新生活開始

ユウマに与えれられた部屋。想像していたものに比べて、いや比べなくても1SLDKという間取りでどう考えても、おかしなくらい良物件だった。ここにタダで住ませてもらえるなどあってはならない。


だからもしかして間違いではないかと思い、すぐ下のマルコの部屋を確かめに行ってきた。ということを説明してユウマはマルコの部屋を訪れていた。


「ユウマ、もうすぐ出来ますから、ちょっと寛いでいてください。」


ユウマには気になることがある。それに夕方に目を覚ましてしまったため、なかなか寝付けることができない。そんな理由もあって暇つぶしに訪れたのだが、マルコはユウマを気さくに家に入れ、ソファで待つようにと言い残してキッチンに消えた。そう、この男、運動後の軽い食事を用意した上、寝付けないならハーブティーなど如何ですか。などと言ってきたのだ。部屋の間取りは一緒、良物件というのは先ほども触れたが、ここはなんと下に住んでいる住民までもが良住民のようだ。ユウマは女性ではないが、ころっと落ちるところだった。


それにしても、とユウマはあたりを見回す。なるほどそういうことか・・・。


「おや、今度はユウマが僕の偵察ですか?」


マルコはありあわせのもので作った、というより色とりどりのサンドイッチと紅茶を机に並べた。サンドイッチはユウマの前だけに置かれ、紅茶は二人の前にある。ハーブティーはきっとこのあと用意してくれるのだろう。なるほど、モテるとはこういうことか!!


「いや、お前すげぇなぁって改めて思うよ。センスもいいしなー。」


ユウマの言葉を聞いて肩を竦める。


「本当にお前は平民なのかって、顔に書いてますよ。ユウマ。」


「え、そうかな。やっぱ俺は顔に出やすいんだなぁ。ま、いっか。とりあえず、クリスは何者だ。ちなみにお前もな。」


長い付き合いではないが、共に戦ったという敬虔は互いの関係を深める。しかも先程、拳の殴り合い的なものもした。そろそろかなりお友達に近い状況じゃないだろうか。もちろん職場上マルコはユウマの先輩なのだが。


「さて、ユウマは口外しないし、口外できるほど友人が多いとは言えませんが、それでも敢えて言っておきます。これから聞くことは絶対に誰にも言わないでください。」


「うむ。多少失礼だがその通りだ。認める。それに誰にも言わないよ、危ない橋ってことは分かってる。」


マルコは軽く紅茶に口をつけて、語り始めた。


「クリス様に関しては、あの見た目が関係している、としか残念ながら僕の口からは言えません。ですが僕のことは良いでしょう。僕はアドルマイヤーの人間です。といってもその中でも立場はかなり低いですが。」


「要はやっぱ、お前は貴族ってことかよ。にしてもクリスの外見ってアルビノってことだよな。それがやっぱ関係するのかぁ。」


「アルビノ?」


ユウマは何気なく前の世界の言葉を使った。ついハッとしてしまったがもう良いだろう。こういうのは専門用語って言ってしまえば良い。


「ほら、ノーマンのじいさん、日焼けしてたろ? 普通はそうだよな。日の光を浴びれば、肌の色って少し濃くなるよな?」


日の下でも肌が焼けない人間破壊兵器を知っているが彼の前でそれをいうと、明らかに機嫌が悪くなるので考えないようにしよう。


「えぇ。一応、太陽は悪魔の化身とされていますからね。そして地獄に封印されているものの、未だその影響が空に残っていると言われていますね。はてさて、ユウマはどうやら敬虔な信徒ではないようなので、きっと違う意見をお持ちなんでしょうね。」


くそ、クリス、あれだけ人に言うなと言ったのに、普通にしゃべってるじゃないか。にしても太陽が悪神ってのは珍しい。勿論紫外線は体に悪影響を及ぼすが、ほとんどの生物は太陽の恩恵を受けている。


