討伐演習、やっぱとらぶる
「リサ様、あのぉ、少しよろしいでしょうか。」
ユウマが止める前にケインがリサに前に立ちはだかった。リサは侯爵家ということ、文武両道の才女ということもあり有名人なので、こういう展開はよくある。確かいつもの習慣だと、聞こえないようにする、聞こえても必ず忘れる、だったはずだ。貴族同士の会話など、平民にとって百害しかない。
「どうしたの、 ケイン。分からないことがあったら、なんでも聞いていいわよ。」
さすがリサ、誰に対しても上から目線でカッコ良い。だが、同時にケインの目線がユウマに向く。これはいわゆるアレだ。平民はどっかに行けというサインだ。
空気を読めるユウマはゆっくりと後退りをし始めたが、腕を掴まれているのを忘れていて、つまづきそうになった。
「リサ、あのさ、この手を・・・」
ユウマは離してもらおうとリサの目を見るが、その目を見て嘆息した。ケインが何者か、どれくらいの爵位の貴族の息子なのかは知らないが、大抵めんどくさいことになる。
「リサ様、平民に聞かせる話ではございません。」
「うん、大丈夫ー。こいつ耳聞こえないからー。」
でたでた、リサは自分のやりたいことを拒まれるのを極端に嫌う。それにユウマのことはおもちゃくらいにしか思っていない。勿論、それなりに気に入られていると信じたいものだが。「はい、ここから聞こえませんモード突入しまーす」と心の中で宣言し、ユウマは呆けた顔で他に視線を移した。
「でしたら、このようなものはお捨てください。私が前を進みます。そしてリサ様をお守りいたします!!」
聞こえないふり聞こえないふり、そう思いながらもユウマは嘆息する。またこのパターンかと。リサ目当てなのか、上位貴族の覚えをよくしたいのか、というより両方と言ったところだろう。だから出会った頃からずっと、毛虫でも見るように自分を見ていたのか。
というより、この周りにいる者たちは、全員そんな目でユウマを見ている。侯爵令嬢の付き人が一人だけ、しかも平民の男となれば、嫉妬と悪意に塗れるのは分かっている。ユウマもこの殺意を孕む目線から早く解放されたい。
だが、
「そう、じゃあケインたちはそっちにいって。私たちはあっちにいくから。」
人の指図などリサが受けるはずもない。リサの父親トーマスからも、平民のユウマに「リサが暴走しないように見張っておけ、特に他の貴族を敵に回すような行為はさせないように」なる裏ミッションを受けている。顔を引き攣らせるケインを見て、「はぁ」と溜息を吐いてから、ユウマはリサに耳打ちする。
「リサ、こういう行軍の場合、警戒して先行している側よりも、通り過ぎた後の後ろの方が狙われやすいっのなかったっけ・・・。」
「じゃあ、ケイン、あなたたちが先行して。しっかり警戒するのよ!」
まぁ、映画とかでも大抵後ろからやられるだろ、そんな適当な知識をぶっ込んでみたら案外リサが乗ってくれた。勿論、先行しても、とんでもないモンスターに出会すことはないだろう。
物見櫓はこの先にも点在している。久しぶりに森に来て思ったが、この森は先に向かって下っているように見える。カルデラなのか、巨大なクレーターなのかは知らないが、とにかく巨大な蟻地獄のように見える。だから、本来なら木々で見えないはずの物見櫓がこの場所からでも見ることができる。
「つまり、管理された狩場ってことね。」
リサにも聞き取れないくらい小さな声でユウマは呟いた。
富国強兵政策といっても、貴族社会だ。お偉いさんの子供が混ざっている以上、危険な場所へ向かわせることはない。最初から分かっていたことだが、チョレボ王の考えを深慮することは無意味だろう。
それにしても、さっき言ったばかりだが、選択を誤ったかもしれない。かといって、訂正してしまえばユウマは朝令暮改民の仲間入りしてしまう。
「ケイン、全然進まないんだけどー。」
うん、まさにそれだ。ケインがこの演習の趣旨を理解しているのかは知らない。だが、まずはブライトに先行させ、そして何もなければ、自分の後ろにナディアを常に張り付かせながら、ゆっくりと前進している。まるで尺取り虫のようだ。
おかしな話だが、早く後ろからでも横からでも、モンスターが出てきてくれないかと願ってしまう。そうでないとリサが無茶をやりかねない。
ドンッ!!
