後衛探し

 リサのとの猛特訓をユウマは五体満足揃って無事に生きて帰れるのだろうか。特訓なんて格好が良いが、そんなの漫画の世界の出来事だった。勿論、こっちのユウマがドM心満載でチャンバラごっこに付き合ってくれていたため、身体能力どころかモンスターの狩り方まで身についているのだ。大変ありがたい。


朝から晩まで、来る日も来る日もユウマはリサと戦い続けた。モンスター狩りはどこに行ったと突っ込む隙さえ、与えてくれない。『孤児だった平民が国王と謁見を許される』レベルにする。この高すぎる目標のために、美しい女性にしばかれ続けた。


自分のおもちゃに勝手に他人の名前を書かれた子供の怒りなのか、それともユウマに掛けられた魔法を解くために心配してなのか、リサの手が緩むことはなかった。精神的にも辛い。リサは肩で息をすることもない。もう人間を辞めているのではないかと思ってしまう。実際に人間を辞めかかっているのはユウマなのだが。


そしてユウマは信じられないものを目の当たりにした。


『時に暖かく我らを包み、時には全てを薙ぎ払う。偉大な風の神シルフィードよ。我エリザベスは請う、不潔で破廉恥なる男に制裁を疾風鎌鼬エアカッター


「ちょ、ちょーーっと! ちょっと待て!! なんで詠唱してんの!?」


いくつもの疾風が鋭い刃になってユウマを襲う。当然ユウマも必死で避け続ける。時にはこの度、装備するようになったバックラーで防ぐこともあるが、小さなバックラーでは固形物は防げても、風の刃のような曖昧なものは一部しか防げない。気がつけば、全身切り傷だらけになっている。


『偉大なるほむら操りし勇敢なる王よ、我エリザベスは願う。不潔で破廉恥なる男に制裁を。今こそリブゴードの力をここに示し給え。連射火炎弾ラピッドファイアバレット


「だーかーらーなんで詠唱・・・って、それマジなやつじゃん!デスラット黒焦げになったやつですやん! なんなの、もう!絶対殺す気じゃん! もしかして、まーだ根に持ってんのかよぉぉぉ!!」


「えー、なに?『根に持つ』って。異世界語で話されても分かんないわよ!! 私はただ、飼い犬の躾をしてるだけなんだけど?」


デスラットを始末した炎だ。ユウマにはあの風景が、昨日のことのように残っている。それはそれは骨までこんがりと・・・ってだけじゃない!前よりも詠唱を丁寧に言っている。骨も残らないのではないだろうか。


それになんていうか、どうして毎回『不潔で破廉恥』と形容しているんだろうか。


「根に持つ」はこっちの言葉で言ってんだよぉ!!というユウマの心の声などリサには届かない。デスラット黒焦げ事件の映像を脳裏に浮かべながら、軌道を予測してバックラーで受けとめる。勿論、体に飛び火して燃え移るので、その度に地面を転がって火を消す。これはもう訓練なんかじゃない。一方的な殺戮だ。飼い犬を焼死させるつもりだ。もしかして異世界語を本当は知っていて『ホットドッグ』という言葉の語源を間違えているのではないだろうか。あれは間違っても残酷な風習ではない。お店の名前が由来だ!懇切丁寧に今度教えておこう。


「その飼い犬がクーンクーン鳴いてるんですけど?」


「あら、かわいいじゃない!!」


「ドS女かよ!!」


はい、地雷。押すなよ押すなよと言われれば、押してしまう。この後、『デバフ』魔法まで併されて、ユウマはボコボコにされた。さすが戦略兵器と称されるだけのことはある。木刀で打ち込みながらも、同時に詠唱を行っているし、効果も範囲も自由自在だ。


「なぁ、リサ。」


へとへとになって、地面に仰向けになっている情けないユウマがリサに聞いてみることにした。


「リサは、なんでそんなに魔法が使えるんだ? 確かに俺の記憶にも数種類の詠唱は記憶されてるけど、この三週間、全然聞いたこともない詠唱もしてたよな? 侯爵家って、そんなもんなのか? それじゃ俺、ローランド家より爵位の高い公爵様ってのが参加してたとしても、全然記憶に残られる気がせんのだけど・・・。」


息を切らして空を見るユウマ。イメージだと爵位が上がれば魔法力もあがりそうなものだ。リサは寝ているユウマの側まで来て仁王立ちしていた。スカートなんですけどと言えば、殺されるかもしれないので、ユウマきっと同じ色だろう遠い雲を見て、気分を逸らす。


