ユウマ、捕まる

 予定していた旅行が日帰りとなったことで、二日間魔法学校は休みになった。ユウマは休みと言ってもローランド家の雑用をするだけである。いつもつるんでいるリサは用があると言って、暫くユウマと行動できないらしい。


ちなみにユウマは侯爵の家には上がらせてもらえていない。立場上、平民を家にあげることが出来ない上、それが男となってはリサの今後に響くという真っ当な理由だった。勿論、ユウマは近所に部屋を与えられているだけでも有り難いし、買い物や庭の手入れや家周りの掃除をしていれば給金も渡されるので、不満ということはない。


はずだった。


今までは脳内絶賛酩酊中だったし、休みの日にもやらないといけないことがあったから考えても見なかった。そう言う意味では現実を見返す最初の機会なのかもしれない。


「格差社会断固反対だー!! どう考えても待遇悪いだろ! なにここ、欠陥住宅にも程がある。壁薄すぎだろ、隣に住んでるご夫婦のあんなことやこんなことまで聞こえてしまうんですけど!!テレビはー!? ゲームはー!? 漫画はー!? インターネッツはー!?」


きっとこの叫びも隣のラブラブ夫婦に聞かれていることだろう。なにしろ隣の夫婦の晩御飯まで匂いでわかってしまうのだから。



ユウマは過去の自分を見つめ直した。こんなボロ屋で自分がどう過ごしていたのか、自分で自分の記憶を思い出すという奇妙な行動だが、『住めば都』という言葉もある。きっと何かあったのだろう。


「えっとぉ、まぁ休みの日は大抵、リサお嬢様のチャンバラの相手をして・・・。あとチェスかな、あれ。チェスっぽい何かの相手をしたりでなんやかんやしてんだけど・・・。」


まぁ、それだけで家に帰ればぐっすり眠れるはずだ。色っぽいネタはないが、それでも絶世と美女と過ごしていると考えれば、何かとても羨ましく感じられた。


「んでも、リサが忙しい日は・・・。確か朝起きて、リサの家の掃除して、それから買い物を頼まれて、看板娘のえっとエミちゃんだっけ、あの子を舐めるように見て・・・あれ、おかしいな。えっとそれで、すれ違う女性を舐めるように見て・・・え、ちょっと待って、違う違う違う!」


だんだん脳内が充血していく感覚になってくる。


「そんなはずは・・・。で、夕方になったら買い物をして・・・。それで、あー、ここの店、入れるくらいお金があればなぁ・・・ってほくそ笑んで、家に帰宅して隣の新婚夫婦の営みを聞きながらーーっておい!!! 俺、変質者じゃねぇか! 思春期真っ只中のさかりたての中学生か!!


しかも、それなりに貯金してんだなと思ったら、風俗いくために貯めてたの? 成人したら真っ先に風俗で童貞卒業しようとしてたの!?」


ユウマ変質者説が濃厚になってきた。これはなんとか否定しなければ・・・。


「いや、でもほら、新型ウィルスとかで、自粛生活になったら学生の性問題が増えたって言うし、すごく偏見だけど、何もない田舎は出産率が高いとかいうし・・・。」


だんだん碌でもない考えに陥ってしまったユウマの思考は止まらない。


「そうだよ。ゲームだよ。インターネットだよ。あれだよ? 銃で撃ち合うゲーム、あれのせいで犯罪が増えるーなんて評論家が言ってたけど、あくまで偏見であって、ゲームに忙しくて犯罪が減ったっていう論文だってあるんだよ!? エロゲーだって、きっといろんな意味のリビドーの発散になってるんだって!! エロ画像を見て何が悪い!! エロ動画見て何が悪い!!」



溜まっていたモノを、いや、溜まっていたのは鬱憤だが、それを吐き出した時、辺りが静かになっていることにユウマは気がついた。


事細かに聞こえていた隣人の生活音はかなり静かになり、ひそひそと何かを喋っていることだけが伝わってくる。


当然ユウマの心の叫びはお隣さんにも聞こえていたわけで・・・。


これでこの世界のユウマに同化したユウマも正式に『変質者』になったのだ。


「じゃねぇよ! どうしよ、明日からの挨拶がこわい。ゴミ出しで顔を合わせるのが怖い! ち、違いますからね。あの、なんていうか、そう、そういう青年の叫びっていう本を読んでいただけで・・・。」


