貴族達の思惑
「あぁ、もう!私もあっちに行きたかった!!」
「リサ様、その・・・。王族もご覧になられてるので言葉遣いを、その・・・」
メグは斜面上の王妃オリエッタを視界の端に入れながら、幼馴染に忠告した。リサの言動は常軌を逸している。言葉遣いもそうだが、討伐試験開始早々、風の精霊シルフィードに祈りを捧げて、風の刃を出現させて、木々を薙ぎ倒した。そしてそこから雷の巨人レイザームに祈りを捧げて、辺り一面に落雷を落とした。極め付けにリブゴード王に願いを伝えて、半径50mを周囲を焼き払った。
リサはユウマが言ったように、範囲、効果を自在に使い分けることができるので、隣のメグに被害は出ていない。もし隣がユウマだったら、ユウマごと焼いていただろう。
まだ浅い森ではあるが、ぽっかりとミステリーサークルのようなものが、開始早々出現したのだ。樹木がまばらで視界が良好とはいえ、これでは王妃から丸見えだ。
仕方なく、メグはリサの行動をフォローするために、アクエリスに願いを捧げ、その場の悪臭やモンスターの死骸を浄化する、というよりも洗い流し、そして大地の母フォーセリアに願いを捧げてそこを草原に変えた。さすが幼馴染、リサのはちゃめちゃな言動を陰で支えている。
勿論メグ、本名マーガレット・ウォルフォートがやったことも、それだけで一発合格できる行為だ。ちなみにモンスターを討伐したのは全てリサだ。樹木を薙ぎ倒し、その上、雷を落とした時点できっと生きているものはいなかったのだが、面倒くさいから、周辺一帯を全て燃やした。リサ本人興味がないのか何体討伐したかなど、覚えていない。今は一面草原の香りがしているが、その時は木々の焼ける臭いと肉の焦げる臭いで、相当香ばしかった。
ユウマが思っていた通り、リサがいれば一瞬でセーフティゾーンの出来上がりだ。
メグは焼け野原を草原に変えた後、側仕えに持たせておいたレジャーシートを広げさせ、今は二人でお茶をしている。この周辺のモンスターは、デスラット程度しかいない。モンスター化して理性を失った大鼠としても、生存本能が蘇ったのか、恐怖のあまり一匹もリサに近づくことが出来ない。仲間意識はなくとも、自分と同じような存在が骨も残らなかった場所になど、近づきたくはない。きっと彼らはあそこに地獄を見ただろう。そして言語というものを持っているなら、『鬼』か『悪魔』と叫んでいるに違いない。
メグの予想通り、その場所を王妃オリエッタの位置から見下ろすことができた。どう考えても腐海の森に急に出現したお花畑エリアは奇怪にしか映らない。それでも流石にオリエッタもリサのことはよく知っている為、顔を顰める程度で済んでいる。一応、ルール違反はおろか、リサは間違ったことは一つもしていない。しかしながら、貴族学生エリアでは、どの生徒も極めて品行方正を意識して、上品に魔物退治をしている。だから、お花畑で紅茶を飲んで談笑している、今の姿はサボっているとしか映らない。
多少苛立つものの、今回の趣旨を理解しているオリエッタは、なるべく視界に入れないように意識した。こんな意味のないことでストレスを貯めたくはない。
それでも、一応今回は公爵家の若人も参加しているのだ。しかも誰しもオリエッタに見せるように、今も意気揚々と戦っている。さすがに王妃として少しは彼らを見ておかなければならないだろう。
これならば、もう少し先まで物見櫓を設置して領地を確保できるかもしれない。
オリエッタは視線を上げた。その碧眼の瞳は遥か遠くに向けられているが、残念ながら途中から紫がかった霧によって視界が妨げられている。まるで標高の高い山にいるのではないかと、錯覚するほどに雲海の如く、紫の霧が下に見える。
そのさらに奥、この大きなお椀型の中心部付近にあるという腐海を覗き見ることは残念ながらできない。それにモンスターは絶滅という言葉を知らないのか、無限に森の奥からやってくる。そして奥に行けば行くほど、その強さを増すという報告が上がっている。
だから結局領地を広げたところで負担が増えるだけで王族に何一つメリットがない。兵士の練度を上げ、さらに増員しなければならない。穀潰しを増やすだけだ。残念ながら兵士は無限に湧き続けてくれる筈もない。
