第一章 魔法学校と魔法陣
魔法って何? なにしてんの俺?
黒髪の少年は目を閉じて、自らの中に灯る炎を意識する。呼吸するたびに揺れ動くので、消えてしまわないように、浅い呼吸を保ち続ける。
『魔法って何?』
そんな疑問が湧いてくるが、気持ちが揺れれば炎も揺れる。言いたいことはいくらでもある。それでも数日で、ずいぶん順応できたものだ。だが、今だけは何も考えないように努める。
心の中の炎が一点に集中してくるのが分かる。たった三日、正確に言えば二日でよくここまで来れたものだ。この世界の人間にとってはこれが当たり前だという、ただ彼には才能があまりなかったらしく、もう一つの記憶の方では、これがうまく出来なかったんだよ。ということも覚えている。勿論、つい最近の記憶ではこんなこと、できるなんて思ってもいなかったのだが。
ちなみに炎と彼は言っているは、厳密にはマナと呼ばれるものらしい。自分のクラスメイト兼飼い主兼師匠がそう言っていた。『その方がイメージしやすいでしょ?』という厳格な師匠の教えである。
そこまで考えて少年は無心になれていないと悟った。せっかく上手く行きそうなのに、全てが台無しになってしまう。それどころか失敗すれば師匠たちからの折檻が待っている。
それでも人間というのは無心になろうと思えば思うほど、考えてしまうものだ。
当然目を閉じているのだから、見えてはいない。はっきりいってイメージでしかない。自分という体を自然に溶け込ませ、世界と一つになるイメージ。彼が知っている範囲で言う瞑想に近い。それに、以前オカルト本を興味本位で読んだ時に、視覚化(ビジュアライゼーション)というのが悪魔召喚や魔法を使う時に重要であるという眉唾項目を見つけたことだってある。
『だめだ。また妙なことを考えてしまう。だいたい・・・』
挫折しそうになる少年は、その時ある方法を閃いた。
『そうか、考えないようにするから、雑念が湧いてくる。それならいっそ・・・』
少年は炎で絵を描くことにした。これならばマナを維持することにも繋がるし、一つのことしか考えなくて良い。『無心になって自然と一体になる』とまではいかないが、マナと呼ばれる心の炎に集中する方が、雑念まみれの今より幾分マシだろう。
彼が描いたのは、通常の人間からすれば引いてしまうようなもの、『魔法陣』だった。厨二病オタク、なんとでも呼べば良い。きっかけは、とあるゲームだったが、そのイラストがあまりにも美しく、彼自身も悪魔を呼び出せるのではないかとネットで検索したり、大型書店を周ってその手の本を探したりという青春を送っていたのだ。
『好きこそもののなんとやら』彼はお気に入りの魔法陣を一心で紙に何度も描き続けた。もはや目を瞑っていても描ける。
美しいルーン文字とアルファベットが並ぶ魔法陣は、厨二病だった彼にとって特別なものだった。結局悪魔を呼び出したことなんて一度もないし、魔法が使えたことだって一度もない。
「綺麗に描けた」心の中で彼は微笑んだ。手で描くわけではない。頭の中でイメージすれば良いのだ。手書きではどうしても歪んでしまうそれも、イメージでは真円で描くことができる。
もちろん、そのアルファベットやルーンが意味することは知らない。きっと神か悪魔の名前、もしくはそれに類するものくらいにしか思っていない。理屈は関係なく、とにかく彼はその魔法陣が大好きなのだ。
悦に浸り、中央の六芒星をうっとりと眺めていた。もはや当初の目的である、マナの安定実技試験など忘れて・・・。
すると、不思議なことが起きた。六芒星の中に少女の顔のようなものが浮かび上がってきたのだ。一瞬見間違えかと思ったが、彼はすぐに理解した。これは視覚化なのだ、自分が想像しただけだ。だってしょうがないじゃないか。まだまだ年齢で言えば高校生だ。この世界では魔法学校と呼ばれているらしいが、彼だってれっきとした男性なのだ。
自分で想像したとはいえ、美しい少女だ。閉じた瞳は儚げで、そして整った輪郭は神々しくさえある。炎でできた魔法陣の中心、その中の六芒星の中、涼しげに俯いている。
『気持ち悪いとでもなんとでも言え』
開き直った彼は魔法陣を描くことに集中するのではなく、その少女のことを考えることにした。
無心になるという当初の目的からは離れているが、そんなことは関係ない。
少女は儚げに目を閉じている。どうしてそんなに寂しそうな顔をしているのだろうか。目を開けた少女も見てみたい。そんなことを想像していると、少女が溜息を吐いたように見えた。
そして、ゆっくりと少女の瞼が開かれる。
『私も君を見ているの』
・・・え?
