女神の加護
リサ争奪戦が動き出していることなどユウマは知らない。目の前のことで精一杯だ。それにしてもユウマは過去のユウマの感謝をしていた。今更だが、この世界のユウマにはリサが全てだった。ガチでリサの犬だった。勿論、魔法が使えないというのは皆にバレているが、それ以外のユウマの事を知らなさすぎる。
今ここにいるのは、皆の知っている「ユウマ」ではない。「
『あんたは圧倒的にチートだわ。ユウマ、あんたは・・・』
あの時、リサはユウマにそう言った。そしてユウマにしかできない戦い方を教えてくれた。それは・・・
『死ぬ気で戦いなさい!』
「死ぬ気で戦う!!」
自分の言葉も重ねる。当たり前のセリフだが、本当にユウマはそれしかできない。寧ろ、そうしないと死んでしまう。ファーストミッションはクリアしたも同然だ。けれどユウマの戦いはまだ終わっていない。
自分の体に起きていること知る為、そして魔法を使う為だとはいえ、これからも死ぬ気で戦い続けるのだろう。血に塗れた自分を見て、改めて思う。
『全くもって、割りに合わない』
ユウマが知っている事をリサに教えてもらった事に重ねる。ユウマは未確認生物かも知れないが、確認されている生物である『人間』ならば、通常、体に負担がかかり過ぎないように、100%の力を出し続けないよう設計されている。コボルトの体を用意に切り裂ける理由、それは命の危険を感じた時に筋力の抑制をとっぱらうという例のアレのおかげだ。火事場の馬鹿力という言葉は、『馬鹿』と言われてる気がするので、敢えて使わない。「クソバカ」とレッテルが貼られているのに、能力にまで「バカ」をつけられるのは御免だ。とにかく、ユウマが容易にコボルトを屠れる理由は例のアレという力のお陰だ。
常に死を隣に置くという戦い方。死を恐るからこそ、普段なら出せない力が出せる。死を脳裏に焼き付ける。そうすれば筋繊維の断裂も考えず、骨折さえ考えずに全力で戦える。死んだ方がマシだなんて考えない。剣がなければ拳の骨を鈍器に変えればいい。盾がなければ骨で受け止めれば良い。致命傷にさえならなければ良い。それに達人のような見切りも必要ない。紙一重の見切り、そんなカッコ良いことはユウマには出来ない。だが、ギリギリを狙う必要はない。多少当たっても問題はないのだから。肉を切らせて骨を断つ。それが今のユウマにできる唯一の戦い方だった。
そして死ぬ気で戦える理由もある。リサに圧倒的にチートだと言われたユウマは、別に『不死身』になったわけではない。リサに首を絞められて分かった。もしも不死身なら、首を絞められたくらいで意識を失うことはないだろう。窒息死が存在する以上、死に至る攻撃を食らえば、普通に死ねる。だからユウマに与えられた加護、冥府の女神が掛け続けている魔法は言うなれば、
『強制的
それくらいしか分からない。女神に確認した訳ではない。女神とコンタクトを取る、それはリサに絶対禁止されている。勿論、リサにとってそれが気に食わないというのもあるだろう。さらには女神とコンタクトする度に、ユウマが変わっていっているという事実である。冥府の女神、世界が終わる、そんなことを言う女神ともう一度繋がってしまえば、冥府の住民、つまり本当のゾンビに成り果てる可能性もあるらしい。
勿論、リサも本当のところは分からないとは思う。けれど2回目に女神と会話したあの日、ユウマはマナダウンを起こして倒れてしまった。リサが気付いていなければ、死んでいた可能性が高い。だからこっそり魔法陣を視覚化することもできない。こっそりマナダウンしてそのまま死んでしまったとしたら、本当のバカだ。
だから、どこまでいけば死ぬか、なんて取り返しのつかないことは、どう足掻いても確認することができない。だからこそ王立図書館に行き、冥府の女神について知らなければならない。
話が脱線してしまったが、だからこそユウマは限界まで力を引き出せるのだ。もしも与えられた能力が『不死身』なのだとしたら、限界ギリギリの力なんて出せないだろう。余裕がありすぎて出せないに違いない。死んでもいいやくらいに思っていたら、普段の力さえ出せないだろう。それにちゃーんと痛い。とにかく痛い!