「クリスに聞いたんだな。くそ、雇い主でなければもう数回叩いているところだなぁ。ちなみに太陽に有害な光が混ざっているのも事実だ。だがそれ以上に恩恵は多いだろ?きっと太陽を奉っている国だってあると思う。ちなみにその有害な光は人体、特に目や皮膚に悪影響を及ぼす。それで肌を守る為に防衛反応で黒くするんだが、その機能をまれに持っていない人間がいる。別にそれほど異常という訳じゃない。ただ、太陽の光や過度の光には弱い。クリスにはそういった注意が必要だろうな。」


マルコはユウマに強い眼差しを向けた。あれ、なんか俺やっちゃったかなと焦るユウマだったが。


「ユウマは知らないことは何も知りませんが、時々びっくりするようなことを言いますよね。じゃあユウマはあの子が凶兆の存在ではないと思ってくれているのですね。安心しました。」


確かに差別の対象になることはある。実際に今やアルビノという言葉も前の世界では使いにくい。でも、マルコ、それって答えを言っているようなもんだぞ。


「えっとさ、なんていうか。マルコはクリスのこと好きなんだろ? マルコが貴族だってなら・・・。」


「いえいえ。僕では釣り合いませんよ、残念ですが。」


うーん。むず痒い。やはり聞くべきだ。ただ盗聴の危険もある。だからユウマは紙に書いてそれを差し出した。


「つまり、こういうことだろ? そりゃー、お守りするのは当たり前だな。でもこのことをクリスは?」


マルコは観念したように、肩を竦める。


「さすがですね。っていうよりも、僕もニコル様もクリス様が絡むと熱くなってしまうようです。バレバレでしたかね。クリス様はご存知ありません。ですがこのタイミングでこのような大事になるとは思っていませんでした。」


「それは良いタイミングというべきか、悪いタイミングというべきか分からないな。このタイミングだから全てが揃ったとも言えるよな。つまりこれはただのクーデターなんかじゃない。きっちり大義名分も揃ってるって訳だしな。」


「そうですね。でもこのタイミングという言葉の中には、ユウマ、あなたも含まれていますよ。」


その言葉に一瞬ルーネリアの言葉が思い起こされる。だが、今の現状なんて王族や貴族が関わった歴史を紐解けばいくらでも出てくるだろう。考え込むユウマの眼の前にジャスミンティーが置かれた。


「これで、リラックスして眠れる筈ですよ。」


ユウマはまだ話したいことが山ほどあるが、さすがにマルコもこれ以上突っ込まれたくないのだろう。ジャスミンティーを有り難く頂いてから、部屋に戻ろうとした。


「ユウマ、僕は君が羨ましいです。僕も君くらい・・・。」


「あぁ、でも生き残る方がずっと大切だよ。」


ユウマは軽く手を振って、自室に戻った。食べてすぐ寝るのはどうかと思いながらも、ユウマはベッドに横たわった。だいたい分かってしまった。あれでは答えを言っているようなものだ。


初めて見る天井を見ながら、ユウマは自分でも聞こえないほど小さく囁いた。


「クリスは王族か・・・」


凶兆とマルコは言った。つまりクリスはアルビノということで、凶兆の印とみなされ、闇に葬られようとした。だが、オリエッタ王妃にはそれができなかった。だから信頼のおける騎士団長に娘を託したのだ。


そう考えれば今日起きたこと、全てが繋がる。クリスティーナの活躍を世に広め、そして今の王族と対立させる。そして良きタイミングで『正統な後継者』と世に公表すれば、世間は間違いなくクリスを推すだろう。不満の昂っている貴族もそれに便乗することは容易に想像ができる。だから全てが、まるで決まっていたかのように動き出したのだろう。


クリスはそれを知らない。結局クリスだって立派に政治利用されているのだ。


「もうすぐプリンセスになるリサ、そしてプリンセスの座から突き落とされたクリス。そしてルーネリアの言う世界の終わり・・・だめだ。亀の甲羅どころか、高層ビルを背負ってるみたいだ。なんでこんなことになってんだよ、俺。」