ユウマの言葉は静寂に飲み込まれた。ただ、一つだけ思い出したことがあった。


「本・・・か。そういえばリサから借りっぱなしの本があったな。っていっても幼児向けだけど何冊かあったような。あれでも読むか。」


結局ユウマは次の日も絵本漬けの日々を過ごし、登校日を迎えた。結局絵本は15周くらいヘビーローテーションしてしまった。



 登校日、ユウマは学校の正門の中に入ることができなかった。正確には授業が始まるまで、警備員のいる部屋に閉じ込められていた。リサの名前を出そうとも思ったが、これは明らかにケイン、そして背後にいる辺境伯の仕業だと分かっていただけに、ローランド家の名前を出すわけにはいかなかった。


授業開始のチャイムがなる頃、知らない男性が顔を見せた。上背もあり、金髪の紳士的な男性だ。魔法学校が平民を受け入れるようになって、まだ三年だ。ユウマの記憶になくても当然なのだが、彼は明らかに他の教員とは違って見えた。


「ユウマ君、私はこの学校の校長を任されているオスカー・マクドナルという者だ。」


マクドナル家、マクドナル公爵、確か王族の遠縁の貴族だったはずだ。確かに王命で設立されている以上、王族関係者が管理しているのは明白だった。ユウマはローランド家よりも格上の貴族に出会ったことはない。迂闊なことは何も言えない。


「あぁ、返事はしなくても良い。聞きたくもないからね。私から一方的に君の処分について話をするだけだ。」


平等を騙る階級社会を凝縮したように突き放した言葉。だが、公爵自身が来るということもにわかに信じられない。本来なら部下に粛々と沙汰を下させれば良いのだから。


「君に対して、イーストン辺境伯から甥が怪我を負わされたと報告があった。平民が貴族に怪我をさせたなど、あってはならない行為。有無を言わさずの国外追放もしくは死罪だ。」


最悪な言葉が続いているが、マクドナル公爵の言い方が気になる。勿論、日本の裁判でも極刑などが言い渡されるときは、判決の最初に言われることが多い。だが、そういうのとも違う。ただユウマは口を閉じることしか許されてはいない。


「だが、ローランド侯爵からは別の報告が来ている。」


リサが姿を見せなかった理由はまさにこのことだろう。ユウマも分かってはいたことだが、リサにも動くなと命令されていたので、何もできなかった。リサは何故ユウマを庇ってくれるのか、それは分からない。


勿論、お気に入りのペットがぶつかって誰かに怪我をさせ、それでペットを殺処分されると考えれば、ペットを庇いたくなるだろうが。だがそのペットの不祥事で自分の家族、貴族関係、未来にまで影響を及ぼしてしまうとしたらどうだろうか。仕方ないと泣き寝入りしてしまう者がほとんどだろう。


まぁ、ユウマにだって言いたい事はある。ナディアを助けたついでにケインは膝をついただけだ。どうせ膝を擦りむいただけだろう。それでペットの殺処分は報復にしてはあまりの仕打ちだ。


「さて、王族にも報告すべきか、私は迷ってしまってね。君のせいで平等社会がぶち壊しになっては困る。」


うん、確かにあんな事で朝令暮改をされても困る。それにしてもこの貴族はユウマのことをまるで民主主義に対するテロリスト扱いをしている。そんな御託はいいから、この後の処分をさっさと言って欲しい。


「本来ならローランド侯爵の報告を尊重したいところだが、なにせ善良で平等な国なものでそうもいかない。だから職員会議を緊急に開いたのだ。君のためにね。だってそうだろう平民である君が・・・」


なんなんだ、こいつ。あれか、ほんとはすごーく喋るのが大好きな人なのか?