そしてもう一つ、リサに禁止されていることがある。
『絶対にバレないようにしなさい!』
これが実は一番難しい。本当にナディアがいてくれて良かったと改めて思う。ユウマはある程度戦った後に、ちゃんと定期的にヒールをして貰っている。ユウマのこの能力がバレたら、ユウマ自身確実に魔女裁判行きだし、その悪魔を匿っていたローランド家は全員魔女裁判送りだ。海千山千の貴族にとって侯爵家を潰せるチャンスが到来するのだ。皆喜んで裁判所に突き出すだろう。リサに至っては、両親を人質に取られて、ひどいことをされるかも知れない。そんなこと今のユウマでも、絶対に嫌だ。
ユウマは特訓の日々を、そして今ここにいない金色のお嬢様の『愛』が付くかは分からない『鞭』を思い出して、セカンドミッションに移行する。リサがそうしろというなら絶対にそれが正しいのだ。その気持ちは昔のユウマも今のユウマも変わらない。
ちなみに補足しておくが、実はユウマが気づいていないことがある。ユウマとリサはある程度、能力についての実験を行った。ユウマにとって、それが特訓の一番の成果だと思っている。だが、リサの認識は違う。リサはある程度ユウマの能力に初めから気が付いていた。だからユウマが一番の成果だと思ってる能力の確認はリサにとってはただの確認事項であり、リサが重きを置いていたのは、あくまでユウマと戦うことであった。
限界以上の筋肉の断裂。そしてそれを強制的に回復してしまう能力。それを有効活用しない手はない。筋繊維というのは、負荷がかかり傷つくと、最初の筋繊維よりも太く再生される。一般的に『超回復』と呼ばれるそれをユウマは常に繰り返すことになる。だからユウマの三週間の特訓は常人の数年分、もしかしたらそれ以上の特訓にも等しい。
それも、今やこの国を左右する器である『リサ』の猛特訓だ。いったいいくら積めばあの我が儘娘の特訓を受けることができるのだろう。まさにプライスレスだ。
ユウマもロングソードを片手で容易く振り回す時点で気が付いても良いものだが、ユウマの基準はあくまでも「リサ」。リサが凄すぎて、ユウマはそのことに気付いていない。それも仕方がないことだ。今も昔もユウマの記憶のほとんどはリサに対するもので埋め尽くされているのだから。
ユウマは次の目標に向かって歩き出した。
「ねぇ、ユウマくん。どこに向かってるの?」
「あぁ、地獄だな。」
「え?」
「あ、ちが、そうじゃなくて、一応ここにいる全員平民なんだろ?だったら全員を助けに行かなきゃ。」
ユウマは全身を駆け巡る筋肉や骨の痛みの余り、ナディアに素っ頓狂な返事をしてしまった。地獄のような痛み、死の恐怖。だが、それがなければ戦えない。地獄に向かっていると答えてしまったのも無理はない。自分の世界に浸っていると分かり、慌ててユウマはナディア、ニール、マルコに訂正をした。
皆心配そうにユウマを見ている。けれどユウマは行かなければならない。
「ナディア、ニール、マルコ。このエリアはきっと終了する時間まで安全だと思う。でも一応、警戒しつつ、皆を守っていてほしい。俺の中ではお前たちが一番信用できる。」
リサに言われたセカンドミッション。
『他の領地の人間を出来るだけ多く助けること』
そのミッションに移らなければならない。早く行動に移す必要はあるが、ファーストミッションにケチがついてはいけない。そしてさらに深い森へいけば、もっと強いモンスターに出会すかもしれない。
というのもあるが、どっちかと言うとそれはユウマの言い訳だ。ユウマ自身、ここから先はあまり知っている人に見られたくない。もしかするとユウマ怖いと引かれてしまうかもしれない。今でも十分に怯えられている。せっかく出来た友達を失いたくない。
三人の目は戸惑いに満ちていた。他領の兵士をなぜ助ける必要があるのか、ユウマを放っておいて良いのか、ユウマがいなくなるのは不安だ、様々な気持ちが見て取れる。けれど、あの戦いを見た後だ。彼らにはユウマが歴戦の勇者に見えているのだろう、誰も何も口にしなかった。だからユウマは優しく微笑んで、敢えて一言、付け足した。
「皆の分も戦ってくるよ。一番強い強化魔法を俺にかけてくれ。」
魔法を使っても、半分も強化されないユウマの体だが、皆の祈りはユウマの心に届く。皆のお陰で感情が、そして勇気が強化される。前も今もこれからも、無駄としか思えない戦いだが、リサお嬢様の命令なのだ、きっと王立図書館とやらに行けるのだろう。そしてきっとそこには、未来があるのだろう。あの魔法陣に、あの女神にきっと近づける。リサに言われたから、いやそれだけじゃない。ユウマも何故か、やらなければならないと確信していた。