 ジャスミンティーのお陰か、難しいことを考えすぎたせいかは知らないが、ユウマはいつのまにか眠っていた。そして目を開けると、


「やっぱいた。二人とも俺の寝顔がそんなに面白いのか?」


「おもしろいさ! なっさけない顔をして寝てたよ。 ユウマが有名人になったとき、暴露本を世に出してひと稼ぎするのも悪くないね!」


「ちょ、お前、俺の寝顔撮影なんてしてねぇだろうな!」


すっとクリスが目を逸らす。うーん。なんとういうか雇い主だし、言い返せない。それに、なんだその無邪気なかわいさは。でもやってることは肖像権の侵害ってのは・・・。だめだ、この国では通用しない。


「いえ、ユウマにはどんな服が似合うかと思って見ていただけですよ。撮影とかは、その為です。」


撮影したとあっさり言われた。寝顔の撮影、それも寝相の悪い姿など何の参考にもならないだろうに、よくもそんなことをスラスラと言える。だが、ユウマにとっても好都合だったかもしれない。


「あのさ、装備だったらマントが欲しい。体を全身覆えるような。」


ユウマがずっと考えていたことだ。全身タイツ、それも考えたがさすがに馬鹿みたいし、クリスがもしもまた無防備な服装を着た時に、きっとモザイクをかけなければならなくなる。


「鎧、ではなくてマントですか?」


「あぁ、俺はできるだけ軽装がいいんだ。俺の戦い方ってそういうのだしな。それに、そろそろ寒いし。」


ユウマの戦いのスタイルは軽装が一番だ。守られている安心感など必要がない。


「なるほど、良いかもしれませんね。僕たちもマントを羽織りましょう。その方が分かりやすいし、多少正体を隠せるかもしれません。でもさすがに白いマントは王族の証なので使えませんが。」


「うぬぬぬ。僕のチャームポイントが封じられてしまうとはぁぁぁ。」


「いや、クリス、白のマントなんて羽織ったら、汚れが目立つぞ。戦場で赤い血で染まったマントなんて、大衆に引かれるだけだぞ。」


「はは、僕も同じ意見ですよ。ユウマ。」


マルコは珍しく、嬉しそうに笑っている。ユウマが怪訝な顔をしているとマルコが嬉しそうに言った。


「ユウマが同志になってくれたのが、嬉しいんです。ユウマがいればどんな苦難だって乗り越えられる気がします。」


ものすごく恥ずかしくなることを言われた。どんな顔をすればいいのか分からない。


「君たち、もうその辺にしたまえ。学校に遅れるぞ。それに校長代理がどんなことをしてくれるのか気になるではないか。」



 行きは当然、馬車。勿論クリスがいなければ徒歩なのだろう。久しぶりの馬車での通勤だ。気楽な気分でユウマは車窓から街を眺めていた。


「なんだあれ、工事中か?」


学校の塀に骨組みが組まれ、ブルーシートでそれを覆っている。


「うん、すぐにはどうにもできないからね。それに一応目隠しだ。一応学校ってことになってるからね。」


クリスもユウマの隣に来て窓から学校を見ている。


「にしても学校の裏って教会だぞ。しかも修道士長様は王と繋がっているんだろ?」


「えぇ、そこはそうなんですが、お忘れですか?修道士長様があなたにしてくださったことを。それに修道士長様も現状を大変憂いておいでです。それに私たちがやろうとしているのは王族がやっている戦争ではありません。国民を守る行為です。快諾してくださいましたよ。救世主様なら安心だとね。」


おいおい、救世主ってなんだよ。メシアの方ですか?ワタタタタァ!の方ですか?


