クリス・メリル

 顔を赤く染めながら「帰ろう」とナディアは笑顔でユウマに言った。今日は兎に角乗り切った。だがオークやトロールがくればきっとタダでは済まないだろう。もっと強く皆を鍛えるべきだろうし、どう考えても自分が動く方がリスクが低い。そのためにはもっと全身を隠せるような装備が欲しい。


そんなことを考えながら帰路につこうとした時、兵隊の乗る船とすれ違った。それもよーく知っている何かを積んでいる。


「あそこもWi-Fiスポットになるってことか。」


「ん?なんですか。ユウマ。」


「あ、いや、なんでもない。なんていうか知らないけどポールが立つんだなってさ。」


隣に座っていたマルコがユウマの独り言を拾ってしまったらしい。いつも隣にリサがいたが彼女はもういない。勿論平民のみの時はリサは居なかったのだが、今はそう感じてしまう。


「あぁ、僕もあれがなんていうかは知りません。ですが、そういうことでしょうね。少しずつ森を開拓するつもりなのかもしれませんが・・・」


「あぁ、そうだな。そんなふうには見えないよなぁ・・・」


最初に渡されたエリアマップを見て思った感想だった。少しずつ森を切り崩して行くなら分かる。だが、今日は全然違うところに連れて行かれた。無作為ということかもしれないが、そもそも何を考えているのか分からない。


「ユウマ、ちょっとお伝えしたいことがあります。といっても僕からではありませんが、明日うちのクラスに来て貰えませんか?」


マルコは終始、言っている。自分は主人の価値観で動くと。全く殊勝なことだ。服従することがそんなに大事なのか、と自分のことを差し置いて考えている。だからユウマは暫く考える素振りを見せた。マイク、デルテは無事かなー、などと考えてみる。別に無事なのは分かっている。ちゃーんと確認した。だが、即決して良いものかという問題がある。貴族に関わると碌なことにならない。今は身をもってそのことを理解している。


「では、お待ちしてますから。」


そういうと彼は、団体船ツアーのどこかへ行ってしまった。気分を害してしまっただろうか。どのみちユウマは暇人だ。話くらい聞いても良いだろうと渋々了解といった雰囲気で応えようとしていたのに。別にユウマも深く考えている訳ではない。大体どうでもよいのだ。周りが見えているといえば、嘘になる。現時点でのユウマの目は節穴だらけだった。集合恐怖症でも引き起こしてしまいそうなくらいに。


ユウマは早速、次の日にその節穴っぷりを発揮することになった。休講だらけの授業を午前中受け続け、考えているフリをし続ける。それにクラスの状態、当然欠席が多いし、大概のものは寝ている。無理もない話だ。命懸けの戦いをし終わったばかりの勇敢な戦士たちをどうして責めることができようか。


ユウマだけ全快である。これはもはや授業を受けなくても良いのではないだろうか、だがご丁寧に教室には鍵というものが掛けられている。結局ユウマは昼食も摂らずに最終講義直前までだらだらしていた。


「そろそろ行くか。」


最初から行くと決めていたのに、やる気が出なかった。クリス・メリルだかなんだか知らないが、リサという後ろ盾を失ったユウマにとって、貴族とは自分を嘲笑う存在だ。それに隣のクラスは一度も訪ねたことはない。リサの隣か学食、それくらいしかユウマには居場所がなかった。



 隣のクラス、入った瞬間に目に映ったもの、それは・・・


「全員寝てる・・・」


まだマナが戻っていないのだろう。代休が必要なくらいだ。この異世界、例に漏れず髪の色がカラフルだ。この世界のダーウィンの法則はどうなっているのだろう。こんなにカラフルだったら外界の生存競争では目立ちまくりだ。


マルコの髪の色、ニールの髪の茶色を薄くした、この世界ではとても地味な髪色だ。むしろユウマの黒の方が渋みがあって良い、と勝手に自画自賛しながらニールの髪色を探す。ただその前に、今日ユウマを呼び出したのは貴族だ。貴族本人を差し置いては申し訳ない。ユウマは貴族らしき姿を先に探す。マルコの髪の色は地味だから参考にならない。


