ファーストミッション
進級試験という名の腐海の森のモンスター討伐の当日、ユウマは馬車には乗らず、徒歩で遠征先に向かっていた。王都や王族の直轄領には魔力水路と呼ばれるこの世界特有の移動手段がある。ヴェネツィアのような都を想像してしまいがちだが、実際はかなり利便性が悪い。だから船、徒歩、船、徒歩と無駄な行程が多い。そりゃ、お貴族様は馬車に乗るわなぁと思うユウマはある種贅沢病なのかもしれない。
今日はユウマの隣にリサはいない。いつも何かにつけて振り回しては導いてくれる存在はどこにもない。そしてユウマはリサの言った意味の一つを理解した。ユウマはリサチームがド派手に目立つに決まっていると心のどこかで思っていた。それは以前の討伐日帰り旅行と同じように貴族組、平民組に分かれているとはいえ、同じ狩場で行うと思っていたからだ。
「そういうことか、前と全然違うな。」
「うーん。やっぱりそうなんだぁ。頼んむぜユウマ!」
独り言に返事をする奴がいた。それもこいつは確かあの時、目を泳がせていた奴だ。泳ぎすぎて気が付いたら、遭難でもしてしまったのだるう。
「おい!ってか、なんでニールもいるんだよ。」
「だって、やべぇじゃん。これ! 実際にこれ見ると逃げ出したくなるぞ。」
「あぁ、この物見櫓より向こうには、どうみても次の物見櫓は見当たらないよなぁ。これ、死んでこいって言ってるようなもんだよな。」
「やめてよ!ユウマくん!始まる前からそんな怖いこと言わないでよ・・・」
「そ、そうですよ。僕もここまで連れてこられるとは思っていませんでしたから。」
この二人は、初期メンバーとしてユウマは認めている。追加メンバーニール、こいつには使いっ走りでもさせておこう。
「まずは安全確保から・・・って、校長のお出ましか。また後でな。」
一応、彼にアピールをするということなのだろう。公爵家も参加して盛り上がっているとすれば貴族側だ。こっちに残された公爵は校長しかユウマは知らない。一応真面目なフリはしておこう。
『学生諸君!! これは進級試験である。我が国を支える若人よ!!諸君らに期待することは大きい』
前にも王子の演説があった。確か、その前後に喋ってた教官がいた。そういえばこんな声だったようなと、あの時も校長いたのねと今更反省をする。十分以上経つが今も延々となにか喋っている。相変わらずの長話だ。さすがにここまで長いとユウマも校長の話を聞きながら白目になってくる。オスカー・マクドナル、おしゃべり大好きおじさんであり、おそらくこのエリア唯一の公爵だ。それにしても、校長の話は長くしなければならないという異世界を含めた高位次元法でもあるのだろうか。きっとどの異世界に言っても校長の話は長いに違いない。
『私も若い頃は・・・
ついには思い出語りまで始まってしまう始末だ。確かこないだの討伐日帰り旅行の時は校長は最初だけ話して姿を消してしまった。きっと彼も貧乏くじを引かされたと思って、ユウマたちに嫌味でもぶちまけたいのだろう。先も説明した通り、今回の討伐は貴族と平民で場所が全然違う。
おそらくだが、前の討伐エリアくらい安全なところで、お貴族様専用試験でもしているのだろう。そしてそこにキラキラと眩い公爵家の御子息も参加している。侯爵家の御子息が生徒だとしたら、そのお目付役はヒエラルキーから考えると、王族が校長のポジションとして話をしているのだろう。そういえば前回も顔見せ程度に王子がゲスト出演していたではないか。
オスカーおじさんはきっと王に命じられ、校長の責務としてこちら側を任されたのだ。彼の鬱憤を聞いてやろう、長話だとしてもちゃんと聞いてやろう。全然頭に入ってこないとしても聞いておくフリだけはしておこう。だってかわいそうじゃあないか。っていうか、まだ話してるし。
校長の人生物語が終幕したところで、ユウマは友人と呼べる数少ない仲間とお話をする。
「なぁ、マルコ、南の辺境伯筋には協力を求めなかったのか?」
「いえいえ、辺境伯様は北も南もお怖いですから。でも、腐海に関しては王族と公爵家、それに侯爵家の分野でしょう?」
