リサとユウマと・・・
ユウマがふて寝をしたその日より、三週間。リサは病欠することになる。流行病を患ってしまい、他の貴族に迷惑をかけない『三週間療養の為、欠席』という便りが魔法学校に届けられた。
勿論『仮病』である。当然だが、ユウマも同じ扱いになっている。
早朝にユウマはリサに呼び出されて、馬車を見せられた。そして、ユウマは学校にいく服装のままで、リサに蹴飛ばされて馬車に乗せられた。馬車にユウマとリサだけが乗っている。もちろん御者もいるにはいるが。散々車中でユウマは文句を言ったがリサは聞く耳を持たなかった。
ちなみに昨日の今日なので、ユウマとしてはちょっと気まずいのだが、リサは特に気にした様子もなかった。ひとしきり走ったところには乗り継ぎ用の馬車が用意されていた。いったい何をするつもりなのか、問いただしたいところだが、ユウマは車窓の眺めに既視感を抱いていた。
「これ、ローランド領に向かってる?」
「そうよ。ちょっとねぇ、気になることがあるのよね。」
「気になること?」
「えぇ。何もないに越したことはないんだけどね。まだ煙も上がってないくらいなんだけどねぇ・・・」
今のところリサの表情は硬くはない。だが、こんなことは初めて・・・いや、仮病は何回かある。だが、それは侯爵領に戻るためではない。単純に退屈だとか、遊びに行きたいとかだ。
「でさ、なんで俺が活躍する必要があるんだ?」
「うーん。火がついてからじゃあ遅いのよ。なんかきな臭いことになりそうでねぇ。まるで・・・」
そこまで言いかけてリサは口を噤んでしまった。ユウマはそれを強引に開かせる術を持ち合わせてはいない。なんか普通になってしまっているが、どんなことを考えているにしろ、絶世の美女の憂いというのは、絵になるなぁと何気なくユウマが考えていると突拍子もない言葉がリサから飛び出した。
「はっきり言うわ。ユウマ、あなたに王族領に、いえ正確には王族の持つ図書館に一緒に来てもらいたいの。」
「おうぞく?」
「そうよ。その為にユウマには前以上に活躍してもらう必要があるの!それも、ものすっごく派手に活躍しなさい!」
前もさほど活躍した覚えはない。図らずもそうなっていただけだし、ケインという悪役がいなければ、話題にも上がらなかったはずだ。何故と聞きたいが、口を噤んでしまったリサを見た後では何も言えない。
「それに、そこに行くのはユウマの為にもなるはずよ?」
翠色の瞳でリサはそう言った。
「俺のため・・・」
「そうよ、ユウマ。んーとね、多分なんだけど、ユウマが魔法使えないのは何か理由があると思うの。それを確かめてみたいっていうか・・・。なんか私にも確信がないのよ。だから先に言っとくわ、間違ってたらごめん!」
リサが謝るのは、相当珍しい。それにユウマが今、一番気にしていることでもある。だが、分からない。それだけのために学校を休むのだろうか。ユウマはリサの思惑がもっと別のところにある気がしていた。
「まぁ、俺はリサを信じてるけどな。」
謝られると文句も言えなくなる。とりあえず信用はしている。だけど、ユウマにはリサがどこまで先を見通しているのか分からない。結局二人には珍しく、その後、会話はほとんどせずに出発から丸一日かけてローランド領のとあるログハウスに到着した。丸一日掛けた理由は簡単だ。大豪邸であるローランド邸にはもっと早く到着していた。だが、そこでは荷物を積むだけで、腐海の森に一番近い建物を目指していたからだった。
「やっぱり・・・」
丸一日、つまり車中泊をしていたので、ログハウスに着いたら、ローランド邸で積み込んだ兵装に着替えるところから始まった。ユウマは学校用の服だし、リサは普段着だった。モンスターの出る森に行く姿ではない。
交代制で御者はいたし、治安の悪い地域では護衛がついていたとはいえ、リサの両親はユウマを本当に犬か何かだと勘違いしているのではないかと感じてしまう。どう考えても人間(男)とは思っていない。
人間(男)とは思っていない何かがいるのに、今、鍵のついていない扉の向こうでリサは着替えをしているのだ。人間(男)ではない何かが反応しないとでも思っているのか。無論その何かは勇気と無謀を履き違えたりはしない。相手は兵器の塊(絶世の美女)だ。
ちなみにログハウスは老夫婦が管理しているらしく、食べ物の心配をする必要はないそうだ。こんな時こそ側仕えのユウマの出番だと思うが、空いている時間を全て修行につぎ込むつもりだろう。
結局、準備が整ったのは、太陽が真上に来た頃だった。季節の寒暖差は日本よりマシとはいえ、まだそれなりに暑い。リサの白い肌が灼けてしまわないかの方が心配だ。それともこの世界の太陽には紫外線なる破壊光線は含まれていないのだろうか。
「ユウマ、変な目で見ないでよ!」
さすが読心術に定評のあるリサだ。ユウマの考えなど容易く見抜く。それよりもだ。右手に物騒なものを握っている。修学旅行などで買ってしまう何かだ。
「準備できたわね。」
