授業風景

 次の日の朝は普通にローランド家の家族団欒に混ざって朝食をとった。よく会話をしているので、特に緊張しない。それにしても今更だが、この両親はユウマを全く警戒していないし、高慢な態度も取らない。ある程度、昨日記憶は纏まってきたので、はっきり言えるが、リサのせいに他ならない。両親からすれば、ユウマはリサが他の貴族に対して無茶をやらかさないための人身御供なのだ。だから、無駄に重宝されている。


特に子爵令嬢の顔に怪我をさせた時は、顔面蒼白ものだったらしい。無事、傷が残らなかったし、身分もローランド家の方が上だったから、穏便に済んだらしいが、トーマスとサマンサは終わったと思ったらしい。それに比べて、平民のユウマならいくら怪我をしても、何より死んだとしても大丈夫というわけだ。他に身寄りのないユウマは死んだとしても、森に捨てられて終わりだろう。


そんな歪んだwin-winの関係の朝食も終え、久しぶりにユウマは授業を受けることになる。登校は別で良いと固辞したのだが、勿論リサの勢いに抗えるはずもなく、馬車で一緒に登校した。それはそれは大いに目立ち、ユウマに突き刺さる視線は凍てつく波動の如きものだった。


ただ、今回ばかりはリサにも大義名分がある。自分の部下が無実の罪で監禁され、その彼を弁護し、介抱までもしていたのだから、平民にもお優しい!さすがリサ様!と株が上がるという寸法だ。学校の話題はすでにユウマ=聖人ではなく、リサ=聖女に変わっている。



 テスト週間、それから討伐旅行というイベントからスタートしたので、全く触れる機会がなかったが、平民も魔法学校に通えるようになったのは、たった一年半前からだ。対象年齢もガバガバだったため、ブライトとナディアのように、おそらくだが5歳以上歳の差があるようなクラスメイトが存在する。だから、最初の頃にリサが言っていた、三年前のテストを覚えてないの?という言葉は、完全にユウマにカマをかけたのだと、今ならば理解できる。記憶フォルダ更新直後にバレていたのだから、それ以外にも色々と試されていたのだろう。リサは敬虔な信徒ではないが、面白そうなら、なんでもやる女だ。


学校は前期、後期に分かれており、ユウマの三年間ある魔法学校の二年目だ。お貴族様はそれよりも早くからお貴族様専用の魔法学校に通っており、小学生と高校生を同じクラスで学ばせようとしている体たらく。チョレボ王万歳というところだ。


勿論、授業行程はお貴族様専用なので、平民は何の資料も与えられない。だからよほどの天才か、未来から来たなんとかタイターか、謎の生命体から知性を植え付けられるか、それなりにお金持ちでお貴族様とのコネクションを持っているとかしていないと、授業やテストに全くついていけない。貴族から見ても、「このチョレボ王!」なのだ。いつ、この平民も通わせるぞ計画が頓挫するかも分からないのだ。だから余程の金持ちでもない限り、こんな危ない投資に金は注ぎ込めないだろう。



「よう、ユウマ。なんか災難だったんだってな!」


コミュ障に対して、その空気を全く読まずに話しかけてくる輩はこの世界にもいるようだ。しかも、周りの目を気にしてビクビクしているユウマに話しかけてくるこの男は間違いなく、その中でも生粋の陽キャだろう。


「んぁ、ニール、なーんか久しぶりだな。」


ニールはユウマと同じ平民、だがお金持ちのお貴族さまコネクション持ちのハイスペック平民だ。勿論、その愛嬌の良さというDNAが彼ら一族をサクセスさせているのだから、嫌味で言っているわけではない。


「お前、なんか擦れたなぁ。どんまいだぞ。」


「どんまい」の一言で片付けられるなら、異世界含めて全宇宙ラブアンドピースだ。勿論、その楽観的な考えが彼ら一族をサクセスさせているのだから、嫌味で言っているわけではない。


ちなみに、説明しなくとも分かるかもしれないが、学校生活でユウマとリサは共に行動をしていない。クラスのヒエラルキーというものは、どんな世界にも存在する。全宇宙、異世界、ミジンコに至るまで、ヒエラルキー様はご降臨されるのだ。勿論これも嫌味で言っているわけではない。