すぐに見つけた。如何にも、という服装の貴族の男が寝ているではないか、しかも隣で寝ている学生はどう考えてもマルコだ。お待ちしていますとは「果報は寝て待て」みたいな言葉だっただろうか。それにしても、とユウマはお貴族様の前に仁王立ちした。ゴテゴテと派手な服を着て、男爵だかなんだか知らないが、本当に偉そうだ。


だが、さすがに上からは失礼だろう。リサが特別だっただけだ。一応、なんとなくの礼節というものは必要かもしれない。ユウマは跪いて、寝ている男性の耳元で囁いた。


「ユウマです。クリス・メリル様。」


ユウマの声に反応して男性がビクッと体を揺らして上体を起こした。何が起きたのかとキョロキョロしている。ユウマは彼の反応に苛つきながらも、もう一度挨拶をした。


「ユウマです。クリス・メリル様!」


よほど疲れているのか、忘れてしまっているのか、実際見たら冴えない顔だった男が首を傾げている。本当にあれだな、貴族ってのは。とユウマが苛立ちを顔に出した時、横からクスクスと抑えた笑いが聞こてきた。だが、マルコの声ではない。もっと・・・。


「いや、笑ってすまない。僕がクリス・メリルです。」


ユウマが視線を向けた先、そこで笑っていたのは、昨日の白髪女子、今度はユウマがはて?と首を傾げた。


「ゲイルくん済まない。君は関係ないから寝てていいよ。」


白髪女子はそう言って、ユウマが間違って起こしてしまった彼、クリス・メリルとは全然関係ない男に謝った。


「いや、それにしてもマルコの言った通りだな。本当に視野が狭くなっているね。ユウマくんは。」


そう言ってショートボブの髪の乱れを直しながら、クリス・メリルはユウマを茶化した。


「はい。全く気付いていませんからね、ユウマは。昨日は貴族と合同で討伐をしていたということを。いやはや、半日寝たふりをしないといけなくなるとは思ってもいませんでした。クリス様、大変失礼いたしました。」


ユウマは「寝たふりをしていた」というマルコの言葉を噛み砕くのに暫く時間が掛かってしまった。そしてそれから、あわあわと狼狽をする。


「初めまして、ですね。ユウマくん。僕がマルコの主人、クリスティーナ・メリル、ノーマン・メリルの末娘です。そうです。昨日、4回も殴られた、白髪のクリスです!」


アルビノ可愛い系女子、しかも僕っ娘だと!?こんな可愛い主人に雇われていたとは。マルコが本当に羨ましい。自分のことを差し置いてマルコに嫉妬しそうになるが、後半の方が重要だった。ユウマは以前辺境伯の甥にかるーく膝をつかせた程度で下手したら死刑、実際には禁固刑になっている。


「えぇ。そこは僕もしっかりと見ていましたよ。確かにユウマは4回、クリス様の頭を小突いていました。残念ながら、他の生徒も見ています。言い逃れは出来ません。ですが、ユウマはわざとではないのです。なるべく、穏便な沙汰にして頂けないでしょうか。」


ユウマは顔面蒼白になる。こんなところに罠が隠されていようとは!!バッレバレのマルコの演技にも気づかず、人生のピンチ再到来のユウマは、成り行きを見守る他ない。前の時とは違い、今回ユウマは「わざとではない」わけではない。ちゃんと自分の意思で小突いている。だってしょうがないじゃないか。全然知らなかったんだから。


