魔法陣との出会い

「ユウマ、遅いよー。あと20分もないじゃない。」


休憩がそもそも20分だ。時間でも操れるのかと突っ込みたいが、その時間も惜しい。先日紹介した通り、教会を改装したものだ。だから図書室は教会所有となる。そして教会は基本的にその地域の領主と関係が深い。何が言いたいかというと、平民では入ることができないのだ。


チョレボ王による平民に知識を与えるな政策が未だに適用されている、はっきり言って時代遅れだ。だからリサ同伴でないとユウマには入ることが出来ない。しかもリサはズンズン奥に進んでいく。顔パスにもほどがある。この世界の住民は先端科学がなくとも、スマホのロックを解除できるのかもしれない。


「ね、授業なんてあんなもんよ。所詮突貫工事で作られたものだからね。ヘレン先生くらいかな、まともな授業してくれるのって。」


そんなヘレン先生の授業もリサはほとんど聞いていないのだが、王令で決まったものは仕方がない。リサが暇潰しにユウマを隣に無理やり押し込んだ理由も分かる。


「んで、ここなら、何かあるのか?」


「ま、簡単なのはこの辺かしら。」


明らかに厳重に管理されていて、持ち出し禁止なのか鎖で繋がっている。こういうのをなんとかっていうらしいが、チェーンドライブラリーとでも名付けておこう。誰でも気軽にくつろげる日本の図書館とは全然違うようだ。勿論、日本にもきっと、えらーーい人しか入ることが許されない、えげつなーーい本をこれでもかと置いてある図書室があるのかもしれないが、一般庶民であったユウマには知ることも出来ないし、今となってはネットの噂さえも手に入らない。


「ユウマ、10分で目を通しなさい!」


リサが席を外す。きっとやばいことをしているのだろうとユウマは直感で判断した。だがそれでも10分という言葉に耳を疑った。


「いいから!!」


きっとリサが10分、人目を避けてくれるのだろう。ならばこの機会を逃す手はない。そう思って一心不乱にユウマはリサに指さされた数冊のうち一冊を手に取る。魔法陣マニアを舐めないで頂きたい。二つか三つは必ずものにしてみせる。リサが10分というなら、必ず10分、時間を作ってくれる。その分ユウマは集中することができるのだ。魔の法の陣との初対面だ。きっとお見合いよりも大事なイベントだ。


ユウマはそのお見合い相手よりも大事だという本と顔をあわせる。


待ちに待った瞬間だった。オカルトオタクにとって垂涎の瞬間だ。ずっとリサの魔法に憧れていたこの世界のユウマの気持ちも十分に分かる。勿論、そのユウマは『リサ』の魔法に憧れていたのだが。とっくに魔法に掛けられていたというのに。


だが、今のユウマは『魔法陣ラブ』のユウマだ。この場に来ることこそ転生した意味だとばかりにユウマはページを捲る。


魔法陣は基本的には芸術だ。数字そのものもしくは数列にこそ魔力があるという考え方だ。その派生として角度や図形が並ぶ。どの図形も所謂黄金比と呼ばれるフィボナッチ数列や素数を用いた配列を重視している。少なくともユウマはそう考えている。そう考えていると言っておけば、なんだかかっこよい。フィボナッチ数列、アカシックレコード、秘密結社、とにかくそう言っておけば絶対にかっこよい。


数ページ捲るごとに魔法陣が記述されている。そしてその魔法陣のタイトル、それから魔法陣の内部の説明が長々と記載され、そして漸くそれに対応する魔法陣が描かれている。全てそういう順序で記載されているようだ。それにしても魔法陣に比べて、説明の文章が長すぎる。説明が長すぎるのは良くないことだ。大体説明が長すぎるとタイトルを忘れてしまう。


そんな状況の中、流石の集中力なのか魔法陣オタクすぎるのか、ユウマは容易く、しかも10分も掛からずに数冊全てを読み終えてしまった。ユウマは達成感で感無量だ。アニメ一気見したときくらいに気持ちが良い。


 ユウマはふうっと息を吐き、本から目を離す。そういえばリサはユウマのために時間を作ってくれたのだ。もしかしたらまだ辺りを警戒しているのかもしれない。読み切ったぞと報告しなければと今も警戒しているだろうリサを探した。


だが、探す必要など全くなかった。


リサはユウマの目と鼻の先にいた。誰か来ないか見張るために席を外したものだとユウマは思っていたが、最初からリサは見張る気など1mmもなかったのだ。それはリサの目を見れば分かる。リサの艶っぽい眼差しはユウマに向いていたのだから。


