どうしても魔法が使いたい
そういえば、学校には平民用の学生食堂が存在する。そしてそこでユウマは全くもって、しょうもない発見をした。この学食の味に、ものすごく覚えがあった。懐かしい味、というよりもはや主食の味。
「禁固刑で出てたのはこのあまりものか・・・。」
不平ではない。それに文句があるわけでもない。ただ小さな発見を呟いただけだ。別にあれがリサが特別用意してくれた美味しい食事じゃなかったのを嘆いた訳ではない。
「へぇ、そうなんだぁ!それじゃあ、結構おいしかったんだね!」
視界の端に緑の髪が靡く。ナディアがさりげなく隣の席に座った。ナディアには、もうユウマが発する『モーゼの十戒』は効かないらしい。そういえば勝手にもう会うことはないと決めつけていたが、魔法学校の生徒だった。卒業までは顔を合わせることになる。そう思うと、なんかちょっと重い。別に嫌な訳じゃない。かわいいし、すごく笑顔をむけてくれるし。ただ、そんな期待に満ちた眼差しをむけないで欲しいだけだ。軽蔑されるのも嫌だが、期待されすぎるのも気分的に重い。
「あぁ、結構快適・・・あ、いやなんでもない。」
そういえば倒れたという設定だった。一応この設定にしておかなければ、ナディアの努力が無駄になる可能性もある。聖人説が嘘となると、ナディアまで嘘つきになってしまう。
「それにしてもユウマさんはすごいですよね。あのリサ様に気に入られているなんて・・・」
「確かに!ほんとそうだよな。才色兼備のお嬢様!!ほんと憧れるよー。」
ニールが正面に平然と座った。そして一旦様子を見てくれればよいのに、即座に会話に入ってくる。そして振り回されているユウマの苦労も知らずに強制的に羨ましい存在にされている。ただでさえ、嫉妬の眼差しという矢傷を受けているというのに。そしてニールはナディアとリサの話で盛り上がり始めてしまった。ユウマは全くその会話に参加できていないのだが、まるで三人で楽しそうにお食事を楽しんでいるように見える。すると周辺にも変化が起き始める。「普段誰も入っていない飲食店に今日はお客さんがいるぞ、じゃあ入ってみるか!」とばかりにユウマの近寄り難い雰囲気が薄れていく。良い意味でも悪い意味でもユウマに興味のないものはいない。
ユウマとしては午前中の気疲れを癒したいのだが、自然と人が集まってくる。ここには貴族の目がないというのも理由の一つだろう。
「僕もそう思います! ユウマくん!」
突然の新キャラ登場にユウマの対人恐怖症が急性化する。肩がびくっと震える。おろしている前髪の陰からこっそり見ると、ニールよりももう少し茶色を濃くしたような髪の青年がニールの隣に座っていた。
「マルコと申します。今までも気になってたんだけど、なんていうか初めましてだよね。」
一応一年半以上同じ学年の筈だが、初めましてで正解だ。クラスは違うのでどういう人間かも知らない。
「普段はクリス・メーガン様の身の回りのお手伝いをさせてもらってます。」
なんとなく仕事が近いので、親近感は湧くが、メーガンという貴族は聞いたことがない。一応ローランド関係は頭に入っている筈だが。
「あぁ、リサ様と比べないでください。メーガン男爵は王国の南に小さな領地を持つ程度ですので、あまり北方のローランド侯爵様とはあまりお付き合いがないのかもしれません。」
とても丁寧な話し方をする青年だった。側仕えとはこうあるべきと叱られている気分になる。でも、孤児として拾われて、ずっとリサ様リサ様思っている記憶しか残っていない。あとは大体チャンバラごっこだ。うん、彼が特別、側仕えとして優秀なのだと覚えておこう。
