遊撃部隊はマルコ、ニールだ。つまり、ユウマを含めて二十人しかいない。逆に言えば素人同然の状態からよくここまできたものだ。


明日のスタンフォード校の生徒100人を守りながら戦わなければならない。そしてそこできっちりと目立たなければならないのだ。ユウマがヒーローになってリサを取り戻す、そのための道のりは遥かに遠い。ユウマはどうしても焦ってしまう。早くしなければならないのか、それとももう遅いのか。


『プリンセス破竹の勢い!! 北の悪魔信徒1000人以上爆殺!!』


一面を飾る元主人を見ながら、ユウマは号外を引き裂いた。

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