「ただな、残念ながらうちのお嬢様はズルはしないそうだ。当てが外れたな、マルコ。ちなみにニールもそういうことだろ?」
ユウマはどんなところに行かされるのか、全く主人からは聞いていない。一方他の皆はどこからか情報を手にしていた。ユウマの情報収集能力のせいもあるかもしれないが、三週間も休んでいたのだから授業内容についていけないのは仕方がない。そして前回同様、他領の魔法学校の生徒の校章をつけた者も混ざっている。
諸侯のみなさまだって、王命が全てではない。しかも朝令暮改の帝王の政策だ。そんなことに付き合わせて、大事な生産者である民を無闇に失うことは出来ない。だから、学生ではなく兵隊を送り込んだ。年齢は愚か、性別まで変わっている気がする。校長も絶対に気が付いている筈なのだが、何も言わない。バレバレでも全然構わないということだ。
そして兵力に不安があるグループは出来るなら強い兵を持つグループと手を結びたい。そういう意味では、貴族街にある魔法学校の生徒の中にはニールのような商人の息子なり、工房の息子なりいる訳だから、この日まで皆、誰が強そうか、どのグループに取り入ろうかと探り合っていたというわけだ。
絶対にあの
話を戻そう。つまり、ニールもマルコもローランド侯爵をあてにしていた。きっと腐海周辺を警備しているローランド家ならば、頼れる兵士を連れてくると思っていたことだろう。残念ながら、あのドSお嬢様がユウマに苦労させたいという我が儘によって、盛大に期待を裏切る形になってしまっているのだが。
一人、情報に取り残されているナディアがかわいそうだ。自領には戻れない為、きっと情報もほとんど入っていないのだろう。それに比べてニールもマルコもなんだかんだ考えている。平民には平民なりの身の振り方って奴なのだろう。ユウマは可哀想なナディアの深緑の髪を撫でながら、ジト目で周囲の人間を見回した。
つまり今回の試験は最初から趣旨が違っていた。さらに言えば、今日より以前から始まっていたということだ。冷静に考えてみれば、平民が魔法学校を留年しようが、領主からすればどうでも良い。平民が魔法を覚えることよりも、明日のパンを作ってくれる方が絶対に大事だ。たぶんこれは、留年したくないというユウマの先入観が招いた誤算だった。それにしても皆、息を吐くように嘘をつくものだ。信用できるのはナディアくらいだ。
「ユウマ、僕をみくびってません? あのリサ様がユウマなら大丈夫と判断したんですよ?」
「だな。」
マルコとニールはユウマの考えを否定した。あのリサ様の何を知っているというのだろうか。リサという人間はもっと自分勝手である意味冷酷だ。そういうのを伝えたくてジト目で二人を見つめる。しかしながら、今現在ユウマに撫でられ続けて、顔を真っ赤にしているナディアに、全く気が付いていないユウマが、もっとも冷酷な男だ。
ユウマは全体を見回して、それぞれのグループが校章の他に貴族の紋章を掲げていることに気が付いた。ユウマも階級が上の貴族の紋章は、ある程度記憶している。北と南それぞれの辺境伯、そしてローランドを除く二つの侯爵家、それに二つ存在するという公爵家、大まかに六つの部隊に別れている。きっとまばらにいるのが伯爵や子爵、それに男爵系といったところだろう。彼らは強そうな家柄のグループに寄り添うようにしている。さらに俯瞰してみると、先の六つの部隊も、よく見ると四つの部隊が一つのグループに見える。そして残りの二つの部隊もきっと一つのグループだ。
つまり、この国の貴族の派閥が凝縮されている。貴族そのものを見なくても、今日の討伐試験に如実に影響してしまっている。これが派閥社会だ!と言っている。
今更ながらリサに騙されたのではないかと思う。全体の構図は、二つの公爵家による派閥争いだ。今のところ4:2の割合であるが、片方が有利に見える。だがもう片方も公爵家が用意した兵士達だ。気合いで逆転するかもしれない。で、その中にポツンとユウマ率いる素人集団がいる。頭が痛くなる。どうすれば皆を守れるか、目立つことなど出来るのだろうか。ユウマがうかうかしていると遠くから兵士の声が聞こえた。
