ユウマの監禁生活
そんな生活も三日過ぎると、流石に日々の疲れも取れ、眠くもなくなってくる。
「暇だ・・・。どうしよう・・・絶望だ!!」
元々日本でも引きこもり生活主体だったので、気がつかなかったが誰とも会話が出来ないという、刺激のない日々は精神に異常をきたす。ユウマは四日目にして漸くそのことに気がついた。
「ネットもねぇ、テレビもねぇ、アニメも漫画もゲームもねぇ!!」
ついには韻を踏んでしまう始末。それに煎餅布団の影響がそろそろ出始めていた。
「うん、なんかこの布団、枕っぽく頭の部分が膨らんでるのは良いけど、なんか形が崩れてきてるんだよなぁ。」
体が軋むのは枕だけのせいではないのだが、前の世界で枕へのこだわりが強かったユウマは、この事態を全て枕が元凶であると決めつけた。
「硬めなのは好きだけど。んー、なんでこうズレやすいかなぁ。」
漸く支給された布団そのものにユウマは目を向けることになった。よく見なくても布団には一箇所縫い目が解かれている部分があり、そこから手を入れることができるようになっていた。
「なるほど、良く分からないけど、きっとここから綿を抜いたり入れたりするんだな。きっと枕はこの辺に・・・」
ユウマの指先に硬い何かが触れる。しかも形が崩れているのはそれがいくつかに分かれているためだった。それに独特な感触。
「本?」
布団から出てきたのは数冊の絵本と一枚の紙切れ。
『クソバカのあんたにちょうどいい本を選んだわ。これなら万が一バレてもそんなに問題にならないし、これを機に勉強なさい!』
筆跡はバレないように普段と違う書き方をしているが、この言い方と本のチョイスは間違いなくリサだった。ユウマはリサのメッセージに全く気づかず、絵本を枕だとばかり思っていた。
「絵本って相変わらず・・・。あ、でも借りてた絵本とはまた違う絵本だな。ま、今日くらいは暇つぶしになるかぁ。」
数ページ開いてからユウマは気がついた。前に借りていた本は、国を作った神の話、それに神と悪魔との戦いの話、それから神の名の下に悪魔の国を滅ぼした話だった。
それに比べて今回の絵本はイソップ童話のような民謡を集めたような話だった。炎の王様の話、水と癒しの精霊の話、それに天使が舞い降りて、人間と恋に落ちる話など。こちらの方が人間味が溢れる話でユウマは純粋に含み笑いを浮かべながら、読むことができた。元々ファンタジーものは好きだったユウマは頭の中で作画監督と脚本、総監督を勤めて、アニメーション仕立てで妄想に耽ることもできた。
「許されない恋の話、王子様との禁断の恋・・・。 やっぱり、リサって・・・」
いや、この話はやめておこう。なんだか胸が苦しくなる。そんなことを考えながら、監禁されてちょうど一週間が過ぎた。不満だった布団も、腰の位置に薄めの絵本を置くことで解決。それくらい単純な体に生まれたことを心から感謝し、なんなら小窓に向かって祈りもした。
そんな矢先の出来事だった。朝食と一緒に聖書が渡された。
給仕係の修道士はしっかりとユウマを見ていたのだ。食事のたびに手を合わせて「いただきます」をしている姿、時には窓に向かって祈りを捧げる姿を。老年の目には、彼がとても可哀想に見えた。話に聞いていた極悪人ではなく、敬虔なる信者が囚われの身になっていると感じなくもない。だから彼女は訴えたのだ。哀れな悪人にも聖書を読む権利を。涙ながらに訴える言葉に監視役の教員も首を縦に振るしかなかった。
そんな感動劇が鉄扉の向こうで行われているとも知らず、ユウマはただただ顔を引き攣らせていた。
「ついに拷問が始まった・・・」
聖書なんて読んだこともない。それに神なんて信仰していない。勿論神話は好きだし、オカルトはもっと好きだ。それでもあんな文字ばかりの本を読みたいとは思ったことがない。
だが、暇すぎるとは恐ろしい。恐る恐るではあるが、聖書をめくり始める。
「うう、お嬢様・・・蹴らないで・・・殴らないで・・・えへ、えへへ・・・犬って呼ばないで・・・えへ、えへへ・・・いやできればもっと強く!!」