「今度聞いとくよ。別にえっとマルコさんとナディア、俺に敬称ってか、くんとかさんとか要らないぞ。皆と同じ平民だしな。」
「じゃあ、私はユウマ君って呼ぶね!」
「僕はお言葉に甘えさせてもらうよ、ユウマ。それに僕のことも呼び捨てで良いからね。」
もしかしたら平民には平民で立ち回りというものがあるのかもしれない。特にナディアは辺境伯の甥の元メイドだし、マルコは今現在もメーガン男爵に雇われているのだ。
「小さいっつっても、メーガン様んとこは評判がいいんだぞ。」
ニールが聞いてもいないのに口を挟む。
「はは、そうですね。とても良い主人を持てて光栄です。あ、ちなみに僕もユウマに恩があるんですよ。あの辺境伯の甥にはクリス様も苦労されていましたから。」
「へぇ。評判がいいってどういうことだ?」
ケイン、どんだけヘイト貯めてたんだよとこっそりとほくそ笑む。そしてユウマはニールかマルコ、どちらかが答えてくれるだろうと、二人の間らへんを見ながら聞いた。
「そうですね。メーガン様はどちらかというと、平民っぽいというか、自ら進んで畑を耕すといいますか・・・。」
マルコがそう答えてくれた。そういう貴族もいるのかと、牛乳瓶片手にユウマは「へぇ」と小さく返事をした。
「ちなみに、そのユウマが今食べてるパンもメーガン領からうちが王都に運んでるんだぜ?」
自ら販路を持っているとは、ニール家もなかなかにすごい。全国展開をしているお店の息子・・・やっぱ恵まれてる。
「いえいえ、その節はお世話になってます。」
「すごいですね。領主様がそんなことまで。羨ましいです!!私のとこは・・・」
ナディアがため息混じりにそう言った。
「あー!あー!まぁ、それはいいじゃん。それより知ってるか? 三年への進級試験って実技だけなんだってさ。しかもまーた討伐に行かせるんだと。授業の意味ねぇじゃんなぁ!」
ニールがナディアの気まずい雰囲気を打ち消すように、場を盛り上げる。それにしてもまた子供を戦地に送るつもりなのか。そこまで我が軍は腐っているのか!というノリは多分NGなので、ユウマはずっと気になっていたことを口にした。
「なぁ、皆って魔法使えるのか?」
その時の沈黙をユウマは数時間に感じたという。原因は分かっている。気を使わせているのだ。そういえばユウマに貼られているレッテルの名前を思い出した。「クソバカ」と書かれたレッテルだ。しかも魔法自体、からっきしだったことも発覚している。
「わ、私はい、癒しの魔法くらい・・・かな?」
「お、俺も風の魔法をちょびーっと使えるくらいだぞ。」
「ぼ、僕も水の魔法を少しかじっている程度です。」
わ、お、ぼ、って三人揃って何なんだよ。ツッコミ待ちですか?と突っ込みたくなるユウマはそこにはいない。感情がぽっかり抜けて乾いた人間がぽつんと座っているだけだ。だが、ここで挫けていてはもっとダメだ。ユウマは生まれ変わったのだ。
「あのさ、俺魔法陣知らないだよなぁ。だからだと思うんだよなぁ。俺が魔法使えないのってさ・・・」
暗に教えてくれたらなぁ。という雰囲気を出すが、どうせ教えてはくれまい。魔法がどれだけこの国では重宝にされているかくらい知っている。予想通り沈黙が続く。それでもちょっと本気出しちゃおっかなーレベルのドヤ顔で一応聞いてみる。聞くだけならタダなのだ。
だがその沈黙はユウマが想像していたものと全く逆のものだった。
「ええっとぉ・・・、私のはこれです。」
ナディアはコップに入った水を指につけ、その水でテーブルにさらっと描いた。
「俺のはこれだなぁ。」
「僕のはこんな感じです。」
「「「でもぉ・・・」」」
「でもってなんだよ!!」