「ユウマくん!ユウマくん!体調不良だったんでしょ? もう大丈夫?」


と、馬車を降りると突然深緑の髪の少女が駆け寄ってきた。後ろにすこーしだけ髪の色を薄くしたデルテを従えている。ユウマは軽く挨拶をしてそれに応えるが。なんでしょうかねぇ、クリス。そのジト目やめてもらっていいですか。


「ナディアくん、ちょっと待ちたまえ。今のユウマの所有権は僕にある。そのことをちゃんと踏まえてからユウマに近づきたまえ。」


「は、はい。クリスティーナ様。えっとユウマくんを雇ったってことですか?」


「うむうむぅ。そういうことだ。白銀の団、結成のためにね!!」


「は、白銀の団、ですか! なんかかっこいいです! クリスティーナ様!」


「あー、ナディア君。ティーナは外してくれていいよ。クリスで良い。」


さっそくクリスがユウマの自己主張を始めているところだが、ユウマがマルコを肘で突く。


「おい、白銀の団ってなんだよ。厨二か?厨二病なのか、あいつ。」


「ちうに・・・という言葉は知りませんが、やはり名前が必要だとなりまして。」


「そう。僕の髪の色と君の髪の色、混ぜたら灰色だが、それでは格好がつかない。だから白銀なのさ。」


そういうのを厨二病っていうんですけど・・・。


そう思っていると、茶色のよく見る頭がクリスの前で跪いた。


「クリス様、一応できる限りのことはやっておきました。ですが、物資はなかなか集まらず、現在調整中でございます。」


「そうか、やはりそうなるか。そこは今のものをなんとかするしかないか。」


ニールがちゃんと貴族様の相手をしている。ニールは物資担当なのだろう。それにしてもユウマの懸念は当たっていた。戦時中だ。物資は当然そちらに回される。おそらくはまだ問題ないのだろうが、いずれは戦時中の日本のように竹槍を使わなければならなくなるかもしれない。


勿論ユウマは戦時中を経験していない。だが、その時の悲劇くらいは知っている。王立図書館で歴史の本に目を通したが、世界大戦クラスの戦争はこの世界ではまだ起きていない。もしくは千六百年前の出来事こそがそれなのか。


考え事をしていると、全然知らない男たちの集団が目に止まった。学校関係者ではないことははっきりしている。


「マルコ、あの集団ってなんだ?」


「僕以外の貴族の生徒は皆、金を置いて帰省したのさ。そして両親が職人の生徒、もしくは運営する上で、役立つ伝手を持っている者のうち、戦う意志がないものは代わりを用意したわけさ。装備品のメンテナンスは欠かせないだろう?」


マルコに聞いたが、異常な聴覚なのか、クリスが答えた。相変わらずの根回しだ。それとも裏で教えている者がいるのか。


「ニール、お前はどうするんだ? お前こそ代わりなんていくらでも用意できるだろ?」


「水臭いこと言うなよ、ユウマ。俺はかっこよく戦いたいって言ったろ? 」


「そういう奴は、一番に死んでくぞ。」という言葉をユウマは飲み込んだ。この中の誰にだって一番に死ぬ可能性はあるんだ。


「ニール、とりあえず、物の動きは注視してくれ、それと金の動きもね。」


軽くお辞儀をしてニールは、他のクラスメイトのところにいった。マイクも一緒についていった。そう言えばすっかりマイクなんて忘れていた。せっかくメンバー紹介をしたというのに。


「ユウマ、ちょっと顔を貸してくれないか。僕と二人で話をしよう。」


ユウマがマルコを横目で見る。マルコは絶対にクリスが好きだ。マルコがアドルマイヤーのどの位置にいるのかは分からないが、マルコは自分には無理と言っていた。その一言で王族しかないじゃんとなってしまったわけだが、それでもマルコにはなんだか気を遣ってしまう。好きな女性が他の男性と二人きりなどワナワナしてしまうだろう。


「さてユウマ、三日前の討伐で起きたことについて聞きたいことがある。」


そう言われると聞かれることはたった一つだろう。なんて言ったってクリスはあの十人の中の一人だ。勿論、ユウマが半分ゾンビ化しているのがバレたという最悪ケースも考えられるが。