だんだんユウマも聞き飽きて、ほとんど言葉が耳に入らなくなった頃、漸く公爵の口からユウマに対する沙汰が下された。


「よって君には一ヶ月間、反省部屋で過ごすことを命じる。」




反省部屋、教会施設などに設置されている何もない部屋。他者との接触も禁じられ、神について考えさせたり、自分を見つめ直すという名の禁固刑っていうやつだ。


それでも、死刑からの逆転禁固刑一ヶ月なら、勝訴と喜び勇むべきだろう。実際に安堵している自分と、憤慨している自分がいる。勿論、前者はこの世界の記憶からきている。


リサ、いやローランド家に大きな借りを作ってしまった。そもそも原因を作ったのはリサだけれども。それにユウマが動かなければ、ヘタをするとナディアという女の子は死んでいた。一ヶ月間の孤独、それがどれほど辛いものなのか、残念ながらどっちの記憶を参照にしても存在しない。今リサを含めて皆授業中だろう。にっくきケインはどんな顔をしていることか、出来れば禁固刑止まりになったことに歯軋りでもして欲しい。


 

 公爵は姿を消し、教員が皆纏っているビジネススーツのような服を着た、男性二人にユウマは連行される。スーツを着てはいるが、兵士だとバレバレだなと二人の体つきを見ながらユウマは思う。そんなことしなくても逃げないのにと、心の中で愚痴をこぼす。リサやローランド家の顔に泥を塗る真似をするはずがない。そういえば、この道は初めて歩いている。正面から見れば立派な学校だったが、裏側から見れば、ここは教会だったのだと分かる。チョレボ王のためにわざわざ新しい建物を作る事はないということだろう。正面だけ改装しているのは、貴族は見栄が全てと言っているようなものだ。


先を歩く男の足が止まる。右の壁には明らかに独房ですと分かる鉄扉がある。時々内部を監視するための、蓋ができるのぞき穴と、食事を出すための細長い長方形の窓。おそらく古い教会だったらしく、扉を開けると至るとこから嫌な金属音がする。


部屋の中には本当に何もなく、簡素なトイレと正面奥の上方に小さな窓があった。もっと真っ暗な部屋に連れて行かれるのだと思っていたが、どうやら過去の設計者には良心というものが備わっていたらしい。


「食事は朝と夕、二度。それだけだ。妙な真似はするなよ。時々覗きにくるからな。」


鉄扉が軋み音をたてながら閉じられた。施錠する音までも軋んでいる。ユウマは呆然と扉を眺めていた。


「え、二食でるの? 一度きりで硬いパンとかじゃないのか。とりあえず空腹の心配はないな。それに・・・」


ユウマは簡易トイレを見た。


「魔法式の洗浄装置付きじゃん。絶対に臭い部屋を想像してた。なんていうかその草原の香り?それに壁もしっかり分厚いし・・・。あれ、これって俺が住んでる長屋よりも快適じゃね?」



ユウマは何もないと思っていたが、最後に教員らしき男が袋を扉のそばに置いて帰っていた。その中には、それはそれは薄い布団が入っていた。


「この世界の寝具といったらベッドだけど、煎餅布団だって悪くないんだよなぁ。それに静かだし、案外いけんじゃね?」


草原の香りはユウマの勘違いだが、簡易トイレに向かって深呼吸をして、悦に浸るユウマの姿は、予め監視をしていた男をギョッとさせていた。それに妙に高いテンションで薄いマットレスとも呼べないものの上でゴロゴロと嬉しそうにしている姿は監視者からすると目の毒でしかなかった。教員から「クソバカ」という報告が上がっているユウマのその奇怪な行動は、図らずも監視の目が少なくなるという幸運を呼んでいた。



 静かな夜。それはユウマがずっと求めていたものだった。それになによりずっと筋肉疲労と心労が溜まり続けていたのだ。突然の転移、そして過去の記憶との同期、ユウマはこの世界に来て初めて熟睡が出来た。


そしてうっすらと差し込む陽光で目を覚まし、その後すぐに皿に乗せられたパンと牛乳瓶が支給用の扉下方の小窓から差し込まれる。


「ルームサービスまでついて、もしかしてこれもリサの行動のお陰か? リサ様に感謝して、ありがたく頂きます。」


しっかりと両手を合わせて、ありがたく食事をする。一晩で疲れが取れるわけもなく、変哲もないパンもまた非常に美味に感じたユウマだった。そしてお腹が膨れれば当然眠くなる。日々の仕事も今はない。授業を受ける必要もない。というわけで、ありがたくユウマは二度寝をすることにした。

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