リサの言葉、「お貴族さまは噂話が仕事」というのは、こういう学校でこそ効果を発揮する。


親から聞かれる、子供が他の子供と話をする、そして親が子供から聞く。これも立派な情報収集の一つであり、子供の頃からそんな教育を受けている。だからお貴族様に生まれたからといって、絶対的に恵まれていると言っているわけではない。子供時代にも情報収集、大人になったらより一層、理論と見栄によって武装して情報収集。どの派閥が勢いがあって、どの派閥のどこの誰が弱みになりそうか、考えるのも面倒臭い。もう一度言うが、絶対に恵まれているわけではないが、だいたい恵まれている。


話を戻そう。情報戦に関しては、リサの受け売りなので、正しいのかどうか、ユウマには分からない。今までのユウマは考えないようにしていたし、パラレルユウマも考えないようにしている。


そんなわけなのでリサには圧倒的に取り巻きが多い。それに貴族と平民で明らかにグループ分けがされている。ヒエラルキー様はご降臨されている。ただ、貴族街のある王都だから、まだ平和的なのだが、先日の事件の辺境伯の件もある。あの領地での魔法学校がどうなっているかなど、想像さえしたくない。ちなみにケインはあれ以来、姿を見せていない。そのまま地元の辺境の魔法学校に戻って引きこもってくれていればよいのだが。


「それよりユウマ、隣のクラスの女子がお前に話だとよ。うーん。羨ましいじゃねぇか。」


ニールは短く切り揃えられた、毛艶の良い茶髪の後ろに両腕を回しながら、少し口を尖らせながら言った。女子からの呼び出しなんて、碌な記憶がない。大抵は「調子乗んなよ、このドブネズミ」だ。


だが、リサ以外の女子は分かっていなかったようだ。その言葉は当時のユウマにとってご褒美であると。自分で考えていて悲しくなる。


それが自分にも当てはまるのかは、分からない。うまく当てはまってくれれば良い、という問題ではない。ていうか、ドMではない・・・はずだ。


だが、待っていたのは濃い緑色の髪の女の子、見覚えがある。確かナディアという少女だ。


「あの・・・。前はその、大変そうだったからきちんとお礼ができなかったかなって思って・・・」


「いや、それよりもお前こそ大丈夫なのか?」


この子の発言もユウマを救った一因なのは確かだ。勿論、ユウマはおそらくだがこの娘の命を救ったのだが。


「わ、私・・・。修道士見習いになる・・・から・・・。あの・・・だ、大丈夫です!」


ものすごく緊張していて、答えになっていないが、修道士長様が気を利かせて、この娘を庇ったということだろう。確かにあのまま辺境伯領に戻ったら、ただでは済まない。


「なるほどなぁ。修道士長様も粋なことするなぁ。でもナディアの家族は大丈夫なのか?」


「あ、わ、私のな、名前!!覚えててくれたんですね!! あ、あの・・・私も・・・孤児だったから・・・」


そう言えば直接挨拶したことはなかった。ユウマが孤児だったというのは当然、スマホ時代顔負けの貴族ネットワークにより、この学校の全生徒が知っている。だってあのリサ様の側仕えなのだから。それでこの娘は同じ境遇ということもあり、ユウマのことを頑張って擁護してくれたのかも知れない。それにきっとこの娘の中ではユウマはヒーローなのだ。ただユウマには、ケインのことが頭にあった為、ナディアの様子までは観察していなかった。


「んと、またケインにひどいことされそうになったら、教えてくれよ。きっとリサがなんとかしてくれるからな。」


「あ、ありがとう。で、でも大丈夫だと思う・・・。ケイン様は自領のお戻りになられたみたいなので・・・。」


はい、心からのガッツポーズです。勿論、心の中だけだけど。ナディアはまだ何か言いたげだったが、ユウマは聞きたい話が聞けたのに満足して、軽く手をあげて自分の席に戻っていった。ただ戻った後に少しだけ後悔した。確かユウマも北での戦いで両親を失った。もしかするとナディアから何か昔の話が聞けたのかも知れない。でも話の内容を察するに、ナディアは卒業後、修道士見習いになるのだろう。であれば、これからあまり関わることもないに違いない。