ユウマは突然背中を押された。ものすごい力でユウマは10m近く前に突き動かされた。しかも何やら自分の体から美味しそうな匂いがする。
「やってくれた・・・あの女・・・」
ユウマは人気のない茂みに孤立してしまった。勿論リサが蹴飛ばしたに決まっている。ただ、リサに文句をいう暇もない。周囲一帯から殺気を感じる。この感覚は知っている。以前リサの帰省に付き合わされた時、腐海の森で遭遇したモンスターから感じた殺気だ。
しかも1匹や2匹ではない。おそらく7、8匹は隠れている。ユウマにも大体検討はついている。恐らくは魔獣化した大鼠だろう。『デスラット』とでも命名してやろうか、RPG感覚が残っているということは、異世界前の記憶もしっかり残っている。それでもユウマはやるべきことをやる。
唯一居場所がわかっている茂みに向かってショートソードを切りつける。
「キュ!」という可愛い鳴き声とともにユウマは手応えを感じた。だが、それが合図と言わんばかりに、7匹のデスラットがユウマに一斉に飛びかかった。
『・・・・・・・ゴードの力をここに示し給え。
7つに分かれた炎の球がデスラットに命中し、ユウマに到達する前に全て燃え落ちた。ユウマが隙を見せた瞬間に一斉に飛びかかることを予測し、リサは予め詠唱をし始めていた。そしてどんぴしゃのタイミングで中級火炎魔法を成立させていた。
「だと思ったよ・・・」
「ユウマ! 1匹見逃してた!!」
ユウマの左腕に激痛が走る。そしてリサを警戒するように、デスラットはリサの斜角に入らないよう、ユウマの影に移動する。ユウマの左腕は筋肉に達するまで噛みちぎられていた。デスラットからは不快な咀嚼音がしている。
前の世界のユウマなら卒倒ものだろう。だが、ユウマも伊達ではなかった。デスラットの移動位置を予め予想して、身を翻していた。そして美味しそうに自分の肉を食べるデスラットにショートソードを突き立てた。
天才剣士でもあるリサのチャンバラ相手をさせられていたのだ。いつも負けているとはいえ、ユウマの腕も相当立つ。リサがユウマの傍に降りて来て、左腕を強引に掴む。
「もう、危なっかしいわねぇ。警戒心ってものが欠如してるわよ?」
「お前のせいだろうが!!」
「もう、いいから黙ってて!」
『癒しの精霊アクエリス、不浄なる夷狄に穢されし彼の者を癒やし給え』
端正な顔立ちのリサが薄く目を閉じて祈りを捧げている。これにときめかない男などいないだろう。ユウマは少し顔を赤らめながら、大人しくリサに従う。
「あれ? リサ、魔力あがった? なんかこれ全快してるんだけど。」
「え? あれ、ほんとだ。でもそんなはずないわ。消毒と傷が塞がる程度の魔法よ、これ。」
リサの言葉は今までの記憶とも合致する。筋肉の損傷までは治癒しないはずだ。だからいつもは筋肉が完治するまで、一ヶ月程度はかかっていた。
「あれよ、きっと、あんた成長期だから。それに治って悪いってこともないでしょ!」
それもそうだとユウマも納得し、ショートソードについたデスラットの血を丁寧に拭き取る。そして回復したからチャラ、というわけではないのでとりあえずユウマはリサをジト目で睨んでおく。ユウマの視線をさらりと躱してリサは来た道を戻っていく。
「ほら、さっさと追いつくわよ。」
「なぁ、ケインってやつ、何者なんだ?」
普段なら相手のことを詮索などしない。ただ普段でないこともあるからだ。普段のリサならこのまま単独行動に移るだろう。それくらい自由奔放なお嬢様だ。
「あぁ、イーストン辺境伯の甥っ子だったかしら。あいつの目、気に入らないの。」
目つきが気に入らないという意見にはユウマも同意する。イーストン辺境伯は確か北の沿岸に領地を持っていた。辺境伯というのは爵位は伯爵だが、実際の地位はそれよりも高い。敵対する土地が故ということもあるのだろうが、独自裁量権もある程度認められている。侯爵とは立場上、下というだけに過ぎないということだ。妙なトラブルに巻き込まれなければ良いが。
リサは足早に木々をすり抜けて、ケイン一行の進んだ方向へ向かう。今更だがリサの服装は貴族の衣装といには無理がありすぎる。どう見ても実用的な兵装だ。そしてユウマの服装も似たようなものになっている。メグの視線がキツかったのは、実はこの服装のせいでもあった。
「全く・・・」
独り言を言いながら、ユウマは懸命にリサを追いかける。
「よ、寄るなー!!」
叫び声が聞こえるまでそう時間は掛からなかった。茂みをあと二つ抜ければ見えてくる筈だ。リサに至っては今にも合流するだろう。
「おい、ブライト! もっと離れろ!! あー、もう、なんでそんな大鼠くらい倒せないんだ!!」
次第にはっきりと内容が伝わってくる。それどころか今、どんな状況にいるのかさえ想像ができる。ユウマはリサが登っている木の枝の近くの枝に飛び乗ってケインたちの戦いを俯瞰する。
