レストランでの決闘

 クリスに背中を押されながらユウマが入ると、スタンフォード侯爵がメリル夫妻、いやノーマン・メリルに対して深々とお辞儀をしている。


「お元気されてましたか?ノーマン殿。」


「ニコル、偉そうになったなぁ。儂んとこは上の娘達が孫を連れて来てなぁ。なんだかんだ忙しい毎日を過ごしとるぞ。収穫が終わった後で良かったわい。」


「ノーマン殿は無欲すぎですよ。望めば欲しい地位につけたでしょう。そうすれば・・・」


「そんなことはない。お前も地位を捨て、土を触ると良い。そうすればなぁ・・・」


何やらよくわからないが、ノーマンという男は只者ではないらしい。二人で長々思い出話を始めてしまった。


「ユウマ、ノーマン・メリル様は一時期は騎士団長にまで上り詰めた御方ですよ。負傷されて引退されたと聞いておりますが・・・。」


「父上、今日はそういうのじゃないんだって。時間ないから早く食事に入りましょう。」


その言葉でノーマンはクリスに優しい笑みを浮かべた。そしてユウマを一瞥した。明らかに警戒されている。というよりも、射抜かれるような視線。昨日、クリスが焦っていた意味が理解できる。見つかっていたら、裁判だのなんだのではなく、悪即斬しそうだった。


食事中はマナーに集中するのが忙しすぎて、会話が耳に入ってこなかった。なんだかんだ先の話の続きをしているのだろう。


それにしても、マルコ、もうちょっと早く食べてくれないか。お前の動きをトレースしている身にもなってくれ。


マルコの真似を一挙手一投足真似る。これしかない。侯爵様と、そしてその侯爵様と対等に会話をする男爵様、しかも実は昔腕を鳴らしていたという男だ。失礼がないようにしたい。


「ユウマさん、だったかしら、そんなに緊張しなくても、大丈夫ですよ。夫はマナーとか気にしませんから。ねぇノーマン?」


「そうだぞ、肉食え、肉!儂も若い頃はなぁ・・・」


あ、すごく良い人だけど、飲みニケーションに付き合わされるやつだ。有難いけど・・・めんどくさい。


「父上、母上、今日の趣旨をお忘れですか?」


「あぁ・・・そうじゃったなぁ。クリスティーナが何やら企んでいるんじゃったなぁ。じゃがな、大事な大事な娘の命を預けられるかどうか、儂にも見る権利はあるじゃろ? それにその方がニコルを説得できるじゃろ。」


「もう、穏やかじゃないなー。ユウマぁ、うちの家族は僕を除いて、皆脳みそまで筋肉なんだ。仕方ないから付き合ってあげてー。」


「何を言ってるのよ。クリスティーナ、大胸筋が世界を動かしてるのよ?」


バカなの?何言ってんだ、この夫婦。だが、大事な娘を預けるのだ。それに、もしかしたらクリスの作戦なのかもしれない。侯爵にも商売道具を見せつける。それにしてもどうやって。そこまで考えた時に、何故こんな大きな店を貸し切ったのか合点がいった。天井もそれなりに高い。服は窮屈だが、室内で襲われることもあるかもしれない。そういう意味で護衛としての能力を試したいのだろうか。


「マルコ、お前ちょっと戦ってみろ。」


「分かりました。でも僕で参考になるかは分かりませんよ。でも確かに良い機会です。」


マルコまでもがこの話に乗って来た。マルコとは一度手合わせしている。だからさすがに・・・。ユウマは不思議に思いながらも、マルコから木刀を受け取った。


「ユウマ、一応手加減、お願いします。僕も少しはクリス様に良いところをお見せしたいので。」


それはそうなのだが、これに一体どういう意味があるのか分からない。戸惑っているユウマは、次の瞬間に理解した。空気が切り裂かれ、瞬間的に冷や汗が出る。


「お前・・・。」


「はい。謝らせてください。」


木刀とは言え、凶器には違いない。ユウマの頬スレスレに刀があった。ユウマが反応しなければ、重傷を負っていたところだろう。それほどの素早い突きだった。


「・・・今まで、手ぇ抜いてたな。」


「いえいえ、さすがにリサ様と比べられると思うと恥ずかしくて、ちゃんと力が出せなかったんですよ。」


絶対に嘘だ。この男は強い。戦いに集中せず、最初からずっとユウマの行動を監視していただけだ。全てをクリスに捧げるこの男のことだ。それに呆けていたとはいえ、ユウマの背後を取れるこの男はいったい何者なのだろう。それに加えてユウマはこの戦いでは絶対に怪我をすることが出来ない。