ユウマは前に進む。森を駆け、枝に飛び乗り、疾風の如く進んでいった。
「オリエッタ王妃、お待ちしておりました。」
オスカーの大きな声の中、オリエッタは馬車から降りる。豪奢な衣装を汚さないように、侍女がスカートの裾をしきりに気にしている。オリエッタは侍女に服のことは任せて、オスカーに向かって鷹揚に頷いた。
「やはり、王族でないと公平な審査はできません。ここは一つ、余興だと思って楽しんで頂ければと。」
聴き慣れた声だが、今日はなんだか非常にムカつく。オリエッタは平民向けに用意した討伐場を見て辟易とした。早く帰る予定が、こんなことに付き合わされているのだ。本来ならどうでも良いと誰かに任せるだけなのだが、今回はそうもいかない。景品は例の『爆弾娘』だというのだ。
オスカーの『公平』という言葉もイラつかせる。いつから「公平」という言葉は「自分のところを選べ」という意味になったのだろうか。勿論、公平なんて言葉はとうに滅んでいるかも知れない。
他の貴族どもは王妃が何も知らないと思っているのだろうか。あの爆弾娘の話は勿論知っている。「この国の王になりたい」と言っているらしい。人伝に聞いただけなのがもどかしい。もしも王族の前でそれを言ったのなら、確実に不敬罪で牢獄行き、それとも不幸な末路を辿らせていることだろう。だがそれと同時に別の伝わって来ている。あの娘のことを『神童』、『聖女』、『戦略魔法兵器』、中には国宝だと言う者もいるらしい。王族にとって『双刃の剣』、この言葉が一番しっくりくる。
「えぇ。しっかり公平に見させてもらうわ。」
まずこの男のところはダメだ。というよりそもそも公爵家になど行かせてはならない。オリエッタの頭の中で貴族の派閥や人間関係、それらの相関図が視覚化され始める。政策を魔法と呼ぶとすれば、派閥や利権の見取り図が魔法陣ということになるだろう。
そもそも賭けの話を持ち出したのは、オリエッタの親戚の多いアドルマイヤー家だという。全く余計なことをしてくれたものだ。
オリエッタの視界に噂の女が映る。オリエッタが呼ばれたことによって、貴族側の下らない試験は終了している。だから、あの娘もこちらに来たのだろう。自信満々、そして勝ち誇った顔で森を見つめている。人の気も知らないでと、爪を噛みそうになる。だが、おかしい。聞いていた話と、彼女の様子がどうしても結びつかない。
話が長いことに定評のある鬱陶しい男が、隣で今の状況を勝手に説明してくれるので状況は分かる。それにオリエッタ自身も情報網くらい他の貴族以上に持っている。そうでなければ王妃など務まらない。
結びつかない状況、それは賭けに乗ったあの娘、ローランドが一人負けをしている状況にあるからだ。どうしてそんなに自信満々な態度が取れるのだろうか。才女という話は嘘だったのではないだろうか。
こんな面倒ごとに巻き込まれたオリエッタの苦悩は耐えない。王であり、夫でもあるジョージが決めたことなのだ。本来ならば自分でいけばよい。こういう時だけ王の顔をするのが非常に腹立たしい。
それにしても困ったものだ。軍事力を底上げするためとはいえ、あまりにも性急すぎる。ここは開拓が始まったばかりのエリアだ。結局ほとんどの貴族は生徒を兵士に差し替えている。もちろん、先のことを考えれば、兵力として使える人材を見つける必要はあるのは分かる。だがそれと引き換えに、その他多数をドブに捨てるのはハイリスクすぎる。
やはり、あいつの影響なのだろうか。オリエッタの政治戦略魔法陣に新たな線が書き加えられた。頭の中の魔法陣はもはや、愚痴まみれになっている。
だんだん重くなる脳に辟易し、オリエッタは一旦考えるのをやめた。隣にいる未だに解説をやめてくれない男を無視して、魔力の籠っているオペラグラスで討伐の様子を覗いてみる。平民の逃げ惑う様でも見て、心を落ち着かせようと思った矢先、とんでもないものが目に飛び込んできた。
「あいつはなんなの・・・?」
オリエッタの言葉に、オスカー・マクドナルは懇切丁寧に成績など噂など、校長の意見だの、全く要らない情報を伝えてくる。オリエッタは独り言を言っただけだ。このエリアでどう考えても、最も目立っている。こんな危ない森の中、頭をピコピコ光らせて、あいつはバカなのか? いや、確かに「クソバカ」と先程、隣のマクドナル辺りから聞こえてきたのだが。
全身血だらけで、魔犬の骸の上に立っている。一人で、いやまさか、そんなことは・・・。
オリエッタは見入ってしまった。たかが平民に。
いや、見入っても仕方がない。一人だけ頭をピコピコさせているのだ、否が応でも目立ってしまう。誰かあいつに注意すべきだ。あいつは遊園地に来たおのぼりさんか!