「ユウマ、手を出しちゃダメよ。一応訓練なんだしね。」
ユウマの気持ちを察したようにリサが小声で呟いた。先程と似たような状況ではある。ブライトがヘイトを集めて、ケインがアタッカー、もしくは魔法攻撃か。ナディアはケインを守っているという状況なのだろう。だが、明らかにブライトとナディアは戦闘に慣れてはいない。
「ケイン! 」
鶴の一声、リサがケインに声をかける。
「詠唱はどこまでいってるの?」
視野が狭くなっているのは当然だろうが、ケインは明らかに突然聞こえたリサの声に動揺していた。
『ほ、炎の王り、リブゴート、力を見せよ
「まずい!!」
疾風、そう表現した方が良いだろう。隣にいたはずのリサの姿がその言葉を残して、いつの間にかブライトの真後ろに移動していた。そしてブライトが反応する間も与えず、後ろに引き倒した。
その直後デスラットの群れ一帯に火柱が立った。
リサの行動は明白だった。ブライトを引きずり倒さなければ、彼も巻き添えになったはずだ。だが、考えるより先にユウマの体も動いていた。
さっきと一緒だ。撃ち漏らしがいる。狙われているのはナディアだ。ユウマはナディアを押し倒して飛びかかるデスラットの喉元にショートソードを突き立てた。ぶつかってくる衝撃も乗って、デスラットはものの見事に口から股まで串刺しとなった。
ケインはというと、予想通りナディアの服をつかみ、自らの盾にしようとしていた。そのせいでケインはナディアの転倒ともに地面に膝をついていた。
『いい? ユウマ、貴族というのはね、貴ぶって書くでしょ? いつもは偉そうにして、平民から採取してるだけにしか見えないけど、いざというときに体を張って戦うの。だから貴いのよ。』
いつ聞いた言葉だろうか、リサの言葉が頭の奥底から聞こえてきた。
勿論、リサはユウマをこきつかったり、時には囮に使ったりもする。だがリサの行動には正義がある。だが、彼はどうだ。いや、そもそもあの時集まっていた平民連れの貴族たちはどうなのだ。完全にこの世界の常識に同期していれば飲み込めたかもしれない。飲み込めと言う自分もいる。
それでもユウマはケインに軽蔑の目を向けた。
「さ、ユウマ、帰りましょ!」
討伐に出かけた時のように、リサがユウマの腕を掴み、強引に歩き始めた。
「たぶん、今日の討伐はこれで終わりよ。きっとどこかの班で怪我人が出てると思うの。だから残念ながら、日帰り旅行になっちゃうかもねー。」
後ろを振り返る気分にはなれなかった。ケイン一行も何も会話をしていないようだし、そもそもユウマから話しかけてよい相手ではない。
結局、集合場所で聞かされたのは、リサの予想通り、本日で終了という告知だった。
「最初から無理があったんだよねー。ま、チョレボ王が突然言い始めたことだからしょうがないんだけど。」
つまらなさそうに馬車の車窓から外を眺めながらリサが呟く。もともと二泊三日で兵舎やテントで寝泊まりするはずだったのだが、欠員が出た時のことが全く考えられていなかった。班分けの適当さに加え、人員の配置もそうだった。
とりあえず爵位のバランスを考えてというのは分かるが、怪我人が出た場合にどこがどうカバーするのかまで考えると、貴族間でバランスをとるのは難しい。公爵家の欠員にいきなり平民が入ることはまず無理だろうし、その逆もまた同様に無理だ。
「まぁ、ひっさしぶりに魔物に魔法ブッ放てたのは気持ちよかったけどねー。」
「うーん。俺は痛いだけだったけどな。」
「ユウマの気持ちは聞いてないの! それよりも・・・」
リサの表情がいつになく険しい。きっとユウマが考えないようにしていることと同じだ。
「絶対に、あいつ何か仕掛けてくると思う。」
「辺境伯って言っても、立場上は侯爵の方が上だろ?」
「ばーか。私に仕掛けてくる分けないでしょ?」
うーん。っていうことはやはり・・・。最後に睨んだのは間違いだったかもしれない。かと言って、どうしたら良かったのかも分からない。この世界の自分目線でも分からないと言っている。
「ユウマ、あんたはパパが雇ってるってだけで、養子縁組してるわけじゃないでしょ? だからたぶん、私やパパがどうこう言っても通らないのよ。」
本当に階級社会って難しい、ユウマは罪に問われることなど何一つしていないのだが。リサがユウマの目を覗き込む。こう言う場合は大抵、考えを読まれている。
「大丈夫、私がなんとかしてみせるわよ! あんたがあの子を守ったのは事実だもの。正義は必ず勝つのよ!」
最後にユウマの胸を小突いて、ニカっとリサは笑った。
「心臓が止まるかと思った。どんだけ馬鹿力なんだよ」とユウマも苦笑いをした。
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