「これは、どうですか?」


上段から高速で振り下ろされる刀、それをユウマは容易く弾き返す。マルコも吃驚しているようだった。両手に痺れを感じて、暫くマルコは動けない。手を振って痺れを取ろうとしている。


「化け物ですか、どこからそんな力があるのやら。」


「もっとすげぇ化け物を知ってるからなぁ。」


その言葉に反応したように、マルコは床を蹴って突っ込んできた。


「いい加減、その方の話題をクリス様の前で出すのは辞めていただきたい!!」


高速の横凪ぎでユウマの横っ腹を狙う。実はマルコもお怒りだったらしい。ほんとにこの男はどこまで・・・。


「どこまで、忠誠尽くしてんだよ!!」


ユウマは木刀と左腕でその攻撃を防いだ後、そのまま木刀を翻してマルコの木刀の根元に上から叩きつけた。木のぶつかる音の後、床にカランと乾いた音が響いた。


「やれやれ、せっかくクリス様に良いところを見せられるチャンスだと思ったのに、暫く手に力が入りそうにありませんね。それにユウマは全然攻めてこないですし、もしかして僕のことを心配してくれたんですか。ふぅ、残念です。ノーマン様、僕では侯爵様にアピール出来ません。」


勿論、今まで戦い抜いてきたユウマに比べれば、数段劣る。それでもコボルト程度なら本来なら楽勝だろう。


「いやいや、マルコ。お前余裕で前線で戦えるだろ。」


ユウマのその言葉にマルコは肩を竦める。さてどうでしょう、といったところだろう。その様子を見て、バチんと自分の両膝を叩いて立ち上がるおじいちゃんがいた。


「仕方ない。弟子がやられては黙っておれんな。」


マジですか、ご老体。そんなバトル漫画みたいなセリフ吐いちゃうんですか。


「それにしても、聖女の太刀筋かと思っとったら、全然違うなぁ。めちゃくちゃじゃなぁ、お前は。」


おっと、その言葉は禁句ですよ。とはいえ、貴族からの言葉には返さなければならないだろう。


「俺には才能ないんでね。でも、それなら真剣で仕合いませんか?」


このご老体の放つオーラは絶対にやばい。リサとまでは行かないが絶対に怪我をさせる一撃を放たれる。だったら、ユウマも死を覚悟した戦いをしなければ、怪我をしてしまう。言ってる意味はおかしいが、結局これがユウマの戦い方だ。


「ほう。怪我どころでは済まんぞ?」


「平民の命なんて、安いもんでしょう。」


威嚇、挑発、なんでもしてやる。このまま怪我をしたら、能力がバレて魔女裁判送り。怪我をしたら死ぬんだから仕方ない。


「ふん、よかろう。」


さすがに平民に挑発されてはお貴族様も退けない。


「良いのかい? ユウマぁ! 父上はめちゃくちゃ強いぞ?」


クリスは割って入ってこようとするが。


「だから真剣で戦いたいんじゃないか。」


カッコ良いセリフを言うユウマ。でも嘘だ。ユウマはそんな男じゃあない。だけど死にたくないから、死ぬ気で戦わなければならない。


「ほう、面白いことになって来たなぁ。クリスティーナ君。君の商売道具、なかなか面白いことになってきたね。この決闘は私が責任を持とう。マルコくん、私の側仕えに剣を持ってくるように言ってきなさい。」


思わぬところから後押しがあった。ニコル・スタンフォード、こいつもなかなか狂っている。勿論、ユウマが死ぬ前提なのだろうが。


クリスはワタワタしているが、それは演技なのか、それとも本気なのか。全然、分からない。マルコは実力を隠していたし、最近は本当に騙されてばかりだ。マルコの言葉を借りるなら、そろそろカッコ良いところを見せておきたい。


ご丁寧に高そうな剣が二本、マルコが持ってきた。それぞれが受け取り、刀身を鞘から抜く。

 

 実際に構えてみると分かる。出来れば先程の挑発を取り消させていただきたい。元騎士団長ってのは伊達じゃないらしい。この感覚は知っている。何度も感じてきた芳しい匂い。死の匂いだ。


真剣を下段に構えるユウマと中段に構えるノーマン。一撃死、その香りが漂ってくるような瞬間だった。まさかこんな高級レストランが巌流島になっているとは誰も分かるまい。今はこの動きにくい服だったことに感謝したい。防御力の欠片もないことが有難い。一発で決まるという恐怖が背筋を凍らせる。だが、それと同時に感じる、『死にたくない』という体からの叫びを。