森の奥、事態は最悪な方向に向かっていた。
「退け!退けぇぇぇ!新種が出たぞぉ!!」
猪の頭を持つオーク、そして巨鬼トロール、ユウマがそこにいれば、そのモンスターのことをそう呼んだだろう。ついでに「レベルが上がりすぎだろ、このゲームぶっ壊れてんのか」、その言葉も付け加えるかもしれない。
人間も所詮、ただの動物だ。知らないものは怖い。怖いのなら逃げる。生きている以上許されるべき権利だ。そして今日は兵士の中に士気というものは存在しない。明確な目標を言われていない。ただ、討伐戦があるから野犬狩りをしてこいと言われているだけだ。
攻めるべき憎き敵もいなければ、命を張って守るべき人もいない。貴族のマウント合戦に付き合わされているだけだ。二つの公爵家により二分化された狩場は、いつの間にか互いを意識しすぎて、どんどん深い森へと進ませることになった。
風を使った通信魔法が飛び交う。「突き進め」という上からの指示と「退け」という現場からの声。当然上からの指示が優先されることになるのだが、何か様子がおかしい。交換手は双方の言葉を聴きながら、前方を見つめた。その時、彼の右肩に激しい痛みが走った。右肩に痛みが走った時、兵士の顔がちらりと見えた。きっと戦場から逃げ出したのだろう。
「いてぇぇ!! おい、きをつけ・・ろ・・・・」
だが、返事はない。兵士もいない。当然だ。地面に転がっているのだ。交換手が見たものは最前線にいる筈の仲間の頭だった。
「・・・エ、エイドリアン?な、な、な ・・・うわぁぁぁぁ!!! ダメです。後退の指示を!!な、仲間がぁぁ!エイドリアンがぁ!!」
恐怖に染まった彼が見たものは、それだけではない。森の向こうで次々に兵士が吹き飛ばされている。まだ息がある者もいれば、そうでない者もいる。運が良いのはそうでない者の方だろう。息をしていても、下半身がなかったり、顎が砕けて、呼吸もままならない者もいる。
今いるのは深い森だ。それに薄暗い。まだ昼を過ぎたばかりだというのに。未開拓エリアの情報はあまりにも少ない。森の外、つまり上から見たときに予測していた深度よりもずっと深い。つまり森の奥に進むほど樹木が大きく、そして高く成長している。これは新情報だ。そのことが分かっただけでも上出来なのだが、情報は魔法で送れても、自分の命は送れない。
王の児戯めいた発想、そして貴族の見栄というマウント合戦、それにリサが加わったことで作られてしまった出来の悪いチキンレースは、現場で阿鼻叫喚を呼んでいた。
「逃げろ!」「退くな!」「あっちはどうなっている!」戦略も戦術もない深い森の中、ユウマは最前線を目指していた。途中でうずくまっている部隊を見つけては、帰る方向を教えてやる。襲われている者がいれば、身を張って守ってやる。出来るだけ人を救う、ユウマはそれを繰り返しながら風の様に森の深くを目指す。
「リサならこれくらいの高さ、平気なんだろうな・・・」
数m、いや10m以上も高い木々を枝伝いに飛び移っていく。ユウマも交換手と同じく森の構造に気が付いていた。外から見ると、生い茂る木々で全く気づかなかった。
「古代の町だろうな。」
交換手とは違う言葉。地面を歩く兵士とは違うものが上からだと見えてくる。
「これは帰って報告だな。って、見つけた・・・」
まさか死人が出るとは思っていなかった。流石に抵抗感がある。気持ちが悪い。グロ動画なんかとは比較にならない。リアルなのだ。自分がやられるよりも余程精神にくる。
「た、たすけ・・て・・・」
声のする方にとにかく突き進む。そして凄惨な現場へと身を投じた。
ユウマはやはり予想通りの言葉を叫んだ。
「レベル違いすぎんだろうがぁ!!」
死の恐怖を求めてユウマはトロールの腕を上段からぶった斬る。ヒーラーがいればと心から願う。魔法を使えない自分が本当に腹立たしい。
「早く逃げろ!とにかく登れ、あっちだ!!」
彼らのうち、何人が助かるだろうか。アクエリスの加護がありますようにと、ユウマは咄嗟に祈る。だが、その隙を突かれてユウマは吹き飛ばされた。怒りに震える巨鬼トロールがもう片方の腕でユウマを跳ね飛ばしたのだ。それを太い木の幹に背中を強打した時に理解した。