「バカね! 私が特別に決まってるでしょ? それに本来ローランドは実際王族に並ぶほどの血統よ?随分前に、分家扱いされたみたいだけどね。だから、うちの図書室にある本もバカにならないのよ。それなのに冥府の神についての記述がないの!それに・・・」


「それに?」


ユウマは先程立てたスカートを覗かないという誓いをあっさり忘れて、スカートの裾越しにリサを見る。残念ながら、スカートの中には短パンが履かれており、『それって反則』という目をリサに向けた。当然ながら、お腹を踏みつけられた。


『もっと!もっと踏んでください、お嬢様ぁぁぁ!!』


痛みの中でユウマの心に浮かんだ言葉だ。とっさに声に出てやしないだろうかと、ユウマはこっそりリサを見た。無事、変質者のレッテルは、貼られかけているがそこは免れたらしい。すでにやべぇやつになっているユウマだが、それもどっちも自分の本心なので、仕方がない。


「前の図書室であんたに見せたような複雑な魔法陣あったじゃない?私もあんな複雑な視覚化はしてないわよ?それにあんたと違って、膨大な数の魔法陣を暗記するなんてとんでもない作業よ?それも私たちにとっては見たこともない言葉よ。へんてこな模様にしか見えない文字を暗記しろって方が無理なのよ。」


意外な答えが返ってきた。ついでに地面に木の棒で、リサが思い描く魔法陣まで見せてもらった。


リサの言葉のイメージよりも、ずっと複雑だった。これはこれで記憶するのは困難だ。だが確かに文字となると、ほんと数える程度しか用いられていない。ユウマはたまたま知っていたから、それを文字だと認識できる。ただ、言語野が支障をきたすと文字として認識できなくなると前の世界で聞いたことがある。


腑に落ちた。難解な魔法陣を読み解くための通訳係としてリサはユウマを連れて行きたいのだ。


「あ、そうそう。ずっと言ってなかったけど、ユウマってアレよね。」



はい、そうです。『変態』です!!記憶の混乱も無事に融合がなされ、れっきとしたアレです。という話ではなく、ユウマの戦い方のレクチャー講座だった。





『ユウマ、どこにいるの? 私は・・・』


 ガバッと上半身を起こして、目を覚ますユウマ。今日から学校に行かなければならない。全然療養生活ではなかったが、精神的に堪える日々だった。だから夢を見たのだろうか。あの少女の・・・。いや、厳密には女神か・・・。


さすがに今日も一緒に登校というのはまずいというリサの両親の判断でユウマは久しぶりの長屋での起床だった。結局ギリギリまでリサの猛特訓を受けていた。肉体的にというよりも精神的に疲れきってしまい、すぐに眠ることができた。疲れのせいなのか、それとも隣の若夫婦が引っ越しをしたお陰なのか、とにかく熟睡できた。


さすがに馬車通学よりも早く出なければならないユウマだったが、それは大多数の平民も同じことだった。ニールも体裁を考えて、徒歩でちゃんと通学している。


勿論、学校でユウマに向けられた無数の視線達は凍てつく波動を放っていた。偶然リサお嬢様とその仕えのユウマが同じタイミングで病気になりました、そんな都合の良いことを考えている人間など、この学校のどこにもいない。


再びユウマのみが唱えられる魔法『モーゼの十戒』発動だ。例の進級テストという名の討伐訓練は、あと一週間に迫っている。どうしてギリギリまで休まなかったかというと、ユウマには友達がいないからだ。これからユウマは、お友達探しをしなければならない。


リサから言われたのは、「ユウマは前衛でガンガンいくしかないんだから、ちゃんとした後衛を見つけなさい」だ。リサ権限で見繕ってくれれば良いのだが、生憎リサもそんな暇はないし、後から難癖をつけられても困る。どうせ難癖つけられるのだから、それもありだと言ったら、殴られた、しかも鞭で。これ以上、中の人を拗らせたらどうするんだとユウマは思う。


実の所、リサがいう後衛とは違う意味を指していたのだが、ユウマはこの時まだ気がついていない。


『絶賛メンバー募集中』と書かれた襷(たすき)までリサから受け取っている。これをつけて一週間過ごすという罰ゲームのような命令をユウマはしっかりと行動に移している。今回改めてリサの強さを知ったことで、享受せざるえなかった。はっきり言おう、ユウマは躾けられたのだ。


「ユウマぁ?」


ユウマはリサに呼ばれたので左を向く。


「ぷーーくすくすくす、やっぱだめだわ。私あんたのこと見れない!」


ずっとこの調子だ。リサが笑う、ということは他の貴族も笑ってよいという空気が生まれる。だから、ずっと授業中もどこかでくすくすという笑いが聞こえてくる。そして何よりメグのあの勝ち誇った目!あんたとは違うのよという目!メグはおそらくリサチームだ。もしかしなくても、今回の優勝候補だ。ユウマにとって最大のライバルはリサということになる。


