第412話 険悪な雰囲気
「あの影の正体は魔物で間違いないですか?」
「まず間違いないと思う」
仕事モードに入ったウカクが集まっていた俺達に話しかけてきた。あの影はほぼ確実に魔物だ。あんな巨大で莫大の魔力を持っている人工物なんて存在するはずがない。
「…討伐できますか?」
ウカクは少し考えてからそう聞いてきた。
今までは影が本当に現れるのかすら分かっていなかった。しかし、その影が実在し、それが魔物となれば討伐しなければならないのだろう。その魔物が危害を加えてくるかどうか関係なく。
「私の案を採用してもらえれば討伐は可能でしょう」
ソフィがウカクにそうはっきりと答えた。
「その案とは?」
「まず、私とお兄ちゃんをこの場に残して他はこの船で急いで漁港まで逃げます。そして、漁港の船を全て陸にあげたら魔法で合図をして下さい。その合図と共に私とお兄ちゃんは討伐を開始…」
「ねえ」
ウカクに聞かれた案を話している途中だったが、エリーラはソフィの話に割り込んで話しかけた。
「話の途中で悪いけど、今の内容だとあれと戦うのはあんたとゼロスだけってことに聞こえるんだけど?」
「はい。その通りですよ」
ソフィがエリーラの問にそう断言した。
その瞬間、周りにいるシャナ、エリーラ、ベクアの目が鋭くなった。
「俺達は役立たずってことか?」
「いいえ。違いますよ」
ソフィはそこで3人と順番に目を合わせた。そして、その3人を見ながら続きを話した。
「足手まといってことです」
ソフィはさも当然のようにそう答えた。それによって3人はさらに目付きを鋭くしてソフィを睨んだ。さすがにその発言はダメだと思って俺がソフィに話しかけようとしたが、エリーラは俺の方を向いてやめろというような目で睨んできた。
「…そう断言するってことはそれなりの根拠があるのよね?」
エリーラはそうでなければ許さないと言うかのような気持ちを込めるようにソフィに質問した。
ソフィはため息を吐いてから面倒くさそうに説明を始めた。
「まず、この海での戦闘において最も有効な攻撃手段がお兄ちゃんの雷であることは分かってますよね?」
それには全員が頷いた。確かに海という巨大な水に浸かっている魔物には雷が有効なのは当然だろう。適当に放っても、水と通してダメージを勝手に与えられるのだから。
そして、俺には雷電魔法という雷魔法が進化した魔法と、ジールという雷の最上位精霊がいる。さらに、神雷というスキルもある。雷の取り扱いで俺の右に出る者はいないだろう。
「となると、お兄ちゃんが自由に戦える環境を整えることが最優先になってくるのも理解できますね」
それにも全員が頷いた。それを確認すると、ソフィは何やら魔法の準備を始めた。
「その最適な環境とはお兄ちゃんが自由に雷を使える環境です。そのためには、水に船や人間が浸かっていてはいけません」
ソフィはそう言い終えると、空中に浮かんだ。
「つまり、空中に居ることができる者しかここに残ることができません」
そして、空中に浮かびながらそう言った。
「そもそも、ただ大きく的になってしまう邪魔な船無しにここのどこに居るつもりなのですか?」
「どこって水の中よ」
エリーラはそう言うと、自身を水の球体の中に閉じ込めた。
「この水は電気を流さないから私はゼロスの雷を食らおうが問題ないわよ。それに、この状態でも攻撃には困らないし」
エリーラはそう言いながら海に向けて水の球体から水の刃を放った。
「それで魔力が切れたらどうするつもりですか?」
「これにはそこまで魔力は使わないわよ。それに、水は周りに沢山あるもの。その水を操って不純物を抜いたり、攻撃したりするくらい魔力消費はほぼ無しでできるわよ。もし、ゼロスが海に引きずり込まれた時に私が水中に入ればすぐに助けられるわよ?」
「……」
そこでソフィは黙った。エリーラにもう言い返すことが無くなったのだろう。エリーラは俺を向いてドヤ顔をしている。
「私が電気を通さない水を生み出せることはゼロスならエルフの里にいる頃から知っているわよ。それに、何度か目の前でも使っているわよ。どうせ私の能力なんて興味なかったから知らなかったでしょうけど」
「……」
エリーラは俺が進化する前にエルフの里で模擬戦をしている時から電気を通さない水を作り出せた。俺がそんな効果の水があると言ったら、自力で編み出していた。それは前回の園内戦で俺と戦った時にも使っていた。
ソフィはうっかり忘れていたのか、興味がなくて本当に知らなかったのか……。
「…これはソフィと戦うまで隠しておきたかったけど、ここまで好き勝手に言われっぱなしはムカつくからしょうがない」
今度はシャナがそう言った。シャナは海を少し見てからぴょんっと海に飛び降りた。すると、海から海水が滝の映像を逆再生した時のように登ってきた。その海水はシャナを持ち上げた。これは操人の能力なのか?
「エリーラ、この海水を電気を流さなくできる?」
「できるわよ」
「ならこれで私も問題ない」
ソフィは海から伸びた手のような海水に掴まれて浮かんでいる。この海水を電気を通さない純水にできるのなら、シャナも雷対策はバッチリになる。
「ソフィアがどれだけ強さに自信があるかは知らないし、興味も無いけど、勝手に自分の尺度で私達を決めつけないで。才能があるのはソフィアとゼロスだけじゃない。自惚れ過ぎ」
「っ!」
ソフィはシャナの最後の言葉を聞いて目を見開いた。それを見ながらソフィがそのような考え方になった理由を少し考えていた。
前世ではソフィに1つでも勝る才能を持つ者は過去を探しても居なかっただろう。反射神経が異常の兄である俺以外には。それくらい何でもできた。できてしまっていた。
前世のソフィは少し何かをするだけで競える相手が居なくなるレベルまで上達できた。だからこそ、人の成長速度は自分以下だとどこか勝手に決め付けてしまっていたのだろう。だからエリーラやシャナがこんなことをできるとは考えていなかったようだ。
「さて、足手まといっていうのは撤回しなさいよ」
「足手まとい…というのは言い過ぎでした。ごめんなさい」
ソフィはそう言いながら深く頭を下げた。
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