最近、引き籠りがちな俺は旅に出たい~転生したら赤ん坊だったので、成長スキルを使って早繰りで成長する~

羽毛布団

転生 序章

第1話 プロローグ


ちょっと前までは、

運動部に所属していたアクティブな高校生だったのに。

いつの間にか、家に引きこもる時間が多くなっていた。


目の前のテレビでは、流行病の一日辺りの感染者が、新記録を更新した旨が流されている。ここ最近、毎日更新されている。記録は破るためにある、と誰かが言っていた気がする。でも、破らなくてもいい記録もあるのではないだろうか。


たとえば、そう。

今日も今日とて、俺は引きこもりの最多日数を更新していた。


流行病のせい、と言えばそうなるのだろう。

不要不急の外出は認められず、政府からは、とやかく外に出るなと念を押されている。

まあ、外に出たからといって、特にすることはない。


俺は右膝をさすって、今日の調子を確認する。怪我はもう癒えたみたいだ。どんな激しいプレーにだって参加できそうなくらいに縦横無尽に動く。健康ってすばらしい。


――ちょっと前に、足を怪我した。

それで、中学校から続けていたバレーボールを辞めた。現在は高校二年生だから、まあ四、五年は続けたことになるのか。飽き性な俺にとっては長寿な趣味だったと言えるだろう。練習はつらかったけど、自分のトスで仲間が点を決めたときは、

それは嬉しかった。


……つらいことも、たくさんあったけど。


怪我をしてから部活を休止して、気づけば流行病の影響で大会はなくなり、前々から楽しみにしていたゲームが次々に発売され、俺の活動場所は体育館からゲーム機の中へと場所を移していった。


言い方を変えれば、それまでの趣味だったのかもしれない。

プロになろうだなんて微塵も思ってなかったし、良くも悪くも、遠くのほうからバレーを俯瞰してプレーしていた気がする。だから悔いはないし、最近できなかったゲームを存分にやることができて、この期間はラッキーなまであるかもしれない。


……でもなあ。


「――なーんか、つまんねえよなあ……」


自分の部屋で、俺はひとりごちる。

隣の部屋には妹がいる。薄い壁の向こうからは寝息が聞こえる。どうせ腹でも出して寝てるんだろうな、色気のない妹だ。


ゲームは楽しい。

熱中しているときは我を忘れる。

でも、それだけじゃダメなんだ。……なにがダメとか、そういう具体的なことは、上手く言葉にできない。でも、なんか、今のままじゃダメな気がするんだ。たった三年間しかない貴重な高校生活の一端を、何もしないまま終わらせていいのか。


ああ、本当に何でもいい。

何でもいいから、ワクワクすることがしたい。

毎朝目が覚めたら、必ず何かすることがあるような。

そんな日常で構わない。

特別なことは望まない。

ただ毎日を楽しく過ごすだけの、生きがいさえあればいい。


「ああ……暇で死にそうだ……」


切りのいいところでセーブして、ゲームコントローラーを離す。

かわりに愛用していたボールを手に取って、床に寝転がる。

仰向けでポーンと、天井に向かって、トスを上げた。

キャッチして、また上げる。それを何回か繰り返す。


ふと、頭のなかにちらついた妄想があった。

そういや、ラノベとかだと、こういう自暴自棄みたいになったときに、トラックに引かれたりなんだりで、異世界に転生するパターンが多いよな。……つってもなあ、今の俺に、命の危険を感じさせるようなことはなんらないしな。

異世界に転生して、勇者なって魔族とか魔王とかを倒すことができたら、そりゃ、こんな退屈も少しはまぎれるんだろうけど……。


「……寝るか」


ボール遊びもやめて、ベッドに横たわる。

スマホで安眠用のBGMをかけ、布団を被る。

窓を見ると、満天の星空が、カーテンの隙間から覗いていた。



――波の音が聞こえる。


「ねえ、見て、あなた……このかわいい寝顔……」


ん? なんか、BGMに混ざって女性の声も聞こえた気がする。

あと、枕が妙に暖かい。なんだかプニプニしていて、いつも聞いている波音よりも音が荒い。枕自体が胎動しているような、そんな感覚。


「ああ……本当にかわいいな……」


隣からは男の声が聞こえる。どちらも聞き覚えのない声だ。おふくろと親父のものではないし、十七にもなった子どもをかわいいとか言うのは、あり得ないだろ。


……つーか、ほんとなんだこの声。夢か……?