今までだったらそこで終わりだった。自分の夫が突然恐ろしいことを言い始めたのだ。
『だったら畑で収穫しよう』
富国強兵政策の方針が次々に立てられ始めた。この討伐試験もその一つに他ならない。つまり今回の試験の本当の目的は平民の選別だ。より多くの兵を畑から引き抜いてやろうというのが夫、ジョージ王の考えらしい。以前から優柔不断な性格のジョージだった。妻として意見を述べたこともあったが、最近は全く聞く耳を持っていない。
だからオリエッタの役割は何もない。ただ見ているだけ、なんともつまらない。目の前で繰り広げられている何の意味もないとしか思えない討伐のしかも出来レースの監督という何の意味もない、ただのお飾りでしかない役割を普段の自分と重ねる。
「全く無意味・・・」
しかも時々バカな貴族が風魔法を使って、悪臭を運んでくるものだから、ムカついてしょうがない。オリエッタは辟易し、視線がバレないようにサングラスをかけた。そして侍女たちがせっせと用意してくれた椅子に座って、紅茶を飲んで呟いた。
「早く帰りたい・・・」
「早く帰りたいぃぃ!!」
オリエッタと全く同時にリサも同じことを呟いていた。
「そうですね。あまり腐海の近くにいるというのも、お肌によろしくありませんものね。」
メグはリサのきめ細かな粉雪のような肌を見ながら同意した。
「それか、あっちに参加したいぃぃ!!」
メグの言葉には何一つ返事をしていないが、いつものことなのでメグは気にしない。ただ、嘆息して、メグは軽くメガネを触った。
「でも、リサ様の計画通りに進んでいるのでしょう?」
「うーん、たぶんねぇ・・・
「これはこれは、美しいお嬢様方ではありませんか。」
銀髪の青年が恭しくお辞儀をしながら、二人の会話に割って入ってきた。その声を聞いて真っ先に反応したのはメグだ。ちなみにリサは彼に顔を向けもしない。
「ミハエル様!! 」
メグはリサの手を取り、一緒に跪かせようとした。
「良いですよ、そのままで。一応ここは戦場の最前線という前提ですからね。」
人の良さそうな笑顔、そして気遣いで、ミハエルはメグの行動を鷹揚に両手で制した。
「はは、でもここは最前線には見えませんね。お二人の噂はアドルマイヤー家にも届いていますからね。」
ミハエル・アドルマイヤー、メグの反応からも分かるように、今回参加したという公爵家だ。二つある公爵家のうち、どうやら彼だけが参加したらしい。眉目秀麗で、戦いの最中だというのにどこか気品がある。
「ミハエル様が参加されると聞き、私共も一所懸命に戦わねばと思っておりました。」
「ミハエルのせいで、つまんなくなったじゃない。」
リサとメグが正反対のことを言った。アドルマイヤー領とローランド領は隣接する為、昔から付き合いがある。リサにとってはその程度の存在だった。だからと言って不遜な態度をとって良い理由にはならない。今までのリサなら、ギリギリセーフくらいの言葉で済ませていた筈だ。
「いえいえ、リサはそういう意味ではなくて、ミハエル様がお強いからと・・・」
極度に焦るメグにミハエルはにこりと微笑んで、「気にしなくて良い」と表情で伝えた。そして格下の貴族であるリサに言った。
「確かに、私は飾りみたいなものだからね。そして、リサはローランド家に収まるような人間ではないですからね。アドルマイヤーにはいつでもお越しください。」
ジト目のリサを気にせずに、爽やかな笑顔でミハエルは、さらりと告白めいた言葉をリサに投げかけた。そんな言葉を聞いてもリサは顔色ひとつ変えない。他の貴族の令嬢であれば、卒倒してしまうような言葉である。
リサは彼のいう通り侯爵家に収まる器ではない。縁談の話が来ないわけがない。才色兼備で魔法の才能も天下一品なのだ。縁談の話は来まくりだった。侯爵家、侯爵家、伯爵家、伯爵家、そして公爵家、公爵家。よりどりみどりだ。王族からの縁談はまだ来ていない。あらゆる派閥が牽制してそれだけは阻止している。そしてなんとかリサを獲得しようと、虎視眈々と狙っている。