「んで、どうだった? あれか? 告白か? 」


サカった猿のような反応をするニールにツッコミを入れようかと思ったが、長屋での思い出が頭をよぎったのでやめておいた。


「あー、ケインが実家に帰ったってさ。」


「あぁ、そうそう。哀愁漂ってたぞ。校長にこっぴどく叱られたらしいな。」


あー、あの話大好きおじさんか。それでも公爵様に叱られるのは、イーストン辺境伯の顔に泥を塗ったも同じだ。なんとうか、「ザマー」って奴だろう。顔を見れなくて残念だ。


その程度にユウマは思っていたが、この国の辺境伯という立場はユウマが思っているよりも影響が大きい。だが、それについてはユウマは知る由もない。


 チャイムが鳴り、授業が始まる。授業が始まって数分してユウマは改めて気がついた。リサが隣に座っている。勿論、試験の時に隣にいたのだから、席は隣だったのだろう。席順もそういえば派閥ごとに配慮されている。メグはリサの後ろに座っている。ユウマから見れば左後ろになる。窓際の一番良い席、そこにリサが座り、リサは授業中、ぼーっと外を眺めている。リサにすればこの授業は聞くに値しないのは分かる。


それでも、おかしい。派閥を配慮しているのは分かるが、どうしてユウマは貴族の御子息が集まる中、ぽつんとリサの隣にいるのか。


後ろに座っているのも服装からして貴族だろう。小柄な女子生徒なので、彼女が黒板を見ることが出来るように気を使う必要がある。常時猫背でいなければならない。常時猫背マンの憂鬱はそれだけではない。窓際が女子生徒、廊下側男子生徒という席の配置なのだが、ユウマの席は明らかに女子生徒が座るべき席だ。


キョロキョロしていると、左の頬に痛みが走る。


・・・なるほど、暇つぶし相手で俺をここにぶっこんだってことね。


紙が丸められており、その紙を広げてみるとそこには『図書室前集合』と書かれてあった。


『了解』と書いてから、紙を丸めて返す。


こんなことしてるから、学校中のヘイトを一層集めているのだ。もっとも過去の記憶ではもっとどうでも良いことをやりとりしているのだが。


メグ、視線が怖い。いや、右の男どもからは怨嗟の念を感じる。彼らが上級魔法使いならユウマは今頃骨さえ残らない。


だから、ユウマは勇者ニールしか友人がいないのだ。平民でも下手にユウマに近づくと火傷を負う可能性が高い。それに今までのユウマは完全な下僕だ。リサ様が全てだ。周りの反応など痛くも痒くも思っていない。


こいつ、すげぇな。我ながら感心してしまう。そりゃ、授業の内容の記憶が全然頭に入ってないわけだ。


勿論、日々の生活では特に問題を感じない。だが、催し事の時が大変だ。ユウマは樽に入れられて黒ひげ危機一発されている。もう怨恨という刃でザクザクだ。それでも折れることのなかったこの世界のユウマはきっと生粋のアレだ。


だとしても現在のユウマは授業が聞きたいのだ。魔の法を司る何かになりたいのだ。しかも今やっている授業こそ、魔の法を司るための学問だ。担当教員はロンド・ギルバーソン先生、壮年の男性だ。優しげな顔には彼の刻んだ歴史を紡ぐように深い皺が彫り込まれている。なんというか、期待が出来る。


だが、残念ながら魔法陣の登場おろか、詠唱方法、なんならマナの練り方さえも登場しない。時々登場する、それらしき言葉もリサから聞いている知識の方がなんなら役に立つ。そしてそれ以外の内容はドMユウマにはなかったものだが、ほとんど聖書に書いてある内容だった。


図らずも聖書を熟読してしまったユウマには1mmも響かない。確かに詠唱をする上で、この国で言う精霊の知識は重要だ。だがユウマはほとんどのそれを脳内アニメーションで、なんならCVまでつけて覚えてしまっている。聞いて覚える知識と、自分で噛み砕いた知識とでは雲泥の差がある。ユウマでこれならリサにとっては、途方もなく空虚な時間だろう。


ちなみに以前実技試験を見てもらったヘレン先生、ヘレン・エッガーは歴史と数学の担当教諭だ。今なら確実に言える。あれは完全にリサが仕組んだことであり、糖尿病が心配になるほど甘々だったということだ。ヘレン先生とリサが仲良く話をしている場面の記憶がいくつもある。



 終了のチャイムと共に、金色の疾風が横切った。確かめる必要もない。リサの姿が消えている。リサには常に人がつきまとう。それに比べてユウマは、時々ニールが話しかけてくる程度だ。なんならユウマは魔法が使える。その名も『モーゼの十戒』。ユウマが歩く道は自然と人がいなくなる。こんな悲しい魔法をユウマは覚えていた。


そしてユウマは金色の風をたよりに割れた海の底を進む。金色の髪が靡く少女の待つ図書室へと。

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