「そう、君が僕の頭を四回も叩いたその話だ!」


バツの悪い顔のユウマは、ある提案をした。もしかしたら今ならいけるかもしれない。


「なぁ、教会の図書室にいかないか?」


「構わないが、僕が入れるのはその途中までだぞ?」


なるほど、男爵様はあそこまではいけないのか。あの中級魔法陣がずらりと置かれた部屋に。それでも何もないよりはマシだろう。それにしてもあそこはそんなに人がいない筈だ。もしかしたら忍び込めるかもしれない。


図書室に入った瞬間にユウマの希望は儚く散った。厳重に閉じられている。伯爵以上が入れる部屋がガチガチに物理的に、そして魔力的にも封じられている。ユウマ達が利用できるのは入ってすぐの広い部屋のみだった。


「ちょっと待ってね。ユウマ。」


『大いなる風の精霊シルフィードよ。我が名はクリスティーナ。貴方の権威を示し給え、ユウマと我クリスティーナの周りに静寂を静寂サイレント


「お前、風魔法もお手の物かよ。詠唱から察するに防音結界ってとこか。」


「そうだ。だって君もあの時、物理的にそうしたじゃないか。それじゃ、さっそく語ってよ。君が知っていることを全部!」


「俺は敬虔な信徒って設定だろ? それにクリス、お前に余計なことを吹き込んじまうかもしれないぞ?」


「構わないさ。どうせ神は金をくれないしね。だったら大地の母フォーセリアに祈りを捧げた方がずっと良い。収穫が上がるし金にもなる。」


仕方なく、ユウマは図書室から適当に本を見繕う。そして転生ということがバレないようにあくまで考え方として教えていった。そしてなるべく聖女についてのことは話さない。マルコとの約束だ。


「ふむ。ユウマの言う仮説、少し前の僕だったら、ふーん、ってだけで済ませてたと思うけど、今の国を見ればただの仮説とは済ませられないなぁ。」


実際に戦争を始めてしまったのだから、仮説も何も、この国自らが体現してしまっている。勿論、敬虔な信徒であれば、神のために戦うだろう。それにモンスターだっている世界だ、神と悪魔の図式はそこだけでも成立する。だからすんなりと理解したクリスを怪訝に思う。そしてその後クリスから聞き捨てならない言葉が出た。


「ということは、アルテナス神は怒って、どこかに行ってしまってるのかもなぁ・・・」


「ん?どういうことだ?」


「ユウマ、これから話すことは内緒だよ。僕はこっそり王族の儀式を見たことがある。ユウマは王族のみが光の魔法を使えるっていう話は知ってるよね?」


素直に首肯するユウマを見て続ける。


「ちなみにアルテナスの書は一子相伝であり、王にしか読むことは許されない。ではどうして王族は光の魔法を使えるのか。あ、ついでに言うとこの王族には王妃様は含まれない。この意味も分かるね?」


素直に頷くまではいかない。そういえば王しか知らない筈なのに、王族は使える? 勿論、王妃については分かる。所謂、アルテナスが作った人間の末裔という理論のせいだ。じゃあ神はアウストラロピテクスみたいな顔をしているのかもしれない。


「この国に王は一人。でも後継者は必要だよね? だから王子が十歳になった時、皆の前でお披露目をする儀式があるんだ。僕は一度お邪魔したことがある。ていってもこっそりと父上に連れて行かれただけなんだけどね。あの時は苦労したよ。ユウマじゃないけど、父上も仰々しいマントをつけていてね。その中が臭いのなんのって。」


