第441話 兄の威厳

「…もう限界だ!」


「ベクア兄様!?」


「ベクア!」


ウカクにより、模擬戦の勝者がベクアと宣言されると、ベクアはそう叫びながら後ろに倒れた。

急のことでキャリナと俺も叫んだ。俺は結界から出てベクアの元へ向かった。


「おい!大丈夫なのか!?」


「疲れてもう1歩も動きたくない」


俺の心配を他所に、ベクアはにへらっと笑いながら平気そうにそう答えた。


「怪我のせいではなくて?」


「怪我はもう完治してるぞ」


「え…?」


確かにもうベクアは頭と鼻から血を流していることは無い。それに、よく見れば最初に付けられた顔の引っ掻き傷もない。引っ掻き傷はそれなりに深く、模擬戦中の短時間に魔法無しに治るような傷ではなかったはず。


「俺もやっとマキョクの能力を使えるようになってきたんだぜ!」


マキョクとは、ベクアの契約している幻獣種の獣のことだ。


「何の能力なんだ?」


「痛覚麻痺と自然治癒と頑丈だ」


痛覚麻痺と自然治癒はその文字通り、痛覚を鈍くするのと、常時怪我に対して治癒が発動している事だろう。


「頑丈って何だ?」


「頑丈はダメージ減少だな。まさに、俺にピッタリの3つだろ?」


「ああ、そうだな」


ベクアは今回の模擬戦でこの3つを全て有効活用していた。


あの木から急降下してでのキャリナの攻撃を無防備で受けても気絶しなかったのは頑丈のおかげだ。

しかし、それでも大ダメージであることには変わりない。普通だったらキャリナがまだベクアが気絶していないことを察して、確実に気絶させるための行動をするまでには痛みによって動けなかっただろう。だが、痛覚麻痺のおかげでそんなのを無視してベクアはキャリナに攻撃でき、その後も変わらず動き回ることができた。

だけど、それだけでは動き回っている間に血が流れ続けているので、時間経過でベクアは負けていた。それを防いだのが自然治癒だ。それのおかげで血が流れ過ぎる前に傷口を塞ぐことができたのだ。



「とは言っても、まだ氷雪纏と魔力を纏いながら使いこなすのはできないんだよな。だから逆に氷雪纏と魔力纏を奪われて助かったかもな」


ベクアは俺との模擬戦では常に氷雪纏は使っていた。通りで俺との特訓ではその3つの能力をお目にかかれなかったわけだ。



「今回の勝敗を分けたのは戦闘経験の差が多いな。これからも多く戦えばキャリナはもっと強くなれるはずだぜ。もちろん、その間に俺はもっと強くなるがな」


「はい!ベクア兄様より強くなれるよう努力します!」


確かに今回の模擬戦の勝者を分けたのはベクアの言う通り、戦闘経験の差かもしれない。キャリナがあの木からの急降下した時の攻撃後にまだ余力を残していればベクアに勝てたかもしれない。現にベクアはあの時に全力で氷雪纏を使っていた訳では無いだろう。それと、インフェルノを放つ前に落ち着きを取り戻していれば、ベクアに警戒される前に隙を見つけて当てられたかもしれない。

まあ、これは所詮たらればの話だから、実際にどうなっていたかは分からないけどな。


それにしても、キャリナの急成長は凄いな。あんなに圧倒的にあったベクアとの差をもうかなり埋めてきている。キャリナにはニャオナという獣の他に魔眼というベクアに無いものを持っているので、キャリナがベクアより強くなる日は近いかもしれない。まあ、このベクアがそう簡単にキャリナに負かされるとも思わないけどな。



「じゃあ、ベクアとキャリナが山を降りられるくらいに回復したら帰ろうか」


「すまんな〜」


「ありがとうございます」


ベクアとキャリナは死闘後なのでかなり疲れ切っている。ベクアほど酷くはないが、キャリナも座り込んで休んでいる。

2人の疲れが取れるまでの1時間弱はこの模擬戦であったことなどのアドバイスなどをして過ごした。

そして、2人が回復したら竜車の元まで歩いていき、竜車に乗って宿まで帰った。

宿に帰ってからは男女で温泉に入り、ウカクを除くみんなで夜食を食べた。ちなみに、ウカクは仲間外れにした訳ではなく、模擬戦中に竜車の護衛をしていた王都からの部隊と共に楽しんでいる。



「それじゃあ、明日もあるし、今日は解散」


夜食を食べて、少しのんびりして今日はもう解散とした。まだ明日も明後日もあるのだ。ゆっくり休まないとな。

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