いざ、討伐旅行へ
馬車を降りたリサが嬉しそうにはしゃいでいる。モンスター討伐がそんなに楽しいのだろうか。勿論、リサのお陰で無事合格が貰えたわけだが、結局のところリサに教わった方法を実践できたのかは未だに分かっていない。今考えるとリサが旅行に行きたい余り、ヘレン先生に無理矢理合格をさせたのではないか、とも思っている。
無事討伐旅行のチケットを確保したユウマは同じ班のリサ、そして同じく貴族の子供であるケイン、それに平民のブライト、ナディアの五人組で集まっている。
ちなみに0点だった地理は補習を免れたとはいえ、リサにこっ酷く叱られて、ちゃんとおさらいをしている。もちろん、昔の記憶を引っ張りだそうとしたが、そもそも平民の孤児だったユウマにはそんな学は与えられていなかったようだ。
エストリア王国は三日月型をしており、南北に小さな島を持ち、東側は大海が広がっている。一瞬日本かな?と思ったが、あまりにも綺麗な三日月の形なので、全然違うのだろう。それか地図の作成者がいい加減かのどちらかだ。
そんな学のない孤児を学校に通わせるのには理由があった。エストリア王国の現国王の朝令暮改は有名であり、デショーンボルグ王という立派な名前があるのだが、巷ではチョレボカイザーと呼ばれているらしい。
チョレボ王は数年前から諸侯たちに軍を編成するように要請している。剣も弓も槍も重要だが、手っ取り早く火力を出すには魔法が一番のようだ。だから国民を皆魔法師にでもしようと考えたのだろう。
ちなみに、それより以前は軍はいいから、平民には作物を育てさせよとか魔法は学ばせるなとか言っていたのだから、さすがチョレボ王と言われるのも納得がいく。
もちろんユウマは運がよい。『なぜここに自分がいるの』と思っている学徒は大勢いる。各々、突然貴族領土に作られた場所、もしくは教会に詰め込まれて魔法学校の生徒になってしまったのだ。子供の頃にローランド侯爵の対外的な見栄によって拾われ、貴族街での下働きというサクセスストーリーを実は描いていたらしいパラレルワールドの自分を褒めてあげたい。
当然、それなりの苦労もしているのだが、おかげで情報という面では助けられている。苦労話に関しては、きっとこの討伐旅行でお披露目になることだろう。
討伐旅行は王の命令で行われているため、いかにも田舎から出てきました、という少年や少女がちらほらいる。ただ、そこにも見栄というものが存在するのか、皆それなりの装備はさせてもらっているようだ。
それでも今ここに偶然タイムトラベラーや異世界転生者がいたとしたら、すぐに誰が貴族で誰が平民かの区別ができる。
ケインとブライトそしてナディアも同じようなものだ。
ケインは薄い青が混じったような金髪の少年で歳は同じくらいだろう。だが、無駄に装飾品が多い。それに今からハイキングに行く貴族のような軽快な装備をしている。もちろん高そうで小洒落た魔法のステッキは持っているが、戦いに行くという装備ではないのは明らかだ。
ブライトはユウマよりも年上に見える。短髪の茶色の髪の大柄な青年だ。体格に見合わず気弱な性格なのか、ずいぶん控えめだ。それに自分を守るには大きすぎる盾を持っている。
ナディアは可愛らしい女の子で間違いなく年下だろう。従者というのにぴったりな服装。一応魔法のステッキは持っているが、明らかに安物だとわかる。
あまりにもあからさまだ。要は二人ともケインの盾になるために連れてこられている。従者のナディアも、おそらくケインは平然と盾代わりにすることだろう。
「リサ様!!」
メグがリサへの挨拶にやってきた。ずいぶん遠くに配置されたらしく、漸くリサを見つけ出したといったように、軽く頬を紅潮させて、少しだけ息を切らしている。
メグのN班はA班から随分と南に配置されたらしく、そのことを延々と嘆いているメグ。そしてその後ろでユウマの様子を伺っている女性二人が、おそらくメグのお供なのだろう。明らかにユウマを睨んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
お供の二人はメグの青色の髪を濃くした艶やかな髪をした嫋やか女性と赤毛の小さな女性だ。服装から貴族だと分かる。
メグはワイズリンデ伯爵の娘であり、メグの母親がローランドと親戚関係にあるため、歳の近いリサと親しかったという記憶が海馬の片隅に残っている。
つまりメグの後ろに控える二人は、子爵か男爵の娘をメグの付き人に立候補させた。そんなところではないかとユウマは自分自身へ向けられる忌避の視線で感じ取っていた。
周りを見渡すと、メグのような三人組とケインのような三人組ばかりである。どちらかと言えば、ケインのように平民を連れている貴族が多い。
それらの組が六人1班として構成されている。
「ユウマ、リサ様に何かあったら、ただじゃおきませんから。」
早速メグのユウマ煽りが始まった。その言葉に呼応するようにメグのお共の二人組もユウマに睨みをきかす。
ここまで来れば気がつくと思うが、A班は五人組である。理由は単純だ。リサが原因である。
ユウマの背中をドンと叩いて、リサがユウマの前に立ちはだかる。艶やかな金髪が今日は括られてポニーテールのような髪型になっている。
「メグぅぅ、 私が傷つくって? ユウマより私の方が強いんだから、そんなわけないじゃないのー。心配しすぎだってー! どっちかと言えばユウマの心配しなさいよ。」
その言葉にメグは嘆息して、周りの二人に耳打ちをした。
