リサの計画

 夕食時、リサはずっと不機嫌のままだった。食事もガツガツと口の中に食べ物が残っている内から、別の食べ物を放り込む。その姿は淑女とは程遠い。そんなことでは白馬の王子様もきっと攫った女性を間違えたかなと思ってしまうかもしれない。


リサの考えていることは、相変わらず分からない。さっきの出来事といい・・・。いや、そもそもそのことは、ユウマも考えるのが怖いのだ。何かが変わってしまいそうな気がして。リサが貸してくれた絵本のせいでもある。そこにあった『叶わぬ恋』というフレーズが脳内でヘビロテする。「王子と侯爵」だと思っていた設定が「上流貴族と平民」という設定にユウマの脳内アニメのシナリオが書き変わりそうだった。こんなことなら、あんなに覚えるくらい読むんじゃなかった。熟読しすぎて、今でも誦じることができる。


ある程度食事が進んだ時、リサは溜息をついた。


「ふん! もういいわ!ユウマ、私の計画を今から伝えるから。」


老夫婦には帰宅を勧めてある。リサは先にログハウスに戻った後、食事の後片付けはユウマがやるからと勝手に話を済ませていたようだ。一つ屋根の下に二人きりとか、刺激が強すぎて正直何を食べているのか分からない。上流階級の食事なんて、毎日食べている学食の味と比べたら雲泥の差だろう。非常にもったいない気がするが、そんな上品な舌を持っているとも思えないユウマは、お味噌汁が恋しくなっていた。きっと和食であれば、もう少し冷静になれると訳のわからない自己弁護をしていた。


ユウマから話すのは勿論、主人と飼い主の関係で言えば、あり得ないのかもしれないが、そんなことを言ったら一緒に食事をしている時点で、飼い犬(ユウマ)は全然躾がなっていない。だからユウマはただ気まずいだけだ。その空気の中、沈黙を破ったのはリサからだった。


「もう、あんたなんかに気は遣わない! 馬車であんたを可哀想って思った私が馬鹿だったわ!!もう手加減なんかしないからね!!」


気を遣う・・・?リサのどのあたりがそうなのだろうか。思いつくとしたら、馬車の時だが、それでもユウマはピンと来なかった。


「私はね、この国が戦争を起こそうとしていると思うの。」


気を遣っていたのは雄馬が戦争孤児であり、そこで両親を失ったということをだった。勿論、その時の悲しい気持ちは残っている。ただどうしてもその気持ちは二分の一になってしまっている。あちらの世界の両親は生きている筈なのだし。それにこの世界のユウマの中で、ユウマはリサに救われていた。リサは女神様なのだ。


戦争の話、ユウマはあの時に感じた違和感ををリサに来てみようと思った。あの時は場のムードを意識してだと思っていたが、学食でのニールの話題逸らしは不自然だった。全国に販路を持つニールはもしかすると辺境伯絡みのことで何かを知っていたのかもしれない。それにナディアも。


「北の辺境伯がきなくさいってことか?」


「へー。あんふぁにしては、りふぁいがふぁやいやない。」


「ユウマに気を使わない」というのは食事マナーも含まれていたのだろうか。それは相変わらずだが、たぶん『あんたにしては理解が早いじゃない」だろう。いや、やはり「口に食べ物を入れたまま話す」というのは違う気がする。でも、なんだか可愛いのでそのままにしておいた。リサは口に入っているものを水で一気に押しながらして、とりあえずお腹は満たされたわ、という仕草をして絶対に誰にも聞かれてはいけない話をし始めた。



「最初に言っておくわ。ちなみにこれって知ってたら死罪だからね! いい? いいわよね! 今からするのは王とはなんなのか、という話よ!」


知っていたら死ぬ話をして良いテンションではない。ユウマは承諾した覚えはないが、リサの中ではコンマ1秒のユウマの沈黙が「承諾した」と聞こえたらしい。侯爵はオーケーなのか、平民だったらだめなのかなど、ユウマはこれから何を知ることになるのかを想像する。「王とは何」なんて哲学的な気もするのだが。


「王の血筋はアルテナス神が作ったとされる最初の人間、その子孫とされているの。これはまぁ絵本にも、聖書にも書いてあったんじゃないかしら。」


というより、あまりにもありがちすぎて何とも言えない。アダムとイブなんて世界の過半数が知っているのではないあろうか。こっちの世界は知らないけど、聖書にあったなら、きっと誰でも知っている。