リサのその瞳にユウマは思わず身を強張らせた。監視されていたのは自分自身だった。急かせたのも、ユウマの素の行動を引き出すためだ。全くもって、この女の行動は読めない。肝を冷やすという表現が事実だというならば、ユウマの肝はとっくの昔に絶対零度に達しているだろう。


「おかしいわねー。そんなに早く読めるはずはないんだけどなー。」


まさに仰る通りで。そんなに早く読める筈がない。だがユウマはリサの言葉を信じて、それを成し遂げてしまった。本当にこの女はどこまで先を読んでいるのか分からない。神はどれほどの才をリサに与えたのだろうか。どっかのテレビ通販くらい、これも、これもなんなら、これを二つも! なんて軽い気持ちの神様がいたらそれは絶対に裏がある。絶対にネットで価格を調べるべきだ。


それともこれくらいの人間がゴロゴロいる世界なのかもしれないが、少なくともユウマの記憶ではそんな人間には出会ったことがない。


リサはバシッとユウマに指を差す。「全てお見通しだ!」と言わんばかりの仕草、そして次に来る言葉はさすがに読める。


「当ててあげるわ。魔法陣に描かれていた紋様は、紋様ではなくユウマの知っている言葉だったんでしょ。」


白旗をあげるしかない。そのテレビ通販は詐欺ではなかったらしい。


「当たりだよ。あとはタイトルと魔法陣を見ればいいだけだった。魔法陣自体も知っているものが多かったよ。」


ユウマがあっという間に読めてしまった理由は極めて単純だった。元から知っていたのだ。説明文が多かったのは、この世界の言語では表現できなかったからだ。だからその紋様をいちいちこっちの世界の言葉で形や角度まで説明をする必要があったのだ。


そしてユウマが独房で失敗を重ねていた理由もこれなら理解できる。当然ユウマはこっちの世界の言葉を魔法陣に刻んでいたのだ。それにもう一つの証明方法だってある。『冥府の神』の魔法陣だけが成功したのだ。それも納得である。


「あんたが言った言葉でしょ?パラレルワールドだって。そう考えれば共通の言語があるってのも想像できるわ。」


あまりにも飲み込みが早すぎる。こいつの頭には脳みそが何個詰まってるんだ。子供の体の探偵だって驚く想像力だ。呆れ返るユウマを無視して、リサは続けた。


「あの追試の日、ユウマは魔法陣の視覚化に成功していた。ヘレン先生は気付いてなかったようだったけど、実際に魔力を感じたのは確かよ。ヘレン先生に確認に行った時、確かにあの部屋には魔力の残滓が残っていた。でもまぁ、そうね。これは後付けの推理ってのは認めてあげるわ。だって、あの時はあなたが何者か私は知らなかったんだもん。」


ズバッと全てお見通しされている。ユウマは確かにパラレルワールドから来たと言った。だが、そこからそこまで導けるものだろうか。そして最終確認でここに連れてこられたのだろう。


「あんたは異世界から違う記憶を持ってきたんでしょ?さっきから見てたけど、あんた魔法陣を先に熟読してから、その魔法陣のタイトルに目を運んでたわよ。普通は逆でしょ?」


「目の動きまで普通見るかよ! どんだけ洞察力に優れてんの! そりゃそうだよ。だって魔法陣が読めるんだぜ? そしたら先にそっちに目が行くだろ!」


例えば街中で見たことの絵画があったとする。その場合、「へぇ、これってこういうタイトルなんだぁ」となるのが普通だ。先程のように極端に時間が短く設定されていたのなら尚更だ。それで残った時間で説明を読めば良い。


ユウマもまさかアルファベットとルーンが出てくるなんて思ってもみなかった。だから当然そうなる。驚くべきは、先にそう予想していたリサの方なのだ。


「ちなみにユウマはね、全くマナを練ることが出来なかったの。だからヘレン先生にどうにかして追試を通してもらうように頼んだのよ。その為に今までずっとヘレン先生にどれだけ媚を売ってきたと思ってんの!ほんと私の努力を返してって気持ちでいっぱいよ!」


追求が明後日の方向に向かっている気がするが、リサは極めて理不尽な女だと改めて痛感する。頭を抱えたくなるユウマにリサはさらに追い討ちをかける。


「あ、ちなみに今日覚えた魔法陣って、上級魔法で伯爵以上は閲覧禁止なんだから私に感謝なさい! 」


やはり危ない橋は渡らせていたようだ。本当に目隠しで超高層ビルの鉄骨を渡らせていたらしい。


「あ!あと、今のあんたが使ったら卒倒するから使っちゃダメよ!ちょうどあの時みたいにね、下手したら死んじゃうから!」


リサがニカっと歯を見せて笑ったところで予鈴が鳴った。本当に頭を抱えたくなる。ユウマは、『俺の方こそさっきの努力を返して欲しい』と心の中で呟いた。

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