リサが木刀を持って近づいてくる。何の準備かというと当然のことながら、ちゃんばらだ。モンスター討伐の特訓ではなかったらしい。ユウマも仕方なく木刀を構えるが、相変わらずリサには隙がない。いや、美女のポニーテールが卑怯なのだということにしておこう。
ユウマがうかうかしていると、リサの疾風の突きがいきなり飛んでくる。ユウマはなんとか木刀を滑り込ませて、それを躱す。だが、さっきの一撃、あの木刀の一撃だけで容易に命を刈り取ることができるだろう。つまりユウマが躱せていなければ即死だ。そして、それだけに止まらず、上から、横からとリサの連撃が続く。
いくつかは凌ぎきれずにユウマは腕や足に頬、さらには横腹に打撃を喰らい、息を切らした。どう足掻いても勝てない。あの細身のどこをどうしたらそんな力が出るのだろう。
ユウマとリサは肩までしかない軽装だ。そのため、横腹以外には擦り傷、切り傷が出来ていた。それでもやはり横腹が一番痛いのだが。
「さ、準備運動はこんなところね。」
「ば、ばけものか!!」
当たらなければどうということはない、当たってるけど。
「失礼ね。これでも手加減してるのよ!」
「反論になってないんですけどぉ!」
ただ、体を動かすと気の迷いが晴れるもので、ユウマもリサもいつも通りの掛け合いができるまでにはなっていた。それから、一時間ほど同じような、もはやチャンバラを越えた決闘を数回繰り返した後に、リサは納得するように言った。
「ふぅん、そうなるんだ・・・」
リサはユウマに聞こえないくらいの声で囁いた。そして突然何かを呟き始めた。
そして、その直後再び、リサはユウマに切りかかった。
「えぇぇぇ!」
ユウマは突然奇声を上げて、リサの攻撃を躱す。いや、正確には躱しすぎて体勢を崩してしまった。それでもリサは攻撃をやめないので、ユウマも負けじと打ち返す。すると、ユウマの木刀の方が先にリサの木刀に当たり、リサが少し後ずさる。
「ちょ、なんだ、これ。」
何度か躓きかけながらも最終的にユウマはバランスを取り直して、リサとそれなりの撃ち合いが可能になった。体が異様に軽い。それにユウマの木刀の振りも加速している。
「これがバフか?」
「へぇ、ユウマがいた世界では、そんな言い方するのね。まぁ、単純に私たちは強化魔法なんて呼んでるから、これから私もそう呼ぼうかしら。」
「速度上昇の補助魔法か、やっぱ魔法ってすげぇな。」
ユウマはバフという言い方を気に入ったのか少し高飛車に微笑むリサに、素直な感想を述べる。するとリサは自分の頬を指さした。最初は何かと思ったが、その部分はユウマが途中の撃ち合いで切り傷を受けたところだとすぐに気が付いた。リサが心配してくれるのは、正直珍しいのだが、ちょっと嬉しい。だが、その後の言葉にユウマは言葉を失った。
「傷、治ってるわよ。」
そう、触っても切られたという感覚がない。触った手に血はついている。それなのに瘡蓋さえもない。そう言えば腕や足も血だらけなのに痛みがない。一番痛かった横腹も痛みがない。それどころか全身どこも痛みを感じなくなっている。回復魔法も兼ねていた、ということだろうかと、困惑しているユウマにリサが説明をし始めた。
「ユウマ、私は途中気付かれないように一度、ユウマが言うところのバフを掛けたのよ。速度強化の効果もあるバフをね。」
そう言われてユウマは戦いを思い返すが、特に気がついた瞬間はなかった。そもそも詠唱にさえ気付けなかった。
「それで次はユウマにも分かるようにバフをかけたの。速度強化のね。」
リサはユウマの困惑する顔を楽しむように、情報を小出しにしているようだ。悔しいがリサの言う通り、困惑顔になってしまう。
「ええっと、なに、それ。プラセボってこと?」
「ちょっとー。異世界の言葉で言われてもわからないわよ。」
確かに科学の進化とは別の世界線で使うべき言葉ではない。なので、プラシーボ効果についてリサに簡単に説明した。思い込みの力が体に変化を起こす可能性の話だが、そこまで詳しいことはユウマも知らない。ふむふむとリサが納得する仕草をする。
「なるほどね。なんか魔法の概念にも近い気もするけど、とりあえずそれではないわ。私は最初に水と癒しの神アクエリスに祈りを捧げたの。そして次は風の神シルフィードに祈りを捧げた。どういうことか、分かる?」
リサが明確に神という言葉を使ったことに、ユウマは驚いたがそれは別の機会にしておこう。今はその神の力の違いについての方が重要だ。そして熟考した結果、ユウマは青ざめた。
「アクエリス神の魔法が俺には効かないってことか? それってやばくない?」
おかしい。前の戦いで、癒しをもらったはずだ。もしかして悪い方向に向かっているのではないか。今後、回復ができなくなる・・・、いや、違う。その前のリサの仕草を照らし合わせると、それも違う。さらに訳がわからなくなる。
「ちょっと待ってくれ、治癒魔法を使った訳じゃないんだよな? 」