ノーマン・メリルはクリスが王族だと知っている。しかもクリスは、王妃のように他の貴族の生まれではない。生まれながらの王族だ。だから危険を承知でクリスにその儀式の様子を見せたかったのだろう。それは陰謀めいたものかも知れないし、万が一後継者がいなくなった場合を想定してなのかも知れないが。希望的観測だが王妃の慈悲ということも考えられる。ユウマはクリスが王族だと分かっている。もしも知らなければ、ノーマン・メリルってただの親バカだなとか思ったかも知れない。クリスが王族と関係ないのであればハイリスクノーリターンだ。


だが今は理由はどうでもよい。そのことがどうしてアルテナスがいないことに繋がるのか。


「ちなみに儀式をする王族は予め、光の魔法の簡単な詠唱を教わってるらしいよ。そしてそこで仰々しく宣言が行われてお披露目の開始となる。そしてアダムの杖と呼ばれる煌びやかな杖を渡されるんだ。」


王族の証の杖か。本当ならクリスは詠唱を教わる資格を持っている。それに年齢的にもその証を受け取る権利もある。まず間違いなくノーマン・メリルが狙ったのは儀式の所作だけではなく、詠唱を聞かせる為だ。そこまで考えるとやはりこれは王妃オリエッタも関わっているのではないかと思えてくる。


「で、どんなだった? 簡単って言うから、あれか?光を照らす程度とか?」


「うんうん。そうだよ。だけどねぇ・・・。光らなかったんだ。」


その言葉にユウマは唖然とした。


「え、それやばくない? 後継者じゃないって言ってるようなもんじゃん!」


「うん。騒然となった。だから僕もしっかり覚えてるんだけどね。それから慌てて王様が駆け寄っていたよ。」


詠唱しても何も起きない。なんかユウマも似たような経験をした気がするが。王の焦りは想像を絶するだろう。


「でね、王も取り乱しちゃって、アダムの杖を王子と一緒に持って、自分で詠唱し始めちゃったんだよ。テンパってたんだろうね。王子の声と一緒に小声で言ってたんだけど、バレバレだったな。」


「うーん。なんかすげー気まずいのは分かる。」


「だよね、僕もあちゃーって思って見てた。でもね、それでも光らなかったんだ。確かこれって第二王子の時なんだけど、王様は大変お怒りで、アダムの杖が悪いってそのまま中断しちゃったんだ。それで第三王子の時は儀式さえもなかったんだ。」


うーん。なんていうか、最初の討伐の時の第三王子は儀式をしなかったのか、良いような悪いような。


「んー。実際にアダムの杖が壊れてたんじゃねぇのか?」


「僕もそう思ったんだけど、父上の話だと第一王子の時はちゃんと光ってたらしいんだ。第一王子が儀式を行ってから五年しか経ってたないんだよ? 一応由緒正しい杖らしくて。父上が言うには間違いなく、あのアダムの杖は今の王や王の弟が儀式の時にも使われたものなんだって。」


「んー。俺はその場を見てないから、なんとも言えないなぁ。アルテナス神、機嫌が悪かったってことかぁ?」


「僕にも確かめようがないのさ。光の魔法ってなんか神聖化されてて、そういう儀式じゃないと見れないんだよね。きっとあれから誰も見たことがないんじゃないかなぁ。もしかしてアルテナス神ってもういないのかもね!」


王族に対しての信頼が一気に損なわれる話だ。だからその儀式で唯一成功している第一王子とリサを婚約させたのだろう。つまりユウマとリサが王の権威を完全に取り戻させてしまったということになる。


「ってか王の弟って今何してんだ?」


「えー、そんなことも知らないのー? ちょうど腐海の正反対の国で国王をやってるよ。勿論、北と南の夷狄・・・っていってもユウマの話を聞いてからはそんなふうに思えなくなっちゃったけど、そこに阻まれてるから、王族が持つ大きな船でしか交流できないけどね。」