「だったら、全人類、子孫ってことになるじゃん。」


「そう。だから王が王たる証が必要なの。」


んー、日本で言ったら三種の神器みたいな・・・。なかなか分かりやすい例えを思いついて、ユウマはリサの話を興味深く聞く。オカルトなのか真実なのか都市伝説なのか、どちらにしても大変興味深い。


「たとえば、伝統の冠を戴冠されるとか・・・って普通すぎるか。」


「んー。それも儀式には違いないけれども・・・。うーん、でもやっぱ、それだとまだまだ弱いのよ。これからする話はおそらく一部の人しか知らない。王が継承される時、秘密の部屋に籠って、アルテナス神の魔法陣が伝承される。そこに立ち合いが必要なのか、それとも何か別の形で、なのかはわからない。当然、これは私も知ってはいけない話。お父様から無理矢理聞き出したの。」


お父様、逃げてと言いたくなる。リサが知っているということがバレれば間違いなく父親というか、家ごとお取り潰しされてしまう。リサ様も危ない橋を渡ってらっしゃる。しかもそれを平民に漏らしたとなれば、本当にただでは済まされないのではないだろうか。


「唯一神に対しる魔法陣が? それっておかしくないか?唯一神を使役するってことだろ? なんかこう、ものすごーく不敬な気がするんだけど。」


神への冒涜だ。ユウマのあれがそうなら、高度な魔法陣は神に通じている。そもそも唯一神の場合、名前を呼ぶことさえ、禁じられることが多い。ただ、そう言えばになってしまうが、女神像が教会にあった気もする。


こっちの世界のユウマは完全なリサ信者だったし、元の世界のユウマは、とりあえず、お葬式では仏教徒、お正月は日本の神に祈り、クリスマスには、『アンチクリスマシスト』、ハロウィンには・・・『そんなイベント、前からやってましたか教』だったため、偶像崇拝というものをよく分かっていない。それになんていうか、こっちで見た女神像は西洋の女神像に近いため、なんていうか、その・・・まじまじ見るとエロい目で見ていると思われそうで、あまりしっかり見たことがない。


「そして、ここからが重要ね。アルテナスは暗闇の世界に光を射したってのは知っているわよね。だから、王族のみが光の魔法を使うことができるの。これが他の貴族と王族の決定的な違いって言われているわ。」


「確かに光の魔法なんて、普通にありそうだけど、授業で教わらないし、リサも一回も使ってないよな。」


だからユウマは独房で光源探しに、炎の魔法を使おうと思っていた。理解がよろしい!と言わんばかりにリサは頷きながら、左の口角を上げてみせた。


「そして、そろそろ分かってきたと思うけど、この国の宗教観は、今とても良くない状況にあるの。唯一神信仰を否定するつもりはないけど、それ以外を悪魔と呼んだり、天使や精霊、つまり神の使い扱いにしたって発想を強調しすぎている。まぁ、今のはあんたが言った言葉だったわよね。」


「確かに、こっちの世界は知らないけど、少なくとも俺の知ってる世界だと、宗教は侵略の道具にされる危険がある。ってか実際に起きていた。」


少なくとも十字軍もそうだし、宗教論争もそう。世界中でそういうことは起きていた。


「ユウマの世界は魔法がない世界。それでもそんなことが起きているのなら、この世界ではもっと大変なことになっているんでしょうね。勿論、そんなのは歴史書には一方的な言葉でしか書かれていないわ。でも、私もそれはずっと思ってたの。そしておそらくだけど、今まさに戦争に向かっている。だから私は王族が持っている図書館に入って、王族の秘密が書かれているという禁書を読みたいの。そして唯一神アルテナスの誕生を知りたい。」


リサは口元を乱暴にハンカチで拭ってから続けた。


「勿論、それ以外にも調べたいものもあるしね。光の魔法だってどんなものか知りたいし。私が知らないなんて、なんかムカつくわ! でも、とにかく簡単にはいかないの。侯爵位を使っても絶対に届かない。それにまずは王族に近づく必要が出てくる。だから、そのために、あんたが必要なのよ。」