「そうね、早く白馬の王子様が来て、私にこの国の女王になって欲しい。そして全て私の好きにしていいって言ってくれないかしら。」
「きっと現れますよ! だってリサ様ですもの!」
メグのいい加減な合いの手が入った。「だってリサ様」という言葉はどんな時でも使えるのでメグはいつも重宝しているが、さすがに今のはまずい。メグはユウマに負けず、大混乱中である。
リサはミハエルのお誘いをきっぱりとお断りしたのだ。王に子がいないのであれば、縁戚である公爵家も意味があるかもしれないが、現時点では彼が王になることはまずないだろう。何か激変があれば別だが、今のところはミハエルなど眼中にない。だったら、そのまま自領に残って、勝手気ままな日々を謳歌したい。
『気に入らないものはぶっ潰す』で有名なリサだ。皆、国宝級の存在であるリサを自分の手駒にはしたい。けれども絶対に自分達の上に立って欲しくない。だから諸侯は、絶対に縁談の話を王族には行かせないように、懇切丁寧にリサの悪評を王族に垂れ流している。
「そうですか。でも、いつでもお力になりますよ。お一人では何も出来ないでしょうからね。」
アドルマイヤーにとって、ローランド侯爵家など取るに足らない存在だ。結局リサという存在がパワーバランスをとっているに過ぎない。だが、その言葉についにリサはミハエルを正面に見据えた。
「へぇ、言ってくれるじゃない。まるでミハエルには力があるみたいな言い方ね。」
公爵の方が王族に近しい。そしてエステリア王国三大侯爵の一つであるローランド侯爵は派閥争いに参加しておらず、弱小貴族を少しだけ取り込んでいる程度だ。政治への影響力は侯爵家の中でもっとも小さい。はっきり言ってミハエルには力がある。メグの父、ウォルフォート伯爵がローランド侯爵の味方についたとしても、たかが知れている。ちなみにウォルフォートはローランドの派閥には属していない。メグが一方的にリサ信者なだけだ。
つまりミハエルにとって、この言葉は看過できない。この言葉を放置して立ち去る行為は、アドルマイヤー家の面汚しだ。
「ハハハ、リサの強さは認めますよ。それよりご存知ですか? 今日の討伐試験、貴族側はあくまで余興です。本当の強さ比べは、もう一つの討伐場で行われていると。・・・あぁ、そうか、ローランドには伝わっていなかったんでしたね。これは失礼しました。」
ついに煽り合いに発展してしまった。ローランドに伝わっていないということはありえない。だが、ミハエルはローランドが兵士を連れて行っていないという情報を掴んでいるらしい。
この時一番辛いのは、誰がどう見てもメグだ。自分より格上の家柄の二人が、しかもそのうち格の低い方である自分の友人の方から煽ったのだ。あわあわするしかない。メグがあわあわしているとリサがとんでもないことを言い放った。
「なら、どっちが勝つか、勝負しましょ?」
その言葉にミハエルは、初めて爽やかな笑顔の中に『悪意』を潜ませた。少しだけ広角が歪になっている。
「ふふ、いいですね。なんなら賭けをしませんか?」
「ちょっと、リサ様、侯爵様ですよ・・・、リサさ・・・
「いいわ。もしも、私が負けたら、なんでも言うことを聞いてあげる!」
メグの制止を振り切り、リサはついに禁断の発言をしてしまった。ただのマウントバトルではない。メグもローランドの状況は知っている。リサの口からはっきりと聞いた。ローランドは兵士を連れてきていない。なんならメグの実家のウォルフォートの方がちゃんと準備をしてきているし、ちゃんと強者との協力体制を結んでいる。
「なんでもですか?」
ミハエルが舐め回すようにリサを見る。その視線にメグは鳥肌を立てた。ユウマを小間使いしている時点で気に入らないのに、リサになんでもされるなどメグは堪らなく嫌なのだ。メグこそリサになんでもしたい、あんなこともこんなこともできたらいいのにと思っている。だが、メグが悶々としている中、その追い討ちをかける一言がリサから放たれる。
「そうよ、な・ん・で・も・よ!でも、そうね。それだと校長は侯爵様だし・・・。そうね!公平を期すために、王族に判定してもらいましょうよ、ミハエル。公爵家ならそれくらいできるでしょ?」
「もう後には退けませんよ?」