誰も声を発することのできない雰囲気。1秒が何分にも感じる中、両者がほぼ同時に動いた。


筋肉が断裂し、骨が軋む。ノーマンの一撃は容赦無くユウマに注がれた。だが、その一撃はユウマの限界を超えた速度の前に空を切った。そしてユウマの剣の切先がノーマンの喉元で止まっている。


そして数秒、そのまま両者は動かない。勿論、誰も動くことが出来ない・・・。


「き、貴様・・・。一体、どれだけ死線を超えてきたぁぁ!! 」


ノーマンの心からの怒号が飛ぶ。ノーマンは負けた。誰がどう見ても完敗だ。振り下ろしたノーマンの刀はユウマの命を刈り取るものだった。だがその渾身の一撃を避けてもなおユウマは喉元で止めた。それを本人も理解しているので、ノーマンは肩で息をしながら真剣を鞘に収めた。


「何回? そんなレベルではない。何千、何万回も死を乗り越えてた?・・・いや、でもその若さで儂よりも死線をくぐり抜けておるじゃと?・・・バカな、貴様、いったい何者なんじゃ。」


「平民だよ。貴族に死地へ送られる、ただの平民だ。」


ユウマも鞘に収めながら言い返す。最近はギャフンと言い過ぎだ。それをお返しさせてもらっただけだ。クリスはキラキラと赤い瞳を輝かせている。そう言えば、あの討伐の時に同じ目をしていた。


「なるほど、やはり運命とは皮肉なものですね。ノーマン殿。」


「当たり前じゃ。儂のクリスティーナじゃぞ。ヒーローが現れて然るべきじゃ。」


そして、ノーマンはタオルで顔を拭った。額にはびっしょりと汗がついていた。それはユウマも同様なのだが。


「ミラベル、帰るぞ。儂らの役割は終わりじゃ。」


「そうですねぇ。クリスティーナ、あまり無理はしないでね。それに上の人に目をつけられるんじゃありませんよ?あまり目立ってはいけません。 頭が良いのは知ってますが、大切な命なのですよ。」


「分かってます!母上!」


いや、絶対に分かっていない。ジト目でクリスを見ているとミラベルと呼ばれたクリスの母親がユウマに頭を下げた。優しそうなおばあちゃんだ。クリスの面影はあまり感じない。父親似・・・という訳でもなさそうな。アルビノだからという訳ではないと思うが、二人にとって特別なのだけは伝わってきた。ユウマも前の世界では両親の愛を知っているはずだ。色々ありすぎて、モヤがかかってしまっているが。


「クリスティーナ君は、私が責任を持って帰宅させます。どうかご安心してください。」


ニコルの言葉に軽く手で答えて、メリル夫妻は店から出て行った。ニコル・スタンフォード、こいつもよく分からない。まるで立場が逆だ。今見ると最初のは取り繕っていたのだとよく分かる。


「っていうことで、校長先生。僕の案、どうですか?」


「いいでしょう。私が責任を持って、環境を整えておきますよ。王にとって腐海の森が開拓されるのであれば、どうでも良いと思ってる筈。ただ、レンタル料の設定が問題だねぇ。」


ユウマは耳を疑った。男爵の娘の計画の責任を持つ? 確かに、この男がクリスの父親を尊敬していることは理解できるが、それに今レンタル料と言った。そこまで話が通っているのか。


「うーん。最初は安くとかかなぁ。初回お試し無料とか?」


「クリスティーナ君、それはお薦めしないなぁ。そうだ、最初はうちが顧客になろう。うちの領地の魔法学校も来月、討伐義務が課せられているしね。そこで各領地の学校責任者を招いて見学をさせるなんていかがですかね?」


なんだこいつ。プレス発表会を開くだと? いや、それが一番効果的な気もするがそれにしても・・・。


「安くしてくださいよ? クリス社長? 」「えー、お金持ってるくせにー。じゃあ、これくらい」「いや、それはさすがに」「じゃあ、これくらい」・・・・




スタンフォード侯爵所有の馬車はメリル邸の前に到着していた。あれから暫く値段交渉していたが、どうやら金額の設定はできたらしい。


「じゃ、僕はここで。えっとユウマとマルコはぁ・・・」


「いや、俺は歩くよ。って場所知らないけど。マルコに・・・」


「いえいえ、私の馬車で送りますよ。」


ニコル・スタンフォードが思わぬ言葉を発した。何度もユウマはリサのお供で貴族の馬車に乗ったことがあるが、全然知らないおじさんの、それも貴族の馬車に相乗りしたことはさすがにない。そしていつのまにやら、ユウマはメリル家所属なのだ。一日で色々ありすぎだ。