「うーん。どうしよっかなぁ。マルコもそう言ってるし・・・。うん、そうだ。じゃあ罰として今日うちに来てよ!」


クリスティーナがそう言った時にちょうど予鈴がなった。


「ユウマ、メリル邸はこちらです。僕は行かな、いえ、行けませんので、あとはよろしくお願いします。」


そっとマルコが地図を差し出し、ユウマに授業が始まりますよと伝えた。その後の授業のことはユウマはほとんど覚えていない。と言っても何もなかったのだが。


「くそ、マルコめぇ。絶対騙してんじゃん。行かないのか行けないのかはっきりしろよ。とりあえず、メリル邸に・・・って、あれ、『うちに来てよ』ってなんかこれ・・・。」


そう、ユウマ人生で二度目の女子の家にお呼ばれである。これは間違いなく、『カウント2』ということだ。断じて『ノーカン』などではない。リサは絶世の美女で間違いないが、あの子も十分系統は違うが可愛い!可愛いは正義だ!だんだん鼓動がおかしくなる。こんなことではリサストーカーなど失格だ。気を張り直さねばと、貴族街にあるお店のショーウィンドウで自分の顔を見て頑張って引き締める。


それに一応、家に行くだけが処罰だとは思っていない。もしかしたら更なる罠が仕掛けられているかもしれない。鼓動を抑えようと俯いた時、ユウマの視線はあるものに注がれた。それを見て、一気に鼓動が早くなる。


『プリンセス・エリザベス大活躍、プリンスと共に北の夷狄の要塞一つ撃破!!』


そう書かれた新聞の号外を見てしまった。しっかりと写真付きの号外だ。リサの表情は冷たくカメラを睨んでいるように見える。


「あいつ・・・、何やってんだよ。平和にするために王族になるんじゃなかったのかよ・・・」


「辛いですね。元ではありますが、主人が戦争の道具にされてしまうなど・・・」


と横でいきなり声がしてユウマは横に飛び跳ねた。


「マルコ、な、なんで、ってあれか?監視してたのか?」


「えぇ。まぁそんなところですね。主人の命令なもので。」


確かに言われた通りユウマの視野は極端に狭くなっているらしい。相当精神的に追い詰められているようだ。マルコに連れられて、貴族街を歩きながら結局自分たちも同じようなものかと思い直す。何かの意図を感じてならない。


「では、私はここで。」


「え、マルコは監視役だろ?」


「はい。メリル邸までの監視役です。ですので、僕の仕事はここまでです。」


なるほど、ユウマと同様、中に入れないのか。それでも自分は呼ばれている訳だが・・・。それにしても侯爵家とこんなに立場が違うものなのか。なんというかこじんまりしていると感じてしまう。マルコに門扉を開けてもらい、小さな庭のメリル邸に足を踏み入れる。マルコの様子を窺いながら玄関の手前まで歩いて行く。


「ユウマ、早く扉を開けてください。あまり時間がありませんので。」


全く事情が分からないが、マルコに急かされるまま、準備もへったくれもなく女子の家を訪れた。髪型やらなんやらは結局マルコの登場でちゃんと整っている自信がない。


「ユウマ、待ってたよ。早く入って。さ、こっちこっち!マルコ、見張りお願いね。」


玄関にお邪魔した瞬間に投げかけられる声、クリスティーナが中で待ち構えていた。そして後ろで玄関の扉が閉められる音がした。


手を引かれるユウマはショートパンツとTシャツというクリスティーナの無防備な姿に気を取られて、警戒する予定も全て忘れてクリスティーナについていく。クリスティーナはアルビノロリ巨乳可愛い系女子にグレードアップしていたのだから、誰もユウマを責めることはできない。ロリ巨乳ってどうしてこんなに背徳感があるのだろうと、厭らしいことを考えながら、部屋に連れ込まれた。