「脊椎損傷・・・、だけじゃねぇな。頸椎損傷、全身複雑骨折エトセトラエトセトラ・・・・・。」
ユウマはそのまま地面に仰向けに倒れ、口から血の泡を吹いている。ぶつぶつ何やら言っているが、トロールはその言葉を理解していない。トロールもあの人間は死んだと思ったのだろう、ユウマを無視して逃がしてしまった獲物を追いかける。すると、今度はトロールが体勢を崩して地面に倒れた。トロールの右足がない。片足を失い、巨躯を支えきれなくて後ろ向きに倒れたのだ。
「こんなのもでも、俺は死なねぇんだな・・・。まじチート・・・。」
トロールにユウマの言葉は分からない。だがそう言って覗き込むユウマの顔を見た瞬間がトロールにとっての最期の光景となった。
ユウマはふぅっと息を吐く。トロールの首を刎ねたところで、ユウマはトロールの様子を観察した。
「んー。やっぱ首を刎ねたら、再生しない・・・よな。・・・よな、・・・よな?」
トロールクラスになると再生するかもしれない。そうなると妙な親近感を持ってしまう。ユウマはじっくりと死んでいるトロールを観察した。腕はどうやら、少しだけ再生し始めていたらしい。かといって自分の腕を刎ねようとは思わない。トロールはトロール、ユウマはユウマだ。
「んー。もう一体くらいトロールを見つけて実験しよう。もしかしたらリサの気持ちがわかるかもしれない。あのドSサイコパスの気持ちがわかるかもしれない・・・いや、分かったら困る。だって俺はドMで・・・って違うし!!」
一人突っ込みをしてしまうユウマだが、心は冷え切っている。あの体験だけは二度とごめんだ。想像するだけで震えが止まらない。
『うーん。ユウマはまるでゾンビね。どれくらいゾンビなのか試してみましょうよ』
ユウマはリサとの修行を思い出す。冥府の女神の加護はユウマに強制的な『リジェネ』を与えるというものだ。その代わりに、全く他の魔法が使えないのだが。だが、ゾンビとは違う気がする。ゾンビは切られてもそのまま動いているイメージなので、ゾンビよりはマシだろう。勿論、本物のゾンビを見たことはない。
早送りを見るように治癒していく。火傷も同じ、裂傷も凍傷も打撲も全て。ゾンビといえばゾンビだが、ちゃんと理性もあるし、切られたら痛いし、焼かれたら熱いのと痛いので地獄だ。勿論、人間を食べたいとも思わない。人間の脳みそなんて絶対に食べたいとも思わない。
特訓、いや実験はまさに地獄だった。リサはどこまでやったら死ぬのかを知りたかったらしい。そして危うく死にかけた。どうやら脳に血流がいかないとやばいらしい。そのためにチョークスリーパーをかけられた。薄れゆく意識の中で、何故か喜んでいる自分の心を今でも覚えている。お嬢様に首を絞められて気持ちが良かったんだとさ。
だが、そこは地獄の一丁目一番地だった。
「ちょっとずつ切ってみましょうよ。」
バカなの? そう思った。だって痛覚はあるんだよ?絶対に死にたくない殺され方ランキングに入るやつじゃん!
実際そうだし、本当に痛かった。指先なんて、特に神経が敏感なのに、それをちょっとずつ切るとかする? 泣き叫んでるのに普通する?
そんなこわーい拷問を、リサは顔色ひとつ変えずに行った。エスカレートしていくリサの顔はどう見てもサイコパスだった。
「呪いを解くためよ!」
呪いを解くために体を切り刻むとかある? 呪いを解くために殺そうとしてない? っていうか、絶対にまだ怒ってる!!
「どう?死ぬ?これ、死ぬ? ここ切ると死ぬ?」
今もリサのその声が脳内をヘビロテしている。きっとメンヘラってヤツなんだろう。可愛いじゃあないか・・・いや、絶対に無理だ。絶対にあの女に逆らってはならない。それにあの地獄に比べれば、ここは本当に天国だ。
実験のため、二体目のトロールは四肢を一本ずつ切り落として観察をしてみた。一応情報は多くとっておくようにと言われている。だがユウマは一度はトロールに親近感を覚えている。だからトロールが切られる様子に、自身のトラウマが蘇る。
「ダメだ。リサってやっぱ、怖い!!」
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