妙な声が聞こえた気がして、ユウマは目を覚ます。何か得体の知れない悪夢を見た気がする。それに何か声がしたような・・・。
ハッとユウマは気がついた。聖書を読んで開始数分で眠ってしまっていたのだ。顔に聖書が乗っている。これでは悪夢も見る筈である。
「うーん。やっぱり慣れないなぁ。でも寝る前に読むには良いかもしれない。」
なにせまだ三週間もここで過ごさなければならないのだ。暇ならば寝るに限る。元々朝食は取らない不健康な生活をしていた。それが朝と晩に変わっただけである。つまり、そんな生活を続けていけば・・・。
ユウマは聖書を少しずつ、本の触り部分のみだが、それでも読むうちに、絵本との違いや共通点を見つけるようになっていた。この話が絵本では、あぁなる。ここは同じだ、というように。
「まぁ、なんてことはない唯神教だな。そうなれば、この寓話集はそれに擬えて改訂されているのか。ってことは・・・」
ユウマは魔法の才能さえも兼ね備えたリサの行動を思い出してみた。
「炎の王リブゴード、水と癒しの精霊アクエリス、雷の巨人レイザーム、氷の女王サファリーヌ、聞いたことがある魔法の詠唱に登場する上位存在、それに加えて唯一神であり光をもたらすアルテナス。」
絵本にも同じように名前がある。聖書にも英雄、もしくは天使としてその名が使われている。
「それに対して、悪魔の帝王アレクス、魔王カーズ、破壊の魔人ヴェルドー、魔女ヘスティーヌってのが、今俺が知ってる限りの悪役だよな。」
こういう話は大好きだった。特にダークファンタジーなどそれだけで三杯、ご飯を食べられる。
「宗教が政治に利用された過去を持つのは、この世界でも同じだな。おそらく元は皆、神として崇められていたのだろう。そして、服従した部族の祀っていた神は神の手下の天使に、抵抗した部族の神は攻め落とすために悪魔へとすり替えられた。」
その様子を見て、にっこりと微笑みながら老女は覗き窓の蓋を閉じる。歳のせいか耳は遠いので彼が何を言っているのかは、わからない。ただ、絵本と聖書を食い入るように読んでいる。「でもそろそろ夕食ですよ」そう心で呟いて、満足そうに教員に一礼してその場を離れていった。
「うーん。でも何か足りない気がするんだけどなぁ・・・それにしても目が疲れた・・・っていうか、全然見えないって、もう夜じゃねぇか。うわ、夕食・・・」
手探りで皿を手に取り、パンと牛乳を胃の中に押し込んだ。
「さて続き続きって、読めないか。」
仕方なく、寝床に着くがファンタジー要素が彼の本性に火をつけてしまった。根っからのオカルトオタク、根っからのゲームオタク・・・。日頃から健全とは程遠い生活を送っていたユウマは、あっという間に夜型人間になってしまう。気がついた時にもう遅い。
頑張って寝ようとするが、気になって寝付けない。そして朝が来て、朝食を採る。それから聖書を開くのだが、これがまた途轍もなく眠くなるのだ。気がついたら倒れ込むように眠ってしまう。そして目が覚めた頃には空になった皿が夕食の乗った皿に変わっている。
何日もそんな生活が続いた。
「神は仰った、この地に自分と同じ形の善なるものを作りましょう。神は仰った、堕落した人間に罰を与えましょう。・・・で、その痕跡が腐海に繋がる・・・か。」
仕方ないので、覚えている部分だけでも暗闇の中で何度も呟いていた。子守唄でもあるまいし、そんなので寝付けるわけもない。
「うーん。なんかさぁ、サービス悪くない? この部屋電気つかないんですけどぉ! 電気スタンドとかもないの? 停電ですか? この一帯停電なのかなぁ? だったら蝋燭とか・・・」
ついには溜まっていた鬱憤が口から滑り落ちてしまった。咄嗟に口を両手でふさぐ。今の境遇をユウマはすっかり忘れていた。脳内、いやバーチャルアニメでも見ている感覚で、缶詰状態の真っ只中だと勝手に認識してしまっていた。
暫く様子を窺って、誰もくる気配がないのを悟ってからユウマは独り言を続けた。