もう、ミハエルは爽やかな顔でもなんでもない。わるーーーい顔になっている。下心満載のイケメンに変わっている。
王族を巻き込んでしまったら取り返しがつかない。冗談では済まされないどころか、下手をすればこの国のパワーバランスまで変わってしまう。この二人の口論が及ぼす影響はあまりにも大きい。
こんな無駄な試験、そして無駄なマウントバトルによって、事態は大きく急変する。
平民エリアの学生、とくにユウマにはあちら側でそんなバトルが行われているなど伝わらない。ずっと戦い続けてきた。あれからどれだけ時間が経っただろうか。
ユウマはあの後も、自分の血の匂いに引き寄せられたコボルトを次々に斬り倒していた。刃先はもうボロボロなのでコボルトの切断面は切られたというよりも押し潰された形状になっている。
この辺りには人が立てるところがもはやどこにもない。モンスターが無限に湧くというのが真実なのかは分からない。それでもコボルトでできた星なんじゃないかと思うくらいに、地面にはコボルトの死骸が散乱している。
差し詰め、厨二病アニメのサントラアルバムのジャケ写のようだった。コボルトの骸の山の頂きにユウマは立っていた。全身血塗れで立ち尽くす姿は、頭のピコピコさえなければ、カッコ良いに違いない。テーマパークで、ゾンビメイクをしてきたは良いが、テンションが上がってメイク台無しのファンシーなカチューシャをつけてしまったくらいにアンバランスだが、ここまで来てしまえば、逆にありなのかとも思ってしまう。先鋭的なアートだと誰か評価してくれるかもしれない。
もう、ニールやマルコ、ナディアの出る幕はない。わちゃわちゃと日和みして、強そうなところにくっついていたローランドの平民も戻ってきている。ここは冬の森のように葉が落ち、そして太陽がさんさんと差し込む安全エリアのように見えるのもある。そしてそこにこれだけド派手にコボルトを殺しまくってる猛者がいたら、誰だって彼の後ろにいたら安全だと思ってしまうだろう。別にそれが卑怯だとは思えない、誰だって死にたくはない。
彼らはユウマが作ったコボルトの骸の山、コボルト山で出来た結界によって守られている。集団行動がとれるコボルトのリーダーなら、この山への団体旅行は絶対に避けるだろう。見せしめで骸を道に並べる部族と仲良しになりたいコボルトがいたとしたら、ユウマが握手代わりに金属の剣で頭を撫でてやるだろう。もちろん撫で斬りの方だが。だから当面はこのエリアに近寄るコボルトはいないだろう。
一応、二つに分かれた派閥たちも頑張っている。早朝はあれだけ危険だと思えた森も、骸と血のむせ返る臭いを除けば、平和な森そのものだ。平和の定義は人それぞれだ、という注釈もいれておきたいものだが。
そんな中、テントで寛いでいたマクドナル校長の元に連絡が入った。
「王妃が、こちらへ来るそうです。」
「オリエッタが? まぁ、気持ちはわからんでもないが、そもそもこの試験の趣旨は今後の・・・何? なんだそれは!こんな話は聞いてないぞ!!」
従者とは長い付き合いだ。会話が長くなると面倒くさいので、そうなった経緯を簡潔に紙にまとめていた。
「グロス、これは二人だけの賭けでは済まんされんぞ。これはこの国のパワー・・・・・そ、そうだぞ!」
すかさず二枚目の紙が差し出された。
『スタンフォード侯爵、そして我が甥ガラム、そして両辺境伯も名乗りを上げております。』
グロスの甥はガラム・ギルバート。三大侯爵家の一つだ。
「無論、うちも参加するぞ。グロス、今から・・」
「名乗りは上げておきました。」
グロス・ギルバートは仕事ができる男だ。老年ではあるが、まだまだ現役だ。この話自体を纏めたのもグロス自身だ。王族まで巻き込んだリサとミハエルの賭け勝負は、当然二人だけの問題に留まるはずがない。各諸侯から文句が出ることは容易に想定できる。グロスは賭けの話を聞いた後、諸侯に連絡をとり、すでに調整を済ませていた。ただの試験、それだけの筈だった。
『リサ』争奪戦が開幕する・・・
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