「ス、スタンディングドッグだぁ!!聞いてねぇぞぉぉ!!」
RPGで言うところのコボルトのことだろう。実際にはコボルトは有名ゲームのような姿をしていないらしいが、ゲーム文化というものは恐ろしい。いかつい武将ですらも女体化してしまうのだ。
だがRPG好きのユウマからすれば、コボルト程度で驚くなど甘々である。前回大鼠なら今回はゴブリンかコボルトだろう、それくらいは予想していた。勿論、ユウマは自己満に浸っているが、焦っているものが大半の中、ちゃんと落ち着いて行動している者もいる。現場を知っているものもいるだろうし、実践に弱いものもいるだろう。
リサに教わったことだが、ユウマの両親が死んでから、この国では戦争と呼べる戦争は起きていない。それにあれは北方の紛争であって、この国全体を巻き込んだものではなかったらしい。兵士の練度もこの試験の対象になっているのだろう。彼らは意気揚々と紋章を掲げている。
その様子を見ながら、ユウマは後ろに合図をして前進する。ユウマの後ろには結局十五人程度しかついてきていない。しかもそのうち三人は知り合いだ。メリル領の平民は勿論残っているが、他はどうやら大半は強そうなグループについて行ったようだ。その中にローランド領の平民も大量にいたことは誠に残念である。
別にユウマにとっては負担が減るだけなので、それは別に良い。だが、それはつまり、リサの故郷にもユウマの残念な噂が伝わっているということだ。ただただ悲しい。
ユウマには、そのコボルトと思われるモンスターがまだ見えていないが、彼らの慌ただしい様子を見るにデスラット並みとは言わないまでも、相当数コボルトがいるのだろう。周りの様子を窺いながら、全身を続けていると、二つの集団に追いついてしまった。きっと戦闘で足が止まっているのだろう。つまりユウマ達もそろそろ危ないということだ。
ちなみに、ユウマは一週間の間にナディアとニールとマルコ、それぞれと手合わせをしてみていた。リサと比べると皆、ミジンコ。でもリサはきっと人間を辞めているので、人間じゃない人とは比較しない。あくまで人間の中での比較だが、マルコとニールはそれなりに動けるようだった。特にマルコに至ってはさすが側仕えといった程には心得があり、主人をお守りするための護身術も身につけていた。ナディアはヒール特化型なので、絶対に後衛だろう。
ってか後衛が多すぎる。仕方なく
ただ、何かあればユウマが駆けつけるという、雑な団体行動だ。連携も何も、とにかくユウマに伝えると決めているだけだった。
今回は流石に皆、何らかの武装はしている。勿論、武装と呼べるものではない。ありあわせのものを持ってきている者ばかりだ。例えば鍋の蓋とか、果物ナイフとか。そういう意味ではユウマの装備は立派なものだった。それなりに立派なレザーアーマーを纏い、直径30cmほどのバックラーを左腕に装着している。そして腰にはロングソードを提げている、立派な兵士の姿だ。
マルコとニールはショートソードで、前回のユウマを思わせる。ナディアにはとにかくヒラヒラする服はやめてくれと、念を押しておいた。前回のようにメイド全開で来られても困る。
ユウマは皆の装備を見ながら、心の中で悶えていた。誰も突っ込んでくれない。実はここでもユウマは罰ゲームをさせられていた。そうさせたのが誰かは言わなくても分かるだろう。
頭の左右に宇宙人のツノのようにぴょんと伸びたなにかがある。しかもそれが色とりどりに点滅している。主人の命令は絶対だ。王都の魔法水路の時からピコピコ光っている。そして、ずーーっと突っ込みを待っているのに、誰もそれについて触れてくれない。この森やばいぜ、とかニールが話しかけてきたときもずーーーっとピコピコ点滅していたのだが、なーーんにも言わない。
『だって、目立たないと意味ないでしょ?』だと。
完全におのぼりさんだ。ここはテーマパークじゃないんだぞと誰か突っ込んでほしい!!主人命令なのでと言い訳させて欲しい!!アホな子って絶対に思われてるじゃん!!確かに、腐海の森の性質上、校長の位置からだと見下ろす形になる。それは分かるけれども!!