さすがに今度は突っ込む。だが突っ込みつつも、描いてくれたことに驚いていた。それも先ほど図書館でリサに騙された時に覚えた魔法陣のような複雑なものとは全然違っていた。皆、驚くほどシンプルな図形を描いていた。
「ユウマはぁ、そのマナが・・・」
ナディアのその声、っていうかナディアは隣のクラスだろ。なんでナディアまでユウマのマナのことを知っているのだろうか。そして、やはりそこにたどり着いてしまうのか。だが彼らはユウマの術中に嵌ったのだ。そう、それは前までのユウマの話だ。つまりこれから沈黙をしてしまうのは彼ら自身となるだろう。そう思うと胸が痛い、気がする。
「なぁ、ちょっとだけ外に出ようぜ!」
このパーティ抜けちゃわない?くらいのノリで言ってみた。するとユウマの勢いに負けたのか、三人共がちゃんとついてきてくれた。それはまるでユウマがリサになったようだった。校庭と呼ぶには狭いが、庭と呼ぶには広いところに四人が集まる。ユウマは学校の裏、つまりほとんど教会周辺まで来ていた。学生はあまり知らないところだし、確か今、修道士は食事のお世話や片付けなどで忙しい時間のはずだ。
「誰か、ちょっと魔法使ってくんない? ほら、今誰もここにいないし。」
その言葉には流石に無言の抵抗を感じる。校則違反なのかもしれない。
「えっと、ユウマくんが、試してみたらいいんじゃないかな?」
確かに、それなら万が一見つかってもユウマの暴走で済ませられる。それに詠唱文なら覚えている。
「んと、例えば土に魔法陣を描いて詠唱したら使えるよな?」
「うん、そうだね。じゃあ、僕が魔法陣を書くよ。」
マルコがユウマに気を遣って、木の棒で魔法陣を描いてくれた。二重丸を描いて、内側に涙滴模様を放射状に五つ描いただけのものだ。図書室で見たものの千倍簡単な魔法陣だった。
「水ってことは、精霊アクエリスだよな。」
一応、マルコに確認をとってからユウマは詠唱をし始めた。
『水と癒しの優しき精霊アクエリス、我が名はユウマ、この導(しるべ)に従い不浄なる大地を潤し給え
視覚化も何も、地面に描いている線に従ってマナを描けば良いだけだ。これであの恥じるような沈黙を、彼らにお返しできる!!
・・・・・・・・・
「す、すごーい! ユウマくん、詠唱がすごく綺麗!!」
ナディアから乾いた拍手が聞こえる。人を呪わば穴二つ。というより、呪い返し。皆が驚いて沈黙する筈が、可哀想なユウマを憐れむ沈黙として結局ユウマが犠牲になった。「いや、ほんと、ナディア、やめて、それ全然フォローになってないから!!」そんな声をあげる気力も湧かない。いや、まだ諦めてはならないと、試合は終わっていないと監督に言われた気がした。もしかすると魔法陣に問題があったり・・・
「いや、本当に綺麗な詠唱ですね。僕も真似してみていいですか?」
いや、ほんと待って、ちょっと待って、それ待って。なんかすごーく自信のある言い方してなかった? そんな言葉も水の魔法も出せない乾いた喉では声にすることが出来ない。
『水と癒しの優しき精霊アクエリス、我が名はマルコ、この導(しるべ)に従い不浄なる大地を潤し給え
魔法陣に確かに感じる魔力、そして魔法陣からハンドボールくらいの水球が浮かび上がり、上空で弾けた。それはそれは綺麗な虹が浮かび上がり、三人の心を潤した。大空は青く広がり、虹の橋はまさに青春の架け橋だった。一人、水の魔法でも乾きっぱなしだったが。
「すごいですね。ユウマ。詠唱でこんなに違うとは思いませんでした!!」
「確かに、俺も丁寧に詠唱するようにするよ。ありがとなユウマ。これを伝えたかったんだろ?」
「あ、ありがと! さ、流石ユウマくん!私も詠唱頑張るからっ!」