「順番がおかしくね? 平民の方がどう考えても無理なきがするんだけど・・・。それに平民が王族に近づくなんて不可能なんじゃないか?」


「普段ならね。」


リサが悪い顔をする。普段なら無理、でも今なら、それはつまりきな臭い状況、戦争が関係するということ。


「うーん、そんなこと言われても、全然思いつかないんだけどなぁ。」


「今回の討伐試験、どうやら公爵家からも参加するらしいの。分かるでしょ?今まで免除されていた公爵家までもが駆り出されるのよ。そして、建前だけの平等を謳っている。これが意味することは、もっときな臭い世界の歴史を知ってそうなユウマなら分かるわよね。」


公爵家は王族と縁戚ということで、魔法学校に入学する義務から除外されていた。だから侯爵家のリサがほとんど話題の中心だったわけだが。とにかくリサの話は展開が早すぎる。でも、前の討伐旅行なる謎イベントでも言っていたではないか。


「あぁ。前の王子の演説からも分かる。彼の発言はとどのつまり、平民を戦争に駆り立てると言っているも同じだった。まさに兵士を畑で収穫するつもりだ。」


リサは目をぱちくりさせた。この表現は大戦中のロシアのことを揶揄する言葉だが、今の状況でも成立するだろう。強制的に農民たちを戦いの場につれてきている。貴族は一枚岩ではないが、今のところは王族の力が強い。それにローランド家やメーガン家のように、民の為に戦うという貴族の気概も感じられない。勿論、そういう貴族も多いのかもしれないが。


「上手いこと言うわね。さすが、血に塗れた歴史を突き進んだパラレルワールドね。」


皮肉だとは思うが、全くその通りで。


「ひどいとこから来た、みたいに言うなよ。一応俺がいた時代は、それでも平和な方だったんだよ。それに、この世界だって歴史が隠されているだけだろ。まぁ、それは良いとしても、つまり俺たち平民を盾にして、北方に戦争を仕掛けるとってことだよな。あのケインがしたように。」


「どこまで話が進んでいるのかは実際に行っていないと分からないわ。北方に限ったことだけではない可能性もある。もしかしたらもっと大きな何かが起こそうとしているのかもしれない。それに王族は宗教上の理由かは分からないけど、何かに突き動かされていると思う。」


「うーん。でも、北部の小競り合いは定期的に起きてるんだろ? 俺の両親が巻き込まれたみたいに。今回だってその小競り合いだけってことはないのか?」


ユウマの言葉に軽く頷いて、何かに合点が言ったのかリサは「いい?」と前置きを置いた。


「今の王はチョレボ王って言われているじゃない?あの王がいつからチョレボ王って呼ばれるようになったか知ってる? 勿論ユウマだってなんとなくは知っているわよね。でも多分ユウマが考えているものとは全然違う。今までだってちょっとした政策の転換はあったわ。でもそれは、ちょっとイラつかせる程度のものでそこまで国を大きく左右するものじゃなかったの。貴族が混乱し、国民が巻き込まれ、そして王族に対して信頼を失わせたのは、今回の富国強兵政策が一番の原因よ。その時ついたのがチョレボ王という皮肉だったの。」


突然全国民を魔法使いにしようとした、超絶無理な計画なのは確かだ。しかもそれまでの平民は魔法の知識を得ることさえ禁止されていた。そして無理やり合同演習に行かせるなど、常軌を逸している。


「つまり、王が突然過激な思想に変わったってことか。その裏に宗教が関わっていると?」


話がどんどん大きくなる。ユウマにとってはほとんど知ったことではない話なのだが、リサのことは信頼しているし、リサがいなければ今のユウマはいない。きっとあの事件だって、リサがいなければ今頃ユウマの首はない。


「だから、それも調べたいんじゃないの! いい? 今王族はこの国をむりやり魔法による軍事国家に変へようとしているの。それも全国民を巻き込んでね。そこでユウマの登場よ!平民のユウマが公爵をも唸らせる獅子奮迅の働きを見せたなら、どうなると思う?」


ジャンヌダルク、不意にユウマの脳裏に彼女の名前が浮かんだ。戦争に利用された悲劇のヒロインだ。


「前の噂も合わせると、平民の中の敬虔な信徒を兼ね備えた英雄の誕生ってことになるな。きっと俺は政治に利用される。」


「そう。王にユウマを特別扱いするよう進言するものが必ず現れる。」


「表面上の平等社会で、平民の俺が英雄視されれば、平民の士気も一気に高まる。マッチポンプじゃねぇか。最終的に俺が火炙りにされるところまで想像がつくぞ。」


火炙りという言葉に、眉を顰めるリサだが、面倒くさいのかそのことについては突っ込まなかった。


「それに俺が平民を巻き込む戦争の引き金を引くことになるんじゃねぇか?」


「そうかもしれない。でも今のままだと遅かれ早かれ、平民が犠牲になる。だからこれは、一つの賭けね。私は王族が隠している何かを見つけたいの!」


今のままではただの憶測で終わる話だ。だが、リサの勘はするどい。でもそれが国家規模にまで及ぶのかは分からない。リサはとにかく天才だ。それは認める。だが国家レベルの天才なのかはわからない。だからとりあえず、話を一旦まとめてみる。