「ようこそ、メリル邸へ。ユウマ、改めましてクリスティーナです。クリスって呼んでね。」


ニコッと笑顔がまた可愛い。さっきから可愛いとしか思っていない気がする。


「よ、よろしくお願いします。クリス様。」


「えー、リサ様は呼び捨てで、僕には様をつけるっておかしくない?ねぇ、ユウマ!」


クリスは頬を膨らませてそう言った。


「えっとじゃあ、クリスさん?」


「んー。クリス?」


そこまで来てクリスはご満悦の笑みを浮かべた。


「じゃあ、さっそく本題に入ろうか。ユウマ。」


「ちょ、ちょっと待て、あのさ・・・えっと、この部屋って・・・。」


「僕の部屋だよ? やっぱリサ様の部屋と比べると・・・やっぱダメかなぁ・・・。」


そんなことは聞いていない。そもそもリサの部屋には入ったことがない。いったいどう思われていたのだろうかとユウマは思う。


「いや、俺、リサの部屋には入ったことないからなぁ。ってか、無防備すぎじゃね?」


確かに警戒心というものをどこかへ落っことしてきたユウマだが、この家に入ってから、クリス以外誰一人見ていない。それにただいま絶賛他国を侵略中の破壊兵器リサだったから安全だっただけで、クリスでは簡単にユウマに押し倒されるだろう。


「ふふーん。すごいでしょ?今日は僕しかいないんだよ! グッドタイミングじゃないか!」


それはユウマにとってグッドタイミングであって、クリスにとっては完全にバッドタイミングだ。扇情的な魅力をもっていることをこいつも理解していないのだろうか。


「ユウマ、メリル家の家訓は『お金が欲しいなら自分の手を動かせ』なんだよ。」


確かに以前、ニールが男爵自ら畑を耕していると言っていた。それはつまりそういうことなのか、何にしても普通の貴族とはズレている。


「ちなみに僕の格好だって、ユウマを釣る為なんだから結果的に大成功だよ。やっぱ自分の体を張るって大事だね。」


いやいや、どちらかというとクリスの貞操の危機なんですけど・・・。


「勿論、僕なんて簡単に押し倒されちゃうけどね。それでも今日というタイミングを逃したくなかったんだ。君と大切な話がしたかったからね、ユウマ。」


赤い瞳がギラリと光る。全くリサといい、クリスといい、度胸のある女ばかりだ。


「なんか危ない橋を渡らせるつもりかよ。」


「聖女エリザベス・ローランドは平民の英雄ユウマとの親しい関係を引き裂かれた。そしてついには他国に侵略戦争を仕掛け、聖女は今や戦争の道具になっている・・・よね?」


「親しい関係ってのと、俺が英雄ってのは、ちょっと違う気がするけど、まぁリサが戦争の道具にされちまってるな。」


クリスはユウマの返答に人差し指を振る。


「いいかい?聖女エリザベスと平民の英雄ユウマ、少なくともこの条件は必ず満たしてる。さすがに自分に対して過小評価しすぎだよ。そして今現在の図式は貴族→聖女、平民→ユウマなんだ。君たち二人はある意味同格の存在だよ。」


訳のわからないことを言う。新聞でも一面に上っているリサと同格などありえない。


「貴族と平民が同格な訳ないだろ?」


「それはそうさ。でも、お金に貴族用、平民用なんて書いてないよね?」


「クリス、お前・・・いったい何を言っているんだ?」


戦争に金がいることは勿論分かる。ただ、そこに貴族と平民を比較に持ってくるクリスの意味が理解できない。


「意味が分からないって顔に出しすぎだよ。ユウマは本当に視野が狭くなっているね。そりゃ僕の頭を4回も叩くってのも仕方ないよ。」


痛いところを突く。4回って、実は結構気にしてるんじゃないだろうか。


「今、伯爵家以上は討伐に行かなくてもいいってのは知ってるよね? でもそれと同時に彼らは南北への戦争参加を義務付けられている。」


なるほど。王族が関与している以上、それは納得ができる。でもそれはユウマにとっては知ったことではない。


「で、ここからがポイントね。昨日の討伐戦は、子爵位と男爵位には一度だけ参加を免除する権利を得ていた。さすがに自領を整える猶予ってことだろうね。この話は船に乗ってる時にクラスメイトが散々言っていたのに、全然聞いてなかったんだね。」


あの時のユウマの精神状態はめちゃくちゃだった。さすがにそんなどうでもいいことは耳に入らなかっただろう。


「じゃ、なんでクリスはそこにいたんだよ。」


「君の戦いを見るために決まってるじゃないか。君には恩もあるしね。懇意にしたいんだよ。」


「あぁー、なんか思い出してきた。辺境伯の甥に迷惑してたとかだったっけ・・・」


「ケインは今の君の100倍くらい厭らしい眼で僕を見てたんだよね。そしてついには親の権威を借りて、僕に迫ってきてたんだ。あの時は本当に君のおかげで助かったよ。あと一歩でアレを蹴り潰して、僕と僕の家族がお咎めを受けるところだったんだからね。」