「ユウマ、お言葉に甘えましょう。スタンフォード様にもお考えがおありなのでしょう。」


「そっか、じゃあ、また明日ね。マルコ、ユウマ。学校に一応集合。それから次の作戦に移ろうね!!」


クリスは手を振って、門扉の向こうに行った。本当に子供っぽいし、それに大胆だ。そしてこれから絶対に何かを言われれる。タクシー代わりの貴族など聞いたことがない。勿論、それは当たり前のように起きた。


「さて、ユウマ君。 色々と不思議そうな顔をしている君の気持ちはよく分かる。どうしてこんなにとんとん話が進むのか。そしてどうしてそんなことが可能だと確信を持っているのか。とかかな?」


「・・・一歩譲って、さっきのおっさ・・・いや、ノーマン様とスタンフォード様の関係性は理解できます・・・。でも、王族抜きにこんなことを決めちゃって、しかも大々的に発表会? こんなの問題になるに決まってる。」


「ゆ、ユウマ、一応なんていうか、喋り方・・・」


マルコはそう言うが、上下関係がめちゃくちゃでユウマだってどう喋っていいのか分からない。


「はは、今日だけはいい。いちいち話す時間もないからね。ユウマ君、私も国を憂いているんだよ。それに君の力はもっと皆の為に使った方が良い。」


うわっつらだけ並べたような喋り方だ。それにユウマの質問の答えにもなっていない。


「先日の討伐試験、聖女が関わることで事態が一変した。当然、君の力によるものもある。それで色々変わっただろう? あの時、二つの公爵家が顔に泥を被った。マクドナル公爵は多大な損害を出し、アドルマイヤー公爵は恥をかいた。ま、片方は恥をかいただけで済んだがね。どちらにしても両公爵は王族に対して、借りを作ってしまった。そして聖女の婚約だ。」


最後の言葉にユウマの顔が険しくなる。彼はもしかしたらそのことを知らないのかもしれないが、彼はユウマの表情を見ながらも顔色一つ変えずに続けた。


「王族の勢いは増し、それが強制的な侵略戦争の引き金となった。そして意味もわからない腐海への開拓まで強制した。諸侯はただでさえ困窮している。だが、今の王族を止めることは難しい。」


リサはその道具にされている。戦略級兵器を王族は持っている。どうにもならないじゃないか。


「だが、王族皆が狂ったように侵略を望んでいるわけではない。マクドナルは失脚、彼は自国に多大な損害を出したのだから、しばらくはおとなしいだろう。だからもう一方の恥をかいただけの公爵を利用した方が王族にいる。」


マルコは理解しているふうだった。ユウマは当然派閥については詳しくない。なんとなーく知っている程度だ。


「結論から言おうか。まず私が属しているのはアドルマイヤー派だ。そして魔法学校の校長代理に私を任命したのはオリエッタ王妃殿下だよ。」


「ユウマ、オリエッタ王妃殿下は元々アドルマイヤーの人間です。つまりスタンフォード様の後ろ盾は今現在、オリエッタ王妃殿下なのですよ。」


「ユウマ、オリエッタ王妃殿下は君の活躍を目の当たりにしている。君に期待しているのだよ。この愚かな戦いの中、国民を守ろうとなさっている。私たちの行いも目を瞑ってくださる。」


昨日の話ですら、大きくなりすぎて混乱しているユウマにとって、王妃が登場いたことでわけわかめだ。結局のところ、王妃がお目溢しをしてくれて、自分が皆の代わりに戦う。


なんで自分がそんなことをしなければならないのか。この国の歪みを全て自分が引き受けるようなものだ。悶々としている中、馬車はゆっくりと停車した。ユウマはこれからの住まいの場所を知らない為、ここがどこだかもわからない。しかも夜だ。


「話は終わりだ。ここからは歩いて帰り給え。」


なんだかよく分からない会話なら、早々に帰りたいユウマが馬車から降りようとした時、ニコル・スタンフォードが呼び止めた。


「ユウマ、クリスティーナくんを絶対にお守りしろ。君が選ばれた以上、必ずお守りするのだ。分かったな?」


元々、クリスは守ると決めている。それは素直に頷く。なんだか分からない展開になってきたなぁとユウマはマルコの顔を見る。


「ユウマ、僕からもお願いです。クリス様をお守りください。僕たちの未来はクリス様にかかっています。」


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