「うわぁぁぁぁ!!」
少年は咄嗟に叫びながら目を開けてしまった。
「ちょ、ちょっと。いきなり大声出さないでよ。」
担当教官のエレン先生が突然の奇声をあげた少年に注意をした。エレンの鼓動も突然のことに飛び跳ねていた。
「すみません・・・。」
あまりにもバツが悪い。自分で妄想していた少女に対して奇声を上げたなどとは、恥ずかしくて言えるものではない。それにまだ心臓が耳から飛び出そうなほど高鳴っている。
『深淵を覗くものは、深淵にも覗かれている』
それを実践してしまったのだろうかと、彼は不安にかられる。もしかしたら悪魔に取り憑かれてしまったとか? 魂を食われたらどうしよう・・・。自称デビルサマナーとしては嬉しい限りなのだが、幽霊が出たらいいなと幽霊が本当に出てしまった、くらいに全然違う。ワクワクと恐怖を共存させられるほど、彼の肝は据わっていない。
『あれは幻覚、あれは幻覚』と念仏のように心の中で唱えて漸く一息ついた少年は我に返って、壁掛け時計に目を移した。
「あー、そうね。時間的にはアウトね。でも一応マナの安定化は確認できたし・・・。それにリサちゃんからも甘々にしてって、言われてるからね。本当はだめだけど、合格にしてあげるわ。」
少年はその言葉を聞いた瞬間、先程の恐怖も忘れて教室を飛び出していった。「エレン先生、大好き!」という言葉を残して。
「もう、しょうがないわね。それにしても、さっきの何? 突然寒気がしたんだけど・・・。うーん。私ってもしかして男性アレルギー?? だから結婚できない? いやいやいや、そんなマイナス思考はダメよ。まだ運命の彼と出逢ってないだけ・・・よね。」
彼女には彼女の悩みがあるらしいが、それはさておき教員であるエレンは成績表を左手に持ち、右手にもつ指示棒の先を光らせた。そして彼の欄に書いてあったバツの隣に、赤字で丸をつけた。
嬉しそうに少年は教室を飛び出したが、二人の女性がいることに気がついてバツが悪そうに俯いた。待っていたのは金髪の少女と青髪の少女だ。そんなに待たせていないはずなのに機嫌が悪そうに見える。おそらく三十分ほど早めに出てきたことで不合格だと思っているのだろう。
「ちょっと折檻が必要なようね。」
「ちょ、ちょっと待って、ご、合格・・・した・・・から」
折檻用に振り上げられた拳が収められて、漸く少年も一息ついた。金髪の少女はわざわざ教室に入ってエレン先生に確認までしてきた。
「それにしても、助かったよ。」
金髪の少女が戻ってきた時には、振り上げられた拳が収まっていたので安心して少年は少女に礼をした。
「ローランド流を教えたんだからね、まぁほんの少しだけど。これで合格しなかったら、ただじゃ済まさないつもりだったのよ。」
それは知っている。実際に振り上げられた拳が用意されていたのだから。でも、少年はそのことを言える立場にはいない。
「なぁ、それよりもさ。そのローランド流・・・だったっけ。それ使ったら女の子の顔が浮かぶなんてことって起きたりする?」
その瞬間少年の頭頂部に激しい痛みが走る。
「え、キモいんですけど!! 私が教えたのは幼児でもわかるマナの安定法よ? 無心になれないなら、一つのことに集中しなさいってだけで・・・。ももも、もしかして私の在らぬ姿の想像を!? やだ、ほんと気持ち悪い。さ、さ、触らないで気持ち悪い!!」
そう言って、少女二人は少年から3m以上遠かった。
「いや、今殴ったじゃん」そう思いながらも少年は、やはり気のせいかと思い直した。ここで「ローランド流は神様の系譜なの』とか言ってくれたら有頂天になれたのだが。
昔といっても世界線は違うのだが、悪魔召喚入門なる怪しい本に『視覚化を訓練し、空中に好きな図形を描けるようになるまで訓練すること』、そしてそのあとに『ちゃんと見えるようになったら、儀式に移れ』と記述があった。その後、「幻覚見えるように訓練した後に、悪魔呼び出すんなら、その悪魔は幻覚だよ!!」と盛大に本を叩きつけたのを今更ながら思い出した。
そのためにお香やら魔法陣やら家族に隠れてこっそり用意をしたというのに、この顛末である。あれこそ少年の『黒歴史』と言えよう。
それにしても疲れた。
彼はテストを受けていた教室とは別の部屋の自分の席に突っ伏して目を瞑る。そう言えば三日前もまさに今と同じような状況だった。そう、三日前も彼は机に突っ伏し、二人の美少女に見下ろされていた。
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