それでも、せっかくナタリア・ケネット先生がありがたーい地理の授業をしてくださっているのだ。だから、ちゃんと授業を聞くべきだ。そう、正義は必ず勝つ。ユウマは助けを求めるようにナタリア先生を見た。



目を背けられた・・・



当たり前だ。「私が主役です」とか書かれていた方がまだマシだった。そもそも討伐戦は進級試験も兼ねている。つまり成績に直結する。そしてユウマのこの学校での扱いは「クソバカ」「能無し」「男の敵」「女の敵」そして「魔法無し」なのだ。そんなユウマと組んでやろうという平民がいる筈がない。


というわけで、再び学食へ。


「はーい!私は絶対立候補します! そのために私は誘いを断り続けてたんです!」


ユウマは泣きそうになった。そういえばナディアがいた。ナディアは他の友人の誘いを断り、ずっとユウマを待ってくれていたらしい。ありがたい話だ、けれどもナディアの癒しの魔法はユウマには効かない。それでも、一人はいてくれた。


「よ、よかったなぁ、ユウマ!」


おい、よかったならどうして目が泳いでるんだ、ニール。ニールは交友関係が広い。それに将来のためにもきっちり成績を残したいに決まっている。ユウマに責める権利は皆無だ。ニールの風魔法は是非とも欲しかったのだが、諦めるしかない。


「なら、僕も参加させてください。」


マルコがお盆にテーブルに置きながら、会話に加わってきた。もうユウマはいつ泣いてもおかしくない。やはり、情けは人の為ならずって本当なんだなぁと感無量である。


「おお、二人ともありがとう!!」


敢えて二人と強調してみた。


「ちなみに今回って何人組なんだ?」


「あぁ、そうでしたね。ユウマは休んでたから、聞かされてないんですよね。今回は別に何人組っていう制限はありませんよ。勿論、四人から六人あたりが多いですが、今回は成績にも直結します。勿論、貴族仕えは派閥ごとに分かれていますが、僕のところは小さな貴族ですし、主人からもユウマの手助けをしてくるように言われましてね。あと、町民の生徒は、やはり仲が良い方と組んだりしています。それと、当たり前ですがほとんどは強そうな方にお願いしているみたいですよ。」


そしてマルコはさらに続けて、嬉しそうに語った。


「ナディアからユウマが強いことは僕も聞いてます。ですから、僕もその一人ということですね。」


なるほど、だったら実質ユウマ一人でも良かったということじゃないかと、リサの悪ふざけを思い出して、襷を乱暴に脱ぎ捨てた。


「それから、実はユウマに頼み事がございまして・・・」




午後の授業はまたしても、紙くず合戦が開催された。凍つく目で見られるがそんなことは言っていられない。


『お友達はできたの?』


『ナディアとマルコ』


『まぁ、ナディアちゃんなら、そうなるわよねぇ。それとマルコって誰?』


『クリス・メーガンって知ってるか? そこの側仕えだ。』


『あぁ、そう言えば、何度かお礼を言われたわね。』


『メーガン領からくる平民をできるだけ守ってほしいって、マルコに頼まれたんだが。それになんかおかしなことになってるみたいだぞ』


『そりゃそうよ。皆、国よりも領地よ。どうせどの領地からも兵士が送られてくるとか言われたんでしょ?』


『知ってたのかよ!』


『当たり前すぎて伝え忘れてた! 貴族にとってはマウントの取り合いよ。ルールなんて、馬鹿正直に守ったりしないわよ。 でも良い機会ね。ユウマはメーガンの平民たちを守りながら戦いなさい! あ、ついでにローランドの平民たちもよろしくね!私は馬鹿正直だから!』


相談したユウマがバカだった。もしくはリサの策略に嵌まったかだ。当然ユウマはリサの策に嵌められていた。リサの言う後衛とは、ユウマが『守らなくてはいけない存在』のことだ。リサにとってユウマは目立てば目立つだけ良い。だから民を守るヒーローにしたいのだ。まさに計画通りではないか。ユウマに課せられた任務はあまりにも厳しいものだった。各領地から兵士がたくさん来て、それぞれの強さをアピールしている最中、皆を防衛しながら戦わなければならないなんて、ハードモードを越えたインフェルノモードだ。


『大丈夫よ。絶対ユウマはヒーローになるんだから!』


最後に飛ばされたくしゃくしゃの紙、そこにはそう書かれていた。

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