リサは何も答えず、ユウマの話を聞いているだけだ。それを肯定だとユウマは判断し、再び深慮する。日が傾き、風が少し冷たくなってきたが、ユウマはそれも気にせず考え続けた。
「アクエリス神は水や癒しを与える神だ。つまり体の内部に影響を及ぼす。それを利用した肉体強化・・・。逆にシルフィード神は風を司る神、その力は俺自身感じた。それは・・・
外部からの力だからか?」
それにしても、もう一つの疑問は残る。傷は癒えている。だが多分そのことを聞かれているのではないと直感的にユウマは悟っていた。
「そうよ。さすがその、なんていうか、ゲームオタク?ね。」
赤裸々に語りすぎた。ゲームもない世界でゲームオタクなんて言葉を浴びせられるとは思わなかった。できればもっとカッコ良い設定にしておけばよかった。
「つまり、ユウマは内部への魔法が何故か効かないってこと。魔法全て受け付けないのかと思ったんだけど、他の可能性も考えて、外部に作用するバフを掛けてみたの。」
リサは一つ一つ確かめていた。確かにリサは言っていた。確かめたいことがあると・・・。
「それでも、傷は回復している・・・。」
「そう。もしもアクエリス神の加護を得られているなら、回復と肉体強化は重ね合わせが可能な筈。でもそれができていないってことは、あなたは今もずっと別の神の恩恵を受けている。そうとしか考えられない。」
恩恵など受けた記憶はない。だが、言葉も交わしたし、名前も名乗ってしまった。魔女裁判が怖くて話せなかったことが裏目に出る。これはどっちに転ぶのだろうか。
「ユウマが言った神の話は本当だと思うの。この世界にはいろんな神が存在し、そしてその神話や信仰が伝承や寓話になって残っている。そう考えると面白いわよね。結構、神様って人間味があるってことよねぇ。自分勝手だったり、理不尽だったりね。だからこそ、こう思うの。ユウマはずっと加護を受け続けている。そしたらきっと他の神様ってユウマに力を貸さないんじゃないかしら。きっと他の神様も面白くないはずだわ!」
神様の人間味を面白おかしく話しながらもリサの目は笑っていない。口で面白いと言っているのに目が怖い。これなら教会で落ち込んでいた方がまだマシだった。彼ら三人の乾いた気遣いよりもリサの方が圧倒的に怖い。それにユウマの体は予想以上にとんでもないことになっているということだ。そして多分リサの予想は当たっている。いや、それ以外に考えられない。
「ユウマ、あなたは一体、誰の加護を受け続けているの?」
日がほとんど傾き、リサの顔がはっきりと見えなくなってきた。それでも時折、風に靡いた髪の間から見える翠色の瞳は鋭い。暗にユウマが視覚化してしまった魔法陣、そしてその神について聞いている。
「な、名前は分からないんだ。ただ、彼女は言っていた・・・。自分は冥府の神だと・・・」
ユウマの両肩に重くのしかかる。感情が? 違う。物理的にリサがユウマの両腕をものすごい力で握っているのだ。痛い。ものすごく痛い。そしてリサの顔がものすごく近い。
「彼女? え? 女の神なの? ちょっと聞いてないんだけど!!」
リサの反応が意外すぎて、拍子抜けしてしまった。「あれ? 予想と違う」ユウマは全く別の反応を予想していた。やっぱり悪魔憑きだと言われると思っていた。その表情をリサはまた読み取る。そして肩を揺らして、無理やりユウマと目を合わせる。
「あったりまえじゃない。あなたは私の所・有・物・よ!! それを何!そんな勝手なことをしてるの!? しーかーもー!よりにもよって女の神の加護なんて受けてんじゃないわよ!! この破廉恥!!」
リサの両手に力が入る。ユウマの腕が破裂してしまわないか心配になる。それに・・・
「いや、反応するとこ間違ってない?」
「間違ってないわよ。いいわ。いい覚悟じゃない!私のものに手を出すなんて! 絶対にその加護を辞めさせてやるんだから!!」
神をも恐れない発言、さすがリサ様、仏様だ。そこに痺れる、憧れるの方が良いかもしれない。
「それに、これでユウマは私の言うことを聞くしかなくなったってわけね! 冥府の神よ。絶対に碌な女じゃないわ!」
急に怒り始めて、リサはユウマの頭を右腕と右胸で挟みながら、ログハウスに強引に連れて行った。先日のように胸が顔に押し当たるのだが・・・。ユウマは一応、念の為に軽ーく聞いてみた。念の為、ほんと他意はない、はず?
「なぁ、リサ。リサのその気持ちって・・・。」
リサはログハウスに入る直前で、ユウマのその言葉を耳にして、立ち止まり、ユウマをどん!と突き放す。
「ち、違うわよ!! 勘違いしないでよね!! 私はぁ!あなたの知っている異世界の知識に興味があるだけなんだからね!!」
そう言い残して、リサはログハウスの中にさっさと入ってしまった。どう足掻いても可愛い。今のセリフをどうか誰か、覚えていてほしい。
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