そういえば王立図書館の天井画、あれをもっとよく見ておくべきだった。


「ってかさ、ちょっと癪だけどさ、聖女様に教わったっていう魔法陣と詠唱を全部教えてよ。そもそもそれが目当てなんだからさ。」


「いいけど、お前。全員に俺がした話を伝えるつもりか?」


「ユウマぁ、君はほんと分かってないなぁ。あれだけの威力の差を見せつけられたんだよ?あれからどんだけ質問責めに受けてるか、僕の苦労が分からないかなぁ・・・。」


周りは平民だったし、クリスに聞きに行くものはいないと思うが。どちらにしても、ユウマも同じ立場なら羨ましい。あの時は何にも考えず◯八先生のモノマネがしただけだ。それにあくまで生き残るためであり、その先のことなど1mmも考えてなかった。


「だいたい、皆自分の命の方が大切だ。あの時、君は気持ち悪いフレーズを吐いたけど、どうせ全員手を挙げなかったんでしょ?」


「気持ち悪いは余計だよ。あんときは俺も手一杯で・・・。」


そう言いかけた時、ユウマの右腕は爆発した・・・・。ではなく、爆弾のような何かが押し付けられた。とっても柔らかくて、それでいて・・・


「ねぇ、ユウマぁ。お願いここに書いてよぉ。」


クリスが突然ユウマの右腕に左腕を滑り込ませてきた。距離が近い!!それに、今日のクリスの服装はタートルネックのセーターにスキニージーンズ。童貞なら簡単に息を引き取るに違いない。不死の体ではないので、ユウマにとってもそれは同じだ。簡単に陥落した。


恍惚とした表情でユウマは紙に書いていく。そしてその作業が、またユウマの右腕を刺激する。だいたい腕を組むなら左手にしてほしい。右手で描くのだから。右腕に押し付けられたら、ユウマが魔法陣を描くたびに右腕が動く。そしてそれに追従するかのように弾力が伝わる。


もはやユウマの右腕は高精度な3Dスキャナーだ。3Dスキャナーの画像構築に脳の処理を持っていかれてしまい気がついたら、クリスの言われるがまま全ての魔法陣、そしてその詠唱を書いていた。いや、なんだったら、もっとたくさん知っておけば良かったくらいだ。もしくは急に利き手、左手でしたとか言えばよかった。そうすれば左でも・・・。


「勿論、全てをちゃんと伝えるか考えるさ。でもね例えばさ、リブゴード、レイザーム、アクエリス、サファリーン、フォーセリア、シルフィード、リバルーズ、フォーセリア、この全ての名前がアルテナスの別名だとしたら?」


赤い瞳が怪しく光り、ニヤリと笑って八重歯を見せた。そして体をより密着してくる。


「アルテナスが姿を変えているという変説を唱えれば?」


右腕に感じていた感触は背中に移動した。しかも今度は二倍だ。後ろからユウマに寄りかかり、左肩からユウマを覗き込む。


「魔法は神の成せる奇跡さ、なんだってありだよ、ユウマ。責任は全て僕が取る。僕が君の一番の部下、白銀の団、魔法隊長になるよ。」


この誘惑に耐えられる者、だれかいたら挙手してほしい!!絶対に代わってやらないけどな!


ユウマがサキュバスに屈して、頭を垂れる。すると、サキュバスすぐにユウマを開放してくれた。なんならもう少しいてほしかったけれども。


「やったぁぁぁ! 僕が一番隊隊長だぁ!!」


嬉しそうに飛び跳ねる姿は、本当に子供だった。一番隊とはなんのことだろうか。


「ユウマは、体術や剣術の先生ね! あー、でも教えるのはマルコの方がうまそうだからー。それに兵站や武具整理はニールに任せるとしてー。うん、ユウマの仕事はじゃぁぁぁ、なし!!」


団長は早々に役立たず宣言をされた。トップはそういうものだというのは分かるが、実質トップはクリスだ。それにクリスの判断は正しい。金属へ革製品、それに木材がいつまで支給されるか分からない以上、魔法に重点を置くのは正しい。勿論、ユウマの懸念はその人員もいつか徴収されるのではという不安だったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る