皆はユウマに気を使い、朗らかな笑顔と共に校舎に戻っていった。そう、ユウマは彼らに詠唱の大切さを・・・
「じゃねぇよ!どういうことだよぉぉ!」
この後、ニールのもナディアのも試して、めちゃめちゃ落ち込んだ。
午後の授業は、くしゃくしゃの紙が飛び交っていた。まずはユウマが初球を投げた。そしてそれを見て、暫くしたら左頬に軽い痛みが走る。どうして毎回、顔を狙うのかとユウマは思いながらも、さすがにリサの体にぶつけることはできない。それでもある種の紙くず合戦が始まった。
『あってるわよ。誰かに聞いたの?』
『ナディアとニールとマルコに聞いたんだよ。』
『もう!勝手なことしないでよ。』
『だって、教えてくれねぇじゃん!』
『今度、教えるわよ!それで、どうだったの?』
『ダメだったんだけど!』
『え、魔法陣と詠唱は?』
『マルコはできたのに同じ魔法陣で俺は出せなかったんだよ!!(怒)』
『ちょっと、なんで怒ってんのよ!』
『怒ってねぇし!(悲) ってかなんで出ないんだよ!』
『知らないわよ!』
『才女なんだろ? 教えろよ!』
『ちょ、なにその言い方、あんたが才能ないだけでしょ?』
圧倒的に求めていない『才能ない』が飛んできたところで、ユウマは陥落した。いつぞやのように、机に突っ伏した。『魔の法の才の能を我は皆は無!!』ということかと、陥落した。
そもそもユウマは魔法の才能がないのを知っていたのだ。そう。それは記憶としてしっかりと定着している。なんなら、魔法という言葉自体、聞こえないふりをしていた記憶さえある。そんな負の記憶を現在絶賛アップデート中である。高解像度で負の記憶を楽しめる。
さあ準備はできた。後はこのまま顔を上げれば大丈夫だ。魔法のことを一切考えなくてよい世界にさあ戻れ!こっちの世界のユウマ、ま、あとは頑張れ。そう心の中に置き手紙をしてユウマは目を閉じた。
「イテッ」
勿論、そんなにパラレルトリップは簡単じゃない。そんなの出来たら国民の半数以上パラレルトリッパーだ。ユウマは顔をあげても、さっきと同じ現実が広がっていることに愕然としながら、飛んできた紙の塊を解く。
『落ち込んでるとこ悪いんだけど、次の進級試験、絶対に大活躍しなさい!』
意味がわからない。いや、意味は分かるのだが、活躍しなさいとはどういう意味だ。億劫ながらも返事を投げ返す。
『活躍って、リサがいたら楽勝だろ?』
『次の討伐は貴族と平民は同じ組になれないの!』
『なんで?』
『知らないわよ! 前の教訓を活かしたんでしょ? 王命だから絶対よ!』
『じゃあ活躍しろってのは、魔法の使えない俺への嫌味ですか?』
その返事に対しては、激痛に近いほどの速度の紙のボールが投げ返された。
『そんなわけないじゃない! ユウマが活躍する必要があるの!!いいから私に任せなさいよ!!いい? きっとあやふやで覚えてないと思うけど、進級試験は収穫が終わったすぐよ。だからね、それまでに特訓するわよ!』
確かに、リサに不満をぶつけるのは間違っている。ユウマもそれはちゃんと分かっている。しかし収穫後ということはあと一ヶ月しかない。それまでに魔法の特訓をしてくれるのだろうか。王命は絶対だ。もしもの話、リサが孤独で家族がいないという設定だったのなら、王命でも平然と無視するだろう。だが、リサには家族愛がちゃんとあるし、何より正義感も強い。ということは、ユウマが活躍しなければならない理由があるということなのだろう。
なんにしても、結局ユウマはふて寝した。
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