第2話 プロローグ2
鏡を見ると、そこには――
「……ふむ」
思ったより、普通な容姿の男児がそこにいた。
見た目的には、俺の知っている赤ん坊とあまり大差ない。強いて違う点をあげるとするらな、髪が金色で、天パなところくらいだろうか。今まで黒髪ストレートだった俺にはちょっと新鮮だ。
……心配しすぎだったか。
もし頭もあそこも毛むくじゃらで、野獣みたいな見た目だったらどうしようかと思ったが。
ひとまず、ちゃんとした人間らしく暮らしていけそうだ。
……あとは、あれだな。
この世界で、どんなことを目標に生きていくのか、だな。
指針を立てなくてはいけない。何事だってそうだろう。異世界に転生しようが変わらない。人生は何らかしらの目標がなければ、つまらなくて生きていけないのだから。
俺は窓辺から、眠る前に見た月夜のように、美しい夜空を眺めながら考えていた。
せっかくだから、日本では体験できなかったようなことをしたい。
異世界といえば、剣や魔法といった印象が強い。俺も派手なスキルや魔法を使って、魔物や魔族をバッタバッタと打ち取り、勇者のような存在になってやりたい。そういう願望はある。男に生まれたのなら、みな誰しもかっこつけながら生きたいのではないだろうか。
……しかし、勇者ってどうやったらなれるんだ。魔法ってどうやって使うんだ?
転生したばかりで、分からないことだらけだ。
まずはこの世界の常識を知ることから始めないといけないだろう。剣や魔法の前に、まずは常識を知ることに集中するべきだ。
俺は思案し終わると、バランスが取れない体をなんとか動かして、ベッドまで戻った。
◇
――あれから、2年ほどが経った。
俺ことカイルは、すくすくと成長していった。中身が高校生だから、ということもあるだろうが――1歳に到達する前に人語をマスターし、完璧な2足歩行を覚え、文章すら読んで見せた。
両親は人外めいた俺の成長を見て、たいそう驚き、本当に我が子なのかと怪しむ――ようなことは、一切なかった。
「カイルは天才なのね~」と、今日も母親のミンフゥは、本を読む俺を抱き寄せ、頭をポンポンと撫でてくれていた。父親のシュルトも同じく、驚異的な俺の成長速度を疑うこともなく、食べ盛りな男子高校生と同じくらいの量のご飯を、毎日俺に食べさせてくれた。
ありがたいことなのだが、両親揃って、ちょっとアホだったのだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
父親のシュルトは腕利きの木こりで、
今日も今日とて森に出かけていく。
「行ってらっしゃい」と、ミンフゥが手を振ると、彼女もすぐに自分の請け負った家事を遂行していく。洗濯のつぎに掃除、晩ごはんの下準備が終わったら、俺の遊び相手だ。両親ってのは、どこの世界線でも大変なんだなあ、と他人事のように思う。
「――そして、勇者一行はついに、魔王の住む城へとたどり着いたのでした」
ちなみに俺の遊び相手というのは、こうして絵本の読み聞かせをしてもらうことがそれに当たる。
――絵本からは、いろいろなことが分かる。
この世界の文化や、なにが正義で、なにが悪なのか、そういう概念的なところが読み取れるのが絵本だ。俺は転生したその時から、家にあるありとあらゆる本を読み、そして理解できるように努めてきた。
結果、分かったことがある――この世界には、
明確な正義と悪が分かれているということだ。
ミンフゥが開いてくれている箇所には、魔王、と大きく書かれ、黒いもやのようなもので覆われた人間が書かれていた。その魔王という存在は、魔族と呼ばれる配下を従わせ、世界を闇で包み込んだ大罪人――という立ち位置になってる。
その魔王が住む根城に踏み込む、数人の、光輝く人間たち。
それが勇者一行だ。
「勇者はその類まれなる剣技で、魔王の心臓を捉えました」
魔王は倒され、浄化される。街には平和が訪れる。お終い。
……だいたいの絵本は、こんな感じの内容だ。とにかく魔族は悪者とされ、勇者率いる正義の剣士や魔法使いに打ち倒される。
「ねえ、お母さん」
俺は聞いてみる。
「この魔王って、本当にいるの?」
するとミンフゥは、笑いながら言う。
「いないわよ。ぜんぶ迷信。ただ、みんなの悪意を、魔王っていう一つの形におさめているだけで……って、ごめんね。ライルにはまだ難しかったわね」
いや、全然そんなことはない。この世界の人たちは、魔王や魔族という架空の存在を悪にみたて、読者である子どもに「こうはなってはいけない」という警鐘を鳴らしているのだ。
「じゃあ、勇者は?」
「それもいないわね。でも、ライルならなれるんじゃないかな」
ミンフゥは優しい笑顔でそう言った。
俺の頭を撫でながら。
「……ありがとう」
ちょっとだけ、残念だった。
転生して、勇者になって。困った人間を救う――そんな夢は、たとえ異世界でも、やはり夢物語なのだとわかったからだ。
母を見上げる。
その時、ふと、視界に映ったものがあった。
ゲームでよく見る、パラメーターのような物が、ミンフゥの顔の横に映っていた。表示されているのは緑と青のゲージ。それぞれの上にはこう書かれていた。
『~スキル』と。
「……お母さん、それは?」
俺はお母さんの顔のとなりを指をさして言うと、
さすがに驚いたのか、ミンフゥは目を見開いて。
「……見えるの? 見えるのね! 私の
それから「やっぱりライルは天才だわ!」と大いに喜んでいた。俺を抱き上げて、頬ずりをするほどに。
――聞くと、それは
己の能力表示を視認できるのは、平均的に10歳ほどなのだそうだ。
「私の能力表示のなかで一番高いのは、やっぱり
得意げに言うと、「よーく見ていて……」と右手を俺にかざして。
「聖なる光よ。願わくば、我が子に癒しの御手を――ヒールライト」
すると、俺の体は不思議な光に包まれた。自分を確認するように見ていると、途中からなんだか、ポカポカと体が温かくなっていくのを感じた。すごく気持ちがいい。
これが、魔法か。
「すごいでしょ? もっといろいろな魔法使えるのよ。これでもお父さんと結婚する前までは、冒険者のパーティーの回復役(ヒーラー)だったんだから」
自慢気に語るミンフゥ。しかし、俺が反応したのはそこじゃなかった。
「――冒険者がいるの?」
勇者も魔王もいない世界。
しかし、冒険者は存在するという。
それは俺にとって、吉報だった。
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