今までかっこよく打ち合わせしていた時もずーーっと光ってたのに。ピコピコしてたのにだーれも突っ込まない。頭ピコピコさせてるのに、真面目な話をしなければならない苦労を誰か分かって欲しい。
と言うわけで当然、ユウマだけ異常なほど目立っている。だからこそ。黒い影が視界に飛び込んできた。夜光虫の如く引き寄せられたのだろう。
ザシュっと鈍い音を立てて、真っ二つになるコボルトが皆の視線に入る。横一線、ユウマのロングソードはコボルトの上半身と下半身に別れを言わせていた。
「す、すご・・・」
ユウマはナディアのセリフの終わりを待たずに突き飛ばした。どうやらコボルトだけは、このピコピコを突っ込んでくれているらしい。視界に四体、視界の外に二体いるのが分かる。リサから何度も不意打ちを喰らったのだ。リサの方がずっと上手い。コボルトの気配はダダ漏れだ。それに野犬がモンスター化しているのだ、当然集団で狩りをする。だから、まだ隠れている可能性もある。
「周り!警戒しろ!!」
そう叫んだユウマを皆が見た時には、ユウマの周りに、ついさっきまで立っていたコボルトの頭がゴロゴロ転がっていた。ユウマにしてみれば、コボルトの動きは遅すぎる。天才剣士を知っている以上、彼らの動きはどう足掻いてもスローモーションだ。ユウマは全身に痛みを感じながら、周りを警戒する。案の定、後ろの集団も襲われていた。なんとかショートソードで牽制をしているが、危なっかしい。見ていられない。ユウマは即座に加勢に向かう。それを何度か繰り返しいるうちに後ろから叫び声がした。
「きゃあ!!」
野生は厳しい世界だ、弱そうなところが襲われる。メリル領民の女性に向かって、コボルトの鋭い爪が振り下ろされる。
その様子に誰も気がついていない、叫び声をあげたのに。仕方がないのだ。皆、自分のことで精一杯なのだ。そもそもこんな戦いに送り出す方が間違っている。真面目に生きている人間をこんなつまらないことで失わせるわけにいかない。
「グゥゥ!!」
つい痛みで声が出てしまった。その声で漸く皆が気付く。ユウマの背中にはコボルトの爪が抉り込んでいた。やられたらやり返す。振り返りざまに裏拳でコボルトの顎を粉砕する。当然、ユウマの拳にもコボルトの牙が食い込み、痛みが走る。
でもそんな痛みは大したことはない。それよりもユウマは全身の筋肉という筋肉、骨という骨に激痛を感じている。はっきり言って全身が弾け飛びそうだ。背中に刺さった爪よりも歯が食い込んだ痛みよりもずっと痛い。それでもユウマは顔を歪ませながら、女性の体の無事を確認した。女性は泣いていたので、もしかしたら庇った時に、どこか痛めたのかもしれない。だからユウマは声を掛けた。
「怪我はない?」
女性は涙ながらに頷いた。どうやら無事のようだ。
「ユウマくん!!ユウマくんこそ!!」
後ろからナディアの声が聞こえた。今は耳鳴りがしてはっきりとは聞こえないけれども。
「俺は大丈夫だ。なんせ上司命令なんでね。それにほら、俺だけ甲冑つけてるし。」
そして、リサの攻撃の方がずっと痛い。
『癒しの精霊アクエリス、不浄なる夷狄に穢されし彼の者を癒やし給え』
ナディアは必死に魔法を詠唱しているが、残念ながら、ユウマにその魔法は効かない。だが、その優しい気持ちだけでも貰っておく。本当は撫でてやりたいが、せっかくの綺麗な髪が汚れてしまうのでやめておいた。そしてこんなに縦横無尽に動いていても、女性を庇ったとしても、誰も頭のピコピコに触れてくれない。今襲われてるの、どう考えてもこのピコピコのせいじゃん!と、そろそろ突っ込んでもらいたいのだが。
ナディアの気持ちを受け取り終わってから、残りの殲滅に移る。きっとリサならもっと上手くやるだろう。きっとリサなら誰も怖がらせることもないのだろう。
「ニール、あと他に風魔法使える奴がいたら頼む。この辺り一帯の葉っぱを吹き飛ばしてくれ。」
さすがにこのままでは皆が怪我をしてしまう。どうせ自分だけが目立つなら視界が広い方が良い。
「ゆ、ユウマ、でもそんなことしたら、血の匂いが辺りに・・・。」
「大丈夫だよ。死角から来られる方が守りきれない。」
『大いなる風の精霊シルフィードよ。我が名はニール。この地に荒れ狂う竜巻を示し給え
リサほどではないにしろ、全員が同時に魔法を使えばそれなりの暴風になる。そのために全員が使える程度の魔法陣をリサに教えてもらっていた。
『とにかく、あんたにヘイトが向くようになさい!』
それを実践するために、わざと血の匂いを撒き散らす。ニールは心配していたが、わざとそうするのだ。だからこそ、ユウマだけが血を流す必要があった。誰一人血を流させない。一滴も血を流させない必要があった。最初から決めていたことだ。リサとの約束だ。皆を守りつつ、自分だけ傷つく。そうすることで、ユウマの血の匂いだけを周辺に解き放つ。
悪いが皆を利用させてもらう・・・
ここにいる全員に目撃者になってもらおう・・・
『嘘』で塗り固められた血塗れの勇者の姿の第一目撃者だ。
無数のコボルトが襲ってくる。二足歩行のもの、四足歩行のもの、同じコボルトでも種類があるのだなと俯瞰しながら、視界に映る全てを切り裂いていった。
休憩を挟みながら、風魔法の詠唱をしてもらう。なるべく視界が開けるように。日差しが差し込むように。
そして、またコボルトを撫で斬りにしていく。
そして・・・
そして・・・
ふぅと息を吐き、おそらくはあっちだろうという方向を見て、ユウマはぽつりと呟いた。
「ファーストミッションクリア」
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