「つまり、北方のきな臭さ、そして富国強兵、唯神教、貴族社会と平等思想のアンバランス。この不安定な状況、それを埋めることができる英雄ユウマは国王にとって重要なコマになる。しかも俺は今や敬虔な信徒だ。修道士長からも俺の話が言ってる可能性を考えれば、確かにうってつけだ。国王は喜んで俺を担ぎ上げる。勿論、使い捨てのコマとして。」


リサは満足した顔をしているが、ユウマには納得できない。完全にユウマは捨て駒だ。どんどん危ない立場になっていく。


「それに、きっとこれはユウマのせいよ!!」


ユウマは咳き込みそうになる。なんで俺のせいになる、断固抗議する!!


「関係ないかもしれないけど、ユウマが言ったようにパラレルトリップなんてことが起きてるのよ。そんなの普通に考えれば起きるわけないじゃない!絶対関係あるに決まってるわ!!」


全然分からない。それにあれはユウマのせいではない。理由はわからないが、勝手にそうなっただけだ。繋がりがあるとしたら、それを引き起こしただろう、宇宙の秘密を紐解いてからにして頂きたい。


「それは全然関係ない気がするんだけどぉ。断固として抗議する!!けどさ、それにしてもなんで俺? 今までの話だと平民生まれの敬虔な信徒、王族での覚えのいいやつなんて他にもいそうなんだし、てか絶対いるだろ。そんでそいつが、魔法も使えて、剣の腕もあればいいんだろ? 王族にしたって、リサにしたって、そんな奴なら簡単に見つけられるんじゃないのか?」


魔法も使えないユウマに拘る理由はない。っていうかそんな危険な役、誰か他の、もっと知らない、遠くのすごーい人が勝手にやってほしい。それで、俺たち平民もすげぇんだぞと、他人の功績を自分のことのように自慢したい。


「ばかね! それは私のために決まってるでしょ? あんたが来てくれないと、禁書を読めないじゃないの!」


ユウマは頭を抱えた。なるほど、リサ様のためね。そこで漸くユウマの中で全てが繋がった気がした。確かにさっきの条件に『魔法陣の奇妙な図形が文字として認識できる』を加えると、大手検索サイトを使ったとしても、『ユウマ』がトップページを飾ってしまうだろう。


「それにあんたにも悪い話じゃないわ。冥府の神なんて私は知らないもの。アルテナス神の秘密を探ることよりも大変かもしれないじゃない。ローランドの書庫にもそんな名前の精霊や悪魔は出てこないのよ! あんたもその呪いを解くために、その神がなんなのか調べる必要があるでしょ? もしかしたらとんでもない呪いかもしれないじゃない? いえ、そうに決まってるわ! だって冥府の神なんだもん。そうね、きっとあんたこのままだと間違いなくゾンビ化するわ!!」


両親に人を指さすなって教わりませんでしたっか? リサはユウマに指を突き立てる。結局のところ脅し・・・。さっきのツンデレ!可愛い!を返してほしい。いや、あの時間が帰ってきてほしい。


「でも、俺、言った通り、魔法使えないし、平民チームなわけだろ? 獅子奮迅の活躍なんて・・・」


「だからぁ!みっちり私が修行してやるんじゃない! あんたにできるのは物理のみよ!! どっちみち貴族に対して、平民は魔力が圧倒的に低いわ!でも、それさえも好都合なのよ! 絵本読んでて、気づいたでしょ? 御伽噺だって、英雄はナイトって決まってるの!!」


「ナイトねぇ・・・」


ナイトの称号を勝ち取れと。歴史的にも、ものすごーい偉人しか貰ってない気がするのだが。


「さぁ、わかったところで明日から、覚悟なさい!!」


圧倒的格差社会、お嬢様の犬、そして極め付けに呪いという脅迫。ユウマに選択肢など最初から残されていなかった。

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