「蝋燭・・・。ローランド流ってことで、さわりだけ教わったマナの安定化の基本。心の中に蝋燭の火を思い浮かべて、その炎が揺れないように心静かに見つめること、だっけ。聞いた時はすげーありきたりだなって思ったけど、実際にこの世界ではマナが存在していた・・・」
ユウマは暗闇の中立ち上がる。
「そうよ、パンがなければケーキを食べればいいじゃない!!」
なぜかオネエ言葉になってしまったが、魔法という存在をすっかり忘れていた自分に気がついた。それでも、光の魔法は聞いたことがない。恐らくは唯一神である神の名を軽々しく使ってはいけないためだ。恐らくは一定の階級以上は使用することが出来ないのだろう。
それならば、リサが得意としている火炎系魔法はどうだろう。それならば詠唱方法も覚えている。
「え、でも燃やすって何を? 流石に火事になったらやばいよな・・・」
大騒ぎどころでは済まない。それどころかローランドも罪に問われる可能性がある。だが、ユウマは迷わなかった。
「うん、絵本を燃やそう。取り上げられたとか言われたらいいし・・・」
せっかくの好意を燃やしてしまう悪業も極まり、ユウマは悪い笑みを浮かべる。
「ふふふ、ついに我の魔の法が顕現するのだ、誇りに思うが良い。絵たる本よ。」
目が赤く光っている前提で右手で目を覆い、そしてゆっくりとその光っている前提の目を晒していく。きっとお隣さんが居れば、魔女がいると通報されてしまうことだろう。それにやろうとしていることは、魔法で薄い絵本を燃やすだけ。この世界の初級魔法使いならば容易くできることでしかない。
『偉大なる炎(ほむら)操りし勇敢なる王よ、我が名はユウマ、我は願う。無為に置かれる紙が燃え散るように。今こそリブゴードの力をここに示し給え。
「魔法というのはこの世界にいる精霊たちの力を使うってことなのよ。だから詠唱はちゃんとしないとだめ。しっかりと自らの名前を名乗り、その精霊を敬う必要があるのよ。それにちゃんと何をして欲しいのか伝えないとダメよ。勿論、それを全て魔法陣に籠めて、短文詠唱することもあるけど、その分マナを消費しちゃうからね。」
いつかリサに言われたこと。確か森でモンスター狩りに付き合わされた時だった。彼女は幼女の面影が残っている時期から、火炎魔法を容易く使っていた。確か当時10歳だった。法律上、魔法の使用は禁止されている年齢だが、自領ということで人払までしっかり行って、ユウマをよく付き合わせていた。
ユウマには学がなく、当然魔法の知識もない。だからリサはきっと誰かに覚えたての魔法を自慢したくて、まるで人形に語りかけるように無理解のユウマに魔法理論を言い聞かせていた。それは得難い経験なのだが、当然当時のユウマにはその価値は分からなかった。
そしていつしかユウマはその言葉も海馬や大脳皮質の隅っこに追いやっていった。それが数週間前のリサの言動によって思い起こされていた。あの時ケインの詠唱はとても雑なものだった。だからあの時、炎が暴走したのだ。ちゃんと精霊を、いや今ならば分かる。当時神と呼ばれた上位存在を敬う言葉も欠けていたし、何よりどこをどうすれば良いのか伝わらない。それにあの様子だと魔法陣の視覚化も出来ていなかったに違いない。
「・・・・・・。」
そんなことを思いながら、ユウマは戦慄していた。
「魔法陣、知らねぇじゃん、俺!!」
ケインを軽蔑しながら、自らも陥れていた。ほんとバカ、ほんとにクソバカだなとユウマはがっくりと膝から崩れ落ちた。それにマナの安定化だって、不十分だ。元々才能ないのはこちら側の記憶で分かっている。
「仕方ない。どうせ眠れないし、ローランド流でまずはマナの安定化かな。」
その日から夜は心の中の蝋燭を見つめ、日の出ているうちは聖書の前で寝落ちという日々。そして五日後にユウマは決心した。
「よし、総当たりしてみるか!」
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