うっとおしくて目を開ける。

イヤホンを外そうと思って耳に手を当てたら――そこにあったのは耳じゃなくて、お腹だった。

プニプニとして柔らかく、それでいて弾力のあるクッションのような。

もちろん自分のではない。

俺は、誰かのお腹に埋まっていたのだ。それで気づいた。聞いていたのは安眠用のBGMなんかじゃなくて、文字通り、腹が動いて胎動する音だった。


(う、わ……)


途端に懐かしい気持ちになった。小さい頃はよくおふくろのお腹にうずくまって、その音を聞いて癒されていたから。でも、十年以上もそんな体験はしていない。

この懐かしい感覚をくれたそれを見上げる。

そこにはおふくろのものとは違う、でもやっぱり母親のような、

柔らかい笑みを浮かべる女性がいた。


「あら、起きちゃった? ライル」


彼女はそう言うと、前髪をさっと払って両目をのぞかせる。

――日本人のものとは到底思えない、翡翠色の双眸だった。


「どうした? 腹が減ったか?」


横から、さっきの男の声がした。

そいつの瞳の色も、黒じゃない。


「もう、あなたと違ってライルは大食いじゃないのよ。

……って、あら? おしめも濡れてないわねぇ……?」


俺の下腹部をじろじろと見ながら女性が言った。

そりゃそうだ。

誰が高校生にもなっておねしょなんかするかよ……。


いや、そんな俯瞰して考えている場合じゃないな。

なんだこの状況。俺はどこにいるんだ? さっきから、体も思うように動かない。なんか、全体的になまっていて俺の体じゃないみたいだ。


「――(どうなってんだこりゃ……)」


……ん? 

声が、出ない……ッ!?


「……んあー?」


いや、違う。

声が出ないんじゃない、呂律が回ってねえんだ!

まだ声帯が変わっていない舌っ足らずな高い声が、

自分の喉から鳴っていた。


「……まひゃか」


女の人から聞こえる胎動。

その腹に埋まるくらいの小さな体。

回らない呂律に、舌っ足らずな声。


「おへぇ……あかんひょうひはっへふ……!?」


俺……赤ん坊になってる!?



最初は夢かと思った。

しかし、なかなかどうして覚めないのだ。この夢が。


「んー? どうしたのライルー? もうお眠かな?」


甘ったるい声で、あやすように俺に声をかけるこの女女性。

この人は赤ん坊である俺の母親にあたるらしい。翡翠色の瞳と、長い黒色の髪――そして極めつけは、その頭についた、尖った耳!


……これ、あれだろ。エルフってやつだろ。


「そして、魔王城に着いた勇者は――おっと、

今日はもう、読み聞かせ終わりにするか?」


そして、その隣で絵本の読み聞かせをしてくれていた若い男性。

こいつが俺の父親らしい。目の色は母親と変わらず、宝石のような翡翠色をしている。髪は健康的な短髪で、色は金色。しかし、母親との一番の違いは、その頭に、ついているのが耳ではなく――ツノだということだ……。


まちがいない、異世界だここは。

そして、俺はこの二人の息子で、名はライルというらしい。


ランタンの暖かい光が行き届いた寝室で、ふたりの大人に優しい笑みを向けられながら、俺は、赤ん坊にふさわしくないような――険しい顔をして考えてた。


……これからどうする?


もちろんだが、異世界で生き抜いていく指南書は現世のどこにも売っていない。

うっかり転生してしまったときの注意事項も学んだことはないし、学校の授業は、こういう咄嗟な事象に対してなんの役にも立ってくれない。


頼れるのは、そう。

今まで身に着けてきたオタク知識のみ。


(……とりあえず、気になるのは容姿だな)


だって、この二人の息子だぞ?

たぶん、片方はエルフで。

片方は……獣人か? 角が生えている系の。うん、わからん。にわかでごめん。


もし二人の特徴が遺伝していたら、俺の頭は今、耳は尖り頭に角が生えているという――もの凄くひっちゃかめっちゃかな事になっているに違いない! 

冗談きついぜ。


「……(もぞもぞ)」


両親が寝付いたタイミングで、俺は母親の抱擁から抜け出し、寝室のどこかに鏡がないか、赤ん坊の千鳥足で探していた。


うおっ。まともに立つのがやっとだ……しんど……。


「……おっ、あっひゃ」


感触的に、それっぽいのを見つけた。

おそらく横長に伸びている、足元を見るためのやつだろう。布がかかっているが、これなら無理に立たなくても自分の姿を見られるぞ。


ばっと布を剥がす。

ちょうどそこへ、都合よく月明かりが差し込んだ。


そこに映った、俺の姿は――

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