第624話 過去への問いかけ

「あはは!ダーリン!楽しいね!」


「砂浜で追いかけっこをするカップルみたいなことを言うな!」


イムは陽気に心の底から楽しそうにしているが、俺達のしていることは殺し合いに近い。俺はそれを楽しいとは思えない。


「よっと」


イムはそう言うと、両腕の肘の先を剣のような形に変化させて、向かって来た。


「僕はね、初めてこの世界で僕と同格に近い者が現れて嬉しいんだよ。この世界で僕という存在は1人しかいなかったからさ。1人の孤独さはダーリンも知ってるでしょ?」


「俺はあいにくほとんど1人になった事は無いな」


俺は大体誰かと一緒に居た。まあ、エルフの里にいた時以外はその誰かはソフィだったけど。


「ん?僕の言ってるのはダーリンの前世でのことだよ」


「……はあっ!」


「わっ!図星をつかれたからって攻撃しないでよ」


確かに前世の俺は1人の時が多かった。ただ、それは誰かが悪いとかではなく、単に俺が友達作りを失敗したからだ。


「何を思ってるの?ダーリンが前世で友達がいなかったのは妹のせいでしょ。妹の為に妹を紹介しろって言うのを断り続けたらカーストトップ層から嫌われて、その結果同じように嫌われることを避けた他の層の人達も…」


「そんなことは無い!」


確かに俺が美人で有名だった妹を紹介しろってのを断り続けたことで妬まれて感じが悪いと避けられるようになった。しかし、それは妹に頼まれてそうしたわけでもなく、俺がそうしたいからそうしただけだ。だからそれを妹のせいだとは思わない。


「でも、その妹には反抗期で避けられて、それが終わっても一言謝られるだけで、修復する力があるのに壊れた人間関係を修復してあげようともしなかったよね?」


「人間関係は人から与えられるものじゃない」


「ひゅーっかっこいい。でも、仲直り後も妹がダーリンの人間関係を意図して壊していたとしたら?」


「えっ?いや、そんなことはしていない!」


一瞬イムの話を真に受けそうになったが、そんなことがあるはずがない。


「でも、思わなかったわけじゃないでしょ?もし前世の時からダーリンのことを好きだったら、ダーリンが恋人を作らないように人間関係を壊した方がいい、ダーリンが友達と遊びに行かずに家に居てくれるためには友達も作らせない方がいいって」


「何を知ったふうに!お前は俺の前世のことは知らないだろ!」


「そうだね。僕はダーリン達を転生させた黒幕でも何でもないし、そんなことは知り得ないよね」


ほんの少しだけ、イムが俺達を転生させたことに関与しているのかと思っていたが、そんなことはないとイム自身が言った。なら、俺達の前世のことなんて知るはずもない。


「だけど、僕はちょっと眼が良いんだよね。それこそ、人の過去の行いと感情が見れるくらいには。これは元神ゆえの力かな」


「仮にそうだとしても、イムが本当のことを言っているという保証は無い」


「信頼が無いって悲しいね」


そもそもイムの話がどこまで本当か、どこからが嘘なのかを判断する方法がない。そして、イムの過去の行いからそれらの話が本当と思えない。


「僕を殺したらどれが本当かどれが嘘か分かるかもよ?」


「なら好都合だな」


どっちにしろ、イムは倒す気なのだからそれで分かるのだとしたらちょうどいい。


「さて、楽しい楽しいお話は後でにして、そろそろ真面目に戦おうか」


イムはそう言うと、体をグネグネと変形させ始めた。


「スライムの最大の利点は変幻自在ってところなんだよ。液状に近いから僕はどんな形にもなれるんだよ」


「…それが本来の姿か?」


イムは少女姿から原型が無くなったのではと思うほど体を変形させた。


「そんな事言わないでよ。これは戦闘フォームって言ってよ。この姿は可愛くないからダーリンには見せたくなかったんだけど、さすがに通常フォームだと力の差を教えられないみたいだからね」


そう言っているイムの両腕は龍のように関節がないように動き、拳の部分には龍の口がついている。

さらに、脚は猛獣のような筋肉質になっているが、足は鳥のように鋭い爪が付いている。

また、胴体は筋肉質でごつくなり、背には大きな羽が生えている。

そして、顔の形自体はほとんど変化は無いが、周りをよく見るためか目は大きくなり、口は裂けるように開いていて、歯はギザギザで鋭くなっている。

身体の大きさはそこまで変わっていないのに、その姿は生物の良いところを寄せ集めて作ったような妖怪にしか見えない。

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