「リサ様? もしかしてヤンチャなさるおつもりですか? 王族も見ておいでなのですよ? リサ様はいつか白馬の王子様が私を攫いに来てくれるはず・・・などと仰っているではありませんか・・・。」
「そうよ! 白馬の王子様に見てもらわなきゃいけないもの!」
リサの言葉を聞き、「そうですか」とメグはすごすごと自分達が配置されたエリアに帰っていった。
そう、リサは天才だ。文武両道、才色兼備の完璧人間。いや、完璧は言い過ぎだ。武の方にあまりにも傾きすぎている。それに何でもかんでもやりたがり、男勝りな性格も影響してか、侍女を伴いたがらない。それが貴族というものと両親が説明しても、1を言えば10ほどの反論が帰ってくるほど頭の回転が速い。
そして、リサが従者に求めること、それはチャンバラごっこの相手だった。しかもその辺の兵士よりもよほど腕が立つ。当然、今まで勤めてきた侍女は皆、体のどこかを壊して、家庭の事情なる理由で帰っていったらしい。
「男に生まれていたら・・・」
この言葉をユウマはリサの父親トーマスから何度も聞いたことがある。そんな理由からちょうど良いと判断されたのがユウマだったというわけだ。
それなのに本人ときたら、「いつか白馬の王子様が・・・」と乙女な理想を抱いているのだから、目も当てられない。きっと王子様だって、コテンパンにされるに決まっている。
ユウマは右手で下ろしていた前髪をかき上げて、古傷を触る。以前木刀で頭をかち割られたのを思い出したのだ。
「あれ、ユウマ、傷治ったの?」
ドキッとするほどの距離にリサの顔があった。リサの目はユウマの額を見ている。「治った?そんなはずは・・・」 あの時のことはこの世界のユウマにとってもトラウマだったらしく、鮮明に覚えている。頭は血管が豊富なため、ちょっとした傷でも出血が多い。それでもあれは命を持っていかれる太刀裁きだった。
「あれ?」
傷跡がない。あれは一生モノの傷だったはずだ。だから前髪をおろしているのだ。もしかするとパラレルワールドと同期した時に治ったのかもしれない。だとしたら、あちらの世界の自分が大量出血しているのかもしれない。そう思うと、申し訳なさすぎる。
「まぁ、よかったじゃない。でも傷は男の勲章っていうし・・・」
『えー、本日は、第二王子にあらせられるカエサル王子にご来賓いただいております。そして皆様、お喜びください。殿下からお言葉が賜れるようです。』
「えー!!まじまじ!!??」
憧れの王子様登場にリサはユウマを突き飛ばし、群衆をかき分けていく。かき分けていかなくてもここから見える。第二王子カエサル、ブロンドの美しい髪、眉目秀麗な容姿、そして彼もまた文武両道という話を聞いたことがある。
『エステリア王国の若人よ、よくぞ集ってくれた。皆も知っての通り、我が国は神アルテナス様によって作られた神の国。民は勤勉で飢えることもなく、貴族は勇気を尊び民を守る。素晴らしき国民をもち、私は幸福に思う。』
拡声器なのか、それに準じた魔法なのかは分からないが、艶やかな声があたり一面に鳴り響いている。男性陣は静粛に、女性陣は目を輝かせ、もしくはうっとりとした表情を浮かべながら王子を見つめている。
『だが、知って欲しい。神の国である我が国を脅かすものがいることを。悪魔を崇拝する国が今にも平和を脅かそうとしていることを。そして悪魔の国に呼応するように、今現在、腐海に潜むモンスターの活動が激しくなっている。王は、そして私はなんとしても、皆の命を、財産を、未来を守りたい。だからどうか力を貸してほしい。この世界から夷狄を討ち滅ぼそう!』
政治家のような演説だが、結局若者を戦場に駆り立てているようにしか感じられない。他国に関してはあまり詳しく知らないというのもあるのだが。リサに隣国と対立していると聞いたことがある程度で、悪魔だとかそんな話は聞いたことがない。
そのあとは軍部の教官と思われる男性がそれぞれの担当する地域の説明をし始めた。
長々とした説明を聞きながら、この国の地理について、ユウマは考えていた。
先程の記憶では触れていなかった西側。そこは地図では黒く塗りつぶされている。腐海と呼ばれるモンスター出没エリアであり、基本的に立入禁止区域だ。モンスターが徘徊しているため、どの国も手を出していない未知のエリア。ただ実際の腐海はずっと奥にあるらしく、それまでは深い森が続いているらしい。
その為、エステリア王国は森の浅い部分に櫓を設置し、モンスターによる襲来を未然に防いでいる。隣国とは海により隔てられている為、監視の大半は西側に集中しているらしい。武力の負担を考え、腐海に隣接している領地は王族の直轄であったり、王族の親戚にあたる公爵家の領地、それに加えて侯爵家も一部負担している。当然リサの父親が納めるローランド領も一部腐海に隣接している。
今のところユウマが持ち得ている知識はこの程度であり、これでも平民としては博識を誇れるほどである。
「うーん。今ならもうちょっと良い点とれそうだなぁ・・・。」
未だに脳の働きは正常とは言えないが、同期も順調に進んでいる。何気なくユウマはぽつりと愚痴をこぼした。
「ユウマ、そんなことどうでもいいから、早く行きましょ? 大鼠が大量発生してるんだって!!」
ユウマの独り言を置いてけぼりにし、リサがユウマの手を強引に引っ張り、森に進もうとした。
「おい、団体行動だろ? ケインたちも連れていかないと・・・」
踏ん張りながら、ユウマはリサに静止するよう促した。
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