ユウマは図らずもケインのアレを救っていたという現実。確かに肝の座り方はクリスの方がずっと格上だ。それにしてもこの世界に転生して、最初に出会ったダメ男は本当に碌でもない男だったらしい。


「あぁ、でもそのことは関係ないよ。平民を救った英雄、この看板は伊達じゃないってのをこの目に焼き付けたかったってのが、ほんとのとこ。流石にこれは気がついていたと思うけど、今回の討伐は直轄領じゃなかった。そしてそれだけではなく、参加する人数が極端に少なかったよね?あれは他領地の魔法学校の参加が免れられたって訳じゃない。日程がそれぞれの領地ごとに異なっているからなんだ。」


後半はほとんど理解できなかった。一度脳を壊して作り直した方が良さそうだ。全くもってポンコツになってしまったらしいユウマの表情を理解してクリスが言葉を付け足した。


「んーと。前の討伐時、学生が兵士と入れ替わっているのは知っているよね。うんうん、そこは大丈夫だよね。」


ユウマは床であぐらをかいている。ベッドに腰を下ろしているクリスは一つ一つユウマに確認するように話し始めた。


「えっと、伯爵家以上の戦争参加が義務付けられている以上、腐海の森攻略に連れて行ける兵士がいなくなるでしょ? 特に本来腐海の森での戦いに慣れている侯爵家以上の兵士、それとそもそも練度の高い辺境伯が参加できないのは大きいよね?」


コクコクとユウマが頷く。


「そしてこのタイミングで何故か腐海の森も開拓しようとしているでしょ?今もう貴族たちは大混乱だよ。だから僕たちの学校も惨憺たる様になっているよね。 そして討伐には必ずそれなりの爵位のある人間が監督する必要がある。おそらくだけど伯爵以上じゃないかな。」


ハント先生って伯爵だったのか、そんなこともユウマは知らなかった。学校の授業がスカスカになっているのは知っていたが、今のおかしな現状を考えれば仕方のないことだろう。もしかすると校舎に入れなかったのもそのせいだろうか。


「そして魔力伝導塔の生産が追いついていない今、大規模な討伐戦を仕掛ける必要性もない、ってのはまぁ僕の解釈だけどね。あとは簡単だよ。人員を避けないし、伝導塔の生産も追いつけないんだから、学校ごとに日程を調整したんだよ。」


魔力伝導塔というらしい。どういう効果かは知らないが、確かにそれが設置されていた。言っている意味はだいたい理解できた。


「なんとなく分かったけど、それと俺がどう繋がるんだ?」


睨みを利かせるユウマと怪しい赤色の瞳でそれを受け止めるクリスがいた。


「もう、そんなこと分かってる癖にぃ。いじわるだなぁ。若者が戦争に駆り出されている。それだけでも無意味なのに、その上腐海の森の開拓だよ? 学生を兵士と入れ替えることが出来ない現状ではそのまま若者を死地に送り続けるしかない。この現状をユウマがどう考えているのかは知らないけど、この国はとってもおかしな状況になっている。」


「そんなことは分かってる。このおかしな現状を解決するのが貴族なんじゃないのか?」


クリスの思惑に乗せられないようにユウマは足掻いてみるが、知識が足らなすぎる。もっと友好関係なり、資料を調べるなりするべきだった。


「うーん。それが出来たら一番だけどね。男爵の、しかも末娘の僕じゃ無理だよ。けど君は別だよ。君はエリザベス・ローランドに継ぐモンスターハンターだ。でもリサはもういない。だったら君にしか出来ないじゃないか、王の権威に肩を並べるヒーローになれるのは。そして君は全国民の支持を受けて、エリザベスを取り戻す。」


