あの子の為ならば、たとえこの身が裂かれても

綿木絹

Prologue

「君を愛している。」


微かに耳元で囁かれる少女の声。死ぬ直前まで聴覚が残っているというのはどうやら本当らしい。視界は真っ暗で・・・、いや目玉も弾け飛んでしまっているのかもしれない。


最後に視界に映ったのは、自分の両腕と鳩尾から下が全部弾け飛んだ瞬間だった。


彼の意識が薄れゆく中、彼の大脳皮質には死の間際の状況だけが駆け巡っていた。


確か仲間がいた。かっこよく仲間を助ける予定だった。身を挺して庇ったのはかっこよかった。だけど、あんなに衝撃波ってのがやばいとは聞いていない。


それでも、自分が身を挺していなければ、たとえ命は刈り取られていたとしても、その遺体は無事本国に送り届けられるだろう。もちろん、この戦いが終わってくれればの話だが。それに本国さえ怪しいものだ。このままでは人類滅亡も十分あり得る。


なにが勇者だ。なにが英雄だ。何が絶対に仲間を見捨てない隊長だ。結局ただの犬死。結局ただの何のとりえもない人間。所詮人間が◯◯に叶うはずもなかった。



「ねぇ・・・」



肩を揺さぶられる。


せっかくいい感じに麻痺して気持ちよくなっていたのに、肩に刺激をうけたせいで失ったはずの腕や、下半身までもが感覚を取り戻す。当然戻ってきたのは強烈な痛みなのだが。



『なんとかエンドルフィンってのは出ないのか? もっと気持ちよく眠らせてくれないのか』



せいいっぱいの愚痴を心の中で吐き出す。横隔膜も吹っ飛んでいるのか、声を出すどころか、呼吸をすることもできない。この状態で即死していないのを誰か褒めて欲しい。


そして肩を揺さぶられた刺激のせいなのか、おかげなのか、戻ってきた痛みに反応してギリギリ失わずに済んだ心臓が一度だけ脈を打つ。その最後の心臓の悪あがきによって、血中に残った最後の酸素が脳に送られる。



「お願い・・・。聞いて・・・。嘘でもいい。」


少女の声、この声の主は知っている。見えなくともわかる。


「嘘でもいいから・・・私を・・・」


そういえば、この子は生き残ることができたのか。もちろん、彼女の死ぬ間際の言葉を聞かされているだけかもしれない。できることならちゃんと話を聞きたいところだが、どうやら聴覚までも機能しなくなりかけている。


「お願い、私を・・・




・・・愛してると言って」



確かにそう聞こえた。ほとんど機能しなくなった聴覚が最後に拾った言葉。『言って』と言われても、肺に空気はほとんど残っていない。それに肝心の横隔膜は弾け飛んでいて、喉に空気を送り出すこともできない。


少女はそのことを分かって言っているのか、それとも・・・



少年は暗闇と寒さの中で、口だけを動かした。声にならない声。ただ口の形だけで紡いだ言葉。



「・・・・・・」



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