リサの名前を出されて、胸が騒ついてしまう。絶対にこれもクリスの計算だという事は分かっている。だとしても熱くなる胸を抑えることが出来ない。その気持ちを見透かしているように、クリスが決め台詞を言う。


「まだ婚姻はしていないし、そもそも定義は間違ってるけど、世間はリサをプリンセスと呼んでいるよね? だったらプリンセスを連れ去るのはヒーローって決まってるでしょ!」


良い話じゃないか。リサのストーカーがついには誘拐だ。その結婚、ちょっと待った!と言えという。勿論、そんな虫の良い話がある筈がない。だけどちょっとだけ話を聞いてみたい。話を聞くだけだ。


「なんか上辺だけ見繕ってるような気がするんだけどな。そもそも全国民の支持を受けるなんて、全然想像がつかないんだけど?」


「ユウマを貸し出すってのはどうかな?勿論、ユウマが鍛えた仲間を付け加えてもいい。平民の英雄ユウマの名前は伊達じゃない。学生を兵士にすり替えていたんだ。だったらユウマをすり替えれば良い。各領地の民は救われるじゃなあないか。君にはその能力がある。」


「それで、お前はレンタル料を受け取ると、それってメリル家家訓的にどうなんだ?」


ユウマはため息を吐いた。クリスはこの混乱した世界を利用して、利益を得るつもりのようだ。


「君の言葉を借りるなら、貴族の家柄を持つ僕にはそれができる。交渉のテーブルは根回し済みさ。いいかい、ユウマ。お金は失ってもまた稼げばいい。でも労働者を失えば、命は一度奪われれば戻ってこない。僕から言わせたら、マンパワーを失わせる今のやり方はナンセンスだ。王族は腐海の森開拓が進めば文句はない筈。そして君は国民のヒーローに成り、僕は富を得る。どうだい?これってwin-win-winってやつだろ?」


さらに言えば諸侯も民という財産を金で買える。win-win-win-winということになる。本来こんなことはあり得ないが、意味が分からない現状が奇妙に歪んだ関係性を生んでいる。


「それに君が国民のヒーローになれば、僕だって鼻が高いし、将来も明るくなる。だから僕はそのレンタル料で得た利益を君に投資する。装備だってポーションだって揃える。君はこの世界初の腐海開拓部隊を編成するんだ。ちなみに僕のことも好きにしていいよ?」


「え?」


ユウマはつい、クリスの体に目を奪われる。


「あ、ち、違うって、そういう厭らしい意味じゃないから! 僕にも戦い方を教えて欲しいんだ。っていうか結構使えると思うよ!」


「お前が万が一死んでしまったら、この計画は頓挫だろ? こんな危ない計画、誰が引き継ぐんだよ。」


「うー。だってそれがメリル家の家訓だもん・・・」


急にしおらしくなり、胸の前で人差し指をツンツンとしながら、いじけ始めるクリス。はぁ・・・とユウマは息を吐く。つまりクリスティーナ・メリルが考えていることはクーデターだ。王の権威に並ぶとはそういうことだ。きっと自分の身を投じるのもケジメの一つなのだろう。返事をしようかどうか迷っている時、クリスの白い髪がぴょんと跳ねた。


「あー、家族が帰って来ちゃった・・・。どどど、どうしよう、ゆ、ユウマぁぁぁぁぁ、逃げてぇぇぇぇぇぇ!!」


どうやら、マルコは門の前で見張っていたらしい。それでおそらくは魔法で今しがた通信を受けたのだろう。全く、どこからが本気でどこまでが子供なのやら。早々に立ち去らなければ、ユウマは強盗か強姦かで捕まってしまうことだろう。マルコも必死で止めている筈だ。


「あぁ、とりあえず、また学校でな。」


ユウマは2階の窓から飛び降りて、しなやかに地面に降り、ネコ科を思わせる跳躍力で塀を超えてあっという間に姿を消した。クリスはあと数分は話が出来たかもしれない。そう思いながら、寒空に愚痴を言った。



「絶対ヒーローになるやつじゃん、リサ・・・、ほんと羨ましい・・・」

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